目標のある幸せ ー卒業ー

根来むそお

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目標のある幸せ ー卒業ー 第十一話

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 ついに美咲さんの最後のシングルのチーム編成の発表の日が来た。

 それまでみんな何事もなかったかのように過ごしていたし、さなえもあの後で中華料理の味がどうだったかは訊いてくるのに、どのような話しがあったのかは一つも触れないので、絶対に独自のルートで何かつかんでいるなと思っていた。

 発表の日は事務所に用事が有って早めに行くと、村雨部長が話しかけてきた。何か嫌な予感がする。

「相羽、いいところにいたな。ちょっと話があるけど良いか?」

「良いも悪いも。別に良いですけど、絶対待ち伏せされていましたよね」

「この時間に来るって聞いてたからな。相羽は時間に正確で助かる」

 立ち話しもなんだからと、いつもの会議室につれていかれて座れと言われた。

「相羽は高校卒業したよな」

「卒業させてもらいましたが、それが何か?」

 絶対によくないことを言おうとしていると思って私はいつもよりも仏頂面になっていた。

「そんなに警戒しなくても。高校卒業したらこの仕事をもっと頑張れるよなって思って、ちょっと確認を……だな」

「今まで高校に割いていた部分をすべて仕事に向けられますので、今までよりは自由になると思います」

「そうだよな。相羽はいろいろ知りたいから、初めてのことって好きだろ?」

「何を言っているのかわかりませんが、開拓者になろうとしているのではありませんので、初めてが好きなわけではないです」

「でも、いろいろと知りたいだろ?」

 なんとしても「うん」と言わせたい感じがありありと出ているのを見ると、拒絶したくもなるが、何をしようと考えているのか知りたいという気持ちもあり、心の中で葛藤した結果、知りたい方が勝ってしまった。

「そうですね。知らないことなら知りたいとも思います」

「そうだよな、うん。それなら大丈夫だ、いろいろ頑張れるよな。基本的な調整はこっちでするから、その時が来たら相羽も何かあれば意見を言ってくれ」

「はぁ。いまではなくてその時が来たらですか?」

「全然今じゃない。でも本当にすぐにわかるから大丈夫。それじゃあ後でな」

 結局のところさっぱり意味が分からないと思いながら、嬉しそうに去っていく村雨部長を見送った。
 用事を済ませてミーティングルームに入ると、みんながチーム編成の発表を聞くために集まってきていたので、私は定位置の端っこを物色して座る。
 この前の五人はこれから行われるであろう連絡内容を知っているので、複雑な表情で椅子に座っているのを横目に、私は確保できたいつもの端の椅子に座りみんなの様子を見ていた。

 村雨部長と坂上チーフマネージャーが入ってきて、なぜか美咲さんのことを伝えるはずなのに坂上チーフが一瞬私を哀れんだ目で見たのが気にはなったが、気のせいかと思いなおした。

「それでは今回のシングルのチーム編成を発表するので、呼ばれたら前に出てきてくれ」

 村雨部長がそういうとメンバーの名前を淡々と読み上げる。

「以上がチームアルファーになりますが、まだ話しがあります」

 いよいよ美咲さんのことを発表するのかと思い、身構えていると突然名前を呼ばれた。

「相羽紗良」

「はい、ここにいます」

 チーム編成の発表が終わってから名前を呼ばれて、なんのことかと立ち上がったが、まわりのみんなも何があるのかと私の方を見ていた。

「相羽はチームベータだが今回特別にチームアルファーも兼任にするのでそのつもりで。当然シングルのフォーメーションにも入ってもらうから、そこでもいいがとりあえず前に出てくれ」

 まわりのみんなも兼任? 何それ? という感じだったが私自身衝撃で声も出ずにその場に立ち尽くしているのを見て、村雨部長に早よ前に出ろと言われた。

「以上十五名が今回のチームアルファーになります、みんな協力して頑張ってほしい」

 みんながざわついていたところに、村雨部長がもう一度静かにと言うと、まだあるのかとみんなが思って見ていた。

「これから、神室がみんなに言いたいことがあるから聞いてくれ」

 美咲さんが前に出てくると、深く深呼吸してからみんなを見回して話し始めた。

「皆さん、私こと神室美咲は今回のシングルの活動をもってグループを卒業することにいたしました、ドームでのライブが最後になると思いますが、それまでよろしくお願いします」

