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2章アルとの出会い(過去編)

2-9. 希少スキルの暴露

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 僕は走って宿まで戻った。ブランはすぐに追い付いて、並走してくれたので、ひとまずギルドは吹き飛ばずに済んだ。
 安心したのもつかの間、僕の絶望を感じ取ったブランの怒りで、今度は宿の玄関の周りが凍りつき始めている。駆け込んできた僕をみて、ウルドさんが心配して駆け寄ってきてくれたけど、ウルドさんの肩に止まっていたオウル君は飛んで逃げていった。

「ブラン、ダメだよ。ここを凍らせちゃったら美味しいご飯食べられないよ」
『(……それは困る)』

 食べ物につられたのか、ブランが魔力を押さえてくれた。ふう。ウルドさんもほっと息を吐いている。
 僕たちのただならぬ様子に、何があったのかウルドさんに質問されたので、ギルドで起きたことを伝えると、早めに街を出たほうがいいとアドバイスされた。僕もそうしたほうがいいと思うけど、アルの武器を買わずには出発できない。アルが帰ってきたら、急いで武器やテントを買って、出発しよう。

 ブランは中庭で丸くなっている。もしかしたら、収まりきらない怒りで宿が凍り付かないように、建物から外に出ているのかもしれない。
 僕はブランに抱き着いて、その毛に顔をうずめた。
 ブラン、僕のために怒ってくれてありがとう。そして、怒りを収めてくれてありがとう。
 僕が避けたいのは、ブランが怒ってギルドを吹き飛ばすことではなく、吹き飛ばした後に起こるあれこれだ。確実にめんどくさいことになる。それでブランと一緒にいられなくなるのは、なんとしても避けたいのだ。
 僕のこういう態度がなめられちゃうんだろうか。

 誰かが帰ってきた音がしたので食堂を覗くと、アルではなく、あのテイマーさんのパーティーだった。ティグリス君がぷるぷる震えている。
 聞くと、テイマーさんの試合が終わったので全員で合流して依頼の掲示板を見ていたら、Sランク剣士が同じ宿の僕たちを勧誘しているのが目に入ったそうだ。やっぱりあのウルフ強いのかな、なんて話してたら、いきなり魔力の圧をかけられて動けなくなり、気づいたら床と壁が凍りついていた。それで、ギルドの氷を溶かすのに付き合えと言われる前に帰ってきたそうだ。
 そして、アルは何があったのかギルドから事情を聞かれているらしい。やっぱりかあ。

 食堂でそんな話をしていたら、ウルドさんが急に話に割って入ってきた。

「サーペントの肉を買い取らせてください」

 料理してもらうように渡しているヘビの肉を買い取りたいそうだ。急いで出発するなら、頑張ってはみるが料理が間に合わない可能性があるので、できた分だけ渡すようにしたいと。でも僕には相場が分からないので、話はアルが帰ってきてからと伝えたのに、強引に買い取ると決められてしまった。
 ウルドさんのいつにない感じに、僕もテイマーさんのパーティーも戸惑っていたら、今度はテイマーさんのパーティーに依頼を出すと言って、返事を待たずに彼らにまとまったお金を渡した。

「今から言うものを買ってきてください。雨避けのローブを大小二つ、四人用のテント、寝袋二つ、シルバーウルフ用の敷物。パンは買えるだけ、串焼きも買えるだけ。鍋を十個買って、屋台に行って食べ物を十種類入れてもらって――」

 さすがに僕も気づいた。ウルドさんは僕たちの旅の準備の買い出しを依頼してくれているのだ。さっき持っているものを聞かれたのはこのためだったのか。
 テイマーさんのパーティーも、僕のための依頼だと気づいて、買い物の内容を確認してくれている。

 多分ウルドさんは僕がアイテムボックスを持っていることに気づいていると思う。でないとこの量の買い出しはしない。そして、ブランがシルバーウルフじゃないことも気づいている気がする。
 それでも何も聞かず、助けてくれようとしている。

 感極まって泣いてしまった僕に、ティグリス君が元気を出してというふうに頭を擦り付けてきた。慰めてくれて、ありがとう。
 それを見たテイマーさんは、「笑ってろ。でないとあんたのウルフが心配するだろう」と言ってから、ティグリス君を連れて買い物に出ていった。

 僕は中庭に駆け出して、ブランに抱きついた。
 利用する人もいる。でも助けてくれる人もいる。世界が違っても、それは変わらない。
 差し伸べられる手が温かいのは、どこも同じだ。どこでも同じであってほしい。

