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閑話
【クリスマス閑話】スノードーム
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大雪の地域の皆様にお見舞い申し上げます。
穏やかな新年を迎えられますようお祈り申し上げます。
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新しい付与の商品を考えたい。
以前、アルにプレゼントする宝石を取りにいったときに、あまり価値がなくて売れなかった宝石がアイテムボックスの中に残っている。あれで何か作れないかなと思っているんだけど、いい案が浮かばない。
ということで市場調査にやってきた。ここ数日、ブランとツェルト助祭様と一緒に街を歩いている。
あまり長時間になると人が集まってくるかもしれないからと、1回の外出の時間は短く、場所を日替わりにしていて、今日は庶民向けのお店があるところだ。
雑貨屋さんをのぞくと、可愛らしいアクセサリーがたくさんあったが、その中にプレートに名前の書かれたペンダントが置かれていた。素材は皮だったり、木だったり、色も形もいろいろだ。観光地で見た名前入りキーホルダーを思い出したけど、世界が違っても同じようなものがあって面白い。
「これは、最近出回り始めたものです」
「僕もアルとお揃いで買おうかな。名前入れてもらえるかな」
「可能ですが、ユウさん、これはそういう目的のものではありません」
どういうことだろうと思ったら、親が子どもにつける迷子札だった。
二百年周期が始まった今、いつ何時あふれがあってもおかしくない。モクリークは上級ダンジョンが多く、あふれの被害が多い。
もしも街の近くのダンジョンがあふれたら。そのときに子どもとはぐれてしまったら。その対策として子どもに迷子札として名前入りのペンダントを持たせるのだと、ツェルト助祭様が教えてくれた。
戸籍のないこの世界、まだ自分の名前の言えない子どもがあふれの混乱の中で迷子になったら、そして別々の街へ避難することになったら、その後探すのはとても大変だろう。
迷子札に小さな宝石をつけるのは安全面からよくないだろうし、札自体を光らせてみても仕方がないし、付与でできることなどない。強化して壊れないようにするくらいはできるけど、壊れるような衝撃を受けることはまずない。あるとすれば、あふれのなかでモンスターの攻撃を受けてしまう場面だろうけど、そうなれば付与の強化くらいでは太刀打ちできない。
現地調査をしてみても、いい案は浮かばない。
小さな宝石が光ってもただの電飾だし、冷たくなったところで凍傷になるだけだし、その小ささ故に多くの魔力は込められないから選択肢も少ない。
一つだけ作りたいものが思い浮かんだけれど、それは付与では作れない。でも、誰かに作ってほしい。
「フェリア商会に行きたいんですが」
「商品をご覧になられますか?」
「いえ。作ってほしいものがあって」
「でしたら、教会へ来てもらいましょう」
なんだか大事になりそうだけど、付与の商品に繋がるかもしれないから、教会で話し合うことになった。
外出の翌日、さっそくフェリア商会が来てくれたと言われて出向いた会議室には、今回も会頭さんが来てくれていた。お呼び立てしてごめんなさい。
「何かご要望のものがあると伺いましたが」
「こういうのを作ってもらいたいんです。僕が欲しいだけなので、かかる費用は払います」
見本として見せたのは、瓶の中に水を入れて、そこにブランに作ってもらった融けない小さな雪の結晶を散らしたもの。スノードームもどきだ。冬に向けて雪をイメージした髪飾りを見て思いついた。
子どものころ、兄さんの持っているスノードームが欲しくて見ていたら兄さんがくれたのだ。ちなみにそのスノードームは兄さんがクリスマスプレゼントでもらった品だったと後で知った。
「なるほど、逆さにすることで雪が舞うのですね」
「中の液体が水じゃなくてトロッとしていると、もっときれいに雪が舞うと思います」
球形のガラスの中にオブジェを置いて、と簡単に口で説明するだけで、なんとなく分かってもらえたようだ。
この世界にそういう用途で使えるものがあるか分からないのだけど、大きな商会ならいろいろと知識や伝手があるだろう。
何度か試作品を見せてもらって修正を加えながら出来上がったスノードームは、僕が作りたかったとおりのものになった。ただし、中に入っているのはオブジェには宝石が使われている。
