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目標のある幸せ ー卒業ー 第八話
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ライブが終わるとメンバー全員にコミュニケーションアプリで記憶が戻りましたと報告をして、翌日には村雨部長に報告をしに行った。
「記憶が戻ってよかったな」
「おかげさまで、何とか取り戻せましたし、うちの春代と仲良くされていたのも思い出しました」
「それは記憶が無くなってからだろう」
「そうでしたか?」
「まだ記憶が戻っていないんじゃないか?」
「冗談です。絵里奈にちゃんと戻してもらいました」
「相羽が冗談? 頭打ったのか? いや打ったな」
「なにげにひどくないですか?」
「その調子だと冗談に聞こえないんだよ。それはさておき、あれなぁ。大変だった」
「絵里奈のやっていることを全部ご存じだったんですか?」
ここにも絵里奈に巻き込まれた人がいたのだと、その手回しの良さにまたもや驚いた。
「ご存じも何も、あたりまえだろう。最初からだよ。絵里奈自身忙しいのに誰がスケジュール調整とかをすると思ってるんだ? 突然すごい勢いでチームベータライブに一曲だけで良いから出させてほしいと言ってきて、やれリハーサルを本番と同じようにさせろだの、本番でサプライズにしたいからメンバーや相羽に見つからないように隠れさせてくれだの」
大人の世界を舐めるなよ、そんな簡単じゃないんだから、どんだけ他のスタッフにも頭を下げたと思っているんだと言って、心底疲れたという感じだった。
「本当に、ありがとうございました」
私はお礼を言って頭を下げるくらいしかできなかった。
「それだけ、絵里奈にとってもグループにとっても相羽が必要だってことだから、これからも目標に向けて頑張れよ。あっ、それと、相羽の今の所属はチームベータな、相羽はどこでもいいのかもしれないけど」
「わかりました。頑張ります」
やれやれという感じで村雨部長は去っていった。
ファンの人に向けて体調が戻ったので、仕事に復帰させてもらいますとブログで報告をして、私はまたアイドルとして目標に向かって歩き始めた。
春代にも記憶が戻ったことを報告すると一分もしないうちに玄関のチャイムが鳴った。
「こんばんはー。しつれいしまーす。紗良ー、いるのー?」
「いますよ、連絡したでしょう。どうしたんですか? こんな遅くに非常識な」
「この私にそんなこと言うなんて……。いつも通り。本当に紗良が戻った、よかったぁ」
それから突然ワ―ンと泣き出す春代をどうしたらいいか分からず、なんだなんでそんなに泣くんだと、玄関で春代に質問しながらおたおたしている私を見て、お母さんがお茶でも飲んでいってもらいなさいと言い、私は春代を抱えるようにしてリビングに連れていき、いつもの椅子に座らせた。
「はる、どうですか? 落ち着きましたか?」
「落ち着いた」
「元に戻ったのだから泣くことは無いでしょう。記憶がない時と今とでそんなに違いますか?」
春代にそう問いかけると、ティッシュで涙と鼻水を拭きながら春代が言った。
「全然違う。記憶がない時の紗良だったら素直だし『よく来ましたね』とかいうから」
それは別によいのでは?
