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目標のある幸せ 第十話
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私たちのグループであるヴァルコスマイルは人数が多いので、他のアイドルグループと同じように何人かのチームで分かれていて、星の順番になぞってチームアルファーとチームベータと呼ばれている。
人数は基本的に半分で分かれ、どちらかというと表題曲を担当してメディアへの露出が多いのはチームアルファーとされていた。
一般的には一軍と二軍という認識で、グループ的にもなんとなくそういう雰囲気だ。
目標としてチームベータの人はチームアルファーに入ってセンターを目指すということだけど、実際にはみんながそうだということでもなく、何となくもやっとした感じがある。
ただ、本人たちの意識は別にして周りのファンはそうみるし、折角このグループに入ったのだからセンターで踊ってみたいという気持ちも少なからずあるのだと思う。
そんなチーム編成も私たち二期生が入ることで劇的な転換点が発生した。
今までは二十人で十人ずつ二チームに分かれていたが、二期生が入ることで二十九人となり半分では十四人と十五人に分かれることになったのだ。
単純に新人の二期生はチームベータに振り分けたとしても、一期生のなかでチームベータとチームアルファーの比率が変わるため一期生は更に選別されたようになる。
チーム編成の内容を伝えられた時、チームベータになった何人かは泣いていたらしい。
二期生はまだその気持ちは味わったことがなく今回の編成発表は気楽ではあった。
「おはようございます」
新たなチームベータとして重要な連絡事項があると言われて、私たちは会議室に集められた。
一期生の六人がすでに来ており、なんとなく暗い表情で話をしているのが見えたが、私が来ると何でもないように装っていた。
私が席に座ろうとすると今回チームアルファーからチームベータになった三浦華さんが話しかけてきた。
「ねえ、相羽さんはアルファーじゃないの?」
「何を言ってるんです? 二期生はみんなベータですよ」
「相羽さんは別格だって聞いているから」
「誰がそんなことをいっているんですか? 私から見たら先輩方六人の方がすごいです」
いつにもまして仏頂面になっているのが自分でも分かったような気がする。
「そうかな。じゃあ私のどんなところがすごいと思うの?」
「そうですね。三浦先輩はダンスが素晴らしいと思います。グループでいうと三本の指に入るくらいだと思います。特にターンした時など体の軸がぶれずに次の動作に入るところとか、指の先まで神経を使って表現していると思います。ほかにも……」
「ああもう恥ずかしいからいいわ。ありがとう。そういえば分析魔のあだ名もあったわよね」
「初めて聞きましたが?」
「それじゃあ、私たちにもいいところがあると」
ほかの一期生のほうに「だ、そうよ」というジェスチャーを見せていた。
「もちろんです。学ばせてもらってます」
「そう。ガッカリされないように頑張るわ」
「はい。私も頑張りますのでよろしくお願いします」
軽くお辞儀をしながら何だったのかと思いそのまま席に座る。とりあえず今日は何の話だろうと時間をつぶすために本を読み始めた。
ほどなくして二期生が集まってきて先輩方がそろっているのを見てすみませんと謝っていたが、話したいことがあって早く来ただけだからと言われていた。
「紗良さん、おはようございます」
「未来さん、おはようございます」
未来は家がお金持ちのお嬢様らしく、グループではおっとりした優しい性格なので目立たないが習い事も多くやっており、学力も高く、育ちからしてもパーフェクトな人ではないかと思っている。
「先輩方はいつからきてるの?」
「私より前に全員」
「やっぱりショックだったのかな」
「ショック? ショックとは?」
なんのことかさっぱりわからないという顔で訊いた。
「この選抜発表で一期生の中から六人がチームベータとして私たちと合流することになって、すごく泣いてたらしいの」
「本当に?」
こういう情報だけはみんな早いよなぁと感心しつつ、さっきの会話の意味がなんとなく分かった。
「あんまりチームとか関係ないと私は思うけど」
そう小さくつぶやくと未来に聞こえたのか、「それは紗良さんだからそう思うんだよ」と言われた。
しばらくすると村雨部長と日髙マネージャー(真帆ちゃん)がやってきて重要な話があると言い、ミーティングを始めた。