試作品の段階で貴族向けに売ることになったので、全体的に高級感が漂っている。僕は費用は一切払わず、アイデア料として出来上がったものをもらえることになった。
ちなみに中の液体が何を使っているのかは教えてもらえなかった。魔物の素材ですとはぐらかされたのだけど、知らないほうがいいんだろうか。
「綺麗だな」
「僕が思っていたのよりもずっといいものが出来たよ」
今日はたまたまアルがダンジョン攻略の合間に帰ってきてくれていたので、会議室で一緒に完成品を見せてもらっている。
手に持って逆さまにして雪を降らせると、フワフワと粉雪が舞う。
この粉雪にライトの付与をしたら、星屑が降っているみたいにならないかな。
でも失敗してこのスノードームが台無しになったら嫌なので、試作品で試してみたい。
「あの、試してみたいことがあるんですが、試作品ってありますか?」
「はい。こちらにいくつかありますが」
「ユウ、何をするんだ?」
「この雪にライトを付与したら、星が降ってるみたいにならないかなと思って」
スノードームを両手で包んで、中の雪に対して付与のスキルを発動させる。一度にこんなに小さくたくさんのものに付与したことがないから、上手くできるか分からない。
手を開くと、雪がほのかに光っていた。対象が小さすぎて、込められる魔力もごくわずかなので、これ以上明るくはならないようだ。
粉雪に見立てたパウダーは貝殻を砕いたものだそうで、光を反射してキラっとわずかに輝くものも混ざっている。
「これは綺麗ですね。魔石の粉でしたら、もっと光るかもしれませんね」
「これくらいの淡い光のほうが趣があっていい気もするな。雪とも星ともつかない感じで」
「明るいのを少しだけ混ぜるとかもよさそう」
翌日、貝殻の粉と魔石の粉を持ってきてもらって僕がライトを付与し、フェリア商会がそれをいろいろな割合でスノードームに入れてキラキラスノードームを作ることになった。
そうしてできたキラキラスノードームは、貴族の冬の贈り物として売れたそうだ。
僕は、完成品としてもらったスノードームのパウダーにもライトを付与した。試作品への付与は綺麗にできたけど、失敗しないようにと今までで一番緊張した。
そのスノードームは僕たちの部屋のよく見えるところに、ブランが作ってくれた氷の花と一緒に飾ってある。
ある夜、淡く光る雪が舞うスノードームをぼんやり眺めていたら、アルが遠慮がちに聞いて来た。
「ユウ、話したくなければいいんだが、それに何か思い入れがあるのか?」
「兄さんが持っているのが欲しくて、我儘を言って、もらったんだ。でも次の冬には飽きちゃって、飾りもしなかった」
「そうだったんだな」
雪を見ると、あのスノードームを思い出す。雪のほとんど降らない地域に住んでいたから、僕にとって雪の思い出はあのスノードームだ。
伝えたかった「ごめんなさい」も「ありがとう」も、もう伝えることは出来ない。
「アルは? 雪の思い出は?」
「寒いし、農作業の邪魔になるっていうのだけだな」
「そっか……」
アルが育ったミダは、モクリークの山間部と変わらないくらい雪が降るところらしい。
問題のある孤児院で育ったアルには、雪だからといって休みがもらえたりはしなかった。冬の間も冬野菜が植えられている畑の世話や雪かきなど、天気に関係なく作業があった。
お互い、雪にはあまりいい思い出がないみたいだ。
「ユウ、今回のカークトゥルスはやめるか?」
「なんで?」
「思いっきり雪遊びをして、雪の楽しい思い出を作るというのはどうだ?」
「でも、獣道のみんなと約束しているし」
「断っても怒らないと思うが。今度のカークトゥルスは早めに切り上げて、サネバで雪遊びをしよう」
その冬はカークトゥルス攻略後に、サネバのギルド前で、獣道も一緒に雪だるまを作って遊んだ。
雪合戦もしたけど、他の冒険者たちも参戦したあたりから白熱してきて、最後はギルドマスターに中止させられてしまった。途中から雪玉が僕の動体視力では負えないくらいのスピードで飛んでいたからね。
次の冬からは、雪を見れば、この雪合戦を思い出すだろう。
みんな全力で、防具も凹むんじゃないかというくらいの勢いで雪玉を投げ合っていた、大人げない雪合戦を。
誰一人僕には本気で雪玉を当てようとせず、けれど僕の雪玉はよけないでくれた、優しい雪合戦を。
---------
「ブラン、あの透明な液体は食虫花の粘液か?」
『そうだ。たとえこぼれても危険はない。ユウには知らせるなよ』
「テイマーの近くに逃げるな! 万が一当たったらどうするんだ!」
「雪玉なら怪我しないから大丈夫だろ」
「テイマーのどんくささを知らないということは、お前、モクリーク歴が短いな」
