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第49話、わたしのしたいことは?
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紹介されたユニコーン企業をネットで見ながらぼんやりと秘書の仕事をする自分を想像する。夢だった、憧れていた。その為に今の仕事だって経験を積んでいる。
――秘書になりたい子は山ほどいるんだ。みんなそのチャンスを手に入れたくて必死になってる。
篠原さんに言われた言葉が未だに胸を突いてくる。あの人の言葉にまだ縛られるみたいでため息を溢した。
「なんかあった?」
「え」
「受付座っててもなんか考え事してるね」
「あ……うそ、そんなに顔に出してた?」
仕事場では常に笑顔を心がけているはずなのに。そんなにも表情に出していたのかと今日の自分を反省した。
「なにか心配事?」
「えっと……」
何から話そうか、そんな思いで言葉に詰まっただけだけど、言いにくいことなのかと危惧されたのか。白鹿さんは私の言葉を待たずに逆に告げて来た。
「例のストーカー男……元カレだけど。もう近づいてこないと思うよ」
いきなり飛び込んできた言葉に目を見張ると、白鹿さんは、淡々とはしているがひどく穏やかな表情だ。でもその中に含まれた冷たい視線に一瞬だけ身震いがする。
「……なんで? なに、どうしたの?」
恐る恐る問いかけると、白鹿さんは少しだけ黙ったが軽く息を吐くとまた淡々と話し始める。
「あの何度も自宅周辺をうろついていた行動、直接的な接触がなくてもつきまとい行為に該当する可能性がある。だから、警察に相談した。ストーカー規制法に基づいてまずは警告を出してもらった」
「警告……?」
「そう、正式な申出書を出してこれまでの行動や経緯を資料にまとめた。SNSでの監視や、無言電話の履歴、過去の交際中の言動からそれを匂わせるようなあのメモも含めて。あと、引っ越したマンション。近隣の防犯カメラの映像も確認してくれて何度か立ち入りがあったのを警察も把握した」
「え」
やはり引っ越し先にもあれから篠原さんは出入りをしていたのか。それを思うとゾッとして、今ここで暮らさせてもらえていたことに心から感謝しかない。
「今は禁止命令の手前。だけど、それでも十分抑止になるはずだよ」
「……知らなかった、そんなの」
「ストーカー被害は案件として多いからな。すぐに警察も動いてくれないし下手に期待したり不安になる方が大きいと思ったからそれなりの結果が出るまでは言う気はなかった。最近は眠れるようにもなってるし、ストーカー男のこともさほど考えなくても平気になってきたかなって。思い出す方が嫌だろうって思ったしね」
ひどく淡々とした物言いだけど、その会話の節々に見える優しさが胸をきゅうっと締め付けてくる。理不尽な恐怖に晒されていた私のことを本当に怒ってくれていたのか、私が出来ない代わりに、腹を立て動いてくれたのだと思うとそれだけで胸が熱くなる。
「相手にはこれ以上接触すれば刑事罰の対象になるって直接警察から伝えられてるはず。もしまた何かあれば、今度はすぐに禁止命令を出せる。そこから先は……逮捕も視野に入る」
「……」
「だから、もう怖がらなくていいよ」
「……私、なにも知らなくて……ずっと呑気に……」
「別に呑気じゃないだろ。外ではいつも気を張って暮らしてるじゃんか。眠れてはいるけどな、夜中にまだうなされてる日だってあるぞ」
(え……)
「傷つけられて、恐怖心まで植え付けられて……そんな簡単に気持ちを切り替えるなんか人間出来ないだろ」
「……」
「ここに来ることもないだろう。家族で引っ越すって聞いたよ」
「え、だ、誰に……」
「いろいろね? 情報網はそれなりにあるしそこそこ顔は広いんだ」
にこりと微笑む笑顔はどこか黒くて怖いほど。それでもやっぱり破壊的にかっこいい。
「営業してるとね、いろんなところでいろんな人と繋がってさ。うまくやっていけば割と情報が入る。うちの企業とやり取りもしてるんだし繋がりさえ引っ張り出せれば個人情報だって簡単に入手できる」
「そんな……」
「怖い? でも同じことされてたじゃないか。知らないところで自分のモノ扱いされて土足で居場所を踏み荒らされた。社会的制裁を受けたらいい」
ストーカーなんか犯罪だしな、そう冷たく白鹿さんがこぼす。自分の知らないところで白鹿さんが元カレのことを調べて自分の安心する材料を目の前に提示してくれた。それだけで泣きそうな気持になった。
「ありがとう……」
「今すぐ、はまだ安心できないかもだけど。そのうち帰れるよ」
(え)
「心配や不安がなくなれば、ちゃんとぐっすり眠れるよ」
「……」
そうだ。やっぱり自分は白鹿さんに守られながら元の暮らしを取り戻すためのソフレ関係なだけだった。そしてその関係の終止符は自分が打つのだ。
――白鹿さん、ありがとう。私はもう大丈夫。
そう言って、この部屋を出て行くんだ。私はそうして元のありふれた日常に帰って、夢だった秘書の道を手にするの?
(じゃあ……白鹿さんは?)