「今回二期生も入って経験も積んでいかないといけないし、チームベータは二か月後に小規模で二日間のライブをすることに決まった」
みんながざわつく。
「小規模ってどのくらいですか?」
三浦華が訊いた。
「三千人だ」
「この前のお披露目会よりも多いじゃないですか。どこが小規模なんですか?」
「今までツアーで五千人から一万人規模のライブをやってきていることからしたら少ないだろう。特に一期生のお前たちはそこでやってきただろうに」
「ツアーはヴァルコスマイル全員ですし、私たちでそんな集客できると思ってるんですか?」
「なんでやる前からできないって決めつける。やってみないとわからないだろ。それに、多少人数が入らないとモチベーションも上がらないかと思って、スタッフみんなが五百人くらいにしようというのを、無理やり三千人の箱にした」
ライブで箱の大きさに対して、人が集まらないときほどさみしいものはないと聞いているが、三千人規模のライブで何百人とかだったらかえって伝説だ。
「とりあえず決まったことだから、そのつもりでやってほしい。ライブのPRは当然チームアルファーも協力してくれるから、全力で頑張れ。それと三浦が座長な」
みんながシーンとしていると、「そうだ。忘れてた」と今回のライブについて説明を始めた。
「今回のライブは、チームベータがファンにどうしたら喜んでもらえるかを考えて、スタッフと話しながら作ってみてほしい。一期生の六人も二期生はまだ何も知らないんだからきちんと教えてやってくれ」
扉をあけながら「明日から打ち合わせを始めるから、スケジュールはまた連絡する」そう言い残して去っていった。
「真帆ちゃん。今の話し本当?」
三浦華が残ったマネージャーの日髙さんに詰め寄った。
「全部本当ですよ。箱の人数を変えたことも含めて。でも今のヴァルコスマイルならファンの人は来てくれると思いますけど……」
そう言うと日髙さんは少し不安そうな顔をして三浦華を見る。
「けど、なに?」
「怒らないでくださいね。来てくれたお客さんを満足させられるかの方が不安なんです」
日髙さんの言うことももっともだ。数の多い少ないでパフォーマンスの満足度が変わるということではないが、人数が少ない方が満足してもらえなかったときの反響も少なくて済む、いわゆる傷が浅いというやつだ。
「それは……」
三浦華は自分たちの状況から考えて、もっと信頼してほしいと言えるような立場ではないということを感じて何も言えない。
「日髙さんは実際にパフォーマンスする私たちの心が折れたりしないか心配で言ってくれるのだと思いますけど、決まったことと、起きてもいないことに悩んでも仕方がありません」
未知のことについて警戒するのと怖れることとは別だ、怖いのなら怖くなくなるように準備をしておくべきだし、最悪の結果を怖れて何もしないのでは自ら最悪の結果を招いているに等しい。
「私たちには先輩方もいますし、チームアルファーだって仲間ですよね。練習とか手伝ってもらってでも成功させるように頑張りましょう。それじゃあ三浦先輩お願いします」
「何を?」
「何を? って、私たちあまりやったことがないんです。掛け声」
「ああ、それのこと。いいよ、じゃあみんな円を描いて並んで、いい?」
そう言って手を前に出した。
「夜空に見える星の輝きは私たちの笑顔、永遠に輝くー」
「「ヴァルコスマイル!」」
みんなが手を上に突き出して声を合わせた。
新しいシングルのPRでチームアルファーが忙しくしている中、私たちもライブに向けて内容の検討を始めていた。
その間にもシングルのミニライブや握手会がありチームベータはライブの準備をしているだけで良いということではない。
私たち新人も握手会でファンの人に顔を覚えてもらうように頑張っている。
二期生は来てくれる人数も限られているということで二人一組で対応していて、今日はさなえと一緒のブースだ。
休憩時間になりお茶を飲んでいるとさなえが訊いてきた。
「紗良は握手会とかどうなの?」
「どうって?」
「苦手だったりするのかなと思って」
「得意とかではないけど、私たちに会いに来てくれるということを思えばありがたいなと思うよ」
「その割には愛想がないよね」
「これでも頑張って愛想よくしているつもりなんですけど。そんな風に見えてる?」
「普段を知ってる私たちからすると、柔らかいなと思うけど初めて会った人たちは、そう思ってないみたい」
エゴサーチして実況スレッドを見ながら「氷の女王って書かれてる」と言って、ほらっと見せてくれた。
「まあ、気持ち的にはありがとうと思ってやっているわけだし、基本そういう顔なので仕方がないかな。もう少し頑張ってみます」