記憶がない時もちょいちょい記憶をなくす前の私はどういう人物なのかと思ったが、比較ができる今ではどちらかというと記憶がない時のほうが人としてはできていたのではないかと思っていた。
とは言えこれが本当の性分なので、仕方がないと思うが。
「そんなのは昔から知ってる私が大好きな本当の紗良じゃない。記憶がない時の紗良も本物だし嫌いじゃないけど、言葉じゃ表せないよ」
確かに記憶がなくなったときに春代が泣いて出ていくのをそのまま見送るなんてことは考えられないなと思った。
春代が相手だったら多分すぐに追いかけて捕まえに走って、何で泣くのか珍しいから参考までに理由を教えてくれと訊きに行くまでした気がすると思う。
月曜日も一緒に学校へ行きますからと言うと、お茶を一気に飲んで約束だからねと言って、
「この目で確かめられたんで。紗弓さん私は帰ります。ごちそうさまでした」
とお母さんに言って帰っていった。
「紗良さんは本当にいい友達がいてよかったわよね」
「本当にそう。みんな欠け替えのない人たち」
「春代ちゃんを見てたら、また私まで泣けてきちゃった」
「そういえば記憶がなかった時だけど、お母さんがすごい泣き虫な人だと思ってた」
「それはそうでしょう。一生分くらい泣いたもの」
当分泣かなくてもいいわと言いながらお母さんが片づけをしていた時に、お父さんが出てきた。
「春代ちゃんはもう帰ったのか?」
「もう帰りました。あっ! そういえば私の記憶がないときに絵里奈が来て、見たことがないくらいお父さんがニコニコだったのを思い出しました。
「紗良それは記憶が混乱しているのかもしれないから早く休んだ方がいいと思うよ」
そう言って、お父さんはその場から、さささっと離れていった。
今日もいつものように春代と二人で学校に向かう。
「紗良。年末はゆっくりしている暇がないよ」
「はるは受験生だからね」
「紗良だって仕事が忙しいでしょ」
「去年も経験したから、こんなものかという感じかな、でも忙しいのは間違いないですかね。正月休みはちょっとだけ」
チームアルファーになれば露出も多いのでもっと忙しいだろうと、絵里奈とかちょっと心配になる。
「その前にクリスマスもあるのよね、プレゼント何もらおうかな、紗良は何かお願いするの?」
「私はクリスマスイベントがあるし、服とかは買ってもらえるから、ほしいものとかないかな」
「そういえば、前に夢の国の写真をさなちゃんに見せてもらった、めちゃくちゃかっこいいエスピーと一緒に行ってきたって」
「あれは動きやすさと目立たなさを重視した結果であって、ちゃんと言われればそれなりの格好は選択できるから」
さなえは夢の国ではそんな格好では逆に目立つとか、なんだかんだ言っていた割に、あの格好の私が気に入っているんじゃないかと思った。
クリスマスにはライブイベントをするため私たちはリハーサルを行っていた。
「みんなの赤白の衣装はかわいいですね、恵美さんとかすごく似合います」
「何言っているのよ、紗良だってスタイルが良いから似合っているでしょ」
「そうですか? どちらかというと黒と白の方が似合いそうですが……」
「それはあまり否定できないけど。スタイルが良いし何を着ても似合っていると思うよ」
否定はしないのか、恵美さんは正直だなと思いながらみんなを見ていた。
ファンの人たちに楽しんでもらったライブが終わり、メンバーでささやかながらクリスマス会を行った。
「こういうライブで使ったケーキはちゃんと食べられているんですね」
「紗良ちゃん知らなかったの?」
かわいらしい口をもぐもぐさせながら美香が言った。
「美香は口に入れすぎです。リスのようですよ。前まではこういうものは上のクリームだけ本物であとは作りものだと思っていましたからね。どちらかというと顔にぶつける目的のものというイメージです」
「ほんと興味がないことには知識が偏っているなぁ。まあ、きれいなケーキが切り刻まれちゃうから、実際に食べているところなんてほとんど表に出ないからね」
一期生の彩さんが、そう言いながら食べていた。
「私たちは大体クリスマスはファンの人たちに楽しんでもらう日だから、これでおしまいだわ」
「彩ちゃんはパパにプレゼントもらうの?」
「子供じゃないんだから、もうもらわないわよ。美香はまだもらってるの?」
「お願いしちゃいました。ほしいドライヤーがありますって」
「子供なのか大人なのかよくわからない感じになってるね。普通はおもちゃじゃない?」
「この年でおもちゃとか要らないです」
意味が分からん、働いているんだから自分で買いなさいよと言って私を見た。
「紗良はクリスマスとか興味なさそうだけど、何かもらうの?」
「いえ、クリスマスはケーキを食べる日だという認識しかなくて、物質的にほしいものとかもないので、特別にお願いしたことはないです」
「物質的? プレゼントとか朝に目が覚めたら、枕元に置いてあったりとかないの?」
