目標のある幸せ ー卒業ー

根来むそお

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目標のある幸せ ー卒業ー 第十八話

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 最近は三期生が少しグループに馴染んできたと思ってみているが、とにかく私にはそっけない。
 愛華は別にしても、必要なことを話したらすぐに逃げていくし、みんな良い子なので何かやらかしてサブリーダーとして注意をするにしても、めちゃくちゃ気を使われている。
 注意しようと思ったら私を見てあっという顔をしてすぐに周りが注意し合うということで、グループとしてはすこぶる良い状態なのだとは思うが、なんとなく納得がいかない。

「これはかなり怖がられていますね」

「ねえねえ紗良。なにが怖がられているって?」

 そう話しかけてきた同期の真由美は、華さんが卒業をされてからグループのリーダーになっていた。真由美は先輩を差し置いてリーダーとか無理と言っていたが、もともとあっけらかんとした性格なのと、私というサブリーダーがいるから大丈夫とみんなに言われていた。
 何が大丈夫なんだと本人が言いながらも、結局はリーダーとして頑張っている。例えるなら結構しっかり目の美咲さんという感じだ。

「いえ。三期生に怖がられているなと思いまして」

「怖がられてはいないんじゃない? みんな話しかけてくれるでしょ」

「話しかけてきた後、すぐに逃げるんですよ。注意をしようとしたら先回りして直した上にビクビクしますし」

「そりゃあ、紗良とじゃ話が続かないし。基本的に判断を間違えることがないうえに、反論の余地もなく、何が何がって覆いかぶさるからじゃないかな」

「どうしてそんなことになるのか、ということが知りたいですし、大体の子が私よりも小さいから前かがみになるだけで、覆いかぶさっているわけではありませんが」

 そういえば、前に美鈴も「圧が」とか言っていたな、と思いながら姿勢の問題なのだろうか?今度しゃがんで聞いてみるか? と考えていた。

「いいんじゃない。威厳があって、うらやましい」

「適当なことを……」

 同期とのこの会話は普通に話しをしているのではないのか? と思いながら、注意しても言うことを聞かないで周りの人たちにグループのイメージを悪くされるよりは、いいのかもしれないが、自分のせいだとしても、もう少しフレンドリーにならないものかと思っていた。


「私は紗良先輩が好きとか嫌いとかではなくてちょっと苦手なんだけど、愛華は紗良先輩と親しいよね」

 私が三期生とのコミュニケーションを悩んでいたころ、ちょうど三期生の松下松葉も愛華と帰りながら私とのコミュニケーションについて話をしていた。

「命の恩人だからね! 当然よ」

 そう胸を張って言い放つ愛華は、紗良ちゃんはすごい人なのよと、ちょっとだけ年上の松葉に語る。

「いつもそういうけど、結局のところ何があったの? 先輩たちもまあそうだろうねという感じで、それ以上は話をしないし」

「私にとってはいい話だけど、実は直後のことまでしか知らないんだ。周りから見たら、それは大変だったみたいだし、事故だから言わないようにされているんじゃないかな」

「事故って?」

「うーん。止められているわけじゃないし同じメンバーだからいいかなぁ」

「何なのよ、もったいぶって。そこまで言ってやめないでよ」

「じゃあ、まつまつには言うけど、他のメンバーに言ってもいいか後で紗良ちゃんに聞くから、他の人に言わないでよね」

「わかった」

 愛華は交通事故に遭いそうになった時に、後ろから走ってきて、抱きかかえて助けられたあと、私が頭を打って記憶がなくなっていたということを説明した。
 そのあとのことはあまり知らないけど、記憶がないまま小学校からの勉強を含めて全部覚え直して、ほとんど困らないようになってはいたけど、結局みんなで記憶が戻るように頑張ったらしい、というのは後から美香ちゃんに聞いたと言った。