 そういうと同時に頭を下げてから、涙が床に落ちたのが見える。

「だめだ、目にゴミが入っちゃって、涙が出ちゃった」

 みんながいつかは終わりが来ると思っていたものの、今まで誰一人かけることなくやってきた奇跡が、今ここで終わると告げられたのだと感じていた。

「神室の卒業する日はライブの最終日になる予定だが、実際の日にちはもう少し伸びるかもしれないのでそのつもりでいてくれ」

「ではそういうことで、今日は解散してください」

 坂上チーフがそういうとみんなが美咲さんのところに寄って行くのを、私とこの前の一期生五人だけは遠巻きに見ていた。
 さなえは美咲さんのところではなく、私のところに寄ってきて、小さい声で話しかけてきた。

「知っていたでしょ」

「なにをですか?」

「隠さなくてもいいよ。あの食事会の時に聞いていたでしょ」

 さなえの情報収集力の高さに驚いて、何も言えず止まっていると美咲さんの方を見ながらさなえがそっと手の先を握ってきた。

「紗良は大丈夫かもしれないけど、一人で抱えられなかったらなんでも言ってよね。私も言うから」

 私はさなえの手を握り返して「その時はそうする、さぁちゃんもね」とだけ言った。
 その日の夜、公式ホームページで美咲さんの卒業が発表され、今までの感謝とこれから卒業まで頑張るので宜しくお願いしますという内容の美咲さんのブログがアップされた。