「普通の時は寝ていても人が近づくと目を覚ますので置かれたことはないですね。両親も近づくたびに何度も私が起きるので寝不足になりそうだから、あきらめたと言って朝起きたらとてもサンタが来たとは思えない感じで、リビングの机の上に置いていました」
「どこかの武士か何か?」
「でも、普段から服とか買ってもらえますし、最近は母の方が私のファッションとかに興味があるらしいのでクリスマスで特別に買ってもらわなくても全然大丈夫です」
さなえではないが、握手会などのイベントに来ていく服をどうするかで悩むこともあったが、自分が載ったときだけでなく、ファッション雑誌を私が定期的に購入するようになったので、それをもったいないからとお母さんが読み漁っている。
根っからの世話焼き体質が発動して、これが似合うあれが似合うと服だけでなくコスメを含めて時々買ってきてくれるので自分で買うことは不要だ。
私自身は雑誌の内容は一度パラ見すれば覚えられるので、本来雑誌を購入する必要は無いのだが、こういう仕事をしているからにはお金を払ってしかるべきだと思い、覚えていようがいまいが見たものを含めて買って帰っている。
ただ、お父さんには紗良が載っている雑誌はいいが、とにかく捨てる時が重たいとかなり不評だった。
そろそろお開きにしますと声がかかり、私たちも片づけをして帰り始める。
「紗良ちゃん、帰ろ」
「美香は迎えに来てもらわないのですか?」
「もう高校生だから、一人で帰るよ」
「わかりました、家のところまで送って行ってあげます。私が見ていたのに何かあったら後悔しますからね。年の瀬は酔った人とかも多いですし、美香のような子供がうろうろしていたらあぶないでしょう。同じ方向ですから気にしなくてもいいです」
「紗良ちゃんだって私と同じ高校生でしょ」
「あなたは、かわいいし弱そうだから駄目です。私に勝てるのはガードレールくらいのものですから」
「その冗談はちょっと笑えない」
「そうですか? まあとにかく送って行ってあげます」
電車に乗って、他愛もない話を美香としながら窓に映った自分達を見ていた。
「紗良ちゃんは、まだグループにいるよね」
「どうしたんですか急に。特にやめる予定はありませんし、どういうタイミングでそういう時が訪れるのかも今は想像がつかないです」
「ならよかった。彩ちゃんがね、お姉さんたちはそういうことを考え始める時期に来てるって。まだいつかはわからないけど、あと何年もないかもしれないから今のうちにたくさん話しをしておかないと、って言ってたの」
「美香は彩さんと仲良しですから、そういう話もするんですね。私と変わらないですから彩さんは当分大丈夫でしょう」
「そう。だから二人一緒にいなくなったりしないでよね」
「約束はできませんが、そうならないように努力はします」
そうだよねと言いながら美香は少しさみしそうにしていたが、駅についてから歩いて美香の家のところまで送ってあげると、「送ってくれてありがとう、またね」と言って可愛らしい笑顔で帰っていった。
正月の特番構成も終わり、いつもの日常が戻ってきていたが二月はヴァルコスマイルの結成された月なので、バースデーライブに向けて練習に励んでいた。
「バースデーライブは二回目ですけど、楽曲が多いから大変ですよね」
練習の合間に美咲さんと話しをしていた。
「ほぼ全楽曲をやる勢いだからね、紗良たちも前は大変だったでしょう?」
「かなり出演する楽曲を免除してもらいましたから、何とかなりましたけど、悲壮感は漂っていましたね」
「紗良以外はでしょ?」
「そんなことは無いですよ、美香とか最年少ですけどなんだかんだ文句を言いながら全振りを覚えていましたし、さなえは負けず嫌いだから隠れて必死になって覚えていたので……。みんなにはわからなかったかもしれないですが」
「そっか、じゃあ今回はもっと頑張れるね」
「そうですね、全力で頑張りますよ」
美咲さんにしては何となく元気がないような感じはしたものの、練習で疲れているのかも知れないと思っていた。
バースデーライブはほぼ全楽曲やることから、振り付けを覚えるのも大変で、みんな練習からシップを貼ったりして頑張っている。
私は体が丈夫なので、暇なときはみんなの練習をずっと見ながら、なんか調子が悪そうだなとか、すごいきれいだったとかぶつぶつ言っていた。それを見て、まわりからは若干引かれ気味ではあるものの、さっきと比べてどうだったかとか、ビデオ替わりに使われたりもしていた。
ライブ当日、いつものように円陣を組んで美咲さんが話し始めた。
「それじゃあ、みんなケガの無いように、全力を出し切っていきましょう、いくよ」
手を前に出すと、みんなも同じように手を前に出す。
「夜空に輝く星は私たちの笑顔、永遠に輝く」
「「「ヴァルコスマイル!」」」
いつもの掛け声とともにみんなで手を高く上げてライブの成功を祈った。
私はというと自分の出番を全力で終えると、時間があるときはすぐに絵里奈を見に走っていき相変わらず素晴らしいなと思って感心していた。
