7 / 21
目標のある幸せ ー卒業ー 第七話
しおりを挟む
現場に行くようになってから、振り付けも新しく覚えていった。
「紗良、どうなの? 記憶が戻ってきた?」
神室美咲さんがじっとみんなを見ている私に笑顔で話しかけてくれる。
「全然戻りません。新しい記憶としては大分戻りましたが」
「どういうこと? 戻ったって全部覚えたってこと?」
「恐らくですが、どのポジションに入っても同じようにやれるのではないかと思います」
「本当に? じゃあもう戻ってもいいんじゃないの?」
「私の中でそれではだめだといっている気がするんです。そして他の人にもそれでは駄目だって言われていたような気もします」
「そうなんだ。でも誰がそんなこと言ったのかなぁ」
「高坂さんかもしれないです、まだ会っていないのは高坂さんだけなので」
「絵里奈かぁ、絵里奈なら紗良にそうやっていうかも。彼女はストイックだからね。シングルの収録もミニライブもあるし、もうすぐ帰ってくると思うんだけど。それまで待つしかないね」
やっぱり私がアイドルになるきっかけとなった高坂さんに会えば何か変わるような気がする。
そんな感じで見学していると、いつも美香がすごい張り切ってやってるので、すごいぞと褒めていた。
「紗良ちゃんがずっと見てくれているから、私は頑張れる」
「私がいなくても頑張ってください」
「そうかもだけど、やっぱり初めて見たときにこの人に見てもらいたいんだって思ったんだよね」
「素人の私に?」
「素人とか素人じゃないとか関係なく、何か『ああ、もしオーディションに受かったらこの人に見ていてもらいたい!』って思ったの。だから初めて会ったとき美香は思い切って話しかけてみたんだよ、そのときは全然話しをしてくれなくて不発だったけど」
「そうだったの?」
思い出せないけど、その時の私は申し訳なかったねと言いながら、そういう相手への思いというか、気持ちは見ている人にも伝わるんだろうなと何となく思っていた。
近々チームベータのライブが行われるということで、チームベータのメンバーがみんな忙しそうにライブの準備をしているのを私は見学していた。
「紗良、お久しぶり」
私の背後からごく普通に挨拶されたので反射的に返した。
「お久しぶりです。……高坂さん?」
「『高坂さん?』って、本当に私のことがわからないの? 私よ、絵里奈、わかるでしょ?」
私が肩を揺さぶられて首がガクガクしているところを見て、久しぶりにあのやり取りをみたという感じでみんなが見ていた。
「まってください、わからないのではなくて、思い出せないだけです」
「なんで勝手に事故して、記憶をなくしてくるの? 心配したんだからね」
「すみません、自分でも覚えていないので何が何やらわからないのですが、高坂さんにもご心配をおかけしました」
「いつまで高坂さん高坂さんって呼んでいるの? 今まで通り絵里奈って呼んでよ!」
あのくだりもどこかで見たな、とみんなが見守っていた。
「わかりました、絵里奈。ところで訊きたいことがあるのですが」
「美咲と恵美に聞いた。どうしてアイドルになったか? とかいうことでしょ?」
「それはわかりました」
「えっ? そうなの?」
絵里奈はそれじゃあ何が訊きたいの? という感じで、体的には何ともなさそうな私を見て、最初の時とは違い、だいぶ落ち着いていた。
「私はアイドルが知りたいと言っていたらしいのですが、それ以外にあなたに出会ってから何か言われたみたいなのです、何か重要なことを聞いていたように思うのですが、きっかけのライブの映像を見直しても特に何も思い出せなくて」
絵里奈はハッとした表情をしたが、すぐに「でも、今そんなことを言ったからって……」等考えるようにぶつぶつ言いながら下を見ていると、突然顔を上げた。
「もう少し思い出してみるから紗良も頑張って」
そう言って足早に去っていく。
「お披露目会の時を思い出した、絵里奈さんっていつも嵐みたいに来て去っていくよね。やっぱり忙しいからかな」
同期の服部未来がつぶやいていた。
「何か知ってそうだったのに、結局なにも言ってくれなくて。何もわからなかった……」
頼みの綱の絵里奈に思い出してみるから頑張ってと言われてはどうすることもできず、今まで通り、みんなの振り付けなどのレッスンの見学やボイストレーニングなどを行っていた。
しばらくしてチームベータのみんなが集まって何か盛り上がっていたので、何かあったんですかと訊いたら、絵里奈がチームベータのライブに出させてくれと、座長をしている三浦華さんと村雨部長に言ったという話しだった。
「紗良は何か知ってる?」
「私は何も聞いていないですが、華さんは訊かなかったのですか?」
「訊いたわよ。どうしても出たいから一曲だけで良いので、ベータライブに出させてくれって。だから、そもそもチームアルファーの絵里奈が何で出たいんだって訊いたけど、最近はチームアルファーでしか出たことがないので一度出てみたいの一点張り」
「絵里奈がそんなわがままいうの、聞いたことないよね」
一期生の城田遥さんが珍しいこともあるわと言いながら「ちょっと出たいだけなら、出してあげればいいじゃない」と軽い気持ちで言っていた。
「絵里奈はチームアルファーの仕事もあるし、そんな暇あると思う? ファンの人たちだってベータライブにアルファーのメンバーが出てたらなんて言うか」
「だから一曲だけでもって言っているんじゃないの?」
この時、城田遥は自分がこのわがままに付き合わされるとは思っていなかった。
「それじゃあ、みんなが良ければそれで良いって言っておくけど、何かある?」
みんな特にないですと言って、それぞれのレッスンに戻っていく。
それからしばらくして、絵里奈がライブの打ち合わせに顔を出していた。
「みんな、わがまま言ってごめんなさい、どうしてもベータライブに出たくて、それでやりたい曲も決まっているの」
「ちょっと、絵里奈それはわがまますぎるんじゃない?」
三浦華がそう言って絵里奈をたしなめた。
「そこを何とか、お願いしますっ!」
椅子から立ち上がって机に付きそうなくらい頭を下げ続ける絵里奈に、みんなはわかったからと言った。
「もうわかったから、それで何がやりたいの?」
「二期生が初めてチームベータライブでやった私がセンターのあの楽曲を、そのままそっくりやらせてください」
あの時、城田遥と服部未来と紗良の三人でやった曲かとみんなが思った。
「遥と未来ちゃんはまたお願いします、私は紗良の代わりに入るから」
「紗良の代わりって、あなたがオリジナルでしょうに」
「遥と未来はそれでいいの?」
絵里奈の突き刺さるような視線とすごい気迫に押されて二人は頷くしかなかった、というやり取りがあったのを、さなえから私は聞いた。
「打ち合わせに私は行っていないのでどんな感じだったのかわかりませんが、絵里奈はなんでそんなことをするのでしょうか?」
「紗良に見せたいからに決まってるじゃない。どう考えても」
「見せたい? 私のために?」
ただでさえ忙しい絵里奈が私のためにチームベータライブに出ようとしてくれているのか。それはありがたいが、見せたいというのは何を考えているのだろうと思っていた。