 卒業に合わせて写真集が発売することも公表されて、忙しくされていたと思ったら卒業記念の写真集もあったのかとこの時に初めて理解した。


 写真集ができたところで私も動画を撮っているところに呼ばれた。

「紗良、見てよ」

 仏頂面の私に写真集を見せて動画を撮るとは、美咲さんはチャレンジャーだなと思いながら写真集を見せてもらう。

「画面に見せたら駄目だからね」

「なるほど、そうですかそれでは失礼します」

 どうだどうだと横で言われながら中身を見せてもらった。

「すごくいい表情で撮れていますね、撮影は楽しかったですか?」

 ページを一枚一枚めくると美咲さんの明るい笑顔が溢れている。

「めちゃくちゃ楽しかったの。天気も良くて私は天気に愛されているなと思った」

「美咲さんはみんなに愛されていますよ」

「写真集を見ながらその無表情で言われてもそんな感じがしないけど」

「写真集に微笑んでも何も無いですからね、私の素です。でも本物の美咲さんにでしたら心から微笑んで言えますよ、本当に素敵です」

 私は美咲さんの目を真っ直ぐに見て、素敵できれいですよという気持ちを込めて微笑む。

「あっ、ありがとう。ん? 何だろう? 何かちょっと見られていること自体が恥ずかしい気持ちになってきた」

「何でですか? えっこれって水着とか着ているじゃないですか、本当にすごくきれいな体をされていますね」

「もうだめだ、きれいな体をしているとか言わないで。写真集を返してほしい」

「いやいや。せっかくですから最後まで見させてください。このために体づくりとかされました?」

「ちょっとしました。って嘗め回すように私を見ないで、服を着ている私と比較しないで」

「何を言っているんですか。そのために今見せていただいたわけですし。なるほど、こうなっていますか」

「そのためじゃないから。ちょっと自慢したかっただけだから。こうなっているのかとか何か研究材料をみるみたいな目で見られたら恥ずかしい」

 意味が分からないなと思いながらとりあえず全部見終わった。

「ありがとうございました。美咲さんのやさしさみたいなものが伝わってきました」

「とてもやさしさが伝わったように思えない。好きな人に裸をジロジロ見られたような感じがする。紗良に見られると恐ろしすぎる」


 絵里奈と仕事で一緒になり、この前写真集を見せてもらった私と美咲さんの動画をネットで見たと言っていた。

「美咲がすごい恥ずかしがってた」

「何でですかね? 自分から見てと言われたので見ただけですが。それにきれいでしたし、写真の技術的なことも語らずにただただ美咲さんを褒めたつもりです」

「始めはね。途中で美咲に素敵ですって目を見て微笑んだでしょ」

「微笑みましたよ。本当に素敵だったので、きれいですねって」

「でしょ。あそこから、好きな人に見られているように意識しちゃってた。紗良があんな風に微笑んだら意識してなくてもキュンキュンしちゃうでしょ、好きな人が横にいるみたいに思って」

「キュンキュンって女同士ですし、そんなことはないと思いますが」

「そこが良いところだけど、その意識の無さが恐ろしい」

 そう言って、私が写真集を出したら恥ずかしくて見せられないと言っていたので、そんなことを言わずにその時は見せてくださいとお願いした。

 ドームでのライブを目指して練習とか打ち合わせとかで忙しくしているなか、私は他のメンバーよりも更に忙しかった。
 なぜなら、ほとんど二チーム分だからだ!

「紗良大丈夫? 疲れてるでしょ」

 飲み物を持ってきてくれたマネージャーの真帆ちゃんが心配そうに言ってくれた。

「疲れて無いことは無いですが、大丈夫ですよ」

「普通の人はチームの掛け持ちなんてできないと思うけど、村雨部長も無茶苦茶よね」

「やっぱりそうでしたか。発表前に頑張れるよな? なんて優しいことを訊いてきましたので、おかしいなと思ったんですよね」

「それだけじゃないと思うけど」

「何ですか? 何か知っているんですか? 教えてください」

 真帆ちゃんに吐け吐けと言ったが、村雨部長も怖いらしく泣きそうになって言えないというので可哀想だからやめてあげた。

「それは言うなって言われているから。ごめんなさい」

「その時が来たらわかるのでしょうからもう良いです。とりあえず今を頑張ります」

 私こそ問い詰めてごめんなさいと真帆ちゃんに謝ると、ホッとした表情で次の現場はここと教えてくれた。

 それからも何も考える暇がないほど忙しくさせてもらい、チームベータのメンバーからの相談にも答えながら、チームアルファーの出演する音楽番組にも一番端っこで出演したりしていた。

「紗良は奴隷契約でも結んだの?」

「梨乃さん、そんなの結ぶわけがないじゃないですか。村雨部長に頑張れるよなって訊かれて、はぁって気のない返事で答えたらこの有様です」

「正直、何考えているんだろうね。紗良が何でもできるのはメンバー全員認めているけど、チーム兼任なんて普通はできないよね」

「何しろ現場が全然違うところですからね。移動が大変で」

「普通は移動の問題じゃないけど。やることが倍になるわけでしょ」

「この前休ませてもらっていたときに、両チームの見学をしていたことがあって、やればできるのかもって思われたのですかね」

「実際にやるのと見学は一緒じゃないでしょうに」

 何か目的がある感じですけど、私にも何がしたいのかわかりませんと言いながら、着替えて移動した。


 ドームでのライブリハーサルで会場を訪れた私たちは初めてステージに立って見た時にしばらく声が出なかった。

「恵美さん。図面で見させてもらっていましたけど、改めてここから見ると広いですねぇ」

「中央ステージからヒールで走って戻ってこられる自身がない」

「確かにヒールでこの距離を全力疾走は地獄かもしれません」

 一般の年齢的にはまだ若いのに、年長組の人たちは二十歳以下の子たちと比べて体力的につらいと言っていた。

「美香なんかは走り回っていても元気ですけど」

「紗良、私たちにもあんな時期があったよ」

 遠い目でそんなことを言っている恵美さんに、何を年寄りみたいなことを言っているんですか美咲さんの最後のステージですから頑張りましょうというと、無い体力はがんばってどうにかなるもんじゃない、という気持ちを込めてそうだねと言っていた。