「あっ。でも無理しなくてもいいんじゃない? そういうところがいいっていう人もいるみたいよ、ほらこれ見て」
なるほど人それぞれだなと思いながら、一応はもう少し気を付けようと思う。
さなえと二人で来てくれているファンの人と短い会話をしているときに「こんにちは、この前よかったよ」と言われた。
「お披露目会にも来ていただいてありがとうございます。一緒だった人は今日は来られていないですか?」
そう言ったら、さなえと一緒に二人が「えっ?」という顔をしているところで係の人に「終了でーす」といってファンの人は離されていった。
「時間が短くて会話にならない」
あいそも何もないな、そうつぶやくと隣でさなえが「知り合い?」と訊いてくるので「全然知らない人だけどお披露目会に来てた人」と答えた。
「あんな短時間のこと覚えてるの?」
「目の前に来てた人はわかるよ」
「普通はわからないわよ。通り過ぎるだけなのに」
何人かお披露目会に来てくれていた人がきて、訊かれたことにこたえると「覚えてくれているんだ」と喜んで帰っていったので、そんなことで喜んでいただけるとはと思っていた。
しばらくして、お披露目会の時のことを話してくる人がいたが、見た記憶がなかったので「そうでしたか、覚えてなくてごめんなさい」と素直に謝った。
「紗良のことが書かれてたよ」
先に休憩に入っていた朋子がネットを見て教えてくれた。
「そう。なんて?」
「紗良がファンのことすごく覚えてるって」
「そう言えばお披露目会のときのこと、すごい言われた」
「最後に本当に行ったことがない人には覚えていないからって謝られたって」
あれか、私を試してたんだなとわかったが、愛想のない私がこんなことで喜んでもらえるならよかったと思う。
「みんな紗良推しにするって言ってる」とさなえが言ったので、そこまで言われるとかえって申し訳なく、できるだけ愛想をよくする方を頑張ろう、そう思った。
後から詳しく聞いたらファンの間で本当にそんなことを覚えているのか? と話題になったらしく、話を合わせている可能性もあるということで、お披露目会に行ったことの無いファンが適当に言ってためしてみようとなったらしい。私が覚えていないのではなく本当に見ていない人だったということが分かった。
「紗良お帰り」
握手会が終わって家に帰ると春代がお母さんとお茶を飲みながら待っていたらしく、リビングから顔を出して迎えてくれた。
「ただいま。はる、来てたの?」
「待ちくたびれたわよ。課題を取りに来てあげたの」
「メールくれたら持っていくのに」
「家に来たら絶対地味な格好してくるでしょ。外にお出かけしたときの紗良が見たいの」
外に行くなら運動のついでだから、こんな格好では公園で運動などできない。
「ふーん。じゃあ満足した?」
「まあまあ満足。きれいだわ。よしよし」
「何目線なの? とりあえず課題を持ってくる」
そう言って部屋に行き、すぐに着替えてリビングに戻った。
「あっ、もういつもの地味に気配を消す紗良になってる!」
「別にいいでしょ。これ課題。いつもありがとう」
「もうすこし愛でさせてくれてもいいでしょうに」
そう言って帰ろうとした時に玄関で訊いてきた。
「ところで来週はいつ学校来るの?」
「水木金は何とか行けると思う。打ち合わせとかあるからわからないけど、時間があったら火曜日も午後からは行くつもり」
「仕事があると大変だね。来週後半は中間テストがあるから絶対来るようにね」
「そうだね何とかする」
「じゃあ、またね」
そう言って春代が帰っていったところで今の会話を聞いていてお母さんが言った。
「紗良さん。学校は大丈夫なの?」
「大丈夫。一応出席日数は何とかなると思うし、アイドルをしているからって印象が悪くなるとお母さんたちにも迷惑をかけるから、今度からテストも全力でやることにする。先生にも全力で頑張りますと話しをしたの」
「私たちのことは良いけど、頑張りすぎないようにね」
「気を付けるから安心して」
ご飯ができたら呼んでと言って一応はテストの範囲を見直してみようと部屋で机に向かった。
次の週ではライブの打ち合わせをする為に、チームベータで集まって会議をしていた。
「こうなったら、私たちもいるんだっているところを見せたいから、みんなが一度はフロントのセンターに行くようにしよう」
座長の三浦華が言った。
「みんなどの曲が好きでやりたいか決めてきた?」
「はーい」
「それじゃあ、まとめるね」
みんながそれぞれ自分の思いのある曲を上げていき、それとスタッフの人たちと相談してセットリストを決めようということになっていた。