「ブラン、次にあのSランク剣士に会ったら、あのきれいな剣、折っちゃって。あと、ギルドの訓練場も吹き飛ばしちゃって。だって戦いたいって言ったのはむこうだもん。どうなっても知らないよね。やっちゃえ!」

 ブランのお腹に顔を当てていたので、ブランが笑っていることが分かった。僕も笑いがこみあげてきた。大丈夫、ブランがいてくれるから、ちゃんと笑える。


 そんなに時間がかからず、テイマーさんのパーティーは買い物から帰ってきた。手分けして急いで買ってきてくれたようで、食堂の机の上に並べるとすごい量だ。アルに見てもらってから収納しよう。
 けれど、匂いにつられたのか、ブランが食堂に入ってきて串焼きにロックオンしている。食いしん坊め。やっぱり食べ物は先に収納しておこう。危険がいっぱいだ。

 お礼を言って、アルを待っている間、テイマーさんのパーティーメンバーと、今さらながらの自己紹介をしている。テイマーさんたちのパーティーはAランクの「ティガー」だそうだ。名前の由来が一目瞭然。いいパーティー名を誰も思い付けず決めないでいたら、いつの間にかそう呼ばれていて、そのまま正式名になってしまったそうだ。パーティー名の決め方とか、今まで聞いた面白いパーティー名とか、変わった依頼とかの話で盛り上がっていたら、ようやくアルが帰ってきた。

 けれど、アルは一人ではなく、ギルドの職員三人とSランク剣士も一緒だった。嫌な予感しかしない。
 ブランに、この宿だけは壊さないでとお願いしたら、「ここは俺も気に入ってる」と念話が返ってきたので、宿が吹き飛ぶ心配はなさそうだ。
 ティグリス君は、と見たら、ブランが怖いのかまだちょっとぷるぷるしてるけれど、テイマーさんを守るように前に立っている。

「従魔にギルドを凍らせて、逃げるとはどう言うことだ! これはギルドへの攻撃と見なす。ギルドまで連行する」

 食堂に入ってきてすぐ、ギルドの職員の一人が、高圧的に命令してきた。ギルドを凍らせちゃったのはこちらが悪いけど、その前にそちらの対応に問題はなかったの?
 僕の不満を感じ取って、アルが反論しようとしたところを「奴隷は黙ってろ!」と遮った。こいつは敵だ。そう感じて、僕のスイッチが入る。大丈夫、あのときとは違う。ブランとアルがいてくれる。僕はひとりぼっちじゃない。

「まずあなたはどなたですか? 僕のことはご存じのようですが、一応、Fランクのユウです」

 話の前にと聞いた僕の誰何に返ってきたのは、「Fランクが従魔と戦闘奴隷を持つなど、身の程知らずだ」から始まる演説だった。まとめると、便利な能力をギルドのために役立てろ、の一文なのに長いこと長いこと。ティガーのみんなもドン引きしてる。それに、名乗ってもいない。
 あ、キッチンにこっそりウルドさんがいる。

 僕が誰と契約し、誰とパーティーを組み、なんの依頼を受けるかは、僕の自由だ。ギルドに強制する権利なんてない。しつこい勧誘もギルドで禁止されている。それなのに、それを訴えても取り合わないギルド職員は職務怠慢じゃないのか。ましてや魔物の買い取りの内容を漏らしただろう。こっちは一回それでギルドとトラブってるんだ。それくらい調べてから来い!
 と思ったら、まさかの知ったうえでの突撃だった。

「その従魔とアイテムボックスをSランクパーティーで活かしてやろうと言っているのに、なんの文句があるんだ! 付与もだ。ギルドのために使え!」

 あーあ、言っちゃった。思わず天を仰ぐ。見えてるのは食堂の天井だけど。
 横でテイマーさんたちが息を飲んだのが分かったけど、あまりな発言のおかげで僕は逆に冷静になれた。

「それは、あなた個人の意見ですか? それともギルドの方針ですか?」

 魔物の解体をしてくれた職員さんがヤバいと思ったのか「そいつが勝手にいっているだけだ! ギルドは関係ない」と慌てて遮ったのに、暴走職員が断言してしまった。

「誰に向かって物を言っている! もちろんギルドの方針だ」

 その発言に、空気が凍りついた。
 あれ、比喩じゃなくて、物理的に凍ってる? ダイヤモンドダストみたいにキラキラが舞っている。でも、床や壁は凍ってない。ブランが宿に被害がでないようにしてくれているのだろう。さっき一度怒りの沸点越えたからか、ブランが冷静だ。凍らせたから、沸点じゃなくて凝固点かな。関係ないことに思考が流れていくけど、現実逃避していないで、これを終わらせなきゃ。このギルドの終わりは確定したけどね。
 気持ちを立て直すために、「キラキラきれいだね、ありがとう」とブランをもふもふして、一息入れた。大丈夫、一人じゃない。