白鹿さんは、私がいなくなって……また張りつめる神経を閉ざしながら理解されない悩みを抱えてひとりで暮らすの?
私は本当に……甘えるだけの存在でしかいられないのか。
――秘書になりたい子は山ほどいるんだ。みんなそのチャンスを手に入れたくて必死になってる。
篠原さんに言われた言葉が未だに胸を突いてくる。あの人の言葉にまだ縛られるみたいでため息を溢した。
「なんかあった?」
「え」
「受付座っててもなんか考え事してるね」
「あ……うそ、そんなに顔に出してた?」
仕事場では常に笑顔を心がけているはずなのに。そんなにも表情に出していたのかと今日の自分を反省した。
「なにか心配事?」
「えっと……」
何から話そうか、そんな思いで言葉に詰まっただけだけど、言いにくいことなのかと危惧されたのか。白鹿さんは私の言葉を待たずに逆に告げて来た。
「例のストーカー男……元カレだけど。もう近づいてこないと思うよ」
いきなり飛び込んできた言葉に目を見張ると、白鹿さんは、淡々とはしているがひどく穏やかな表情だ。でもその中に含まれた冷たい視線に一瞬だけ身震いがする。
「……なんで? なに、どうしたの?」
恐る恐る問いかけると、白鹿さんは少しだけ黙ったが軽く息を吐くとまた淡々と話し始める。
「あの何度も自宅周辺をうろついていた行動、直接的な接触がなくてもつきまとい行為に該当する可能性がある。だから、警察に相談した。ストーカー規制法に基づいてまずは警告を出してもらった」
「警告……?」
「そう、正式な申出書を出してこれまでの行動や経緯を資料にまとめた。SNSでの監視や、無言電話の履歴、過去の交際中の言動からそれを匂わせるようなあのメモも含めて。あと、引っ越したマンション。近隣の防犯カメラの映像も確認してくれて何度か立ち入りがあったのを警察も把握した」
「え」
やはり引っ越し先にもあれから篠原さんは出入りをしていたのか。それを思うとゾッとして、今ここで暮らさせてもらえていたことに心から感謝しかない。
「今は禁止命令の手前。だけど、それでも十分抑止になるはずだよ」
「……知らなかった、そんなの」
「ストーカー被害は案件として多いからな。すぐに警察も動いてくれないし下手に期待したり不安になる方が大きいと思ったからそれなりの結果が出るまでは言う気はなかった。最近は眠れるようにもなってるし、ストーカー男のこともさほど考えなくても平気になってきたかなって。思い出す方が嫌だろうって思ったしね」
ひどく淡々とした物言いだけど、その会話の節々に見える優しさが胸をきゅうっと締め付けてくる。理不尽な恐怖に晒されていた私のことを本当に怒ってくれていたのか、私が出来ない代わりに、腹を立て動いてくれたのだと思うとそれだけで胸が熱くなる。
「相手にはこれ以上接触すれば刑事罰の対象になるって直接警察から伝えられてるはず。もしまた何かあれば、今度はすぐに禁止命令を出せる。そこから先は……逮捕も視野に入る」
「……」
「だから、もう怖がらなくていいよ」
「……私、なにも知らなくて……ずっと呑気に……」
「別に呑気じゃないだろ。外ではいつも気を張って暮らしてるじゃんか。眠れてはいるけどな、夜中にまだうなされてる日だってあるぞ」
(え……)
「傷つけられて、恐怖心まで植え付けられて……そんな簡単に気持ちを切り替えるなんか人間出来ないだろ」
「……」
「ここに来ることもないだろう。家族で引っ越すって聞いたよ」
「え、だ、誰に……」
「いろいろね? 情報網はそれなりにあるしそこそこ顔は広いんだ」
にこりと微笑む笑顔はどこか黒くて怖いほど。それでもやっぱり破壊的にかっこいい。
「営業してるとね、いろんなところでいろんな人と繋がってさ。うまくやっていけば割と情報が入る。うちの企業とやり取りもしてるんだし繋がりさえ引っ張り出せれば個人情報だって簡単に入手できる」
「そんな……」
「怖い? でも同じことされてたじゃないか。知らないところで自分のモノ扱いされて土足で居場所を踏み荒らされた。社会的制裁を受けたらいい」
ストーカーなんか犯罪だしな、そう冷たく白鹿さんがこぼす。自分の知らないところで白鹿さんが元カレのことを調べて自分の安心する材料を目の前に提示してくれた。それだけで泣きそうな気持になった。
「ありがとう……」
「今すぐ、はまだ安心できないかもだけど。そのうち帰れるよ」
(え)
「心配や不安がなくなれば、ちゃんとぐっすり眠れるよ」
「……」
そうだ。やっぱり自分は白鹿さんに守られながら元の暮らしを取り戻すためのソフレ関係なだけだった。そしてその関係の終止符は自分が打つのだ。
――白鹿さん、ありがとう。私はもう大丈夫。
そう言って、この部屋を出て行くんだ。私はそうして元のありふれた日常に帰って、夢だった秘書の道を手にするの?
(じゃあ……白鹿さんは?)
白鹿さんは、私がいなくなって……また張りつめる神経を閉ざしながら理解されない悩みを抱えてひとりで暮らすの?
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