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第52話、夢みたいな夜(白鹿視点)
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触れてきたくちびるに一瞬なにが起きたのかよくわからなかった。
柔らかなくちびる、何か甘い果実でも食んだような質感と、吸い付くような不思議な感覚。視界の中に埋まるのは、瞳を閉じる彼女の姿。瞳を閉じる彼女は何度と見ている。それこそ一緒に眠る様になって毎日だ。不思議と彼女の寝顔は飽きなくて、眉を寄せて苦し気に眠る夜もあるけれど、穏やかに眠る寝顔はいつもよりもずっと幼げでどこか守ってやりたくなるような庇護欲も感じた。
今、目の前にいる彼女は眠っているわけではないよな? そんなバカなことを本気で考えていた。瞳を閉じているのは寝顔? いやそうじゃない。
ゆっくり花咲く様に瞼が開かれて、彼女の黒い瞳の中に俺が映る。
「美憂」
名前を声に出して呼んだのは無意識だった。そう呼んだ俺の声に彼女は微かに瞳を見開いて大きくて丸い眼球を潤ませた。
「一緒に、寝よう?」
彼女はさっきから何を言っているのか。正気なのか?
好きにしてもいいと見つめてきて、今日は私がゆっくり眠らせてあげたいなどと可愛い声で囁くから言葉の意味が素直に頭に響いてこない。
何を、言っている?
そんな言葉を吐いて……口づけてなんかくるな。
未だかつてないほど俺を誘う魅惑の香りを身体中から解き放つ様はまるで開花した花のようで。
そんな風に俺を誘うな。
真っ直ぐ見つめてくる瞳を逸らすことなんか出来ない。逸らしてしまったらそれこそタガが外れてしまいそうで怖くなる。目を背けたら戻れなくなりそうだった、だからあえてずっと見つめ続けてきたんだ。見ないふりをしてしまったら自分を止められる自信がなかったから。
「……するなよ」
「え……」
そう溢す声を飲み込むように、今度は俺からそのくちびるに齧り付く。
「んっ」
柔らかくて軽く濡れたくちびるからは熱を放つようで、その熱に導かれるように口の中に舌を這わせたらもっと熱を帯びていた。
熱い口腔内、火傷しそうなくらいなのにどうしてこんなに心地いいのか。彼女とする初めてのキスはその熱に溶けそうなほど。それくらいくちびるから熱が伝わってくる。
「ぁ、んっ」
「キスされてさ……ほかになにを期待してるの」
「……」
真っ直ぐ見つめる彼女を真っ直ぐに見つめ返す。その口が何を言うのか、ありとあらゆる言葉を想定してみても、どこか宙に浮くような危うさで、彼女の気持ちなんか見えない。でも感じる香りは今まで嗅いだことのない色香を放つ……俺を狂わせるほどの、どうしようもないほどの糖度を増しているから。
「寝させてくれるの?」
「……うん」
「眠れると思う?」
「……」
「俺を興奮させて、どうしたいの?」
身体はいつも以上に疲れている。帰り道、彼女を抱いて眠りたい、ただそれだけを思って歩む足を急がせた。
眠くて眠くて、ひとりでなんか全く眠れなかったんだ。だから今夜は彼女を抱いて、ただずっと抱きしめて離さずに眠りたい……そう思っていたのに。
「全然眠れる気がしないんだけど。どうしようか?」
「……交感神経が優位なままで眠れないならピークが快感に変わればそこからは圧倒的疲労とリラックス……でしょ?」
「……」
「副交感神経が働き始めて……心身は強制的に休息モード。それは実証済みって白鹿さんが言ったんだよね?」
「……」
「私が、白鹿さんをドキドキなんかさせられるかな……」
そう言って、細く小さな掌が俺の左胸を押さえてきて見つめてくる。
「ドキドキしてよ」
「……」
「私は、ずっとドキドキしてる」
「……」
「もっと……私に触れて」
柔らかなくちびる、何か甘い果実でも食んだような質感と、吸い付くような不思議な感覚。視界の中に埋まるのは、瞳を閉じる彼女の姿。瞳を閉じる彼女は何度と見ている。それこそ一緒に眠る様になって毎日だ。不思議と彼女の寝顔は飽きなくて、眉を寄せて苦し気に眠る夜もあるけれど、穏やかに眠る寝顔はいつもよりもずっと幼げでどこか守ってやりたくなるような庇護欲も感じた。
今、目の前にいる彼女は眠っているわけではないよな? そんなバカなことを本気で考えていた。瞳を閉じているのは寝顔? いやそうじゃない。
ゆっくり花咲く様に瞼が開かれて、彼女の黒い瞳の中に俺が映る。
「美憂」
名前を声に出して呼んだのは無意識だった。そう呼んだ俺の声に彼女は微かに瞳を見開いて大きくて丸い眼球を潤ませた。
「一緒に、寝よう?」
彼女はさっきから何を言っているのか。正気なのか?
好きにしてもいいと見つめてきて、今日は私がゆっくり眠らせてあげたいなどと可愛い声で囁くから言葉の意味が素直に頭に響いてこない。
何を、言っている?
そんな言葉を吐いて……口づけてなんかくるな。
未だかつてないほど俺を誘う魅惑の香りを身体中から解き放つ様はまるで開花した花のようで。
そんな風に俺を誘うな。
真っ直ぐ見つめてくる瞳を逸らすことなんか出来ない。逸らしてしまったらそれこそタガが外れてしまいそうで怖くなる。目を背けたら戻れなくなりそうだった、だからあえてずっと見つめ続けてきたんだ。見ないふりをしてしまったら自分を止められる自信がなかったから。
「……するなよ」
「え……」
そう溢す声を飲み込むように、今度は俺からそのくちびるに齧り付く。
「んっ」
柔らかくて軽く濡れたくちびるからは熱を放つようで、その熱に導かれるように口の中に舌を這わせたらもっと熱を帯びていた。
熱い口腔内、火傷しそうなくらいなのにどうしてこんなに心地いいのか。彼女とする初めてのキスはその熱に溶けそうなほど。それくらいくちびるから熱が伝わってくる。
「ぁ、んっ」
「キスされてさ……ほかになにを期待してるの」
「……」
真っ直ぐ見つめる彼女を真っ直ぐに見つめ返す。その口が何を言うのか、ありとあらゆる言葉を想定してみても、どこか宙に浮くような危うさで、彼女の気持ちなんか見えない。でも感じる香りは今まで嗅いだことのない色香を放つ……俺を狂わせるほどの、どうしようもないほどの糖度を増しているから。
「寝させてくれるの?」
「……うん」
「眠れると思う?」
「……」
「俺を興奮させて、どうしたいの?」
身体はいつも以上に疲れている。帰り道、彼女を抱いて眠りたい、ただそれだけを思って歩む足を急がせた。
眠くて眠くて、ひとりでなんか全く眠れなかったんだ。だから今夜は彼女を抱いて、ただずっと抱きしめて離さずに眠りたい……そう思っていたのに。
「全然眠れる気がしないんだけど。どうしようか?」
「……交感神経が優位なままで眠れないならピークが快感に変わればそこからは圧倒的疲労とリラックス……でしょ?」
「……」
「副交感神経が働き始めて……心身は強制的に休息モード。それは実証済みって白鹿さんが言ったんだよね?」
「……」
「私が、白鹿さんをドキドキなんかさせられるかな……」
そう言って、細く小さな掌が俺の左胸を押さえてきて見つめてくる。
「ドキドキしてよ」
「……」
「私は、ずっとドキドキしてる」
「……」
「もっと……私に触れて」
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