「相羽さんは、絵里奈のソロがメインの楽曲か」
「私が一番好きな曲でぜひ歌の上手な城田さんに唄ってもらいたいと思って」
「絵里奈と同じなんて怖くて唄えないよ」
城田が無理無理と手を振る。
「じゃあ自分で唄えばいいよ。誰って決まっているわけじゃないんだし」
三浦華に「そりゃ、自分がやりたい曲って言ってるんだから、そうなるでしょうよ」と言いわれたので何も言えない。
「私も紗良ちゃんが唄うのを聞きたいでーす」
美香が元気にそういうのでみんながそうだそうだと言った。
「もう一人、確か服部さんは二期生の中で歌うのが好きだっていう人だったわよね」
「好きですけど、うまくはないです」
「私たちの中では未来はうまいと思ってるよ」
さなえが言うので、未来は「大丈夫かなぁ?」と不安そうに受けいれた。
「あの、すみませんが私がソロを唄うことで決まりなのでしょうか?」
「今の流れで相羽さん以外ないでしょ。これはもう決まり。では次を決めまーす」
城田さんの歌声を聴きたいと思って書いたのに自分に返ってくるとは、話しの進め方をどこで間違えていたのだろうと考えている間に打ち合わせは終了した。
学校がある日も、帰ってから振り付けの練習を自分の動画を撮っては見て、撮っては見てを繰り返して行っていた。
テストも終わり次の週に学校に行くと先生に職員室に来るようにと呼び出され、職員室に入ると先生たちが来た来たという風に私を見たのが気になった。
「相羽は答案を返すときに学校に来ない可能性が高いから、他の先生の分も預かっておいた」
「ありがとうございます」
先生はため息をつきながら、解答用紙を私に見せた。
「全科目満点だ」
「そうですか」
「他に感想はないのか? やったぁとか」
「お話ししましたように全力を出しましたので、それに近い結果になるだろうと思っていましたから」
「そうか。まあいい。見てるのか知らないが、テストの結果を張り出すのは知っているよな」
「知っています」
個人情報の保護を目的として個人名は書かれていないものの、自分がどの程度なのかということを知ることも必要だということで、順位と点数だけは張り出されることになっていた。
「相羽の成績を順位として公表するかどうかを悩んだが、嘘をついても仕方がないということで一応そのまま出すことにしたわけだが……」
「それは構わないと思いますが、何か問題がありますか?」
「相羽が悪いわけではないが、相羽は大学の推薦とか考えるか?」
「いえ。全く考えていません」
私は即答した。大学に行くなら自分の力で行きたいところへ行く。
「そうか。それなら問題は無いな。推薦枠は成績順で決まるからこのままだと相羽がトップになる。そうなれば一人推薦を受けられない子が出てくる」
「そうですね」
「先生としては相羽が行きたいと言えば、当然相羽を成績通り優先するが、そのことで妬むものがいるかもしれない」
考えたくはないがと言ってつづけた。
「まあ、単純に学校の卒業を目的にいい成績をとる分には、問題はないからこのまま頑張れ」
人の心はわからないから、先生としてもそういう気持ちを私に向けさせるくらいなら、公表される成績についてはなかったことにしておくことも考えたと言っていた。
「お気を遣っていただき、ありがとうございます」
もういいよと言われたので職員室を後にした。その時に音楽の先生が頑張ってと手を振っていたので軽く会釈して自分の教室に戻った。
一緒に春代と帰っていると職員室に呼ばれて何だったの? と訊いてきた。
「学校にあまり来られないだろうから、先に答案用紙を返しておくって」
「なーんだ、そんなことか。それでどうだったの?」
「ん? よかったよ」
「めちゃくちゃ良かったんでしょ?」
「わかるの?」
「わかるよ。私は情報を集めるのは得意だから」
さなえのことを思い出して、山岸という苗字の人たちはそういう特殊な能力を持っている一族なのだろうかと思った。
「なんか全部満点の人がいて、先生たちが会議してるって噂があって、紗良がテストも頑張るって言ってたから、これだ! って思ったわけ」
「そういうことか。今日も呼ばれた時にその話し合いをしたことを言われた」
「ふーん。でも点数が良いからって何か問題でもあったの?」
「推薦とか成績で決まるからどうしようかって」
「どうするの?」
「今は大学へはいかないつもりだし、推薦とかはしてもらわないですって言った」
それなら問題ないだろうって言われたんだ、というと「なにそれ、めんどくさい。紗良はもともとできてたんだから関係ないよねぇ」というので「他の人は知らないから変に嫉妬されるかもしれないって心配してくれたみたい」と答えた。