それからというもの、絵里奈に会うたびに「何か思い出しましたか?」と訊いたがまだ思い出さないと言われてはぐらかされた。
絵里奈は忙しいチームアルファーの仕事の合間にチームベータのライブの練習と外仕事もして、いつ休んでいるのかというくらい忙しくしているのを見ていた私は、いつしか絵里奈に思い出したかと訊ねるのをやめていた。
「絵里奈、少し良いですか?」
「何? まだ思い出せないけど」
「それはいいです。あの、私のためにチームベータのライブに出ようとしているのであれば、無理をしないでほしいのですが」
「じゃあ、記憶を取り戻して」
「無理を言わないでください。それができればしています」
「そうよね。それじゃあ、また紗良のうちでご飯食べさせて。明日一緒だよね、ご飯頂いてから帰るの面倒だし、ついでに泊めて」
「そうですか、わかりました。お母さんに確認してみます」
お母さんに絵里奈が来るので、ご飯を食べさせて泊めてもいいかと訊いたら
「あのかわいい子なら大歓迎だから」
と言われた。
「二つ返事でした。うちに来たことがありますか?」
「あるよ、覚えていないだろうけど」
そう素っ気なく言ってみんなのところに戻っていった。
絵里奈が自分の家によって着替えを持ってくると言って、住んでいるマンションに連れていかれた。
「ここが絵里奈の住んでいるところですか」
「そうよ、上がって」
女の子らしいインテリアの部屋だが、人が住んでいると思えないくらいきれいに片付いているので驚いた。
「最近、友人の部屋に行ったのですが、こんな風になっていませんでしたので、それが普通だと思っていたのですが、そうではないみたいです」
「私は帰って寝るだけだから」
勉強もするけどねと言ってから、ちょっと待っててと奥の部屋に入っていく。
机の上に私の部屋にある写真と同じものが飾ってあるのが見える。
「この写真は私の部屋にもありました」
「そうだね。その写真は私の宝物」
これからステージにでも上がるのだろうかという、えらく気迫のこもった表情で、それじゃあ準備できたから行きましょうと言われて部屋を出た。
「絵里奈ちゃん、いらっしゃい」
「お母さん、お邪魔します」
本当に知っているんだなと思って二人を見ていると、荷物を置いてきなさいと言われたので、二人で部屋に行った。
「この写真以外も前と変わらないよね」
私と絵里奈の写真を見ながら、なるほどなるほどと言って見回していた。
「学校の勉強を全部やり直したって本当?」
「本当です。小学生の教科書から覚えなおしました」
「紗良の紗良らしい部分が残っていてよかった」
「私の私らしい部分ですか?」
「記憶をなくしても悲観せずに全力で取り戻そうとする、必要ならなんでも全力で前向きなところ。もちろん記憶力もだけど」
「悲観しようにも覚えていなかったですからね。言語に関してほとんど問題なかったのは幸運でした」
「普通はそんな風にならないと思うよ。記憶が無くなってみんな知らない人ばかりになったんでしょ。心細いじゃない」
「そうなのかもしれませんが、両親も、はるもメンバーのみんなも優しくしてくれてありがたかったです」
「それは多分紗良がみんなに優しかったからだよ。それを返してくれているだけ」
そんな話しをしていると下からお母さんの呼ぶ声がした。
リビングに行くとお父さんが見たこともないニコニコの笑顔でいらっしゃいと言っていた。
退院してからこれまで、こんな笑顔のお父さんを見たことは無かったなと思ってじっと観察していると、目が合った瞬間に「あっ!」っという感じで素に戻った。
「もうすぐできるからちょっと待ってね」そう言ってキッチンに行くお母さんに、運ぶのを手伝いますと言って絵里奈がついて行く。
キッチンに行って二人で何か話しをした後、絵里奈が突然抱きしめられていて何をしているのかとこの時もじっと見ていたが、お母さんがこっちを見てなんでもないというジェスチャーをして、絵里奈にお皿を渡した。
「さあ、ご飯を頂きましょう、一生懸命作ったからたくさん食べてね」
「本当にお母さんのご飯おいしいです。食べ過ぎちゃう」
「普段はあまり食べないようにしているんでしょ。勧めすぎちゃうからごめんなさいね」
「いえ、普段は運動をあまりしないから、でもライブの時とかは食べるんですよ、動き回ってお腹がすくので」
そんな二人の会話を聞きながら、そういうものかと思っていた。
お風呂に入ってベッドの下に布団を敷いて、どっちで寝てもらうものなのかと悩んでいると、布団で寝るからいいよと絵里奈が言った。
「ちょっと待ってください、ベッドに寝てください、そうするべきだという気がします」
「どっちでもいいけど」
「いや、絵里奈はベッドです、それでいい気がします。そして絵里奈はすぐにぐっすりと寝てください、私が起こしますので大丈夫です」
クスっと笑いながら、わかったと言って絵里奈はベッドに入った。
電気を消して目をつむっていると絵里奈の寝息が聞こえる。そして、しばらくたってから寝言を言っていた。
「紗良、待ってて……」
なんの夢を見ているのだろうか? 私に待っていろとは? と思いながら私も眠りについた。
「絵里奈、朝です起きてください」
「ここどこ?」
眠そうなめをこすりながら半分寝ぼけた感じで私をじっと見る。
「なにを寝ぼけているんですか? 私の家です」
「あっそうか、昨日泊ったんだった」
ジャージを着ている私を見て何してたの? と訊いた。
「朝早いうちに運動してきました。人がいないときにしないと目立つらしいので」
「えー、私も一緒に行きたかった。今度来たら連れて行ってよね」
「絵里奈の場合は休息の方が必要だと思いますので、その場合は寝る時間を早めさせてもらいますが、それでも良いですか?」
「なんか、理屈っぽくて昔の紗良と変わらない感じがするけど、本当に記憶が無いんだよね?」
「もちろんです。最近学んだことから推測しています」
とりあえず起きてくださいと言ってから、洗面所に行き顔を洗わせて、ご飯を食べさせて、歯を磨かせた後、今度は早く服を着ろと言って出かける準備をした。
「記憶の無い人にここまで世話をされるとは」
「何をぶつぶつ言っているんですか? 出かける時間ですので、早くしてください」
はいはいわかりましたと玄関に向かって歩き出した。
お母さんが見送りに来て絵里奈に言った。
「気を付けて行ってらっしゃい。どんな結果になってもまた来てちょうだいね」
「ありがとうございます。行ってきます」
そう言って家をでてから仕事場に向かう途中絵里奈に訊いた。
「どんな結果になってもって、どういうことですか?」
「ああ。あれね。今度のチームベータライブで唄うこと、お母さんに伝えたの」
そうだったのかと思いながら現場についた後、私はいつものように見学をして絵里奈はダンスの振り入れなどをしていた。
チームベータライブの初日前日に通しのリハーサルを行う予定となっていた。
「遥、未来ちゃん、ちょっと来て」
絵里奈が二人を手招きして呼んだ。
「なんなの?」
「絵里奈さん、何ですか?」
「二人にお願いがあるの」
二人の肩に手を掛けて一生のお願いといって耳元でささやいた。