「紗良は私をリハーサルでも見ているのに、どうしてそこまでかぶりつけるの?」
「初めて見た時からずっと大好きだからでしょうね。もちろん同じメンバーとして負けてはいられないという気持ちもありますし、ずっと見ていて何かあってもすぐにわかりますから頑張ってください」
紗良が見ていると先生に見られているみたいで緊張すると言って、顔を少し赤くしながら衣装を着替えに楽屋に向かって行った。
ライブ終了間際にサプライズ発表ということで、今年の夏にドームでのライブを行うことが決定したとアナウンスがあり、私たちも聞いていなかったのでみんなが驚いていた。
その中でも一期生のメンバーは目標の一つだったということで、美咲さんたちは泣いていた。
会場からもどよめきの後大きな拍手が送られているなか、美咲さんが「これからも頑張っていきますので応援をよろしくお願いします」というと更に大きな拍手に包まれた。
ライブではグループの誕生をお祝いするバースデーケーキなども用意されており、ライブ終了後にみんなに振舞われていた。ライブ後は疲れて甘いものが食べたくなるので、みんなが群がるように食べていたが、ふと見ると美咲さんはニコニコしているものの、あまり食べていないので気になって話しかけてみる。
「このケーキは好みではないんですか?」
「ううん、全然美味しいよ」
「それにしては、進んでいない感じですが」
「ドームでライブをするのが、特に一期生の私たちのでもあるけど私の目標だったから、それが叶ったから胸がいっぱいで」
「一番最初に見せてもらったライブで、もっと大きなところでできるようになりたいと言われていましたが、ドームのことだったのですか?」
「さすがに、よく覚えてるわね。そうあの時もその前も勿論今もだけど、ずっと目標にしてたの」
今まで形になっていなかった目標が突然現実になって目の前に現れたら、こんな感じになるものなのかと思いながら、不安か悩みでもあるんですかと訊くと「何言ってるのよ、そんなことなんてないない、ドームに向けて頑張っていこうという気持ちで一杯よ」とはぐらかされた。
「記憶が戻ってよかったな」
「おかげさまで、何とか取り戻せましたし、うちの春代と仲良くされていたのも思い出しました」
「それは記憶が無くなってからだろう」
「そうでしたか?」
「まだ記憶が戻っていないんじゃないか?」
「冗談です。絵里奈にちゃんと戻してもらいました」
「相羽が冗談? 頭打ったのか? いや打ったな」
「なにげにひどくないですか?」
「その調子だと冗談に聞こえないんだよ。それはさておき、あれなぁ。大変だった」
「絵里奈のやっていることを全部ご存じだったんですか?」
ここにも絵里奈に巻き込まれた人がいたのだと、その手回しの良さにまたもや驚いた。
「ご存じも何も、あたりまえだろう。最初からだよ。絵里奈自身忙しいのに誰がスケジュール調整とかをすると思ってるんだ? 突然すごい勢いでチームベータライブに一曲だけで良いから出させてほしいと言ってきて、やれリハーサルを本番と同じようにさせろだの、本番でサプライズにしたいからメンバーや相羽に見つからないように隠れさせてくれだの」
大人の世界を舐めるなよ、そんな簡単じゃないんだから、どんだけ他のスタッフにも頭を下げたと思っているんだと言って、心底疲れたという感じだった。
「本当に、ありがとうございました」
私はお礼を言って頭を下げるくらいしかできなかった。
「それだけ、絵里奈にとってもグループにとっても相羽が必要だってことだから、これからも目標に向けて頑張れよ。あっ、それと、相羽の今の所属はチームベータな、相羽はどこでもいいのかもしれないけど」
「わかりました。頑張ります」
やれやれという感じで村雨部長は去っていった。
ファンの人に向けて体調が戻ったので、仕事に復帰させてもらいますとブログで報告をして、私はまたアイドルとして目標に向かって歩き始めた。
春代にも記憶が戻ったことを報告すると一分もしないうちに玄関のチャイムが鳴った。
「こんばんはー。しつれいしまーす。紗良ー、いるのー?」
「いますよ、連絡したでしょう。どうしたんですか? こんな遅くに非常識な」
「この私にそんなこと言うなんて……。いつも通り。本当に紗良が戻った、よかったぁ」
それから突然ワ―ンと泣き出す春代をどうしたらいいか分からず、なんだなんでそんなに泣くんだと、玄関で春代に質問しながらおたおたしている私を見て、お母さんがお茶でも飲んでいってもらいなさいと言い、私は春代を抱えるようにしてリビングに連れていき、いつもの椅子に座らせた。
「はる、どうですか? 落ち着きましたか?」
「落ち着いた」
「元に戻ったのだから泣くことは無いでしょう。記憶がない時と今とでそんなに違いますか?」
春代にそう問いかけると、ティッシュで涙と鼻水を拭きながら春代が言った。
「全然違う。記憶がない時の紗良だったら素直だし『よく来ましたね』とかいうから」
それは別によいのでは?