 今回のライブでは新しい二期生楽曲の披露があるのでリハーサルのために全員で集まって練習していた。
 時間短縮のために動画を見てある程度覚えておいて、この後振り付けの先生にしっかりと教えてもらうのだ。

「紗良はもう覚えたの?」

「覚えましたよ。さぁちゃんはまだ覚えていないんですか?」

「お、覚えたわよ」

「うそだね。さっき全然覚えられてないって嘆いていたじゃない」

「陽子さん、それは言っちゃダメ」

 さなえにしては珍しいと思い、教えてあげるからどこを覚えていないのと訊くと、忙しくて覚える時間が少なかったから全体的にとごにょごにょ言うので、可愛らしいなあと思いながら頭をなでる。

「さぁちゃん、恥ずかしがらなくてもいいよ。教えてあげますから。一緒に練習するよ」

「紗良が? 本当に? それじゃあお願いします」

 私とさなえが練習をしようとすると同期の木之下朱里さんがさなえを呼び止めた。

「さなえ、ちょっと」

「なぁにぃ? これから紗良に教えてもらうんだけど」

「えらくまあうれしそうに。それはいいけど自分の中でもう十分だと思ったら直ぐに声に出して紗良にいうのよ。もう大丈夫です、十分ですって、言いたいのはそれだけ」

 そういうと、私は向こうで見ていると言いながら離れて行った。

「さぁちゃん。朱里さんは何だったんです?」

「よくわからないけど、もう大丈夫ですって言うのを忘れるなみたいな」

「ああ、そうですか。それでは始めましょうか」

 二人で振り付けの練習を始めると、それを見た朱里が呟く

「さなえが疲れ切らなきゃいいけど」

「朱里ちゃんはさっきから何をさぁちゃんに言ってたの?」

「あぁ、美香か。そういえば美香も最近はチームアルファーだからあまり紗良と練習が一緒にならないから教えておく。紗良は優しいのよすごく、だから自分から大丈夫ですって言わないといつまでも付き合ってくれるの」

「紗良ちゃんが優しいのは知っているけど。どういうこと?」

「紗良の基準で疲れるのっていつだと思う?」

「いつかなぁ、紗良ちゃんが疲れた時って精神的に気を使ってつかれた時しか見たことない」

「そうでしょ。だから教えてって言ったら最後、教える相手が出来るまでいつまででもやり続けてくれるの」

 向こうでは紗良とさなえが振り付けを見直しながら三回目に入っていた。

「紗良は別にいじめたいわけじゃないのよ。教えてほしいっていうから親身になってずっと教えてくれるているだけ。ただ正確さや限界が私たちよりもはるか先にあるから止め時が違いすぎて、教えてもらうほうが先に倒れるの」

「なんか怖い」

 向こうでは五回目の振り付けが始まっていた。

「私たちは教えてもらうときの紗良を密かにマシーンと呼んでいるわ。それで気がついたの。もういいですって自分で言ったら止まるって。別に紗良が始めているわけでも、いじめているわけでもないしね」

「さぁちゃんて紗良ちゃんのこと心底好きだし、もういいですなんて言えるかな? もう六回目みたいだけど」

「ダメそうだったらいいところで周りが止めるのよ、疲れ切っちゃうからそろそろかな」

 そう言うと朱里はさなえのほうに水を持って歩いていった。

「もう、大分覚えたでしょ、休憩しましょう」

「うん、もう覚えた……」

 水を飲めとさなえに渡しながら、紗良もあっちで休憩してと言われたので水が置いてある方へ行くことにした。

「さなえ大丈夫? だからもういいですって自分で言えって言ったでしょ。紗良は優しすぎるから」

「次っ次って、全然止まらないから鬼にしか見えない」

「さなえに限ってそんなことないと思うけど誤解しないようにね。紗良は鬼じゃなくて優しすぎるから、自分でもういいですって言わないと紗良基準で完璧近く出来るまで付き合ってくれるの。特に経験値が増してきているから、練習に関しては理想のレベルが段違いよ」

