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3章 アルの里帰り

3-1. アルの生まれ育った場所

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「この山を越えると、俺の生まれ育ったところなんだ」

 モクリーク王国の辺境にあるダンジョンを攻略して地上に戻った後、後ろにそびえる山を見ながら、アルが言った。

 アル、アレックスは、僕がまだFランクでこの世界のことが全く分かっていなかったころに、戦闘奴隷兼、常識を教えてくれる先生として買った。その後奴隷契約は終了したけれど、恋人としてそばにいてくれる。
 アルがドガイ王国の辺境の孤児院で、子どものころから成人するまで毎日農作業をさせられていたことは聞いている。成人してすぐにその街を抜け出し、周りの人の助けで冒険者になり、ドガイ王国の王都タゴヤでBランクパーティーとして活動していた時に、魔物に襲われ瀕死になったパーティー仲間を助けるために戦闘奴隷になったことも。
 けれど、モクリークに来てすぐ、ドガイの王都タゴヤにある教会に、近況を報告する手紙を出して以降、ドガイや前のパーティーの話をすることはなかった。
 戦闘奴隷になった理由は知っていても、その時に周りがどういう反応だったのか、アルの意志だったのか、周りの強制だったのか、詳しい状況を知らない僕には、アルが言い出さないのに聞く勇気がなかった。

 僕がアルを買ったのは、ドガイの隣国ソント王国で、地図ではドガイとソントの上にモクリークが乗っている、そんな位置関係だ。

「帰りたい?アルが帰りたいなら、山を越えていこうよ。道がなくてもブランなら平気だよ」

 山を、山の向こうの何かを見たまま返事をしない、いつもと違うアルを見て、不安になる。

「とりあえず、一番近いギルドに攻略の報告して、今日は街に泊まろう。久しぶりにちゃんとしたところで寝たいよ」

 日が暮れる前に街に入り、ギルドにダンジョン攻略の報告をして、お風呂のある宿をとった。
 ブランを部屋に入れられない宿には泊まらないことが知られているので、本来はダメでも追加料金を払えば入れてもらえる宿が増えた。ブランは部屋を汚したりしないし、毎回部屋を出る前にクリーンをかけているからね。

 久しぶりの温かいお風呂に、疲れが溶け出していく。ダンジョン攻略は僕たちにとっては収入源であり、ブランの楽しみだ。あまり放置するとダンジョンがあふれる原因にもなるらしいので、行くのはいいのだが、お風呂に入れないのが不満の1つだ。

「出たよ。入って」

 入れ替わりにアルがお風呂へ行く。お風呂に入る習慣のない国で育ったアルは、いつもささっと身体を洗って出てくるので、いつからか僕が先にのんびり入ってその後にアルが入ることになった。ブランは氷の神獣だからか、お風呂が嫌いで近づかない。

 リビングにマットを敷いて、その上に寝ころんだブランにブラッシングをしながら話しかける。

「アルに辛いこと思い出させちゃったかなあ」
『さあな。でもあれから5年近く経っているんだ。自分で気持ちの整理はつけるだろう』

 部屋の扉がノックされ、ブランが「飯だ。アルが注文した」と教えてくれたので入ってもらい、リビングのテーブルに全ての料理を並べてもらったところで、アルがお風呂から出てきた。
 出来立ての食事を頂くのも久しぶりだ。アイテムボックスの中は時間が止まっているので、出来たてと言えば出来立てだけど、やっぱり気分が違う。
 僕は「いただきます」をして、アルはそっと祈り、ブランは何も言わず、食べ始めた。

 食べ終わり、食器を下げてもらった後は、だらだらする。ほとんど戦闘もしない僕でも、やっぱりダンジョンの中では気を張っているようで、ダンジョンから出た日はいつもこんな感じだ。
 ブランにもたれかかりながら、手慰みにブラッシングをしている僕を、ソファに座ったアルがじっと見ていた。