「別にいいですけど、スタッフさんたちは知っているんですか?」
「もう手は回してあるから。二人がやってくれるかどうかだけ」
「リハーサルなんだから本番と同じ要領でやれって言われればやりますけど。なんの目的で?」
「二人にはちゃんと言うね。申し訳ないけど紗良のため」
「紗良の?」
「紗良に見せるの、あの光景を」
「それで、なにか変わるの?」
「わからないけど、何か思い出してくれるように、私は紗良の心に私の気持ちが届けられたらと思ってる。だから私は本番と同じように全力でやるから協力して。ねっ? お願い」
そこまで絵里奈が言うのならということで、二人は言われたように準備をすることになった。
「客席のあそこが一番いいから、紗良はそこでリハーサルは見てよね」
絵里奈に座席へと連れていかれてリハーサルをしっかり見届けてくれと言われ、さぁちゃんと話をした、見せたいというのはこのことだろうかと考えていた。
「そんなことしなくても、どこでもちゃんと見ますよ」
「いいから。ここで見てって言ってるの」
何を考えているのかと思いながら、指示されたところで通しのリハーサルを見学することになった。
いつも通りリハーサルを行って、いよいよ絵里奈たちの出番がやってきたので見ていると、普段リハーサルは照明などを点けたままで行い、ライブの照明などのテストは別にするはずなのに、このリハーサルはすべてが本番と同じようにはじめられた。
何も知らないメンバーは絵里奈たちの本番の衣装とその本気の様を見て「なんで?」という感じでざわついている。
遥、未来、絵里奈の三人は小さく円陣を組んだ。
「じゃあ二人とも行くよ、夜空に輝く星は私たちの笑顔、永遠に輝く、ヴァルコスマイル」
小さな声でそういいながら三人は手を上に挙げた。
「紗良がセンターになったときに、紗良がセンターなんだからきちんと自分で言いなさいって美咲が言ったら初めは恥ずかしがって自信なさそうだったのに、スイッチが入ったみたいに堂々としてたんだよね。もう一度戻ってきてほしい」
絵里奈がさみしそうにそう小さな声で言うと、楽曲が始まり、遥と未来の二人が本番の衣装を着て出てきて唄い始める。
絵里奈が出てきて自分のパートを唄い始めたところで、ステージからは強い風が吹いてきたようで、その歌唱力に圧倒された。
私は周りにいないはずの観客がいるような気がして、周りを見回す。
そして楽曲が終わったとき、なぜか私は少し涙を浮かべていた。
「そうか、唄うときには気持ちを歌に乗せて唄うって言っていたんだったな」
絵里奈に何度聞いても教えてくれなくて、わからなかった答えが何となく、記憶に、そして心によみがえってくるようだった。
自分たちのリハーサルが終わった後、絵里奈が私のところにきて、「何か思い出した?」と訊いてきた。
「なぜか、歌は気持ちを乗せて唄うんだと言われたことだけは思い出しました」
「そう、それだけか。でもそれは思い出したんだ」
そう言うと絵里奈は真面目な顔で去っていった。
で、そのあと、全体のリハーサルが終わり、絵里奈が華さんに叱られていた。
「いくら絵里奈でも勝手しすぎ、みんな何かって思うでしょ。今度そんな勝手するならもう出さないよ」
「本当に…。申し訳ないです」
絵里奈は小さくなって神妙な感じで、素直に叱られれていたので、華さんもスタッフさん達にはちゃんと言ってあったみたいだからこれくらいで許すけど、と言っていた。
私のためにやったことだと思っていたので、絵里奈が怒られているのを見るのは正直つらかったが、華さんがみんなに示しがつかないから叱っていることも分かり、ここで絵里奈をかばってもあまり意味がないと思い黙っていた。
絵里奈が散々叱られた後、私は絵里奈のところに行き、私のために叱られるようなことはしないでくださいとお願いした。
が、さっき叱られたことなど全く覚えていないという様子。
「全然大丈夫。そうだ! もう一度華に謝ってくるね」
と言って、絵里奈はせわしなく去っていった。
チームベータライブ当日。
みんなが準備していると、マネージャーの真帆ちゃんがあわただしく走ってくる。
「みんなちょっと聞いて。体調が悪くて絵里奈は来られないって」
みんなが「えーっ!」といって、それじゃあ今日のあの曲をどうするのかと遥と未来を見た。
二人は「知らない、知らない」と言って真帆ちゃんを見ると、紗良に絵里奈から伝言をもらったと言って私は紙を渡された。
『紗良、私のためだと思って唄ってください、お願いします』
絵里奈のきれいな字で、短くそう書いてあったので、みんなにそうやって書いてありますと伝えた。
華さんが手を叩いて静かにしてと言った。
「絵里奈も散々わがまま言って何やってんだか。もう、いない人は仕方がないから紗良に出てもらうから」
そう言い放つと、衣装さんに言ってくると言って出て行った。
「紗良、大丈夫? できる?」
真帆ちゃんが心配そうに私を見た。
「昨日、本物を見せてもらいましたので何とかできると思います」
私が真帆ちゃんにそう答えると、みんなは絵里奈が急に仕事を休むなんてあまり聞いたことがないけど、紗良がいてよかったと口々に言って準備を始める。
ライブがどんどん進んでいく。絵里奈もサプライズ出演だったし、もともと私は休業中でどのチームにも属していないため誰も私が出るとは思っていないだろう。
そんな中に出て行って大丈夫なのだろうかと思っていたが、いよいよ出番がやってきた。
遥さんと未来が私に大丈夫だからと言って背中を軽く叩く。
「さあ、始まるよ行こうか」
遥さんがそう言うと、未来も「紗良、行こう」と言った。
こんな前代未聞の状況でも二人が落ち着いているので、私も覚悟を決めて小さく頷きステージへの一歩を踏み出した。
「そういえばあの時もこんな感じだったな」
と思って呟いた自分に驚いた。
あの時ってどの時? そうかチームベータライブでこの楽曲をやったときだったっけ、あれ? 何でそんなことがわかるの? あれ? 全部思い出せてる。
それはまるで暗い部屋から扉を開けて色のついた外に飛び出したような感覚に襲われたようで、自分の記憶が戻ったことに驚くとともに、今はライブ中だということに気が付いて、しっかりしろと自分に言い聞かせた。
ステージに現れた出てくるはずのない私に客席のファンの人たちが驚きざわついている。
「歌うときには気持ちを乗せて唄う、そうでしたよね」
そう心の中でつぶやくと、思いっきり絵里奈とここにいる全員に届けという気持ちを込めて唄った。
二番の私のパートに入るところで何故か自分の声に合わせて絵里奈の声が入ってきた。リハーサルの音源か何かが混線しているのかと思っていると、私たちが出てきたところと反対のステージから絵里奈が出てくるのが見える。
会場は突然出てきた歌姫に一瞬どよめいたが直ぐにその歌声を聞いて静かになり、私は訳が分からないと思いながら必死で絵里奈の歌に合わせた。
自分では合わせたと思っていたが恐らく絵里奈が私に合わせてハモってくれたのだろう、最後に四人のアンサンブルで楽曲が終了すると割れんばかりの拍手と歓声が上がる。
絵里奈が客席のファンに向かって手を振りながら、「ライブはまだまだ続くから楽しんでね」と笑顔で言ってからはけた。