「あのアドバイスはそういうことだったの?」

「疲れすぎると次に響くよ。振り付けは覚えただろうから、次からはみんなと一緒にやろう。本当の練習の前に倒れないでよ」

 二人で休憩のところに行くと紗良がもう少しやりますか? と心配そうに訊くのでもう覚えたから後は自分で大丈夫とさなえは答えた。

 紗良が一期生のところに行ったときに、みんなでさっきのさなえの練習の話になった。

「紗良はグループに入った時から変わってないんだよ。だから見た目が不愛想なだけですごい世話焼き」

 朱里が昔の話だけど覚えてるかなと言った。

「初めて一期生に会った時に私は大学いってたの、それでさなえに早く来い早く来いって言われてレッスン場に着いたらみんなヘロヘロで」

 みんながその時のことを思い出しながら先生がめちゃくちゃ怖かったよねと言った。

「私は遅れを取り戻したいから紗良に教えてって言ったら、私がもういいですって言うまで何事もないかのように続けてたんだよね。みんなヘロヘロの中ちょっと汗をかいてるだけって体力お化けなのって訊いちゃったもの」

「覚えてる。私、紗良ちゃんにタオル渡してあげた」

「あの時も自分でいいですって言わなかったら延々と付き合ってくれたと思う、自分は完璧なのに」

「紗良ちゃんダンスとかだけじゃなくて、勉強もいいですって言わないと、面倒がらずにずっと教えてくれるよ」

「紗良は助けてほしいって思っていたり助けてっていう人がいたら、手を差し伸べることに限界が無いように見えるんだよね。実際は私たちよりも限界が遠いところにあるだけなんだと思うけど」

 取り敢えず紗良にたよってばかりいないで、自分でもできることを頑張ろうということになったらしい。


 ドームでのライブは三日間行われ、いよいよ卒業する美咲さんの最後のライブとなる日がやってきた。
 いつものように円陣を組み、今日という日がずっと続けばいいのにとみんなが思っていた。

「今日はヴァルコスマイルのリーダー神室美咲の最後のライブになりますが、湿っぽくならずに、明るくて楽しいライブにしましょう、それに怪我もしないようにお願いします。これまで本当にありがとうございました。それではいきます」

 美咲さんが手を前に出すと、メンバー全員が手を前に出して美咲さんが大きく声を出すのを待った。

「夜空に輝く星は私たちの笑顔、永遠に輝く」

「「「ヴァルコスマイルッ!」」」

 全員で手を高く上げる。
 美咲さんはみんなに湿っぽくならないようにといっていたが、ライブが始まるとそんなことは無理だった。
 美咲さんは自分ではダメなリーダーだといっていたが、二期生とかにも気軽に話しかけてくれて、色々と相談にも乗ってあげていたので、みんなその思い出が蘇って泣いていた。
 中でも華さんから美咲さんへの手紙を読んでいるときは、感受性の高い朋子が自分のことでもないのに号泣だったので、いつものように私が慰めていた。
 最後に美咲さんのファンを含むみんなへのメッセージがあり、リーダーがいなくなるので、これからのヴァルコスマイルをまとめていく新たなリーダーを発表しますと言うとみんなが息をのんだ。
 会場がシーンとなり、美咲さんの口からついにリーダーの名前が発せられた。

「新しいリーダーは三浦華です」

 そう告げられると会場からは「おおっ」というどよめきとともに、大きな拍手が送られる。
 この前の食事会で推薦されたということを聞いていたにもかかわらず、華さんの顔から血の気が引いていた。

「華はリーダーの私の悩みを聞いて、私を後ろから支えてきてくれた人です。むしろ真のリーダーは華だったと言えるかもしれません。これからはリーダーとして表に出てグループを支えて欲しいと思います。華、一言お願いします」

 華さんは前に出てきたが美咲さんにマイクを向けられると、涙を流しながら無理だと言い出した。

「やっぱり、美咲がいなくなった後のリーダーなんてできない、私には無理だと思う」

「そんなこと言わないで。華はみんなのことを見ているからできる。でも私の時は最初二十人だったのに今は二十八人だもの大変よね。よし安心して、私からとっておきのサプライズをあげる」