家に帰るとお母さんにテストの点数のことを報告して、勉強は大丈夫なのでアイドルの方も頑張りますと言うと、なぜかわからないが涙ぐみながら抱きしめられた。
人数は基本的に半分で分かれ、どちらかというと表題曲を担当してメディアへの露出が多いのはチームアルファーとされていた。
一般的には一軍と二軍という認識で、グループ的にもなんとなくそういう雰囲気だ。
目標としてチームベータの人はチームアルファーに入ってセンターを目指すということだけど、実際にはみんながそうだということでもなく、何となくもやっとした感じがある。
ただ、本人たちの意識は別にして周りのファンはそうみるし、折角このグループに入ったのだからセンターで踊ってみたいという気持ちも少なからずあるのだと思う。
そんなチーム編成も私たち二期生が入ることで劇的な転換点が発生した。
今までは二十人で十人ずつ二チームに分かれていたが、二期生が入ることで二十九人となり半分では十四人と十五人に分かれることになったのだ。
単純に新人の二期生はチームベータに振り分けたとしても、一期生のなかでチームベータとチームアルファーの比率が変わるため一期生は更に選別されたようになる。
チーム編成の内容を伝えられた時、チームベータになった何人かは泣いていたらしい。
二期生はまだその気持ちは味わったことがなく今回の編成発表は気楽ではあった。
「おはようございます」
新たなチームベータとして重要な連絡事項があると言われて、私たちは会議室に集められた。
一期生の六人がすでに来ており、なんとなく暗い表情で話をしているのが見えたが、私が来ると何でもないように装っていた。
私が席に座ろうとすると今回チームアルファーからチームベータになった三浦華さんが話しかけてきた。
「ねえ、相羽さんはアルファーじゃないの?」
「何を言ってるんです? 二期生はみんなベータですよ」
「相羽さんは別格だって聞いているから」
「誰がそんなことをいっているんですか? 私から見たら先輩方六人の方がすごいです」
いつにもまして仏頂面になっているのが自分でも分かったような気がする。
「そうかな。じゃあ私のどんなところがすごいと思うの?」
「そうですね。三浦先輩はダンスが素晴らしいと思います。グループでいうと三本の指に入るくらいだと思います。特にターンした時など体の軸がぶれずに次の動作に入るところとか、指の先まで神経を使って表現していると思います。ほかにも……」
「ああもう恥ずかしいからいいわ。ありがとう。そういえば分析魔のあだ名もあったわよね」
「初めて聞きましたが?」
「それじゃあ、私たちにもいいところがあると」
ほかの一期生のほうに「だ、そうよ」というジェスチャーを見せていた。
「もちろんです。学ばせてもらってます」
「そう。ガッカリされないように頑張るわ」
「はい。私も頑張りますのでよろしくお願いします」
軽くお辞儀をしながら何だったのかと思いそのまま席に座る。とりあえず今日は何の話だろうと時間をつぶすために本を読み始めた。
ほどなくして二期生が集まってきて先輩方がそろっているのを見てすみませんと謝っていたが、話したいことがあって早く来ただけだからと言われていた。
「紗良さん、おはようございます」
「未来さん、おはようございます」
未来は家がお金持ちのお嬢様らしく、グループではおっとりした優しい性格なので目立たないが習い事も多くやっており、学力も高く、育ちからしてもパーフェクトな人ではないかと思っている。
「先輩方はいつからきてるの?」
「私より前に全員」
「やっぱりショックだったのかな」
「ショック? ショックとは?」
なんのことかさっぱりわからないという顔で訊いた。
「この選抜発表で一期生の中から六人がチームベータとして私たちと合流することになって、すごく泣いてたらしいの」
「本当に?」
こういう情報だけはみんな早いよなぁと感心しつつ、さっきの会話の意味がなんとなく分かった。
「あんまりチームとか関係ないと私は思うけど」
そう小さくつぶやくと未来に聞こえたのか、「それは紗良さんだからそう思うんだよ」と言われた。
しばらくすると村雨部長と日髙マネージャー(真帆ちゃん)がやってきて重要な話があると言い、ミーティングを始めた。
「今回二期生も入って経験も積んでいかないといけないし、チームベータは二か月後に小規模で二日間のライブをすることに決まった」
みんながざわつく。
「小規模ってどのくらいですか?」
三浦華が訊いた。
「三千人だ」
「この前のお披露目会よりも多いじゃないですか。どこが小規模なんですか?」