ステージから降りると絵里奈が疲れたと言って座り込んだところで、遥さんたちは次の出番があるからと言って楽屋に走っていった。
「絵里奈、いるのならどうして体調不良だなどと言ったのですか?」
そうやって質問しながら、私をステージに引っ張り出すために色々な工作をして回ったのだろうことは私自身も分かっていた。
「こんな所で座ってたら衣装さんに怒られるかな? まぁいいか。ショック療法ってあるじゃない、無理矢理ステージに上げたら何か思い出すんじゃないかって思って」
そういって私を見る笑顔は、写真に映っていたあの綺麗な顔そのままだった。
「どう? 何か思い出した?」
私は膝立ちになって絵里奈を思いっきり抱きしめた。
「絵里奈、ありがとう。何かどころか全て思い出しました。何でも思い出せます」
そう言うと自分でも不思議なくらい自然に涙があふれてきて止まらなくなり、抱きしめた絵里奈もよかったと言って泣いていた。
二人でひとしきり泣いた後、着替えを済ませて楽屋でアンコールは出るべきか出ないほうがいいのかと悩んでいた。
アンコールの楽曲はリハーサルもしていないので今日は最後にちょろっとだけ出ようと、ほんの最後だけ出ていって挨拶をした。
ライブ終了後、絵里奈がみんなに囲まれていた。
「みなさん本当に心配かけてごめんなさいっ!」
「絵里奈さん。私たちに嘘ついていたんですか?」
「本当に申し訳ありませんっ!」
そうやって謝る絵里奈を見て、今回は私も一緒に謝った。
「知らなかったとは言え、私のために絵里奈がしてくれたことで、みんなに心配をかけてしまって申し訳ありません」
何も知らなかった紗良が謝るのはおかしいんじゃないの? とみんなが言っていると華さんが出てきて何故か頭を下げる。
「私も知っていました。みんなごめんなさい」
そう言って頭を下げて謝るので私も含めて、みんながポカーンとなった。
それに続いて遥と未来も出てきて謝り始めた。
「私たちも途中から知っていました。黙っていてごめんなさい」
二人が頭を下げ謝るので、私は二人に訊いた。
「それって、どういうことですか?」
「すみません、全部私が仕組んだことです。三人にお願いしたのは私です。本当に申し訳ない」
そう言ってまた頭を下げる絵里奈にきちんと説明してくれとみんなが言った。
「華に昨日叱られた後、今日の計画の話しをして、衣装とか紗良に着させるようにお願いしました。遥たちには紗良とは別に、紗良が駄目なときは待機しているし途中で出るからと手紙で伝えていました、二人が楽曲で動揺してしまうといけないので」
それで二人は突然の私の出演にあんなに落ち着いていたのかと、今更ながらに思った。
「あまりみんなに言うと、勘のいい紗良は気がついてしまうと思ったの、もう本当にごめんなさい」
みんなが仕方ないなという感じになって、結局紗良は何か変わったのかと訊いてきた。
「それがですね……」
私が話し始めると、みんながそれがなんだという感じで私を見た。
「さっきのステージで全部思い出しました。みなさん、ありがとうございます」
みんなが一斉に「本当に? よかったー」と口々に言ってくれた。
「絵里奈。めちゃくちゃしてたけど、いい結果が出て良かったね」
華さんにそう言われて、頭を撫でられると絵里奈はまた泣いていた。
最後に明日も出るのかと華さんに訊かれて、明日は楽曲の初めから四人で出るしアンコールがあったら初めから出ますと絵里奈が言ってライブ初日は終わった。
ライブが終わり家に帰ると、お母さんがお帰りなさいと言ってキッチンに戻るところを捕まえた。
「お母さん、ただいま。私、戻りました」
「なんなの突然。何言ってるの? 戻ったのは見ればわかるわよ」
「そういうことではなくて、記憶が戻りました」
「……本当に? 本当に戻ったの?」
私の肩をつかんで嘘じゃないわよねという風に訊いた。
「嘘じゃなくて本当です。今日はライブに偶然出ることになって、その時に突然戻りました」
「よかった。よかったわね」
涙ぐみながら、「絵里奈ちゃんが戻してくれたの?」と訊かれた。
「どうして知っているの?」
「この前うちに泊まりに来たでしょ、その時に紗良さんの記憶を取り戻せるように私なりに頑張ってみますって言っていたの。何をするのかは知らなかったけど、私はその気持ちが嬉しくて。記憶が戻っても戻らなくても、またうちにいらっしゃいと言って抱きしめちゃった」
あのご飯の手伝いの時か、それでこっちを見て何でもないという感じになってたのかと思い出していた。
そういえば家を出るときに「どんな結果になってもまた来て」とお母さんがいっていたな。
あの時、絵里奈は自分が出ることについてだって言っていたけど、あの時から今回の計画を考えていたのか、いや違うな、私が何か思い出さないかと初めて訊いた時か。
そうだとしたら何という計画性だろうか。瞬時にこの計画を思いついて、自分の立場を存分に利用して最後に私の記憶を取り戻してくれるという結果を残すとは、私は絵里奈の行動力のすごさに感心するとともに感謝するしかなかった。
ライブ二日目、絵里奈はもう楽屋に来ていた。
「紗良、おはよう、早いのね」
「おはようございます、絵里奈こそ早いですね。今日は体調不良じゃないんですか?」
「あー、紗良が意地悪を言ってる。本当に戻ったんだ」
よかったと、胸をなでおろし、始まってもいないのにもう帰ってもいいかなと言っていた。
「おかげさまで戻りました。初めから今回のことを企んでいたのですか?」
「企むとか言い方がちょっと悪そうだけど、そうしたら治るかもと思ったのは事実。だから私頑張ったよ。ほら何か忘れた時にもう一度同じことをしてみるとかってあるじゃない?」
「それだけで、あれだけのことをしたのですか? すごい行動力ですね」
「それだけじゃなくて、後ろから叩いたりしようかとも思ったけど、紗良に襲い掛かっても避けられそうだし。それにもっと悪くなったら嫌だし」
「絵里奈くらいなら、どうやって近づいてきてもわかりますからね」
絵里奈は「紗良の感覚ならそうだよね」と言って笑っていた。
「そう言えば、お母さんがありがとうって伝えてくれと言っていました。また来てくださいと」
みんなが楽屋に入ってきて「また、悪だくみをしているのか?」と口々に絵里奈に言うので、「そんなことしていません」と答えていた。
今日のライブはみんなのステージも自分のステージも心から楽しめた。
四人で出て行ったとき、やっぱり本当だったと客席から言っているのが聞こえて、ものすごい歓声が上がり、出る予定のない私の名前の入ったタオルや絵里奈の名前の入ったタオルを持った人がたくさん見えたので、こんなに多くの人が待っていてくれたんだと、心から嬉しくなった。
「紗良、どうなの? 記憶が戻ってきた?」
神室美咲さんがじっとみんなを見ている私に笑顔で話しかけてくれる。
「全然戻りません。新しい記憶としては大分戻りましたが」
「どういうこと? 戻ったって全部覚えたってこと?」
「恐らくですが、どのポジションに入っても同じようにやれるのではないかと思います」
「本当に? じゃあもう戻ってもいいんじゃないの?」
