続・ゆびさきから恋をするーclose the distance

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エピソード4

誠の葛藤④

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 なんだかここ最近ずっと誠くんが実験室にいる。

(暇なのかな……とかはさすがに思わないけど珍しい)

 事務作業も共用パソコンでしたり事務所でしてそうなことをなぜか下でしている。

(姿が見えるのは嬉しいからいいんだけど……違和感しかない)

 わざわざ聞くことでもないから言わないけれど、ぶっちゃけ変だ。

「菱田ちゃん、今からミーティング行ってくるからなんかあったら内線かけて?場所は事務所横の打合わせ室になるから」
「はぁい、行ってらっしゃい」
 高田さんたちがゾロゾロと実験室を出て行く。派遣の私はミーティングには出ないからこういう時は一人で仕事に励む。励むというと聞こえがいい、一気に気持ちを緩めて少しダラける唯一の時間でもある。

「千夏」
 名前で呼ばれてピクッとする。

「……はい」
「俺も行くけど、なんかあったらピッチかけて」
「……はい。て、ピッチの番号知らないけど」
「えぇ?」
 明らかにイラッとしたような声を出されても知らないものは知らない。

「知らないもん、かけたことないし」
 かけることもそうない。

「メモして」
 なにをそんなに必死に言うのだろう。高田さんの言うように内線ではダメなのだろうか。誠くんに用事がある人はそのピッチにかけてくるだろう、と喉元まできているけどなんだかイライラされてるのでそれは言わずにいた。メモするにしても書ける紙が手元になかったために手の甲に書いた。

「何番?」
「#9165」
「しゃーぷ……9165。わかりました。かけることないと思うけど」
 一応言う。

「とにかく、なんかあったらかけて」
「……はぁい」

(普段そんなに言わないのになに?なんかってなに?訳が分からない)

 やっぱり何だか変だ。

 一人きりになった実験室。いい天気なので少し窓を開けて風を浴びた。気持ちのいい風が舞い込んでソッと目を閉じて昼の暖かい日差しを肌に感じていると扉を開ける音がした。誰か忘れ物かな、とあまり気にとめずなんとなくそのまま風に当たっていると視線を感じて振り向く。

(あれ、いつのまに奥まで……)

 サボってる風にも見えたかもしれないと窓を閉めた。その人は入り口で少し立ち止まってニコッと微笑んだ。その笑顔であの日誠くんと話していた人だと思い出す。

「久世くんいないかな」
「先ほどミーティングに出られました。定時までには終わられると思いますが」
「そっか、入れ違いになっちゃったな」
 落ち着いた優しい声が見た目とマッチしすぎて心なしかドキドキする。

(見栄えがよくて穏やかで、しかもイケボ。この人モテる要素しかなくない?)

 ぼんやりそんな事を思っていると名前を呼ばれた。

「菱田さんって人も?」
「菱田は私です」
「え?」
 その人は驚いて私を見た。



「この部署で菱田なら私しかいません」
「……そうなの、君のこと?」
 足が一歩と近づいてくる。背が高い。誠くんも見上げるけど、さらに首を上にしないといけない。
 自分の背が低いのもあるけれど、正直背が高すぎる人はあまり得意ではない、むしろ苦手だ。

「あの……」
 足の長さのせいか一瞬で距離が縮まってしまった。

「そうなんだ。じゃあ君が担当してくれてるんだね」
「え?」
「サンプル持ってきました」
 ニコっと微笑む顔が眩しい。

(高宮さんもそうなんだけどなんでイケメンは無駄に笑顔を振りまくのか。心臓に悪いからやめてほしい)

 その笑顔の横でチラつかされたユニパックに知った名前のサンプルが二種類記載されている。

「あ、研究部の」
「結城です。依頼書は青木になってるけど、お願いしてるのは僕なんです。よろしくお願いします」
「菱田です。こちらこそよろしくお願いします」

(結城さん……なんだかどこかで聞いた名前だな)

 ぼんやり記憶を探るがはっきり思い出せない。

「久世くんに渡した方がいいかな」
「あ……どうでしょう。受け取るだけなら私が預かってもいいかもしれないですけど、特に連絡は受けてないので……」

(あ、ピッチ)

 今こそ電話をするべきか?と思いついた。

「確認しましょうか?」
 そう聞くと結城さんの視線が私の手元に来ていた。

「あの?」
「いや、うん、渡していいかな。僕から久世くんには伝えておくから。受け取ったところで勝手に試験進めないでしょ?」
「それはもちろん……」
「分析者に預けます。よろしく」
 また甘い笑顔。どこに視線を送ればいいのか迷う。

「お預かりします」
 差し出されたサンプルを受け取ろうと手を伸ばすとその手をまたジッと見つめられる。

「それじゃあまた。会えてよかった」
 結城さんはそう言って実験室を後にした。
 なんだか不思議な空気感の人。渡されたサンプルを見つめながらそんなことを思って実験室を出ていく背中を見送った。