「今までツアーで五千人から一万人規模のライブをやってきていることからしたら少ないだろう。特に一期生のお前たちはそこでやってきただろうに」
「ツアーはヴァルコスマイル全員ですし、私たちでそんな集客できると思ってるんですか?」
「なんでやる前からできないって決めつける。やってみないとわからないだろ。それに、多少人数が入らないとモチベーションも上がらないかと思って、スタッフみんなが五百人くらいにしようというのを、無理やり三千人の箱にした」
ライブで箱の大きさに対して、人が集まらないときほどさみしいものはないと聞いているが、三千人規模のライブで何百人とかだったらかえって伝説だ。
「とりあえず決まったことだから、そのつもりでやってほしい。ライブのPRは当然チームアルファーも協力してくれるから、全力で頑張れ。それと三浦が座長な」
みんながシーンとしていると、「そうだ。忘れてた」と今回のライブについて説明を始めた。
「今回のライブは、チームベータがファンにどうしたら喜んでもらえるかを考えて、スタッフと話しながら作ってみてほしい。一期生の六人も二期生はまだ何も知らないんだからきちんと教えてやってくれ」
扉をあけながら「明日から打ち合わせを始めるから、スケジュールはまた連絡する」そう言い残して去っていった。
「真帆ちゃん。今の話し本当?」
三浦華が残ったマネージャーの日髙さんに詰め寄った。
「全部本当ですよ。箱の人数を変えたことも含めて。でも今のヴァルコスマイルならファンの人は来てくれると思いますけど……」
そう言うと日髙さんは少し不安そうな顔をして三浦華を見る。
「けど、なに?」
「怒らないでくださいね。来てくれたお客さんを満足させられるかの方が不安なんです」
日髙さんの言うことももっともだ。数の多い少ないでパフォーマンスの満足度が変わるということではないが、人数が少ない方が満足してもらえなかったときの反響も少なくて済む、いわゆる傷が浅いというやつだ。
「それは……」
三浦華は自分たちの状況から考えて、もっと信頼してほしいと言えるような立場ではないということを感じて何も言えない。
「日髙さんは実際にパフォーマンスする私たちの心が折れたりしないか心配で言ってくれるのだと思いますけど、決まったことと、起きてもいないことに悩んでも仕方がありません」
未知のことについて警戒するのと怖れることとは別だ、怖いのなら怖くなくなるように準備をしておくべきだし、最悪の結果を怖れて何もしないのでは自ら最悪の結果を招いているに等しい。
「私たちには先輩方もいますし、チームアルファーだって仲間ですよね。練習とか手伝ってもらってでも成功させるように頑張りましょう。それじゃあ三浦先輩お願いします」
「何を?」
「何を? って、私たちあまりやったことがないんです。掛け声」
「ああ、それのこと。いいよ、じゃあみんな円を描いて並んで、いい?」
そう言って手を前に出した。
「夜空に見える星の輝きは私たちの笑顔、永遠に輝くー」
「「ヴァルコスマイル!」」
みんなが手を上に突き出して声を合わせた。
新しいシングルのPRでチームアルファーが忙しくしている中、私たちもライブに向けて内容の検討を始めていた。
その間にもシングルのミニライブや握手会がありチームベータはライブの準備をしているだけで良いということではない。
私たち新人も握手会でファンの人に顔を覚えてもらうように頑張っている。
二期生は来てくれる人数も限られているということで二人一組で対応していて、今日はさなえと一緒のブースだ。
休憩時間になりお茶を飲んでいるとさなえが訊いてきた。
「紗良は握手会とかどうなの?」
「どうって?」
「苦手だったりするのかなと思って」
「得意とかではないけど、私たちに会いに来てくれるということを思えばありがたいなと思うよ」
「その割には愛想がないよね」
「これでも頑張って愛想よくしているつもりなんですけど。そんな風に見えてる?」
「普段を知ってる私たちからすると、柔らかいなと思うけど初めて会った人たちは、そう思ってないみたい」
エゴサーチして実況スレッドを見ながら「氷の女王って書かれてる」と言って、ほらっと見せてくれた。
「まあ、気持ち的にはありがとうと思ってやっているわけだし、基本そういう顔なので仕方がないかな。もう少し頑張ってみます」
「あっ。でも無理しなくてもいいんじゃない? そういうところがいいっていう人もいるみたいよ、ほらこれ見て」
なるほど人それぞれだなと思いながら、一応はもう少し気を付けようと思う。
さなえと二人で来てくれているファンの人と短い会話をしているときに「こんにちは、この前よかったよ」と言われた。
