世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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8章 付与の商会の準備

8-3. キリシュくんの恋人

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 商会の話はまずは付与魔法スキル持ちが見つからないことには始まらないし、ドガイからは手紙が返ってこないと動けないので、カザナラを離れて、いつものようにダンジョンを攻略して回っている。
 冬はサネバのカークトゥルスに籠る予定なので、カザナラから西へ西へと移動していた。

 そんなある日、ダンジョンの攻略報告をしにギルドに寄ったら、サジェルから手紙が届いていた。
 アルが目を通した後、僕宛だと渡してくれた。商会の話かなと思いながら見た手紙に書かれていたのは、思わぬ内容だった。

「アル!ゾヤラに行こう!」
「言うと思った」

 アルが苦笑している。
 手紙には、キリシュくんに恋人ができたこと、キリシュくんと同じ狼の獣人さんでフェリア商会に勤めていて、近いうちにゾヤラに転勤になることが書かれていた。
 キリシュくんが、恋人を連れて行きたいからちょっとおしゃれな店を教えて欲しいとサジェルに聞いたことから分かったそうだ。

「ユウ、狼の獣人はものすごく嫉妬深い。これからはあまりキリシュの耳や尻尾を見るな」
「え、なんで?」
「自分の番を他人に見られたり触られたりするのを嫌がるんだ」

 狼の獣人は、束縛が強いために他の種族とは揉めることが多くて、狼の獣人同士で付き合うことが多いそうだ。だからあんまり増えないそうで、言われてみればキリシュくん以外の狼の獣人を見たことがない。どんな人か楽しみだな。


 逸る気持ちを抑えて、ゾヤラに行く前にカザナラに寄ると、モクリークの教会からの伝言が届いていた。ドガイの教会から、ケネス司祭様がカリラスさんと一緒にカザナラを訪ねると連絡があったそうだ。まさかの教会の国を越えた通信で伝えて来るとは、ドガイの教会の本気さが伺える。しかもケネス司祭様が出る話し合いの場には、モクリークの教会からも人を出すそうだ。

「アル、どうしよう」
「何かダメなのか?」
「話が大事になってて……」
「200年周期に入ったと言われてるんだ。これから増えるかもしれない孤児のために、教会も本気なんだろう」

 僕はそんなに大層なことをするつもりはなかったのに。ただ僕が一番辛かった時に欲しかった助けを、ちょっとだけでもあげられたらいいなと思っていただけなのに。

 アルの提案で、さらに、魔石の依頼を出す冒険者ギルドの担当者も呼ぶことになった。国家プロジェクトとまではいかないけど、でもそれに近い規模になりつつある気がする。
 どうしよう。もう僕の名前隠れてないよね?いいのかなあ。発案者が僕ってだけで、教会が前面に出てくれれば納得してもらえるかな。話し合いの時に念を押しておこう。
 でもこれってやっぱりブランのせいだろうな。この食いしん坊のもふもふが実は神様だから、こんなことになっているんだ。ここはもふもふの刑に処しておかねば。もふもふ。

 それよりも、キリシュくんの恋人だ。

「サジェル、キリシュくんの恋人ってどんな人って言ってた?」
「ウルバで知り合って、恋人になったそうです。仕事を引き継いだ後にゾヤラに移動されるそうですが、その時にもてなしたいので、お店について聞かれました。魚と鳥料理がお好きだそうです」

 ちなみにこの世界、魔物の鳥も食べるから、鳥料理でいいと思う。
 それよりも、サジェルのおススメのお店に僕も行ってみたい。ブランも入れるか事前に確認して、大丈夫ならキリシュくんたちと行ってみようかな。デートで初めて行くよりも、事前に行っておいたほうがきっと緊張しないよね。


 ウキウキとゾヤラに向かい、着いて早々伝言を残そうとギルドに寄ったら、シリウスの3人とばったり会った。

「ユウくん」
「キリシュくん、恋人出来たの、おめでとう」
「あ、ありがとう?もしかして、そのために来たの?」
「うん。だって会いたいし」
「まだゾヤラに来てないし、そのうち会えるのに」

 アルも、コーチェロくんとスリナザルくんも苦笑しているが、だって友達の恋人だよ。勢い込んで話を聞こうとする僕を、アルが止めた。そういえば、シリウスのみんなはダンジョンの帰りでドロップ品を買い取りに出しに来ているのを邪魔しているのだ。明日の夕食を一緒にする約束をして、彼らを解放した。

「嬉しそうだな」
「だって、友達と恋バナしたいもん」
「まあ、ほどほどにな」

 日本では恋人いなかったし、こっちに来てからは、シリウス以外の友達がいないから恋バナも出来なかったし。学校帰りに友達と恋バナっていうシチュエーションに憧れがあったのだ。もう社会人になって数年って歳だけど、憧れは憧れだ。
 そういえば、ブランには恋人いないの?と聞いてみたが、一言「いない」とブランの返事が素っ気ない。あんまり触れないほうがいい話題なのか、単純に面倒なのか分からないが、喋りたくなさそうなので、聞くのはやめておこう。