記憶がない時もちょいちょい記憶をなくす前の私はどういう人物なのかと思ったが、比較ができる今ではどちらかというと記憶がない時のほうが人としてはできていたのではないかと思っていた。
とは言えこれが本当の性分なので、仕方がないと思うが。
「そんなのは昔から知ってる私が大好きな本当の紗良じゃない。記憶がない時の紗良も本物だし嫌いじゃないけど、言葉じゃ表せないよ」
確かに記憶がなくなったときに春代が泣いて出ていくのをそのまま見送るなんてことは考えられないなと思った。
春代が相手だったら多分すぐに追いかけて捕まえに走って、何で泣くのか珍しいから参考までに理由を教えてくれと訊きに行くまでした気がすると思う。
月曜日も一緒に学校へ行きますからと言うと、お茶を一気に飲んで約束だからねと言って、
「この目で確かめられたんで。紗弓さん私は帰ります。ごちそうさまでした」
とお母さんに言って帰っていった。
「紗良さんは本当にいい友達がいてよかったわよね」
「本当にそう。みんな欠け替えのない人たち」
「春代ちゃんを見てたら、また私まで泣けてきちゃった」
「そういえば記憶がなかった時だけど、お母さんがすごい泣き虫な人だと思ってた」
「それはそうでしょう。一生分くらい泣いたもの」
当分泣かなくてもいいわと言いながらお母さんが片づけをしていた時に、お父さんが出てきた。
「春代ちゃんはもう帰ったのか?」
「もう帰りました。あっ! そういえば私の記憶がないときに絵里奈が来て、見たことがないくらいお父さんがニコニコだったのを思い出しました。
「紗良それは記憶が混乱しているのかもしれないから早く休んだ方がいいと思うよ」
そう言って、お父さんはその場から、さささっと離れていった。
今日もいつものように春代と二人で学校に向かう。
「紗良。年末はゆっくりしている暇がないよ」
「はるは受験生だからね」
「紗良だって仕事が忙しいでしょ」
「去年も経験したから、こんなものかという感じかな、でも忙しいのは間違いないですかね。正月休みはちょっとだけ」
チームアルファーになれば露出も多いのでもっと忙しいだろうと、絵里奈とかちょっと心配になる。
「その前にクリスマスもあるのよね、プレゼント何もらおうかな、紗良は何かお願いするの?」
「私はクリスマスイベントがあるし、服とかは買ってもらえるから、ほしいものとかないかな」
「そういえば、前に夢の国の写真をさなちゃんに見せてもらった、めちゃくちゃかっこいいエスピーと一緒に行ってきたって」
「あれは動きやすさと目立たなさを重視した結果であって、ちゃんと言われればそれなりの格好は選択できるから」
さなえは夢の国ではそんな格好では逆に目立つとか、なんだかんだ言っていた割に、あの格好の私が気に入っているんじゃないかと思った。
クリスマスにはライブイベントをするため私たちはリハーサルを行っていた。
「みんなの赤白の衣装はかわいいですね、恵美さんとかすごく似合います」
「何言っているのよ、紗良だってスタイルが良いから似合っているでしょ」
「そうですか? どちらかというと黒と白の方が似合いそうですが……」
「それはあまり否定できないけど。スタイルが良いし何を着ても似合っていると思うよ」
否定はしないのか、恵美さんは正直だなと思いながらみんなを見ていた。
ファンの人たちに楽しんでもらったライブが終わり、メンバーでささやかながらクリスマス会を行った。
「こういうライブで使ったケーキはちゃんと食べられているんですね」
「紗良ちゃん知らなかったの?」
かわいらしい口をもぐもぐさせながら美香が言った。
「美香は口に入れすぎです。リスのようですよ。前まではこういうものは上のクリームだけ本物であとは作りものだと思っていましたからね。どちらかというと顔にぶつける目的のものというイメージです」
「ほんと興味がないことには知識が偏っているなぁ。まあ、きれいなケーキが切り刻まれちゃうから、実際に食べているところなんてほとんど表に出ないからね」
一期生の彩さんが、そう言いながら食べていた。
「私たちは大体クリスマスはファンの人たちに楽しんでもらう日だから、これでおしまいだわ」