「お披露目会にも来ていただいてありがとうございます。一緒だった人は今日は来られていないですか?」
そう言ったら、さなえと一緒に二人が「えっ?」という顔をしているところで係の人に「終了でーす」といってファンの人は離されていった。
「時間が短くて会話にならない」
あいそも何もないな、そうつぶやくと隣でさなえが「知り合い?」と訊いてくるので「全然知らない人だけどお披露目会に来てた人」と答えた。
「あんな短時間のこと覚えてるの?」
「目の前に来てた人はわかるよ」
「普通はわからないわよ。通り過ぎるだけなのに」
何人かお披露目会に来てくれていた人がきて、訊かれたことにこたえると「覚えてくれているんだ」と喜んで帰っていったので、そんなことで喜んでいただけるとはと思っていた。
しばらくして、お披露目会の時のことを話してくる人がいたが、見た記憶がなかったので「そうでしたか、覚えてなくてごめんなさい」と素直に謝った。
「紗良のことが書かれてたよ」
先に休憩に入っていた朋子がネットを見て教えてくれた。
「そう。なんて?」
「紗良がファンのことすごく覚えてるって」
「そう言えばお披露目会のときのこと、すごい言われた」
「最後に本当に行ったことがない人には覚えていないからって謝られたって」
あれか、私を試してたんだなとわかったが、愛想のない私がこんなことで喜んでもらえるならよかったと思う。
「みんな紗良推しにするって言ってる」とさなえが言ったので、そこまで言われるとかえって申し訳なく、できるだけ愛想をよくする方を頑張ろう、そう思った。
後から詳しく聞いたらファンの間で本当にそんなことを覚えているのか? と話題になったらしく、話を合わせている可能性もあるということで、お披露目会に行ったことの無いファンが適当に言ってためしてみようとなったらしい。私が覚えていないのではなく本当に見ていない人だったということが分かった。
「紗良お帰り」
握手会が終わって家に帰ると春代がお母さんとお茶を飲みながら待っていたらしく、リビングから顔を出して迎えてくれた。
「ただいま。はる、来てたの?」
「待ちくたびれたわよ。課題を取りに来てあげたの」
「メールくれたら持っていくのに」
「家に来たら絶対地味な格好してくるでしょ。外にお出かけしたときの紗良が見たいの」
外に行くなら運動のついでだから、こんな格好では公園で運動などできない。
「ふーん。じゃあ満足した?」
「まあまあ満足。きれいだわ。よしよし」
「何目線なの? とりあえず課題を持ってくる」
そう言って部屋に行き、すぐに着替えてリビングに戻った。
「あっ、もういつもの地味に気配を消す紗良になってる!」
「別にいいでしょ。これ課題。いつもありがとう」
「もうすこし愛でさせてくれてもいいでしょうに」
そう言って帰ろうとした時に玄関で訊いてきた。
「ところで来週はいつ学校来るの?」
「水木金は何とか行けると思う。打ち合わせとかあるからわからないけど、時間があったら火曜日も午後からは行くつもり」
「仕事があると大変だね。来週後半は中間テストがあるから絶対来るようにね」
「そうだね何とかする」
「じゃあ、またね」
そう言って春代が帰っていったところで今の会話を聞いていてお母さんが言った。
「紗良さん。学校は大丈夫なの?」
「大丈夫。一応出席日数は何とかなると思うし、アイドルをしているからって印象が悪くなるとお母さんたちにも迷惑をかけるから、今度からテストも全力でやることにする。先生にも全力で頑張りますと話しをしたの」
「私たちのことは良いけど、頑張りすぎないようにね」
「気を付けるから安心して」
ご飯ができたら呼んでと言って一応はテストの範囲を見直してみようと部屋で机に向かった。
次の週ではライブの打ち合わせをする為に、チームベータで集まって会議をしていた。
「こうなったら、私たちもいるんだっているところを見せたいから、みんなが一度はフロントのセンターに行くようにしよう」
座長の三浦華が言った。
「みんなどの曲が好きでやりたいか決めてきた?」
「はーい」
「それじゃあ、まとめるね」
みんながそれぞれ自分の思いのある曲を上げていき、それとスタッフの人たちと相談してセットリストを決めようということになっていた。
「相羽さんは、絵里奈のソロがメインの楽曲か」
「私が一番好きな曲でぜひ歌の上手な城田さんに唄ってもらいたいと思って」
「絵里奈と同じなんて怖くて唄えないよ」
城田が無理無理と手を振る。
「じゃあ自分で唄えばいいよ。誰って決まっているわけじゃないんだし」
