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2章アルとの出会い(過去編)

2-10. 差し伸べられたのは

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 助けてくれたウルドさんとティガーのみんなを巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。それなのに、早いところ街を出たほうがいい、と逆に心配してくれる。
 せっかくいい宿でいい人たちと知り合えたのに残念だけど、アルの剣を買ったら、アドバイスどおり街を出発しよう。

 でもその前にご飯だ。それくらいの時間の余裕はあるはずだ。
 あの騒動の中でも、オリシュカさんが料理を作り続けていてくれたので、すごくいい匂いが漂っている。時間がないから全てのお肉を一番手間のかからない唐揚げにしてくれているそうで、「半分できている」とキッチンから教えてくれた。
 ティガーのみんなも誘って、揚げたての唐揚げを食べよう。パンはさっき買ってきてくれたのがあるしね。オリシュカさんもご飯に誘ったけど、全部終わるまでは揚げ続けてくれるそうだ。

 ティガーのみんなは、「昨日のバイソンはそのウルフが狩ってきたのか」「あれは旨かったな」「バイソン狩りに行くか?」「これも旨いな」と口々に言いながら、唐揚げを豪快に食べている。赤はムネ肉、黒はモモ肉って感じだ。どっちも美味しいけど、僕は赤がさっぱりしていて好きだな。ブランは交互に食べてる。
 唐揚げだけだと飽きてしまうので、パンの山の中からコッペパンみたいなパンを選び、真ん中を裂いて唐揚げを入れて、唐揚げパンもどきを作ってみた。キャベツの千切りがほしいけど、贅沢は言わない。うん、美味しい。
 そうやって食べていたら、ブランが「俺にもそれをくれ」と要求してきた。ブランさんや、声に出てますよ。ティガーのみんなにも聞こえてしまったようで、「いましゃべってなかったか?」「俺も聞こえたぞ」と話しているけど、きっとこの人たちは大丈夫だ。
 唐揚げパンもどきを作ってブランのお皿においてあげると、アルとウルドさんも真似していた。ウルドさんは片手で食べられるからと、オリシュカさんに作って持っていってあげていた。そういう関係いいなあ。

 お腹も満たされたところで、お肉の買い取りと大量の買い出しの精算は、アルに丸投げだ。
 一度収納した買い出しの食料を全部もう一度机の上に出すと、量の多さにアルが驚いている。ウルドさんにもオリシュカさんにもティガーのみんなにも、感謝しかない。
 そういえばどうしてアイテムボックス持ちだと分かったのかウルドさんに聞いたら、「確証はなかったけど、勘」だそうだ。ベテラン冒険者すごいな。
 オリシュカさんがハイペースで揚げてくれているので、唐揚げ引き取り用の鍋も追加で必要になったけど、それは、ティガーのみんなが唐揚げを遠慮なく食べたので、その代金として自分達が用意すると提案してきた。アルがお願いしているので、それでいいのだろう。
 僕はその間に、食料と荷物に加えて、解体職員さんが運んできた肉をアイテムボックスに収納していく。マジックバッグに入れるような擬装をやめると、触れるだけで収納できるため、すぐ終わる。あれだけあった食料と旅のための品が収納されて、机の上がきれいになった。


 ウルドさんに聞いた武具屋は、そう遠くなくすぐに見つかった。
 アルの剣を二本、僕の槍とアルの槍を一本ずつ、アルの胸当てとか籠手とか防具、僕のローブが、本日のお買い物リストだ。
 出掛けにウルドさんから、僕はローブを羽織って魔術師を装っておいたほうがトラブルが減るだろうと言われたので、当初の予定になかったローブも追加だ。

 僕の槍は、試してみるまでもなく、一番短くて軽い初心者用になった。アルは少し高いものを選ぼうとしてたけど、店員さんの「少し使えるようになってからでないと無駄になる」という発言に諦めていた。
 アルの槍は、僕の練習相手なので、初心者用の槍と打ち合っても大丈夫なものをと、店員さんとあれこれ言いながら選んでいる。あまり性能のいいものを買うと、初心者用の槍が負けてしまうのだ。
 ローブは魔法耐性のある一番高いものを、アルが迷いなく選んだ。僕にはブランの防御があるから耐性はいらないと伝えたけれど、あったほうが安心だからとアルに押し切られてしまった。ただ、ちょっと長いので、急いで裾上げをしてもらっている。悔しい。