「誰に向かってと言われても、名乗ってくださらないので分かりません。僕はアイテムボックスを持っているなど一度も言っていません。まあ僕の行動から推測したと言われるとそれまでですが、付与を持っているなど、一体どこからの情報でしょう?」

 スキルの内容はともかく、個人のスキルを本人の許可なく他の冒険者に知らせるのは、ギルドの処罰対象だ。僕は同意していない。

「勝手にスキルを公開し、Sランクパーティーに入って、従魔と僕のスキルをパーティーやギルドのために使えと、ギルドが強制するのですね。それがカージのギルドの方針なのですね」

 そこの一度もしゃべってないギルドの職員さん、聞いてましたよね? 間違いありませんね?
 Sランクの剣士さんも、あってますよね? ギルドから僕のスキルを聞いていたから、強引に勧誘してたんですね。ブランと戦いたいって、いちゃもんつけて取り上げる気でした?
 ティガーのみなさん、聞きました? ギルドって冒険者のための組織だと思ってたんですけど、違うんですねえ。怖いなあ。こんなギルドじゃ冒険者は不安になっちゃいますね。

 とても冷静に、嫌味っぽく文句を言うことができたと思う。
 実はこれ、オモリの街で助けてくれたSランクパーティーの真似だ。
 カイドのギルドが起こした不正の後処理のときに、僕への謝罪と賠償をきちんとさせるために、適当で済ませると周りの冒険者が黙ってないぞとプレッシャーをかけてくれた。彼らには本当にお世話になった。同じSランクでもいろいろだ。
 ちょっと煽っちゃったのは、僕がうんざりしているからだけど、ティガーのみんなも巻き込んじゃって申し訳ない。

 解体職員さんがこれ以上はマズいと思ったのか、さらに反論しようとした暴走職員を拳で黙らせた。でもちょっと遅かった。ギルドの方針だという発言は、もう取り消せない。
 とんでもない不祥事に、一度もしゃべってない職員さんが青い顔で震えていると思ったら、ダイヤモンドダストはギルド職員たちを中心に舞っていることに気づいた。もしかしなくても、そこだけ極寒なのね。

「すまない、今ギルドマスターが不在だが、帰ってきたら謝罪させる」

 解体職員さんはそういうと、台車で運んできた肉を食堂の机に移し、暴走職員を雑に台車に乗せて、他の職員とSランクを連れて帰っていった。
 はあ、やっと終わった。

 ギルドが冒険者のスキルを本人の許可なく他人に知らせると、かなり厳しい処罰が下される。希少スキルの場合、自由を奪われる可能性があるからだ。ギルドでスキル鑑定したら勝手にバラされて監禁された、ということになったら、誰もギルドのスキル鑑定を利用しなくなる。そうすると、有用なスキルを持っている人が気づかれずに埋もれてしまう。

 カイドのギルド職員の多くが犯罪奴隷になったのは、このせいだ。ただ、カイドのギルドは、僕が国に囲われてしまうのを警戒してギルド外には漏らさなかった。
 けれど、アルが予想していたように、カイドの粛清後に、僕のスキルはオモリのギルドから漏れて、いろんな国の冒険者ギルドの上層部に共有されているのだろう。どちらかというと、アンタッチャブルな存在として。
 そしてそれを知る立場にあったおバカさんが、今回暴走した。

 ここのギルドの粛清はおそらく、カイドよりも厳しいものになる。
 だって、宿っていうギルド外の、オリシュカさんという一般人がいるところで、冒険者の希少スキルを暴露した。しかも目撃者となりうる関係ない冒険者の目の前で、ギルドの方針だと宣言して。
 そう、オリシュカさんは、食堂のキッチンでずっと料理してくれていたのだ。騒動も聞こえているはず。

 それにこの感じだと、僕のスキルはすでに口封じできないレベルでバラされている気がする。いろいろな国に伝わるのは時間の問題だ。
 これで僕はかなり危険な立場に置かれることになった。それなのにここのギルドへの処罰を甘くしたら、冒険者ギルド全体の信用が落ちる。

 ブランがいなかったら、僕の未来はここで閉ざされたんだろう。
 でもブランがいてくれるから、大丈夫だ。代わりにいくつかの国が更地になるかもだけど、そこまでは責任持てない。
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