「アル、どうしたの?」
「……ユウは、今でも帰りたいのだろう?」

 突然の、思ってもみなかった問いに、ヒュッと喉がなる。
 ある日突然、この世界に迷い込んでしまった僕は、たぶん元の世界には帰れない。僕の頼みならなんでも聞いてくれるブランが、神獣であるブランが、帰りたいと泣いた僕に帰り道を示してくれなかった。はっきりとは言われてないけど、帰れないのだろう。
 アルは、僕がこの世界の人間でないと告げた時に「帰り道を探しましょう」と言ってくれたけど、手がかりなどどこにもない。この世界には、転移魔法すらないのだ。ダンジョンの最下層から入り口に転移する魔法陣だけが例外だ。

「帰りたいよ。家族に会いたいよ。でも、アルとブランと離れるのもイヤだよ」

 ブランの毛に顔をうずめ、涙をこらえる。
 生まれ育った世界と家族から突然切り離された僕が、生きていられるのは、笑っていられるのは、アルとブランがいてくれたからだ。

 ブランが尻尾でそっと僕をなでてくれる。アルがそばに来て抱きしめてくれる。
 このぬくもりを失くしたとき、僕の心も無くなってしまうのだろう。

 しばらくそのままぬくもりを感じていると、荒れ狂った感情も落ち着いた。

「もしかしてアルは、僕に遠慮して、ドガイに帰らないの?」
「ちがう。いろいろあってな」
「イヤなら聞かないけど。帰りたいなら帰ろう?会える時に会っておこうよ」
「……そうだな。一緒に来てくれるか?」
「もちろん」

 アルはミダという街で生まれ育ったが、その隣のタサマラという街に、会いたい人がいるそうだ。
 ミダとタサマラは山に囲まれているが、何故か山にも街にも魔物は出ない。モクリーク側からは道がないが、ブランには関係ない。魔物が出ないのが不満だと文句を言っている。
 明日は山越えのための買い出しだ。それに、お土産も買って行かなければ。

 でもその前に、甘やかしてほしい。
 ダンジョンで疲れているのでは、とアルは気を遣ってくれるけど、今はぬくもりを感じていたい。
 離したくない。離さないでほしい。


 夢も見ないほど深く眠った。
 すっきりと目覚め、横を見ると、アルが額にキスをして、起してくれた。

「おはよう。朝食が届いている」

 アルは、僕が起きるときはそばにいてくれる。過去に、悪夢で目を覚ました時にブランもアルも部屋にいなくて、僕がパニックを起こしたことがあるからだ。甘やかされているなあと思う。
 リビングに行くと、ブランがすでに食べている。待ちきれなかったんだな、食いしん坊め。

 朝食後は、のんびりとお茶をしながら、ダンジョンのドロップ品の整理をする。
 といってもすべて僕のアイテムボックスに入っている。アイテムボックスは使っているうちにフォルダ分けができるようになったので、他の収納品と混ざってしまうことはない。
 僕がドロップ品を読み上げていき、アルが売るか残すか判断し、僕はドロップ品を売るものフォルダと残すものフォルダに分け、アルは売るものをリストに書く。何だか分からないものは、出してブランに鑑定してもらう。
 僕の手は空いているので、ブランのブラッシング、ときどき、もふもふだ。

「このドロップ品、ドガイに持っていこうか」
「タサマラのギルドにそんな資金はない。魔物が出ないので武器もそんなに必要ないしな」
「何で生計立ててるの?」
「小麦の栽培と酪農だ。ミダがドガイの一番北で、王都のタゴヤが一番南だが、その間は出荷用の街道で結ばれている」
『旨いものがありそうだ』

 ブランが乗り気になった。さすが食いしん坊だ。
 でもまずは、出発前にこの街で買い込みだ。
 アイテムボックスの中は時間が停止しているので、調理済みの食料を大量に買い込んで収納している。時間停止ということは、先入れ先出し出なくてもいい。これすっごく楽。
 アイテムボックスに収納しているものの名前は、僕が認識した名前になるので、「食べ物フォルダ > 肉フォルダ > ニザナの屋台で買った串焼き×20」みたいな感じになる。これで、ブランのお肉がもうすぐなくなるというのも、簡単に分かる。