 僕の物はすぐに終わって、いよいよ本命のアルの剣と防具だ。
 モクリークで買い替える予定があるので、高いものではなくそこそこのものにする。上級ダンジョンの多いモクリークにはいい武器が集まっているので、ここで高いものを買っても無駄になるから、モクリークへの移動中に使えさえすればいい。
 店員さんから、主人である僕に予算を聞かれたが、相場が全く分からないので、ギルドカードの残高の八割、と答えておいた。アイテムボックスの中に大量の食料があるのだから、二割残っていれば、旅は何とかなるだろう。
 そういえば、奴隷契約に従って、魔物の買い取り金額の一部をアルのギルドカードに移さないといけないのだけれど、ギルドに行けない。自動振替の機能が欲しいな。

 予算は十二分だがモクリークで買い換えるならこの辺りの物で、とオススメされる中から、アルがときどき質問して選んでいる。店員さんが僕にも同意を求めてくるけど、「任せます」以外に答えようがないので聞かないでほしい。
 選んだ防具をつけてみて、少し調整をしている様は、戦士って感じでかっこいいのが、なんか悔しい。

 防具は決まったので、最後は剣だ。
 試し切りもするらしいけど、僕はブランが心配なので、店員さんに断ってブランのところへ行かせてもらえることになった。奴隷が勝手なことをすることもあるから、店のルールとして本当はダメらしいんだけど、僕がいてもどうせ任せますしか言わないので、支払い直前の確認だけでいいことにしてくれた。アルに支払いまでしてもらおうと思っていたのがバレてる。

 ギルドを凍らせたウルフの話はこの店にもすでに伝わっていた。その張本人というか、張本狼を店の前に座らせておくのは、騒動を起こしてくださいといっているようなものなので、アルが店に交渉して、壊したものは弁償する条件で、店の奥の目立たないところに入れてもらった。
 店の奥、丸まって伏せているブランの前に店員さんが立って、他のお客さんの視界を遮ってくれている。お礼を言ってブランのそばにしゃがみこむと「いいものは買えたか」と念話が飛んできた。槍は無駄になるって言われて初心者用だし、ローブは裾上げ中だし、アルは戦士みたいでかっこいいのに! とぷんぷんしてたら、僕の声が聞こえていた店員さんが吹き出した。「槍の練習頑張ってくださいね、槍聖であっても初めは初心者です」と励ましてくれたけど、身長には触れられなかった。泣いてもいいですか。
 本当は切迫した事態なのに、僕にそこまで緊張感がないのは、ブランがいてくれるからだ。きっと何があってもブランが守ってくれる、そう信じられるからだ。ブランには感謝しかない。

 アルの剣選びが終わって、僕のギルドカードで全てまとめて支払いを済ませると、アルが僕に買ったものを渡しながら、わざわざ「マジックバッグに入れてください」と言うので、一つずつ入れていくふりをして収納した。ここではアイテムボックスを披露してはダメなようなのか。

 武具屋を出て宿に戻る前に、ブランのお気に入りのブラシを買った店に行き、前のようにブランと一緒に店に入ると、店員がブランをを見てぎょっとした。どうやらギルド凍結事件はここにもすでに伝わっているようなので、ブラシを追加で二本と、目についた安定の良さそうな深めのボウルを二つ手に取り、ささっと支払いをして店を出る。

「すでに話がだいぶ広がっているようですね。でもまだスキルまでは広がっていないようです」

 さすがに一般人の耳に入るところではアイテムボックスについて話していないのだろう。だから、アルがマジックバッグに入れるようにと言ったのか。でも人の口に戸は立てられないのだから、広がるのは時間の問題だろう。
 すぐに街を出ようと、買い忘れがないか、持ち物の確認をしながら宿へと戻った。

 宿に戻ると、食堂にはティガーのみんながいて、鍋七個ずつに赤の肉と黒の肉の唐揚げが入っていた。キッチンからオリシュカさんが出てきて、「全部おわったよ!」と満足そうな顔で教えてくれた。全部揚げ終わるなんて、すごい。
 結局買い出しの精算はどうなったのかとアルに聞くと、すでに払って泊まらない二日分の宿代と、昨日のバイソンの売上の半額とで相殺したそうだ。
 唐揚げの鍋を収納してから、僕はブランとアルに一つわがままを言った。