三浦華に「そりゃ、自分がやりたい曲って言ってるんだから、そうなるでしょうよ」と言いわれたので何も言えない。
「私も紗良ちゃんが唄うのを聞きたいでーす」
美香が元気にそういうのでみんながそうだそうだと言った。
「もう一人、確か服部さんは二期生の中で歌うのが好きだっていう人だったわよね」
「好きですけど、うまくはないです」
「私たちの中では未来はうまいと思ってるよ」
さなえが言うので、未来は「大丈夫かなぁ?」と不安そうに受けいれた。
「あの、すみませんが私がソロを唄うことで決まりなのでしょうか?」
「今の流れで相羽さん以外ないでしょ。これはもう決まり。では次を決めまーす」
城田さんの歌声を聴きたいと思って書いたのに自分に返ってくるとは、話しの進め方をどこで間違えていたのだろうと考えている間に打ち合わせは終了した。
学校がある日も、帰ってから振り付けの練習を自分の動画を撮っては見て、撮っては見てを繰り返して行っていた。
テストも終わり次の週に学校に行くと先生に職員室に来るようにと呼び出され、職員室に入ると先生たちが来た来たという風に私を見たのが気になった。
「相羽は答案を返すときに学校に来ない可能性が高いから、他の先生の分も預かっておいた」
「ありがとうございます」
先生はため息をつきながら、解答用紙を私に見せた。
「全科目満点だ」
「そうですか」
「他に感想はないのか? やったぁとか」
「お話ししましたように全力を出しましたので、それに近い結果になるだろうと思っていましたから」
「そうか。まあいい。見てるのか知らないが、テストの結果を張り出すのは知っているよな」
「知っています」
個人情報の保護を目的として個人名は書かれていないものの、自分がどの程度なのかということを知ることも必要だということで、順位と点数だけは張り出されることになっていた。
「相羽の成績を順位として公表するかどうかを悩んだが、嘘をついても仕方がないということで一応そのまま出すことにしたわけだが……」
「それは構わないと思いますが、何か問題がありますか?」
「相羽が悪いわけではないが、相羽は大学の推薦とか考えるか?」
「いえ。全く考えていません」
私は即答した。大学に行くなら自分の力で行きたいところへ行く。
「そうか。それなら問題は無いな。推薦枠は成績順で決まるからこのままだと相羽がトップになる。そうなれば一人推薦を受けられない子が出てくる」
「そうですね」
「先生としては相羽が行きたいと言えば、当然相羽を成績通り優先するが、そのことで妬むものがいるかもしれない」
考えたくはないがと言ってつづけた。
「まあ、単純に学校の卒業を目的にいい成績をとる分には、問題はないからこのまま頑張れ」
人の心はわからないから、先生としてもそういう気持ちを私に向けさせるくらいなら、公表される成績についてはなかったことにしておくことも考えたと言っていた。
「お気を遣っていただき、ありがとうございます」
もういいよと言われたので職員室を後にした。その時に音楽の先生が頑張ってと手を振っていたので軽く会釈して自分の教室に戻った。
一緒に春代と帰っていると職員室に呼ばれて何だったの? と訊いてきた。
「学校にあまり来られないだろうから、先に答案用紙を返しておくって」
「なーんだ、そんなことか。それでどうだったの?」
「ん? よかったよ」
「めちゃくちゃ良かったんでしょ?」
「わかるの?」
「わかるよ。私は情報を集めるのは得意だから」
さなえのことを思い出して、山岸という苗字の人たちはそういう特殊な能力を持っている一族なのだろうかと思った。
「なんか全部満点の人がいて、先生たちが会議してるって噂があって、紗良がテストも頑張るって言ってたから、これだ! って思ったわけ」
「そういうことか。今日も呼ばれた時にその話し合いをしたことを言われた」
「ふーん。でも点数が良いからって何か問題でもあったの?」
「推薦とか成績で決まるからどうしようかって」
「どうするの?」
「今は大学へはいかないつもりだし、推薦とかはしてもらわないですって言った」
それなら問題ないだろうって言われたんだ、というと「なにそれ、めんどくさい。紗良はもともとできてたんだから関係ないよねぇ」というので「他の人は知らないから変に嫉妬されるかもしれないって心配してくれたみたい」と答えた。
家に帰るとお母さんにテストの点数のことを報告して、勉強は大丈夫なのでアイドルの方も頑張りますと言うと、なぜかわからないが涙ぐみながら抱きしめられた。
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