「すご。短期間で勉強から全部覚え直したの? 前にストーカーを撃退したってニュースで出てたけど、あれも紗良先輩だよね」

「そうだったね。私はその時はグループに興味がなかったから、そのことはよく知らなかったんだけど」

「紗良先輩ってきれいだし、ダンスの時以外は殆ど気配がないから、そんな感じには見えないけど、運動がそんなにできるの?」

「先輩たちは紗良ちゃんがすごいって知っているみたいだけど、本人はあまり運動関係は頑張らないようにしてるんだって。そこで目立ちたくないからって」

「まあ、紗良先輩なら運動で目立つ必要はないのかな。普段は気配がないのに、立っているだけでオーラみたいなのが出ているときがあるし」

「紗良ちゃんのすごいところは、そういうことだけじゃなくて、本当に女神様なの」

「信者の愛華に言われてもよくわからないけど。どこらへんが?」

「信者じゃないもの。めちゃくちゃ見えてるんだよ。すごい観察力で。ほら初めのころダンスで教えてくれたでしょ」

「あー愛華が一人で空回りしてた時のやつね。それが何で女神様なの?」

「空回りって、ひどい。あのね、見えてるだけじゃなくて本当に困ってたら手を差し伸べてくれるし、あの心からのほほえみったらもう最高なの。『うひょー』ってなるよ。あまり見せてくれないけど……。普段の微笑は頑張って練習してるんだって。いつも同じようにすればいいのにって言ったら、自分では違いがよくわからないって言ってた」

「全然関係ないけど、愛華って、私たちと話しているときは紗良ちゃん呼びだよね」

「好きすぎて見境が付かなくなっちゃうから、人前では紗良先輩にしてる」

 ああそうですかと松葉は言いながら、紗良先輩ってすごいのはわかるけどなんか怖いし、今一つわからないんだよなと考えていた。
 冠番組の収録に呼ばれた松葉は、一緒になった私に話しかけてみようかどうかを、迷っている様子で、ずっとこちらを気にしている。

「うわぁ、すごい静かにしてるし近づきにくいなぁ。あそこだけ時間が止まっているみたいに見える」

 私自身が人と世間話をしようと思うと緊張するのと、そもそも話すこともなく、基本的に必要な話し以外はしない。それで通常は聞き役に徹している。
 そうなると、話しかけられない限りはポツンとしていることが多い。それで目をつむっているので気配を消してよく寝ていると言われるが断じて寝てなどいない。本があればそれを読んでいるのだが、収録中のスタジオではさすがに本を持ち込んでというわけにもいかず、ただみんなが話をしているのを聞いていたというか、聞こえるのでしかたなく聞いていた。

「まつまつ、紗良ちゃんに話しかけてみた?」

「全然。隙がないというか、たいした用事もなく話しかけられないよ」

「そうだよね。本当に用事がなかったら会話がすぐ終わるんだよ。だから逆に最近どうですかみたいなことでもいいんじゃない? どうせ終わるんなら」

「あんた他人事だと思って楽しんでるでしょ」

 あの子たちは何をこそこそ後ろで話をしているんだと思いながら、愛華から聞いた話を思い出していた。


「私と紗良先輩のこと話しちゃったんですけどダメでしたか? あと、まつまつが紗良先輩に話しかけたいって言っていました」

「事故のことは松葉ちゃんはメンバーですし、当事者の愛華が良ければ私は別にいいですよ。今はなにもありませんから。でも脚色してはダメです。あとあまりメンバー以外に話すのはやめておいてください」

「なんでです? 私の中ではすごくかっこいいですけど」

「あなたも美香のようなことを言いますね。いろいろ怒られたりしたトラウマがよみがえってくるので周りから活動と関係ないことで盛り上がられるのは嫌なんですよ。できればライブとか普通の活動で認めてもらいたいと思います。それで松葉ちゃんが話しかけたいというのは何なのですか?」

「えっと。紗良先輩が怖いから話したいけど話しかけられないって言っていたんですが」

「そうですか。怖いからか……。それなら私から話しかけてあげればいいということですね。松葉ちゃんは、ちょっと冷めた感じで一歩引いて見ているのが印象的だったかな。今どきの子ですね」

 あなたと一緒ですと言いながら、松葉のプロフィールや今までの活動を見た中で、どういう性格だったかなどを思い出していた。

「あっ。いえいえ全然大丈夫です。私がまつまつに話してみたらって言いますから」

「んっ? 愛華。今ちょっと悪いことを考えましたね。何か教えてもらった方がいいですか?」

「げっ。いえ全然。あの、まつまつに紗良先輩が話しかけてくれたらいいよって言ってたって伝えますから。それでは、また」

 ささっと逃げるように、去っていったあのことから察するに、今の私に話しかけられない松葉ちゃんをけしかけて、楽しもうということを考えたのだろう。ちょっと睨んでこようかと立ち上がると、偶然松葉がひな壇から降りようとして、足を滑らせるところが見えた。
 狭いスタジオで、セットや機材に頭や顔をぶつけたりしたら大ごとだ。自分だけではなくスタッフの人達にも迷惑が掛かる。