「私の中でそれではだめだといっている気がするんです。そして他の人にもそれでは駄目だって言われていたような気もします」
「そうなんだ。でも誰がそんなこと言ったのかなぁ」
「高坂さんかもしれないです、まだ会っていないのは高坂さんだけなので」
「絵里奈かぁ、絵里奈なら紗良にそうやっていうかも。彼女はストイックだからね。シングルの収録もミニライブもあるし、もうすぐ帰ってくると思うんだけど。それまで待つしかないね」
やっぱり私がアイドルになるきっかけとなった高坂さんに会えば何か変わるような気がする。
そんな感じで見学していると、いつも美香がすごい張り切ってやってるので、すごいぞと褒めていた。
「紗良ちゃんがずっと見てくれているから、私は頑張れる」
「私がいなくても頑張ってください」
「そうかもだけど、やっぱり初めて見たときにこの人に見てもらいたいんだって思ったんだよね」
「素人の私に?」
「素人とか素人じゃないとか関係なく、何か『ああ、もしオーディションに受かったらこの人に見ていてもらいたい!』って思ったの。だから初めて会ったとき美香は思い切って話しかけてみたんだよ、そのときは全然話しをしてくれなくて不発だったけど」
「そうだったの?」
思い出せないけど、その時の私は申し訳なかったねと言いながら、そういう相手への思いというか、気持ちは見ている人にも伝わるんだろうなと何となく思っていた。
近々チームベータのライブが行われるということで、チームベータのメンバーがみんな忙しそうにライブの準備をしているのを私は見学していた。
「紗良、お久しぶり」
私の背後からごく普通に挨拶されたので反射的に返した。
「お久しぶりです。……高坂さん?」
「『高坂さん?』って、本当に私のことがわからないの? 私よ、絵里奈、わかるでしょ?」
私が肩を揺さぶられて首がガクガクしているところを見て、久しぶりにあのやり取りをみたという感じでみんなが見ていた。
「まってください、わからないのではなくて、思い出せないだけです」
「なんで勝手に事故して、記憶をなくしてくるの? 心配したんだからね」
「すみません、自分でも覚えていないので何が何やらわからないのですが、高坂さんにもご心配をおかけしました」
「いつまで高坂さん高坂さんって呼んでいるの? 今まで通り絵里奈って呼んでよ!」
あのくだりもどこかで見たな、とみんなが見守っていた。
「わかりました、絵里奈。ところで訊きたいことがあるのですが」
「美咲と恵美に聞いた。どうしてアイドルになったか? とかいうことでしょ?」
「それはわかりました」
「えっ? そうなの?」
絵里奈はそれじゃあ何が訊きたいの? という感じで、体的には何ともなさそうな私を見て、最初の時とは違い、だいぶ落ち着いていた。
「私はアイドルが知りたいと言っていたらしいのですが、それ以外にあなたに出会ってから何か言われたみたいなのです、何か重要なことを聞いていたように思うのですが、きっかけのライブの映像を見直しても特に何も思い出せなくて」
絵里奈はハッとした表情をしたが、すぐに「でも、今そんなことを言ったからって……」等考えるようにぶつぶつ言いながら下を見ていると、突然顔を上げた。
「もう少し思い出してみるから紗良も頑張って」
そう言って足早に去っていく。
「お披露目会の時を思い出した、絵里奈さんっていつも嵐みたいに来て去っていくよね。やっぱり忙しいからかな」
同期の服部未来がつぶやいていた。
「何か知ってそうだったのに、結局なにも言ってくれなくて。何もわからなかった……」
頼みの綱の絵里奈に思い出してみるから頑張ってと言われてはどうすることもできず、今まで通り、みんなの振り付けなどのレッスンの見学やボイストレーニングなどを行っていた。
しばらくしてチームベータのみんなが集まって何か盛り上がっていたので、何かあったんですかと訊いたら、絵里奈がチームベータのライブに出させてくれと、座長をしている三浦華さんと村雨部長に言ったという話しだった。
「紗良は何か知ってる?」
「私は何も聞いていないですが、華さんは訊かなかったのですか?」
「訊いたわよ。どうしても出たいから一曲だけで良いので、ベータライブに出させてくれって。だから、そもそもチームアルファーの絵里奈が何で出たいんだって訊いたけど、最近はチームアルファーでしか出たことがないので一度出てみたいの一点張り」
「絵里奈がそんなわがままいうの、聞いたことないよね」
一期生の城田遥さんが珍しいこともあるわと言いながら「ちょっと出たいだけなら、出してあげればいいじゃない」と軽い気持ちで言っていた。
「絵里奈はチームアルファーの仕事もあるし、そんな暇あると思う? ファンの人たちだってベータライブにアルファーのメンバーが出てたらなんて言うか」
「だから一曲だけでもって言っているんじゃないの?」
この時、城田遥は自分がこのわがままに付き合わされるとは思っていなかった。
「それじゃあ、みんなが良ければそれで良いって言っておくけど、何かある?」
みんな特にないですと言って、それぞれのレッスンに戻っていく。
それからしばらくして、絵里奈がライブの打ち合わせに顔を出していた。
「みんな、わがまま言ってごめんなさい、どうしてもベータライブに出たくて、それでやりたい曲も決まっているの」
「ちょっと、絵里奈それはわがまますぎるんじゃない?」
三浦華がそう言って絵里奈をたしなめた。
「そこを何とか、お願いしますっ!」
椅子から立ち上がって机に付きそうなくらい頭を下げ続ける絵里奈に、みんなはわかったからと言った。
「もうわかったから、それで何がやりたいの?」
「二期生が初めてチームベータライブでやった私がセンターのあの楽曲を、そのままそっくりやらせてください」
あの時、城田遥と服部未来と紗良の三人でやった曲かとみんなが思った。
「遥と未来ちゃんはまたお願いします、私は紗良の代わりに入るから」
「紗良の代わりって、あなたがオリジナルでしょうに」
「遥と未来はそれでいいの?」
絵里奈の突き刺さるような視線とすごい気迫に押されて二人は頷くしかなかった、というやり取りがあったのを、さなえから私は聞いた。
「打ち合わせに私は行っていないのでどんな感じだったのかわかりませんが、絵里奈はなんでそんなことをするのでしょうか?」
「紗良に見せたいからに決まってるじゃない。どう考えても」
「見せたい? 私のために?」
ただでさえ忙しい絵里奈が私のためにチームベータライブに出ようとしてくれているのか。それはありがたいが、見せたいというのは何を考えているのだろうと思っていた。
それからというもの、絵里奈に会うたびに「何か思い出しましたか?」と訊いたがまだ思い出さないと言われてはぐらかされた。
絵里奈は忙しいチームアルファーの仕事の合間にチームベータのライブの練習と外仕事もして、いつ休んでいるのかというくらい忙しくしているのを見ていた私は、いつしか絵里奈に思い出したかと訊ねるのをやめていた。
「絵里奈、少し良いですか?」
「何? まだ思い出せないけど」
「それはいいです。あの、私のためにチームベータのライブに出ようとしているのであれば、無理をしないでほしいのですが」