「彩ちゃんはパパにプレゼントもらうの?」
「子供じゃないんだから、もうもらわないわよ。美香はまだもらってるの?」
「お願いしちゃいました。ほしいドライヤーがありますって」
「子供なのか大人なのかよくわからない感じになってるね。普通はおもちゃじゃない?」
「この年でおもちゃとか要らないです」
意味が分からん、働いているんだから自分で買いなさいよと言って私を見た。
「紗良はクリスマスとか興味なさそうだけど、何かもらうの?」
「いえ、クリスマスはケーキを食べる日だという認識しかなくて、物質的にほしいものとかもないので、特別にお願いしたことはないです」
「物質的? プレゼントとか朝に目が覚めたら、枕元に置いてあったりとかないの?」
「普通の時は寝ていても人が近づくと目を覚ますので置かれたことはないですね。両親も近づくたびに何度も私が起きるので寝不足になりそうだから、あきらめたと言って朝起きたらとてもサンタが来たとは思えない感じで、リビングの机の上に置いていました」
「どこかの武士か何か?」
「でも、普段から服とか買ってもらえますし、最近は母の方が私のファッションとかに興味があるらしいのでクリスマスで特別に買ってもらわなくても全然大丈夫です」
さなえではないが、握手会などのイベントに来ていく服をどうするかで悩むこともあったが、自分が載ったときだけでなく、ファッション雑誌を私が定期的に購入するようになったので、それをもったいないからとお母さんが読み漁っている。
根っからの世話焼き体質が発動して、これが似合うあれが似合うと服だけでなくコスメを含めて時々買ってきてくれるので自分で買うことは不要だ。
私自身は雑誌の内容は一度パラ見すれば覚えられるので、本来雑誌を購入する必要は無いのだが、こういう仕事をしているからにはお金を払ってしかるべきだと思い、覚えていようがいまいが見たものを含めて買って帰っている。
ただ、お父さんには紗良が載っている雑誌はいいが、とにかく捨てる時が重たいとかなり不評だった。
そろそろお開きにしますと声がかかり、私たちも片づけをして帰り始める。
「紗良ちゃん、帰ろ」
「美香は迎えに来てもらわないのですか?」
「もう高校生だから、一人で帰るよ」
「わかりました、家のところまで送って行ってあげます。私が見ていたのに何かあったら後悔しますからね。年の瀬は酔った人とかも多いですし、美香のような子供がうろうろしていたらあぶないでしょう。同じ方向ですから気にしなくてもいいです」
「紗良ちゃんだって私と同じ高校生でしょ」
「あなたは、かわいいし弱そうだから駄目です。私に勝てるのはガードレールくらいのものですから」
「その冗談はちょっと笑えない」
「そうですか? まあとにかく送って行ってあげます」
電車に乗って、他愛もない話を美香としながら窓に映った自分達を見ていた。
「紗良ちゃんは、まだグループにいるよね」
「どうしたんですか急に。特にやめる予定はありませんし、どういうタイミングでそういう時が訪れるのかも今は想像がつかないです」
「ならよかった。彩ちゃんがね、お姉さんたちはそういうことを考え始める時期に来てるって。まだいつかはわからないけど、あと何年もないかもしれないから今のうちにたくさん話しをしておかないと、って言ってたの」
「美香は彩さんと仲良しですから、そういう話もするんですね。私と変わらないですから彩さんは当分大丈夫でしょう」
「そう。だから二人一緒にいなくなったりしないでよね」
「約束はできませんが、そうならないように努力はします」
そうだよねと言いながら美香は少しさみしそうにしていたが、駅についてから歩いて美香の家のところまで送ってあげると、「送ってくれてありがとう、またね」と言って可愛らしい笑顔で帰っていった。
正月の特番構成も終わり、いつもの日常が戻ってきていたが二月はヴァルコスマイルの結成された月なので、バースデーライブに向けて練習に励んでいた。
「バースデーライブは二回目ですけど、楽曲が多いから大変ですよね」
練習の合間に美咲さんと話しをしていた。
「ほぼ全楽曲をやる勢いだからね、紗良たちも前は大変だったでしょう?」