 私は松葉が落ちるか落ちないかのうちに、倒れそうなところに移動して立ち、そっと松葉の体を支えた。

「きゃっ! えっ? あれ? あ! ありがとうございます。紗良先輩」

「危ないですよ。もう少し気をつけなさい。事故は仕方がないですが、不注意で怪我をすると、自分だけではなくみんなに迷惑がかかりますよ」

 松葉をそっと立たせて何事もなかったかのようにした。実際に落ちたわけではないから周りもなんで抱き着いているんだと思っているくらいだろう。

「わかりました。気をつけます。でも、さっきまであそこにおられましたよね」

「あそこにおられましたよね、ですか。ええ、いましたよ。丁度ここに来ようと思っていたので松葉ちゃんは運がよかったですね。ところで何か私と話したいことがありますか?」

「いえ、無いんですけど、今度ご飯とか連れて行ってもらってもいいですか?」

 横で愛華がちょっと何言ってんのまつまつと言っていた。

「松葉ちゃんが良ければ今日でもいいですけど。私と二人だと気を遣うでしょうから、そこのかわいい子と一緒に行きましょうか。ちょっと話をしないといけないこともあるかもしれないので」

 そう言ってじっと愛華を見ると「ひゃっ」と変な声を出していた。


「ちょっと、まつまつ。いきなり紗良ちゃんに、ご飯連れてってくださいとかぶっ飛びすぎ」

「だってびっくりして何も思い浮かばなかったんだもの」

「私まで巻き込んで。うれしいやら怖いやらで、おかしくなりそう」

「やっぱり愛華も怖いの?」

「どっちかと言うとうれしいけど、私が怖いのは、さっき紗良ちゃんに話をしないといけないって言われたから。まつまつにいじわるしたから睨まれた」

「いじわるって?」

「紗良ちゃんが、まつまつに話かけてあげようかって言ってたのを、自分で行くようにしますからって」

「なーんだ、そんなこと。そうだろうなって思ってたし、別にいいけど」

「多分、人の嫌がることを、しないようにってことだと思う。多分だけど……」

「そんなことで怒られるの?」

「紗良ちゃんが? 怒ったりはしないよ。でも嫌われたり、それこそ笑顔の対極を見せられたら怖いじゃん。無表情の向こう側って感じで。紗良ちゃんと仲がいい絵里奈さんに言われたの。私たちにはないと思うけど、絶対に紗良ちゃんを本気で怒らせるようなことをしたらダメって言われた。震え上がるよって」

「そんなものかなぁ。今よりも怖い、笑顔の対極ねぇ」

 収録が終わってから、二人を連れてご飯を食べに行くことにした。みんなからは下の子を連れていくと言ったら、珍しいと言われながらも、ようやく人並みになったのかと喜ばれた。
 自分でも確かに珍しいとは思っていた。多分、私に免疫のある愛華をセットにしたことで、一緒に行くハードルが低くなっていたのだろうと思う。愛華には感謝するべきかも。
 お店についてメニューを見ながら二人の食べたいものを注文し終わると、愛華がおもむろに席から立ちあがって頭を下げた。