「じゃあ、記憶を取り戻して」
「無理を言わないでください。それができればしています」
「そうよね。それじゃあ、また紗良のうちでご飯食べさせて。明日一緒だよね、ご飯頂いてから帰るの面倒だし、ついでに泊めて」
「そうですか、わかりました。お母さんに確認してみます」
お母さんに絵里奈が来るので、ご飯を食べさせて泊めてもいいかと訊いたら
「あのかわいい子なら大歓迎だから」
と言われた。
「二つ返事でした。うちに来たことがありますか?」
「あるよ、覚えていないだろうけど」
そう素っ気なく言ってみんなのところに戻っていった。
絵里奈が自分の家によって着替えを持ってくると言って、住んでいるマンションに連れていかれた。
「ここが絵里奈の住んでいるところですか」
「そうよ、上がって」
女の子らしいインテリアの部屋だが、人が住んでいると思えないくらいきれいに片付いているので驚いた。
「最近、友人の部屋に行ったのですが、こんな風になっていませんでしたので、それが普通だと思っていたのですが、そうではないみたいです」
「私は帰って寝るだけだから」
勉強もするけどねと言ってから、ちょっと待っててと奥の部屋に入っていく。
机の上に私の部屋にある写真と同じものが飾ってあるのが見える。
「この写真は私の部屋にもありました」
「そうだね。その写真は私の宝物」
これからステージにでも上がるのだろうかという、えらく気迫のこもった表情で、それじゃあ準備できたから行きましょうと言われて部屋を出た。
「絵里奈ちゃん、いらっしゃい」
「お母さん、お邪魔します」
本当に知っているんだなと思って二人を見ていると、荷物を置いてきなさいと言われたので、二人で部屋に行った。
「この写真以外も前と変わらないよね」
私と絵里奈の写真を見ながら、なるほどなるほどと言って見回していた。
「学校の勉強を全部やり直したって本当?」
「本当です。小学生の教科書から覚えなおしました」
「紗良の紗良らしい部分が残っていてよかった」
「私の私らしい部分ですか?」
「記憶をなくしても悲観せずに全力で取り戻そうとする、必要ならなんでも全力で前向きなところ。もちろん記憶力もだけど」
「悲観しようにも覚えていなかったですからね。言語に関してほとんど問題なかったのは幸運でした」
「普通はそんな風にならないと思うよ。記憶が無くなってみんな知らない人ばかりになったんでしょ。心細いじゃない」
「そうなのかもしれませんが、両親も、はるもメンバーのみんなも優しくしてくれてありがたかったです」
「それは多分紗良がみんなに優しかったからだよ。それを返してくれているだけ」
そんな話しをしていると下からお母さんの呼ぶ声がした。
リビングに行くとお父さんが見たこともないニコニコの笑顔でいらっしゃいと言っていた。
退院してからこれまで、こんな笑顔のお父さんを見たことは無かったなと思ってじっと観察していると、目が合った瞬間に「あっ!」っという感じで素に戻った。
「もうすぐできるからちょっと待ってね」そう言ってキッチンに行くお母さんに、運ぶのを手伝いますと言って絵里奈がついて行く。
キッチンに行って二人で何か話しをした後、絵里奈が突然抱きしめられていて何をしているのかとこの時もじっと見ていたが、お母さんがこっちを見てなんでもないというジェスチャーをして、絵里奈にお皿を渡した。
「さあ、ご飯を頂きましょう、一生懸命作ったからたくさん食べてね」
「本当にお母さんのご飯おいしいです。食べ過ぎちゃう」
「普段はあまり食べないようにしているんでしょ。勧めすぎちゃうからごめんなさいね」
「いえ、普段は運動をあまりしないから、でもライブの時とかは食べるんですよ、動き回ってお腹がすくので」
そんな二人の会話を聞きながら、そういうものかと思っていた。
お風呂に入ってベッドの下に布団を敷いて、どっちで寝てもらうものなのかと悩んでいると、布団で寝るからいいよと絵里奈が言った。
「ちょっと待ってください、ベッドに寝てください、そうするべきだという気がします」
「どっちでもいいけど」
「いや、絵里奈はベッドです、それでいい気がします。そして絵里奈はすぐにぐっすりと寝てください、私が起こしますので大丈夫です」
クスっと笑いながら、わかったと言って絵里奈はベッドに入った。
電気を消して目をつむっていると絵里奈の寝息が聞こえる。そして、しばらくたってから寝言を言っていた。
「紗良、待ってて……」
なんの夢を見ているのだろうか? 私に待っていろとは? と思いながら私も眠りについた。
「絵里奈、朝です起きてください」
「ここどこ?」
眠そうなめをこすりながら半分寝ぼけた感じで私をじっと見る。
「なにを寝ぼけているんですか? 私の家です」
「あっそうか、昨日泊ったんだった」
ジャージを着ている私を見て何してたの? と訊いた。
「朝早いうちに運動してきました。人がいないときにしないと目立つらしいので」
「えー、私も一緒に行きたかった。今度来たら連れて行ってよね」
「絵里奈の場合は休息の方が必要だと思いますので、その場合は寝る時間を早めさせてもらいますが、それでも良いですか?」
「なんか、理屈っぽくて昔の紗良と変わらない感じがするけど、本当に記憶が無いんだよね?」
「もちろんです。最近学んだことから推測しています」
とりあえず起きてくださいと言ってから、洗面所に行き顔を洗わせて、ご飯を食べさせて、歯を磨かせた後、今度は早く服を着ろと言って出かける準備をした。
「記憶の無い人にここまで世話をされるとは」
「何をぶつぶつ言っているんですか? 出かける時間ですので、早くしてください」
はいはいわかりましたと玄関に向かって歩き出した。
お母さんが見送りに来て絵里奈に言った。
「気を付けて行ってらっしゃい。どんな結果になってもまた来てちょうだいね」
「ありがとうございます。行ってきます」
そう言って家をでてから仕事場に向かう途中絵里奈に訊いた。
「どんな結果になってもって、どういうことですか?」
「ああ。あれね。今度のチームベータライブで唄うこと、お母さんに伝えたの」
そうだったのかと思いながら現場についた後、私はいつものように見学をして絵里奈はダンスの振り入れなどをしていた。
チームベータライブの初日前日に通しのリハーサルを行う予定となっていた。
「遥、未来ちゃん、ちょっと来て」
絵里奈が二人を手招きして呼んだ。
「なんなの?」
「絵里奈さん、何ですか?」
「二人にお願いがあるの」
二人の肩に手を掛けて一生のお願いといって耳元でささやいた。
「別にいいですけど、スタッフさんたちは知っているんですか?」
「もう手は回してあるから。二人がやってくれるかどうかだけ」
「リハーサルなんだから本番と同じ要領でやれって言われればやりますけど。なんの目的で?」
「二人にはちゃんと言うね。申し訳ないけど紗良のため」
「紗良の?」
「紗良に見せるの、あの光景を」
「それで、なにか変わるの?」
「わからないけど、何か思い出してくれるように、私は紗良の心に私の気持ちが届けられたらと思ってる。だから私は本番と同じように全力でやるから協力して。ねっ? お願い」