「そうだぞ。雪玉に驚いて、滑って怪我をしたらどうするんだ」
穏やかな新年を迎えられますようお祈り申し上げます。
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新しい付与の商品を考えたい。
以前、アルにプレゼントする宝石を取りにいったときに、あまり価値がなくて売れなかった宝石がアイテムボックスの中に残っている。あれで何か作れないかなと思っているんだけど、いい案が浮かばない。
ということで市場調査にやってきた。ここ数日、ブランとツェルト助祭様と一緒に街を歩いている。
あまり長時間になると人が集まってくるかもしれないからと、1回の外出の時間は短く、場所を日替わりにしていて、今日は庶民向けのお店があるところだ。
雑貨屋さんをのぞくと、可愛らしいアクセサリーがたくさんあったが、その中にプレートに名前の書かれたペンダントが置かれていた。素材は皮だったり、木だったり、色も形もいろいろだ。観光地で見た名前入りキーホルダーを思い出したけど、世界が違っても同じようなものがあって面白い。
「これは、最近出回り始めたものです」
「僕もアルとお揃いで買おうかな。名前入れてもらえるかな」
「可能ですが、ユウさん、これはそういう目的のものではありません」
どういうことだろうと思ったら、親が子どもにつける迷子札だった。
二百年周期が始まった今、いつ何時あふれがあってもおかしくない。モクリークは上級ダンジョンが多く、あふれの被害が多い。
もしも街の近くのダンジョンがあふれたら。そのときに子どもとはぐれてしまったら。その対策として子どもに迷子札として名前入りのペンダントを持たせるのだと、ツェルト助祭様が教えてくれた。
戸籍のないこの世界、まだ自分の名前の言えない子どもがあふれの混乱の中で迷子になったら、そして別々の街へ避難することになったら、その後探すのはとても大変だろう。
迷子札に小さな宝石をつけるのは安全面からよくないだろうし、札自体を光らせてみても仕方がないし、付与でできることなどない。強化して壊れないようにするくらいはできるけど、壊れるような衝撃を受けることはまずない。あるとすれば、あふれのなかでモンスターの攻撃を受けてしまう場面だろうけど、そうなれば付与の強化くらいでは太刀打ちできない。
現地調査をしてみても、いい案は浮かばない。
小さな宝石が光ってもただの電飾だし、冷たくなったところで凍傷になるだけだし、その小ささ故に多くの魔力は込められないから選択肢も少ない。
一つだけ作りたいものが思い浮かんだけれど、それは付与では作れない。でも、誰かに作ってほしい。
「フェリア商会に行きたいんですが」
「商品をご覧になられますか?」
「いえ。作ってほしいものがあって」
「でしたら、教会へ来てもらいましょう」
なんだか大事になりそうだけど、付与の商品に繋がるかもしれないから、教会で話し合うことになった。
外出の翌日、さっそくフェリア商会が来てくれたと言われて出向いた会議室には、今回も会頭さんが来てくれていた。お呼び立てしてごめんなさい。
「何かご要望のものがあると伺いましたが」
「こういうのを作ってもらいたいんです。僕が欲しいだけなので、かかる費用は払います」
見本として見せたのは、瓶の中に水を入れて、そこにブランに作ってもらった融けない小さな雪の結晶を散らしたもの。スノードームもどきだ。冬に向けて雪をイメージした髪飾りを見て思いついた。
子どものころ、兄さんの持っているスノードームが欲しくて見ていたら兄さんがくれたのだ。ちなみにそのスノードームは兄さんがクリスマスプレゼントでもらった品だったと後で知った。
「なるほど、逆さにすることで雪が舞うのですね」
「中の液体が水じゃなくてトロッとしていると、もっときれいに雪が舞うと思います」
球形のガラスの中にオブジェを置いて、と簡単に口で説明するだけで、なんとなく分かってもらえたようだ。
この世界にそういう用途で使えるものがあるか分からないのだけど、大きな商会ならいろいろと知識や伝手があるだろう。
何度か試作品を見せてもらって修正を加えながら出来上がったスノードームは、僕が作りたかったとおりのものになった。ただし、中に入っているのはオブジェには宝石が使われている。
試作品の段階で貴族向けに売ることになったので、全体的に高級感が漂っている。僕は費用は一切払わず、アイデア料として出来上がったものをもらえることになった。
ちなみに中の液体が何を使っているのかは教えてもらえなかった。魔物の素材ですとはぐらかされたのだけど、知らないほうがいいんだろうか。