「ごめんなさい」

 何かしでかして先に謝っておこうという考えは歓迎できるが、この状況をほかの人が見ることを考えないのか? この子は、と思いながら、いいですから座りなさいと言った。

「全く。あなたって子はしかたがないですね。私はそんなに怒っていたりしていませんよ。むしろ今の方が恥ずかしいです」

「あー、えーと、そう……ですかね。怒ってないかもですけど。先に謝っておいたらご飯が楽しめるかなと思いまして」

「謝るようなことをしたのですか? あなたは私に見られた時点で察しているようですから、それでいいんです。あまり周りの人にいじわるをしてはダメですよ」

 愛華は「よかったー」と言いながら背もたれに体を預けていた。そんな仕草も可愛らしい。

「松葉ちゃんは愛華と仲がいいんですね」

「そうです。そうです。私の方が年上なので世話をしてあげてる感じです」

「はっ? うそです。私の方が精神年齢がぐっと高いから世話をしてあげていると思います」

「二人ともそう思っているのなら、それはそれでいいんじゃないですか。料理も来ましたし食べながらお話ししましょうか」

 出てきた料理がいい匂いを振りまいていたので、二人がソワソワしていてまたも可愛らしい。

「ところで、食べながら聞いてもらいたいのですが、私は怖いですか?」

 知りたかったことを訊くと二人の動きが止まった。さすがに愛華はすぐに動き出したが、松葉はちょっと止まっている時間が長かった。

「怖いのは、愛想の無いこの顔のせいでしょうか」

「えっ? いえ、紗良先輩はきれいな顔だと思います。でも近寄れないというか、近寄りにくいというか」

「これでも、大分雰囲気が柔らかくなったと言われているのに……。私はサブリーダーですし、話しかけてくれて全然いいのですよ。私が用もないのに自分から行くのが苦手なので、そこは申し訳ないところではありますが」

「それじゃあ、紗良先輩は趣味とかありますか?」

「趣味? 趣味ですか。何をもって趣味というのかですが。そういったものをあいにく持ち合わせていないので。対外的には読書ということにはしているのですけど」

「でも、服装とかおしゃれだし、そういうことに興味があるんじゃないんですか?」

「知識をもって必要な時に必要なものを選択する、ということにおいては問題ありませんが、興味があるかと言われるとどうでしょうか」

「ええー。そんなにおしゃれなのに? じゃあ楽しいことってありますか?」

「楽しいことですか、それは今の活動ですね。ライブとかも好きですよ。それは言えます」

 小さい声で愛華に「紗良先輩って仕事の鬼?」などと聞いているのも、普通に聞こえてしまっているわけだが。

「紗良先輩はそれでいいんです。それを含めて、大好きな紗良先輩なんです」

「愛華は優しいですね。なんでも許容してくれてありがとう。私は愛想がないだけで常に怒っているわけではありませんので、松葉ちゃんも仕事のことなら教えられることは教えてあげられますから、怖がらずに聞いてください」

 二人とも本当に私のことが怖いと思っているのかと思うくらい、出てきた料理をもりもりと食べていた。まあ、愛華はそれほど怖いわけでもないとは思うが。いや、そう思いたい。

「あっそうだ。紗良先輩。まつまつはちょっと引いた感じだけど、みんなのことをすごい見ていて、まつまつも優しいんですよ。かわいいって心からほめてあげてください」

 突然何言ってるの愛華、と松葉が言っていた。

「松葉ちゃんが優しいのはわかっていますよ。年下の愛華が生意気を言っても、怒らずに聞いてあげているんでしょう? かわいいですよ」

 そう言って口に料理をほおばっている、かわいい松葉ちゃんをみて優しく微笑んであげた。
 カランッ。ゴクン。

「まつまつ何やってるの? フォーク落としたよ」

「あっ? ああ、いけない落としちゃった」

「しってるよ。落としたって言ったじゃん」

「どうしたんです? 大丈夫ですか? 服が汚れていないですか? フォーク変えてもらいますか?」

「全然大丈夫です。むしろきれいになりました」

「まつまつは何を言ってるんだか。あとで感想を聞かせてよね」

 フォークを落とした感想とかあるのかと、今どきの子たちは何を言っているのか意味がわからないなと思いながら、無事に食事を終えて保護者として二人を家まで送ってあげた。
 三期生が集まった仕事場でいつものように愛華と松葉が絡んでいた。

「まつまつ、この前連れて行ってもらったところ、おいしかったよね」

「おいしかったように思うけど……。印象というか記憶があんまない」

「記憶がないって、しょうがないなぁ。それで感想をきかせてよ。フォーク落としてたでしょ。あのこと」

「あれは覚えてる。むしろあれしか記憶がない。あんな風に微笑まれたらやばいじゃん。紗良先輩はフォークを落とした理由がよくわかっていない感じだったし」

「紗良ちゃんは自分の笑顔がよくわかってないんだって言ったでしょ? 普段は練習してる笑顔だけど、いつも一緒だと思ってるみたいよ。普段もそれで十分きれいだし、素敵なんだけどね」

「あのギャップはすごすぎる。でもあの時に話しかけてねって言ってくれたし、優しかったからよかった。今度は頑張って普通に話しかけてみよ」

 ようやく紗良ちゃんの魅力に気が付いたかと、私のことを愛華は自分のことのように自慢げに話していた。
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