そこまで絵里奈が言うのならということで、二人は言われたように準備をすることになった。
「客席のあそこが一番いいから、紗良はそこでリハーサルは見てよね」
絵里奈に座席へと連れていかれてリハーサルをしっかり見届けてくれと言われ、さぁちゃんと話をした、見せたいというのはこのことだろうかと考えていた。
「そんなことしなくても、どこでもちゃんと見ますよ」
「いいから。ここで見てって言ってるの」
何を考えているのかと思いながら、指示されたところで通しのリハーサルを見学することになった。
いつも通りリハーサルを行って、いよいよ絵里奈たちの出番がやってきたので見ていると、普段リハーサルは照明などを点けたままで行い、ライブの照明などのテストは別にするはずなのに、このリハーサルはすべてが本番と同じようにはじめられた。
何も知らないメンバーは絵里奈たちの本番の衣装とその本気の様を見て「なんで?」という感じでざわついている。
遥、未来、絵里奈の三人は小さく円陣を組んだ。
「じゃあ二人とも行くよ、夜空に輝く星は私たちの笑顔、永遠に輝く、ヴァルコスマイル」
小さな声でそういいながら三人は手を上に挙げた。
「紗良がセンターになったときに、紗良がセンターなんだからきちんと自分で言いなさいって美咲が言ったら初めは恥ずかしがって自信なさそうだったのに、スイッチが入ったみたいに堂々としてたんだよね。もう一度戻ってきてほしい」
絵里奈がさみしそうにそう小さな声で言うと、楽曲が始まり、遥と未来の二人が本番の衣装を着て出てきて唄い始める。
絵里奈が出てきて自分のパートを唄い始めたところで、ステージからは強い風が吹いてきたようで、その歌唱力に圧倒された。
私は周りにいないはずの観客がいるような気がして、周りを見回す。
そして楽曲が終わったとき、なぜか私は少し涙を浮かべていた。
「そうか、唄うときには気持ちを歌に乗せて唄うって言っていたんだったな」
絵里奈に何度聞いても教えてくれなくて、わからなかった答えが何となく、記憶に、そして心によみがえってくるようだった。
自分たちのリハーサルが終わった後、絵里奈が私のところにきて、「何か思い出した?」と訊いてきた。
「なぜか、歌は気持ちを乗せて唄うんだと言われたことだけは思い出しました」
「そう、それだけか。でもそれは思い出したんだ」
そう言うと絵里奈は真面目な顔で去っていった。
で、そのあと、全体のリハーサルが終わり、絵里奈が華さんに叱られていた。
「いくら絵里奈でも勝手しすぎ、みんな何かって思うでしょ。今度そんな勝手するならもう出さないよ」
「本当に…。申し訳ないです」
絵里奈は小さくなって神妙な感じで、素直に叱られれていたので、華さんもスタッフさん達にはちゃんと言ってあったみたいだからこれくらいで許すけど、と言っていた。
私のためにやったことだと思っていたので、絵里奈が怒られているのを見るのは正直つらかったが、華さんがみんなに示しがつかないから叱っていることも分かり、ここで絵里奈をかばってもあまり意味がないと思い黙っていた。
絵里奈が散々叱られた後、私は絵里奈のところに行き、私のために叱られるようなことはしないでくださいとお願いした。
が、さっき叱られたことなど全く覚えていないという様子。
「全然大丈夫。そうだ! もう一度華に謝ってくるね」
と言って、絵里奈はせわしなく去っていった。
チームベータライブ当日。
みんなが準備していると、マネージャーの真帆ちゃんがあわただしく走ってくる。
「みんなちょっと聞いて。体調が悪くて絵里奈は来られないって」
みんなが「えーっ!」といって、それじゃあ今日のあの曲をどうするのかと遥と未来を見た。
二人は「知らない、知らない」と言って真帆ちゃんを見ると、紗良に絵里奈から伝言をもらったと言って私は紙を渡された。
『紗良、私のためだと思って唄ってください、お願いします』
絵里奈のきれいな字で、短くそう書いてあったので、みんなにそうやって書いてありますと伝えた。
華さんが手を叩いて静かにしてと言った。
「絵里奈も散々わがまま言って何やってんだか。もう、いない人は仕方がないから紗良に出てもらうから」
そう言い放つと、衣装さんに言ってくると言って出て行った。
「紗良、大丈夫? できる?」
真帆ちゃんが心配そうに私を見た。
「昨日、本物を見せてもらいましたので何とかできると思います」
私が真帆ちゃんにそう答えると、みんなは絵里奈が急に仕事を休むなんてあまり聞いたことがないけど、紗良がいてよかったと口々に言って準備を始める。
ライブがどんどん進んでいく。絵里奈もサプライズ出演だったし、もともと私は休業中でどのチームにも属していないため誰も私が出るとは思っていないだろう。
そんな中に出て行って大丈夫なのだろうかと思っていたが、いよいよ出番がやってきた。
遥さんと未来が私に大丈夫だからと言って背中を軽く叩く。
「さあ、始まるよ行こうか」
遥さんがそう言うと、未来も「紗良、行こう」と言った。
こんな前代未聞の状況でも二人が落ち着いているので、私も覚悟を決めて小さく頷きステージへの一歩を踏み出した。
「そういえばあの時もこんな感じだったな」
と思って呟いた自分に驚いた。
あの時ってどの時? そうかチームベータライブでこの楽曲をやったときだったっけ、あれ? 何でそんなことがわかるの? あれ? 全部思い出せてる。
それはまるで暗い部屋から扉を開けて色のついた外に飛び出したような感覚に襲われたようで、自分の記憶が戻ったことに驚くとともに、今はライブ中だということに気が付いて、しっかりしろと自分に言い聞かせた。
ステージに現れた出てくるはずのない私に客席のファンの人たちが驚きざわついている。
「歌うときには気持ちを乗せて唄う、そうでしたよね」
そう心の中でつぶやくと、思いっきり絵里奈とここにいる全員に届けという気持ちを込めて唄った。
二番の私のパートに入るところで何故か自分の声に合わせて絵里奈の声が入ってきた。リハーサルの音源か何かが混線しているのかと思っていると、私たちが出てきたところと反対のステージから絵里奈が出てくるのが見える。
会場は突然出てきた歌姫に一瞬どよめいたが直ぐにその歌声を聞いて静かになり、私は訳が分からないと思いながら必死で絵里奈の歌に合わせた。
自分では合わせたと思っていたが恐らく絵里奈が私に合わせてハモってくれたのだろう、最後に四人のアンサンブルで楽曲が終了すると割れんばかりの拍手と歓声が上がる。
絵里奈が客席のファンに向かって手を振りながら、「ライブはまだまだ続くから楽しんでね」と笑顔で言ってからはけた。
ステージから降りると絵里奈が疲れたと言って座り込んだところで、遥さんたちは次の出番があるからと言って楽屋に走っていった。
「絵里奈、いるのならどうして体調不良だなどと言ったのですか?」
そうやって質問しながら、私をステージに引っ張り出すために色々な工作をして回ったのだろうことは私自身も分かっていた。
「こんな所で座ってたら衣装さんに怒られるかな? まぁいいか。ショック療法ってあるじゃない、無理矢理ステージに上げたら何か思い出すんじゃないかって思って」