 屋台の並んでいる通りを端から歩いて、ブランが食べたいと言ったものを、買えるだけ買う、そんな作業の始まりだ。汁物の場合は鍋を渡して入れてもらう。

「こっちにも肉あるよ~」「美味しいよ~」

 あちこちから呼び込みの声がかかるけど、ブランに言ってください。判断してるのは、とっても鼻のきく食いしん坊の白いやつです。僕じゃありません。
 そのうちに屋台の人たちが、ブランが立ち止まった店で僕が大量に購入していることに気づき、ブランが立ち止まった時点で大量に作って待っててくれるようになった。作業効率アップだね。
 屋台を総なめして、ブランの食べたい肉と、たまに僕たちの食べたい肉以外のものを買って、屋台めぐりは終了。

 市場では料理しないで食べられる野菜と果物を買う。ビタミン重要。
 それから、パン屋さんを回って、おいしそうなパンを注文だ。パンを買い込むと、どこかのおうちの食卓からパンが消えそうなので、他のお客さんに迷惑をかけない範囲で、翌日買い取れる分をまとめて注文することにしている。
 途中でおいしそうなお菓子があればブランと僕のために買う。アルは甘いものは好きじゃないので、酒屋さんでお酒を買う。ただ、街中じゃないと飲まないので、アイテムボックスのお酒はあまり減らないで、溜まる一方だ。

 その他こまごまとした日用の消耗品を買えば、買い出しは終了である。
 紙とペンを買ったお店で、この街の名物を聞いてみるが、特になかった。仕方がないので、お土産はダンジョンのドロップ品にしよう。

 紙とペンを何に使うかというと、ダンジョンの各階層の地形の特徴、出るモンスター、ドロップ品をまとめるためだ。
 ダンジョンを最下層まで攻略すると、ギルドへの報告義務がある。報告すると、何階層だったか、各階層の特徴は、と細かく聞かれる。
 これがとても時間を取られてしまうため避けたいので、紙に書いて出している。溜めると忘れるので、ダンジョンで野営するときは、まずこの作業を済ますことにしている。やっているのは主にアルだけど。

 最初のころはギルドの質問に付き合っていた。といってもギルドの対応はアルに任せているので、答えるのは全てアルで、僕はブランと先に宿に帰っていた。そのころアルは戦闘奴隷だったから、これは私の仕事ですと言ってくれた。けれど、契約が終了して、パーティーメンバー兼恋人になってからは、アル一人に任せるのはダメだと思って、僕はしゃべらないけど付き合っていた。
 あるとき、街から離れたマイナーなダンジョンを攻略して報告した。攻略してみれば、あまり良いドロップ品も出ないのでマイナーなのは仕方がないな、と思うようなダンジョンだったけど、それでもギルドの質問に付き合った。なのに、最後に職員が「この情報は使えませんね」と言ったのだ。
 さんざん人の時間を取っておいて、その言い方はないでしょ、と猛烈に抗議しようとしたら、先にアルがキレた。初めて見た。他の人に先を越されると冷静になるようで、アルがキレてるどうしよう、先を越された、でもこれでもう付き合わなくていいよね、と念話でブランと話していた。
 騒ぎを聞きつけた他の職員が来て、状況を把握し、謝ってくれるけど、アルの怒りが収まらない。職員が僕に助けを求めてきたので、ここぞとばかりに「では今後は報告は無しで。怒らせたのはそちらですから。いいですね」と言質を取った上で、アルをなだめてギルドを出た。出たところでガチギレは演技だったと知って気が抜けた。
 その後、別のギルドから、「他の冒険者の命を守るために何とか」と拝み倒され、僕たちが折れたが、時間を取られるのは嫌なので、報告書にしてもらった。1枚いくらと既に決めてある。
 そんな理由で、紙とペンはよく使う。
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