 泣いていた華さんがサプライズってなに? と言いながら美咲さんを見た。

「私は華がリーダーで十分やっていけると思います。みんなもそう思うでしょ? そう思う人拍手」

 メンバーとファンを美咲さんがそういいながら見ると、サプライズって何かと思いながら、みんなが狐につままれた感じがしながらも拍手をした。
 勿論私も華さんならできますよという気持ちを込めて拍手をしていたが。

「ほら、みんな華がリーダーできるって言ってるよ。だから大丈夫。でもそんな不安なあなたにサプライズです」

 みんなで何があるんだと固唾を飲んで見守っていた。

「サブリーダーとして相羽紗良を指名します!」

 会場からは「ああ」という声が聞こえてくる。
 私はというと生まれてから何度目かのめまいを覚えて呆然としながら、真帆ちゃんが隠していたのはこれかと思うと同時に、そういえばチーム編成の発表での坂上チーフの憐みの表情も兼任のことだけじゃなくて当然これを知っていたからかと思った。

「紗良ー、こっち来て。はいっダーシュッ」

 楽曲のセンターでない限り定位置としてステージの端を陣取っている私は、美咲さんにそう言われて小走りで中央に向かった。

「華、これがグループを卒業する私にできる精一杯。紗良に支えてもらったらリーダーを安心してできるでしょう?」

 今まで笑っていた美咲さんも自分が卒業して華さんにすべてを押しつけるような形で心配だったのだろう、華さんを見て泣いていた。

「さあ、もう一度。華、一言お願いします」

 そう言われて、マイクを差し出されると、華さんは顔を上げて何かを決意した表情を見せながら話し始める。

「これからもっとグループが認められるように頑張りたいと思いますので、ファンの皆さんやスタッフの皆さんもメンバーのみんなもこれからよろしくお願いします」

 そう言って深々と頭を下げると温かい拍手に会場が包まれた。

「それでは紗良は大丈夫なんで、頑張ります、とだけ言ってください」

 自分の中では全然大丈夫ではないが、華さんの前でそれは無理ですと言えるほど空気が読めないほうではない。

「はい、頑張ります……」

 会場のファンから私にも同情のような拍手をいただいた。

「それじゃあ最後の楽曲になりますのでお願いします」

 私は定位置に戻りながらまとめ役は向いていないと言ったのにと思っていた。

 ライブ本編の後で美咲さんだけは綺麗なドレスに着替えて卒業のセレモニーを行い、アンコールを含めてファンの人たちとの別れを惜しんだ。
 ライブが終わりみんなで美咲さんと最後の写真を撮りながら雑談していた。

「美咲さん、もう聞かせてもらってもいいですか?」

「なにを?」

「私のサブリーダーいつ聞きました?」

「チーム編成発表の前日」

「やっぱり、坂上チーフが私を可哀想な目で見ていたんですよ。てっきり兼任のことかと思っていました」

「そうなの? 私は前日聞いたけどいわないように言われていたし、そもそも自分の発表のことで頭が一杯でそれどころじゃなかった」

「それはそうでしょうね。ところでサブリーダーって何をするのでしょうか?」

「さあ? もともとなかったし、華の相談に乗ってあげてくれればいいよ。ただ紗良に相談するにしても同期でも同じ年でもないし、相談しにくいじゃない。サブリーダーならそれを口実に相談できるんじゃないかな? って。紗良も自分から華に訊いてあげてよね」

 あと卒業したら私と他人のようにならないでねと言われたので、そんなことしません卒業しても仲良くしてくださいと言った。

「そうですか、華さんの心理的な壁を排除する為にサブリーダーにしたというわけですか、理由としては説得力がありますね」
 そうやって独り言をぶつぶつ言いながら後日後ろでシナリオを描いていた人物に、改めて訊いてみよう、いや問いただしてやろうと思った。
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