そういって私を見る笑顔は、写真に映っていたあの綺麗な顔そのままだった。
「どう? 何か思い出した?」
私は膝立ちになって絵里奈を思いっきり抱きしめた。
「絵里奈、ありがとう。何かどころか全て思い出しました。何でも思い出せます」
そう言うと自分でも不思議なくらい自然に涙があふれてきて止まらなくなり、抱きしめた絵里奈もよかったと言って泣いていた。
二人でひとしきり泣いた後、着替えを済ませて楽屋でアンコールは出るべきか出ないほうがいいのかと悩んでいた。
アンコールの楽曲はリハーサルもしていないので今日は最後にちょろっとだけ出ようと、ほんの最後だけ出ていって挨拶をした。
ライブ終了後、絵里奈がみんなに囲まれていた。
「みなさん本当に心配かけてごめんなさいっ!」
「絵里奈さん。私たちに嘘ついていたんですか?」
「本当に申し訳ありませんっ!」
そうやって謝る絵里奈を見て、今回は私も一緒に謝った。
「知らなかったとは言え、私のために絵里奈がしてくれたことで、みんなに心配をかけてしまって申し訳ありません」
何も知らなかった紗良が謝るのはおかしいんじゃないの? とみんなが言っていると華さんが出てきて何故か頭を下げる。
「私も知っていました。みんなごめんなさい」
そう言って頭を下げて謝るので私も含めて、みんながポカーンとなった。
それに続いて遥と未来も出てきて謝り始めた。
「私たちも途中から知っていました。黙っていてごめんなさい」
二人が頭を下げ謝るので、私は二人に訊いた。
「それって、どういうことですか?」
「すみません、全部私が仕組んだことです。三人にお願いしたのは私です。本当に申し訳ない」
そう言ってまた頭を下げる絵里奈にきちんと説明してくれとみんなが言った。
「華に昨日叱られた後、今日の計画の話しをして、衣装とか紗良に着させるようにお願いしました。遥たちには紗良とは別に、紗良が駄目なときは待機しているし途中で出るからと手紙で伝えていました、二人が楽曲で動揺してしまうといけないので」
それで二人は突然の私の出演にあんなに落ち着いていたのかと、今更ながらに思った。
「あまりみんなに言うと、勘のいい紗良は気がついてしまうと思ったの、もう本当にごめんなさい」
みんなが仕方ないなという感じになって、結局紗良は何か変わったのかと訊いてきた。
「それがですね……」
私が話し始めると、みんながそれがなんだという感じで私を見た。
「さっきのステージで全部思い出しました。みなさん、ありがとうございます」
みんなが一斉に「本当に? よかったー」と口々に言ってくれた。
「絵里奈。めちゃくちゃしてたけど、いい結果が出て良かったね」
華さんにそう言われて、頭を撫でられると絵里奈はまた泣いていた。
最後に明日も出るのかと華さんに訊かれて、明日は楽曲の初めから四人で出るしアンコールがあったら初めから出ますと絵里奈が言ってライブ初日は終わった。
ライブが終わり家に帰ると、お母さんがお帰りなさいと言ってキッチンに戻るところを捕まえた。
「お母さん、ただいま。私、戻りました」
「なんなの突然。何言ってるの? 戻ったのは見ればわかるわよ」
「そういうことではなくて、記憶が戻りました」
「……本当に? 本当に戻ったの?」
私の肩をつかんで嘘じゃないわよねという風に訊いた。
「嘘じゃなくて本当です。今日はライブに偶然出ることになって、その時に突然戻りました」
「よかった。よかったわね」
涙ぐみながら、「絵里奈ちゃんが戻してくれたの?」と訊かれた。
「どうして知っているの?」
「この前うちに泊まりに来たでしょ、その時に紗良さんの記憶を取り戻せるように私なりに頑張ってみますって言っていたの。何をするのかは知らなかったけど、私はその気持ちが嬉しくて。記憶が戻っても戻らなくても、またうちにいらっしゃいと言って抱きしめちゃった」
あのご飯の手伝いの時か、それでこっちを見て何でもないという感じになってたのかと思い出していた。
そういえば家を出るときに「どんな結果になってもまた来て」とお母さんがいっていたな。
あの時、絵里奈は自分が出ることについてだって言っていたけど、あの時から今回の計画を考えていたのか、いや違うな、私が何か思い出さないかと初めて訊いた時か。
そうだとしたら何という計画性だろうか。瞬時にこの計画を思いついて、自分の立場を存分に利用して最後に私の記憶を取り戻してくれるという結果を残すとは、私は絵里奈の行動力のすごさに感心するとともに感謝するしかなかった。
ライブ二日目、絵里奈はもう楽屋に来ていた。
「紗良、おはよう、早いのね」
「おはようございます、絵里奈こそ早いですね。今日は体調不良じゃないんですか?」
「あー、紗良が意地悪を言ってる。本当に戻ったんだ」
よかったと、胸をなでおろし、始まってもいないのにもう帰ってもいいかなと言っていた。
「おかげさまで戻りました。初めから今回のことを企んでいたのですか?」
「企むとか言い方がちょっと悪そうだけど、そうしたら治るかもと思ったのは事実。だから私頑張ったよ。ほら何か忘れた時にもう一度同じことをしてみるとかってあるじゃない?」
「それだけで、あれだけのことをしたのですか? すごい行動力ですね」
「それだけじゃなくて、後ろから叩いたりしようかとも思ったけど、紗良に襲い掛かっても避けられそうだし。それにもっと悪くなったら嫌だし」
「絵里奈くらいなら、どうやって近づいてきてもわかりますからね」
絵里奈は「紗良の感覚ならそうだよね」と言って笑っていた。
「そう言えば、お母さんがありがとうって伝えてくれと言っていました。また来てくださいと」
みんなが楽屋に入ってきて「また、悪だくみをしているのか?」と口々に絵里奈に言うので、「そんなことしていません」と答えていた。
今日のライブはみんなのステージも自分のステージも心から楽しめた。
四人で出て行ったとき、やっぱり本当だったと客席から言っているのが聞こえて、ものすごい歓声が上がり、出る予定のない私の名前の入ったタオルや絵里奈の名前の入ったタオルを持った人がたくさん見えたので、こんなに多くの人が待っていてくれたんだと、心から嬉しくなった。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
行かないで、と言ったでしょう?
松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。
病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。
壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。
人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。
スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。
これは、春を信じられなかったふたりが、
長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる