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エピソード10
誠のリクエスト⑥
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突然のプロポーズ。
クリスマス、ふたりで過ごす夜にまさかこんなこと予測できるわけない。
「もう俺さ、千夏がいないと無理」
そんな言葉を手を握って言うなんて卑怯だ。
「俺と結婚して」
絡まりあうゆびさきに、涙が止まらない。
この手が好きで、このゆびさきに触れられるだけでいつも何度でも胸をときめかせてきた。
「ふっ、うっぅ……えっ、ううっ」
なにか言いたいけど言葉に出来ない。
涙でボロボロになった顔を真っ直ぐ見つめてくれる瞳が優しすぎた。それにまた泣けてくる。
「泣きすぎだろ」
笑われても無視する。泣くなと言う方が無理だ。
「――うっぅぅ」
「泣き止んで?千夏」無理、そう思って首を横にブンブン振った。
「返事もらえないってこと?」
「ちあうぅっ」
咄嗟に言い返すと吹き出された。
「わっ、わたしもっ……ぅっ、誠くんがいなきゃ、むりっ……いっしょに、ぃたいよぉっ」
絶対ブサイクな顔をしてるに決まっている。
泣きじゃくって鼻水も出てる。可愛く返事もできなくて自分のダメさにゲンナリするけど、取り繕う島もない。笑うのも怒るのも泣くのも全部見せてきた。
嬉しいことも悲しいこともいつも共有してくれた。
そんな人とこれから生きていける未来があるのだと、そんな幸せなことが私にやってくるなんて思ってもみなかったから――。
涙が落ち着いてからコーヒーを入れなおしてくれた誠くんがつぶやくように言った。
「プレゼントもやってないよなぁ。マジで日にち感覚なくて引くわ」
「もうもらったよ」
どんな物よりも嬉しいものをくれた。さっき願ったところだ、毎年クリスマスをすごせたらいいなって、その願いをもう叶えてしまう。
(クリスマスにプロポーズするとか、やりすぎだよ)
「え!結婚?!」と、叫んで口を塞いだなべちゃん。
「ご、ごめん。思わず」
「驚くよね、私が一番驚いてる」
「うそーぉ!めっちゃいいじゃん!うそー!羨ましい!クリスマスにプロポーズってなに?!狙ってんの?」
いいなぁ~と心底羨ましそうになべちゃんが言う。
「うちの彼氏もそれくらい言って欲しいわ。もう二年も付き合ってんのに」チッ、と舌打ちする。
「まだ一年も付き合ってないから本当にいいの?って思うんだけど。でも同棲ってどうしても抵抗があって……ごめんね、なべちゃんのことどうこう言う気ないんだよ?」
「いや、わかるよ、それ。もうね、今さら結婚?みたいになっちゃうわけよ。付き合いたてはさ、同棲とかテンションあがっちゃって喜んじゃうんだけど、生活してたらもうダラダラするじゃん?結婚の踏ん切り全然つかんもんね。だからプロポーズもしてくんないんだよ」
そういうものか。
私はどちらかと言うと同棲で嫌われたらもう別れるしかないと思うから怖くて出来ないだけなんだけど。
「いいなぁ。じゃあすぐ籍とかいれちゃうの?」
「うーん、まだよくわかんないんだけど。今仕事忙しすぎるからすぐにどうこうってことはないと思うんだけど」
同棲を拒んだ私の気持ちは受け入れてくれたけど、結婚するんだからと半同棲を提案された。
と、言っても週末だけは彼のウチで過ごすというまぁ今とあまり変わらない暮らしなんだけど。私の住むアパートの更新が一カ月後だから、それまでは行き来しつつ契約切れと同時に越してこいと半ば命令で決められた。
「仕事できる人はさ~決断も段取りも早いね。うらやまー」
確かに仕事で忙しいはずなのに頭の中に私とのことまで考えてくれるのは申し訳なくなる。
「急がなくても全然いいんだけどね」
今で十分幸せだし、そう思う気持ちをなべちゃんに一喝された。
「あまい!久世さんモテるんだから!あんな優良物件そうそうないんだからさっさと籍入れなきゃダメ!もう、すぐ籍入れよ!そうしよ!」
なべちゃんと笑い合いながらこれ以上ないほどの幸せを感じていた。
―――――――――――――――――
結婚すると伝えたら高宮がビールを噴いた。
「おい、吐くな」
「いきなり言うからだろ!」店員を呼んでおしぼりをもらう。
「マジ?もう決めたの?プロポーズしちゃったわけ?」
「しちゃったねぇ」ナッツを噛んで黒ビールを飲む。