「ウシ、ひとつあげてもいい?」
「ブラン様がよければ」
『(……仕方ない。この宿のメシは旨かったからな)』

 ブランのお許しも出たので、「これ使ってください、お礼です」とブラックバイソンのモモ肉の塊を出して、机の上に置いた。これだけ助けてもらったのだから、ちゃんとお礼がしたい。それで美味しいシチューを作って、ティガーのみんなにも振舞ってほしい。
 これはもらいすぎだから受け取れないとオリシュカさんが言っているところに入ってきたウルドさんは、オリシュカさんから話を聞くと、「ではこちらを」と手に持っている古そうなバッグを差し出したので、思わず受け取ってしまった。

「私が現役のときに使っていたマジックバッグです。容量は小さいですし、時間も経過しますが。アルさんにどうぞ」

 本物のマジックバッグだ!
 初めて見たので、開けてみたり、手を入れてみたり、ものを入れてみて、「すごい、槍が入っちゃった!」と、はしゃいでいる僕を見て、みんなが笑っている。
 大切に使うことを約束してアルに渡すと、アルは複雑な顔をしながら受け取ってくれた。何かお返しをしたほうがよいのか聞くと、ウシで十分らしい。じゃあその微妙な表情はあれか、奴隷がってやつか。よし、無視だ。
 ティガーのひとりが「おやじ、太っ腹だな!」とウルドさんのお腹を叩いている。

 そんなふうに、和やかな雰囲気で会話していたら、唐突にブランが全員に聞こえるように声を出した。

『フォレストオウルを呼べ』

 「やっぱりしゃべってる!」「幻聴じゃなかったんだ」というティガーの誰かの声が聞こえた。その気持ちはよく分かる。僕も最初自分がおかしくなったのかと思ったのだから。

 音もなく飛んできたオウル君が、ウルドさんの肩に止まった。
 それを見てブランがウルドさんに近づき、後ろ足で立ち上がって前足でオウル君の胸の辺りに触れると、オウル君が光った。

「ブラン、何したの?」

 ブランは答えず、今度はティグリス君の前に行き、同じように額に触れた。すると、ティグリス君も触れたところがふわっと光った。本当に何したの?!

『加護を与えた』

 そう簡潔に答えると、僕のところに戻ってきたけど、その説明では何も分からないから。ウルドさんとテイマーさんの視線が、僕とブランの間を行き来している。
 「教えてブラン先生!」と詳しく聞き出したところによると、神獣は、獣に加護を与えることができ、加護を与えられた獣は神獣の司る属性の魔法を使えるようになるそうだ。「何それ、神様みたい」と言ったら、「神の末席にいるからな」と、事も無げに返されてしまった。そうだった。日頃はすっごく強い魔獣くらいに思っているけど、ブランは神獣だった。
 僕たちの会話を聞いて、ウルドさんがブランの前に跪いた。

「マーナガルム様、ありがとうございました。この宿をしっかり守っていきますので、またカージにお越しの際はお泊まりください」

 今のやり取りを聞いただけで、ブランが神獣マーナガルムだと分かったのだ。さすがベテラン冒険者。
 一方のテイマーさんは理解が追い付いていないようで、茫然としている。

「お前も礼を言えよ」
「え? えっ?」
「マーナガルム様、こいつ、驚きすぎて理解できてないだけで、感謝してます。ありがとうございます。ティグのこといつもすごく可愛がっているんで、喜んでます」

 テイマーさんは、今日のティグリス君の行動にショックを受け、自分の不甲斐なさを感じて、かなり落ち込んでいたらしい。「でもまあ神獣様相手じゃ逃げるよな」とパーティーメンバーが笑いながら、ティグリス君をなでている。仲間っていいなあ。

 そんなふうにほのぼのしていたところにかけられた「そろそろ出発するぞ」というブランの声で、逃亡計画中だったことを思い出した。シャキッとしなきゃ。
 ウルドさんとオリシュカさんには、この国に来たときにはまた泊まる約束を、ティガーのみんなとは、きっとまたどこかのダンジョンでばったり会うだろうから、そのときは美味しいものを食べよう、と約束した。
 あまりいろいろ言っていると泣いてしまいそうなので、あっさりと別れを告げて、宿を出た。


 アルが仲間になってくれた。
 嫌な思いをしたけど、温かい手を差し伸べてくれる人がこんなにもいた。
 これからもきっと、そんな人に出会える。必ずまたこの宿に泊まりに来て、その報告をしよう。
 心に誓って、モクリークに向けて出発した。
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