「思ったより高級そうだな」
「ブランも一緒でお願いしたから個室だけど、普通の席はそうでもないんじゃない?」
「こちらは貴賓室になりますので、普通のお席はもう少しカジュアルですよ」

 ただの個室じゃなくて、貴賓室だった。従魔も一緒に入れる個室がここしかないらしい。
 メニューを見ているが、どれも美味しそうだ。サジェルが勧めるのだから、きっと味もいいはずだ。僕たちは、キリシュくんの恋人が好きだという魚と鳥を中心に、お店の人におススメを聞いて、その中から気になったものをそれぞれ注文した。
 ブランには、メニューに載っているお肉料理全部だ。さっきから、ブランの鼻がいい匂いを嗅ぎつけているようで、全部頼めとうるさいのだ。

「全部、ですか?」
「そこの食いしん坊が全部食べたいと言っているので」
「お眼鏡にかなうといいのですが。彼のお気に入りの肉料理は売れると評判ですので、シェフも気合が入るでしょう」

 ここでもブランの食いしん坊っぷりは有名なようだ。
 いちおうブラン用のお皿を持ってきたのだが、お店にも用意があるようで、そちらを使ってくれるそうだ。貴族が従魔を連れてくることがあるので、そういうのにも対応しているらしい。さすが貴賓室だ。

「それで、キリシュくんの恋人はどんな人?」
「フェリア商会の会計担当で男。36。アルさんより年上だと思う」
「2つ上だな」
「どうやって知り合ったの?」

 キリシュくんが、狼獣人特有の事情を教えてくれた。狼獣人は数が少ないので、会うととりあえずお見合いになるらしい。
 フェリア商会の護衛で、本来ならカザナラまでだったが、その先の護衛が急遽必要になりウルバまで行き、そこで会ったそうだ。まだ5日しか一緒に過ごしていないが、すでに恋人なんだそうだ。フェリア商会のウルバ支店に勤めているけど、キリシュくんが拠点にしているゾヤラに転勤出来なければ辞めるといったらしく、ただいま転勤のための引継ぎをしているそうだ。
 なんかいろいろすごいな。狼獣人が一途ってこういうことなのか。

「冒険者続けるのを相手は許しているのか?」
「ダメなの?」
「狼の獣人は、相手が人に見られるのを嫌がる者もいると聞く。ドガイでそれで引退した奴がいたと聞いた」
「ソマロはいいって言ってくれました。俺も続けたいし」

 恋人はソマロさんというらしい。
 アルが嫉妬深いって言ってたのはこういう所なのかもしれない。あんまり耳や尻尾を見ないように気を付けよう。
 ゾヤラに来たら紹介してもらう約束をしたので、楽しみだ。
 恋人が家を借りたら、キリシュくんはそこに泊まることになるそうで、今まで村を出てからずっと3人一緒に過ごしてきたが、これからは生活が少し変わる。そして、コーチェロくんも気になる人がいるそうで、スリナザルくんがひとりで拗ねている。どんまい。

 そんな話をしていたら、メイン料理が出てきた。僕は白身魚を頼んだけど、美味しそうだ。一口食べると、ほろほろと崩れるけどしっとりした身のお魚にソースの味が絡まって美味しい。アルはお肉を食べているが、満足そうだ。ブランはずらっと並んだお肉を、一つずつ平らげている。この早さで食べているということは、美味しいんだな。
 シリウスの3人を見ると、みな無言で食べている。美味しいものを食べると無言になるのは、この世界でも変わらないようだ。

「めっちゃ旨かった」
「さすがサジェルさんおススメだな」
「これだけ美味しかったら、デートでも自信をもって勧められるね」
「ちなみにウルフはどれが美味しかったんだ?」

 その質問に、キリシュくんだけじゃなくて、お皿を下げに来たお店の人も返事を気にしている。
 ブランにどれが美味しかったか聞くと、コカトリスのグリルと、バイソンのステーキが美味しかったらしい。満足そうに口の周りを舐めている。

「コカトリスのグリルと、バイソンのステーキだって。特にコカトリスのカリッとした焼き具合とか味付けが気に入ったみたい」
「ソマロにはコカトリスを勧めることにするわ」

 もしかしてブランはグルメ評論家になれるんじゃないだろうか。伊達に長生きしていないな。
 それからデザートもいただいて、大満足の夕食が終わった。今後ゾヤラに来たときは、このレストランに寄ることにしよう。

 帰りにキリシュくんがこっそり、もらったマジックバッグのことを話してもいいかと聞いてきたが、別に僕に断る必要なんてない。あれはあげたものだから、キリシュくんが好きに使ってくれていいのに、気を遣わせてしまって申し訳ない。
 ちなみにソマロさん用にもう1つくれたりしなくていいからなと断られた。僕だって常識を学んだから、そんなことはしないよ。実は容量の小さいものなら使えるかなと思っていたのは内緒だ。キリシュくんの恋人なら裏切らないと思ったんだもん。
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