(あ、このビールめっちゃうまい)
「うそうそ、マジか。抜け駆けじゃん」
「お前そもそも付き合ったとこだろ」
「それはそうなんだけどさ」
高宮にもつい最近彼女ができた。とりあえず乾杯、と高宮がグラスをカツンと当ててきた。
「どういうくだりでそうなったわけ?参考までに聞かせて」
ほとんど興味だろ、と思ったけどもうそこは突っ込むのも面倒だった。
「なんだろな。同棲持ちかけたら断られたってのがキッカケかな」
「断られたんだ、おもろ。それで?」
「同棲するなら結婚したい派なんだと。まぁなんかあいつらしい考えというか、妙に納得はできたんだけど」
「真面目そうだもんなぁ、菱田ちゃん。部屋にどんどん自分の私物置いて侵食して逃げ場なくさせるような女じゃあないよな」
高宮の意見に納得しすぎて笑えてきた。家に千夏の私物は確かに増えたけれど未だに最低限の物しか置かれていない。
「俺の中で同棲ってもう結婚が視野に入ってたからそう言うならすればいいなと思っただけ」
「なるほどなぁ。付き合ってどれくらいだっけ?」
「……八、九ヶ月?一年は経ってない」
「そんなもんでまぁだいたいの目安はつけれるよな。一年付き合ったからってその数ヶ月どう違うかって話だし、そもそもお前ら付き合う時間どうこうより接触時間普通に考えて長すぎじゃん。毎日職場で会って週末べったり過ごしてんだろ?濃すぎる」
「それな」
単純に家族より一緒に過ごしている気がする。
千夏は結婚なんか早いのではと躊躇っていたけど、高宮の意見で男的には適正な目安だと安心した。
「仕事してる姿も見てたらもう迷うところないわなー。時間どうこうの話じゃないな、それ」
「そー」
「職場ってめんどくせぇって思いがちだけど、案外決めやすくていいよな」
高宮が納得したように言う。
そう遠くない未来に高宮も多分結婚を決めるだろう。
本社から移動して来て一年半くらいが過ぎた。
その年月は千夏と出会った月日でもある。上司と部下として出会ったときには想像もできなかった。
部下として信頼して、人として惹かれて、一線を越えてから彼女が可愛くて仕方がない。
これからの未来に千夏がいる。
千夏が俺のそばで笑っていてくれるなら何でもできそうな気がしていた。
~Fin~
クリスマス、ふたりで過ごす夜にまさかこんなこと予測できるわけない。
「もう俺さ、千夏がいないと無理」
そんな言葉を手を握って言うなんて卑怯だ。
「俺と結婚して」
絡まりあうゆびさきに、涙が止まらない。
この手が好きで、このゆびさきに触れられるだけでいつも何度でも胸をときめかせてきた。
「ふっ、うっぅ……えっ、ううっ」
なにか言いたいけど言葉に出来ない。
涙でボロボロになった顔を真っ直ぐ見つめてくれる瞳が優しすぎた。それにまた泣けてくる。
「泣きすぎだろ」
笑われても無視する。泣くなと言う方が無理だ。
「――うっぅぅ」
「泣き止んで?千夏」無理、そう思って首を横にブンブン振った。
「返事もらえないってこと?」
「ちあうぅっ」
咄嗟に言い返すと吹き出された。
「わっ、わたしもっ……ぅっ、誠くんがいなきゃ、むりっ……いっしょに、ぃたいよぉっ」
絶対ブサイクな顔をしてるに決まっている。
泣きじゃくって鼻水も出てる。可愛く返事もできなくて自分のダメさにゲンナリするけど、取り繕う島もない。笑うのも怒るのも泣くのも全部見せてきた。
嬉しいことも悲しいこともいつも共有してくれた。
そんな人とこれから生きていける未来があるのだと、そんな幸せなことが私にやってくるなんて思ってもみなかったから――。
涙が落ち着いてからコーヒーを入れなおしてくれた誠くんがつぶやくように言った。
「プレゼントもやってないよなぁ。マジで日にち感覚なくて引くわ」
「もうもらったよ」
どんな物よりも嬉しいものをくれた。さっき願ったところだ、毎年クリスマスをすごせたらいいなって、その願いをもう叶えてしまう。
(クリスマスにプロポーズするとか、やりすぎだよ)
「え!結婚?!」と、叫んで口を塞いだなべちゃん。
「ご、ごめん。思わず」
「驚くよね、私が一番驚いてる」
「うそーぉ!めっちゃいいじゃん!うそー!羨ましい!クリスマスにプロポーズってなに?!狙ってんの?」
いいなぁ~と心底羨ましそうになべちゃんが言う。
「うちの彼氏もそれくらい言って欲しいわ。もう二年も付き合ってんのに」チッ、と舌打ちする。