「綺麗だな」
「僕が思っていたのよりもずっといいものが出来たよ」
今日はたまたまアルがダンジョン攻略の合間に帰ってきてくれていたので、会議室で一緒に完成品を見せてもらっている。
手に持って逆さまにして雪を降らせると、フワフワと粉雪が舞う。
この粉雪にライトの付与をしたら、星屑が降っているみたいにならないかな。
でも失敗してこのスノードームが台無しになったら嫌なので、試作品で試してみたい。
「あの、試してみたいことがあるんですが、試作品ってありますか?」
「はい。こちらにいくつかありますが」
「ユウ、何をするんだ?」
「この雪にライトを付与したら、星が降ってるみたいにならないかなと思って」
スノードームを両手で包んで、中の雪に対して付与のスキルを発動させる。一度にこんなに小さくたくさんのものに付与したことがないから、上手くできるか分からない。
手を開くと、雪がほのかに光っていた。対象が小さすぎて、込められる魔力もごくわずかなので、これ以上明るくはならないようだ。
粉雪に見立てたパウダーは貝殻を砕いたものだそうで、光を反射してキラっとわずかに輝くものも混ざっている。
「これは綺麗ですね。魔石の粉でしたら、もっと光るかもしれませんね」
「これくらいの淡い光のほうが趣があっていい気もするな。雪とも星ともつかない感じで」
「明るいのを少しだけ混ぜるとかもよさそう」
翌日、貝殻の粉と魔石の粉を持ってきてもらって僕がライトを付与し、フェリア商会がそれをいろいろな割合でスノードームに入れてキラキラスノードームを作ることになった。
そうしてできたキラキラスノードームは、貴族の冬の贈り物として売れたそうだ。
僕は、完成品としてもらったスノードームのパウダーにもライトを付与した。試作品への付与は綺麗にできたけど、失敗しないようにと今までで一番緊張した。
そのスノードームは僕たちの部屋のよく見えるところに、ブランが作ってくれた氷の花と一緒に飾ってある。
ある夜、淡く光る雪が舞うスノードームをぼんやり眺めていたら、アルが遠慮がちに聞いて来た。
「ユウ、話したくなければいいんだが、それに何か思い入れがあるのか?」
「兄さんが持っているのが欲しくて、我儘を言って、もらったんだ。でも次の冬には飽きちゃって、飾りもしなかった」
「そうだったんだな」
雪を見ると、あのスノードームを思い出す。雪のほとんど降らない地域に住んでいたから、僕にとって雪の思い出はあのスノードームだ。
伝えたかった「ごめんなさい」も「ありがとう」も、もう伝えることは出来ない。
「アルは? 雪の思い出は?」
「寒いし、農作業の邪魔になるっていうのだけだな」
「そっか……」
アルが育ったミダは、モクリークの山間部と変わらないくらい雪が降るところらしい。
問題のある孤児院で育ったアルには、雪だからといって休みがもらえたりはしなかった。冬の間も冬野菜が植えられている畑の世話や雪かきなど、天気に関係なく作業があった。
お互い、雪にはあまりいい思い出がないみたいだ。
「ユウ、今回のカークトゥルスはやめるか?」
「なんで?」
「思いっきり雪遊びをして、雪の楽しい思い出を作るというのはどうだ?」
「でも、獣道のみんなと約束しているし」
「断っても怒らないと思うが。今度のカークトゥルスは早めに切り上げて、サネバで雪遊びをしよう」
その冬はカークトゥルス攻略後に、サネバのギルド前で、獣道も一緒に雪だるまを作って遊んだ。
雪合戦もしたけど、他の冒険者たちも参戦したあたりから白熱してきて、最後はギルドマスターに中止させられてしまった。途中から雪玉が僕の動体視力では負えないくらいのスピードで飛んでいたからね。
次の冬からは、雪を見れば、この雪合戦を思い出すだろう。
みんな全力で、防具も凹むんじゃないかというくらいの勢いで雪玉を投げ合っていた、大人げない雪合戦を。
誰一人僕には本気で雪玉を当てようとせず、けれど僕の雪玉はよけないでくれた、優しい雪合戦を。
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「ブラン、あの透明な液体は食虫花の粘液か?」
『そうだ。たとえこぼれても危険はない。ユウには知らせるなよ』
「テイマーの近くに逃げるな! 万が一当たったらどうするんだ!」
「雪玉なら怪我しないから大丈夫だろ」
「テイマーのどんくささを知らないということは、お前、モクリーク歴が短いな」
「そうだぞ。雪玉に驚いて、滑って怪我をしたらどうするんだ」
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