 ―――


 打ち合わせから戻ると千夏が声をかけてきた。

「サンプル預かりました」
「え?」
「例の耐水試験の新しいサンプル」
 ユニパックを渡されて息が止まる。

「結城さん来たの?」
「はい。ミーティング行かれて少ししたら」

(マジかー、タイミングわりぃー)

「受け取っていいかわからないから確認しますって言ったけどいいって。久世さんには連絡するから預けるって言われたので受け取りました、すみません」
「……いや、いいよ。了解」
「お先に失礼しまーす」
 高田さんが俺たちに挨拶をする。16時過ぎ……予定より打ち合わせが早く終わったけれどこんな中途半端な時間に結城さんが来るとは思わなかった。
 実験室に二人になったからか千夏が少し声をひそめて聞いてくる。

「まずかった?」
 その声色はプライベートな千夏の声。

「――なんか話した?」
「結城さんと?」
 頷くと千夏が少し空を仰いで返事する。

「……べつに?」
「なんか変な間がなかった?」
「いや?そんな話ってことはしてないかなって思い出してただけ。菱田ってだれ?て感じになったから私ですって言っただけだよ」

(終わったーバレたぁー。結城さんに試験する人間が千夏だってぇー、くそ、出来たらそこを一番誤魔化しておきたかったんだよー、くそぉ……)

 サンプルを千夏に託したのもあの人らしい。直接絡もうとするところに人たらし感が出てる。

「前から研究部にいる人?」
「いや、あの人は本社の人。アメリカ出向してて今だけうちにきてる」
「ほぇ~アメリカ~なんかすごい人っぽい」
 感心したように声を上げるがそう言うだけでさほど興味が無さそうだった。

「とりあえずもうサンプル千夏に渡しとくわ。試験またはじめて?」

(さっさと終わらせて接触を避けたい)

「わかりました。明日から始めます」サンプルを受け取る手に目が止まる。

(俺のピッチの番号……)

 白い手の甲に黒ペンで書かれた番号が無駄に目立って目を引く。こんな風にサンプルを渡していたら結城さんの目にもきっと止まっていただろう。

(まずいな、絶対なんか思ってそう)

 嫌な予感を拭いきれなくて俺はまた憂鬱な時間を過ごすことになった。



 ―――



 久々の日本はゆるい時間が流れていてアメリカとは空気感が全然違う。働いてる人間もどことなくぼんやりしてるし勝手に気が緩んでしまう。

 一人っ子な俺は親にも甘やかされてきて、整えられた環境で素直に育ったおかげか勉強もスポーツもそれなりに成果を出して今が形成された。
 チヤホヤされることも多くて女に不自由したこともない。昔からなんでも欲しいものが手に入った。望めば大抵のことが叶う、そんな暮らしの中で久世は俺に歯向かう数少ない人間でそれが余計に面白かった。

 久しぶりに会った久世は相変わらずで、淡々と仕事をしている感じだった。
 研究室にいた頃は手の抜き方が下手でクソ真面目だったけど今はもうそんな部分はなくなったようだ。
 就職に迷っていた時もここを勧めたのは単純に久世のことが好きだったから。同じ仕事ができるとは思わなかったけど、畑が同じならまたなにか一緒に出来るかもと思っていた。


「試験?いいですよ」
 半年ほど前に相談を投げ掛けたらあっさりと返事をくれた。

「問題なく値出せると思います」
 迷いのない声に安定した社員がいるのだとわかった。その相手がまさか派遣で女の子とは思わなかったけど。

 サンプルを手に実験室に足を運んだら小柄な女の子がいた。会議に行かず一人残るなら社員じゃないのは明白で。質問に返してくる返答や態度から久世が信頼している相手に間違いないのが接触してわかった。
 そして手の甲に書かれていたピッチ番号。記憶の中の久世の番号と一致してなんとなく勘繰る。

 先日久しぶりに会った久世が少し雰囲気が変わっていて女の趣味が変わったのかなとなんとなく思った。
 そしてこの子だ。

(ふぅん……部下に手を出しそうな感じはしないのになぁ~。出すってことは本気ってこと?)

 二人がもうそういう関係かどうかはまだわからないけれど、久世が気に入っているのは多分当たりだろう。久世は嫌がるけれど、あいつと俺は趣味が似ているから。

「それじゃあまた。会えてよかった」
 本心でそう言った。また会いたい、そんな気持ちを込めて笑ってその場を去った。

(日本にいる間退屈しそうにないなぁ)

 久しぶりに会った可愛い後輩は、どうやら面白い恋愛をしているようだ。仕事はあっさり片をつけられそうだから、その分暇潰しができそうだと俺の心が弾みだした。


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