「まだ一年も付き合ってないから本当にいいの?って思うんだけど。でも同棲ってどうしても抵抗があって……ごめんね、なべちゃんのことどうこう言う気ないんだよ?」
「いや、わかるよ、それ。もうね、今さら結婚?みたいになっちゃうわけよ。付き合いたてはさ、同棲とかテンションあがっちゃって喜んじゃうんだけど、生活してたらもうダラダラするじゃん?結婚の踏ん切り全然つかんもんね。だからプロポーズもしてくんないんだよ」
そういうものか。
私はどちらかと言うと同棲で嫌われたらもう別れるしかないと思うから怖くて出来ないだけなんだけど。
「いいなぁ。じゃあすぐ籍とかいれちゃうの?」
「うーん、まだよくわかんないんだけど。今仕事忙しすぎるからすぐにどうこうってことはないと思うんだけど」
同棲を拒んだ私の気持ちは受け入れてくれたけど、結婚するんだからと半同棲を提案された。
と、言っても週末だけは彼のウチで過ごすというまぁ今とあまり変わらない暮らしなんだけど。私の住むアパートの更新が一カ月後だから、それまでは行き来しつつ契約切れと同時に越してこいと半ば命令で決められた。
「仕事できる人はさ~決断も段取りも早いね。うらやまー」
確かに仕事で忙しいはずなのに頭の中に私とのことまで考えてくれるのは申し訳なくなる。
「急がなくても全然いいんだけどね」
今で十分幸せだし、そう思う気持ちをなべちゃんに一喝された。
「あまい!久世さんモテるんだから!あんな優良物件そうそうないんだからさっさと籍入れなきゃダメ!もう、すぐ籍入れよ!そうしよ!」
なべちゃんと笑い合いながらこれ以上ないほどの幸せを感じていた。
―――――――――――――――――
結婚すると伝えたら高宮がビールを噴いた。
「おい、吐くな」
「いきなり言うからだろ!」店員を呼んでおしぼりをもらう。
「マジ?もう決めたの?プロポーズしちゃったわけ?」
「しちゃったねぇ」ナッツを噛んで黒ビールを飲む。
(あ、このビールめっちゃうまい)
「うそうそ、マジか。抜け駆けじゃん」
「お前そもそも付き合ったとこだろ」
「それはそうなんだけどさ」
高宮にもつい最近彼女ができた。とりあえず乾杯、と高宮がグラスをカツンと当ててきた。
「どういうくだりでそうなったわけ?参考までに聞かせて」
ほとんど興味だろ、と思ったけどもうそこは突っ込むのも面倒だった。
「なんだろな。同棲持ちかけたら断られたってのがキッカケかな」
「断られたんだ、おもろ。それで?」
「同棲するなら結婚したい派なんだと。まぁなんかあいつらしい考えというか、妙に納得はできたんだけど」
「真面目そうだもんなぁ、菱田ちゃん。部屋にどんどん自分の私物置いて侵食して逃げ場なくさせるような女じゃあないよな」
高宮の意見に納得しすぎて笑えてきた。家に千夏の私物は確かに増えたけれど未だに最低限の物しか置かれていない。
「俺の中で同棲ってもう結婚が視野に入ってたからそう言うならすればいいなと思っただけ」
「なるほどなぁ。付き合ってどれくらいだっけ?」
「……八、九ヶ月?一年は経ってない」
「そんなもんでまぁだいたいの目安はつけれるよな。一年付き合ったからってその数ヶ月どう違うかって話だし、そもそもお前ら付き合う時間どうこうより接触時間普通に考えて長すぎじゃん。毎日職場で会って週末べったり過ごしてんだろ?濃すぎる」
「それな」
単純に家族より一緒に過ごしている気がする。
千夏は結婚なんか早いのではと躊躇っていたけど、高宮の意見で男的には適正な目安だと安心した。
「仕事してる姿も見てたらもう迷うところないわなー。時間どうこうの話じゃないな、それ」
「そー」
「職場ってめんどくせぇって思いがちだけど、案外決めやすくていいよな」
高宮が納得したように言う。
そう遠くない未来に高宮も多分結婚を決めるだろう。
本社から移動して来て一年半くらいが過ぎた。
その年月は千夏と出会った月日でもある。上司と部下として出会ったときには想像もできなかった。
部下として信頼して、人として惹かれて、一線を越えてから彼女が可愛くて仕方がない。
これからの未来に千夏がいる。
千夏が俺のそばで笑っていてくれるなら何でもできそうな気がしていた。
~Fin~
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