「かなり出演する楽曲を免除してもらいましたから、何とかなりましたけど、悲壮感は漂っていましたね」
「紗良以外はでしょ?」
「そんなことは無いですよ、美香とか最年少ですけどなんだかんだ文句を言いながら全振りを覚えていましたし、さなえは負けず嫌いだから隠れて必死になって覚えていたので……。みんなにはわからなかったかもしれないですが」
「そっか、じゃあ今回はもっと頑張れるね」
「そうですね、全力で頑張りますよ」
美咲さんにしては何となく元気がないような感じはしたものの、練習で疲れているのかも知れないと思っていた。
バースデーライブはほぼ全楽曲やることから、振り付けを覚えるのも大変で、みんな練習からシップを貼ったりして頑張っている。
私は体が丈夫なので、暇なときはみんなの練習をずっと見ながら、なんか調子が悪そうだなとか、すごいきれいだったとかぶつぶつ言っていた。それを見て、まわりからは若干引かれ気味ではあるものの、さっきと比べてどうだったかとか、ビデオ替わりに使われたりもしていた。
ライブ当日、いつものように円陣を組んで美咲さんが話し始めた。
「それじゃあ、みんなケガの無いように、全力を出し切っていきましょう、いくよ」
手を前に出すと、みんなも同じように手を前に出す。
「夜空に輝く星は私たちの笑顔、永遠に輝く」
「「「ヴァルコスマイル!」」」
いつもの掛け声とともにみんなで手を高く上げてライブの成功を祈った。
私はというと自分の出番を全力で終えると、時間があるときはすぐに絵里奈を見に走っていき相変わらず素晴らしいなと思って感心していた。
「紗良は私をリハーサルでも見ているのに、どうしてそこまでかぶりつけるの?」
「初めて見た時からずっと大好きだからでしょうね。もちろん同じメンバーとして負けてはいられないという気持ちもありますし、ずっと見ていて何かあってもすぐにわかりますから頑張ってください」
紗良が見ていると先生に見られているみたいで緊張すると言って、顔を少し赤くしながら衣装を着替えに楽屋に向かって行った。
ライブ終了間際にサプライズ発表ということで、今年の夏にドームでのライブを行うことが決定したとアナウンスがあり、私たちも聞いていなかったのでみんなが驚いていた。
その中でも一期生のメンバーは目標の一つだったということで、美咲さんたちは泣いていた。
会場からもどよめきの後大きな拍手が送られているなか、美咲さんが「これからも頑張っていきますので応援をよろしくお願いします」というと更に大きな拍手に包まれた。
ライブではグループの誕生をお祝いするバースデーケーキなども用意されており、ライブ終了後にみんなに振舞われていた。ライブ後は疲れて甘いものが食べたくなるので、みんなが群がるように食べていたが、ふと見ると美咲さんはニコニコしているものの、あまり食べていないので気になって話しかけてみる。
「このケーキは好みではないんですか?」
「ううん、全然美味しいよ」
「それにしては、進んでいない感じですが」
「ドームでライブをするのが、特に一期生の私たちのでもあるけど私の目標だったから、それが叶ったから胸がいっぱいで」
「一番最初に見せてもらったライブで、もっと大きなところでできるようになりたいと言われていましたが、ドームのことだったのですか?」
「さすがに、よく覚えてるわね。そうあの時もその前も勿論今もだけど、ずっと目標にしてたの」
今まで形になっていなかった目標が突然現実になって目の前に現れたら、こんな感じになるものなのかと思いながら、不安か悩みでもあるんですかと訊くと「何言ってるのよ、そんなことなんてないない、ドームに向けて頑張っていこうという気持ちで一杯よ」とはぐらかされた。
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しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
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