目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第十一話

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 しばらくして、打ち合わせの時に私が三浦先輩に三浦先輩とずっと呼んでいたら、みんな集められて全員これから最低でも名前呼びにして“さん”か“ちゃん”にしろということになった。
 あだ名があってそれで呼んでいる人は、そのままで良しということらしい。今回座長を務めるにあたって、みんなが一丸となるのに名前で変な上下関係を持ち込むことを禁止するということだったので、二期生は先輩に対してそれは難しいと言ったが、年齢だって大して変わらないし、座長が言うこれくらいのことに逆らうな、という強権を発動させた。
 他の一期生も苗字でさん付けとかよそよそしいし、同じチームベータなのだからそうしてほしいと言ったので、チームベータでは仲間内は名前呼びで統一することになった。

 毎日のように振り付けなどの練習とライブの流れについての打ち合わせや、曲間の劇やミニコント的なものなどの練習をしたりする間に、歌の練習とボイストレーニングも入っていた。
 私と城田遥しろたはるかさん、服部未来の三人でボイストレーニングをしていたが、二人は褒められるのに私だけは全然褒めてもらえない、それどころかもっとこうしろとか注文が増えていくので対応するのに精いっぱいだった。
 先生が「それじゃあ今日はここまでにします。お疲れ様でした」というので三人で出ていこうとすると、ちょっと待ってと呼ばれた。

「相羽さんは、まだ残って」

 二人は顔を見合わせると、じゃあまたねと言って出ていき、私だけが部屋に残ると先生は椅子に座りなおす。

「もうちょっとだけ続きをしましょう」

 私にそう言うと、こっちに来なさいと手招きをした。

「あの、時間ですけど良いんですか?」

「私の方は気にしなくても大丈夫。あなたも大丈夫かしら?」

 それから、喉を傷めないような発声の仕方、お腹から声を出す呼吸法や、今まで習ったことを含めて何度も練習をした。

「相羽さんは唄うときに何を考えてるの?」

「教えていただいた注意点とか歌詞を間違えないようにとかです」

「普通。極めて普通。それじゃあみんなに心が伝わらないでしょ」

「そういうのは苦手なんです。人の心とか」

 昔から感情を出すのは苦手だった。このグループに入って特にみんなが出す感情とかが、どうやってそうなるんだろう、感情の豊かな人たちが集まっているんだなと今でも感心するし不思議に思っている。

「相羽さんは嬉しかったこととか、心が震えることってなかったの?」

「高坂さんの歌を聴いたときは驚きました。それで今のグループに入ることを目指したんです」

「彼女は声ももちろんきれいだけど、みんなに聴いてほしいという気持ちを思いっきり乗せて唄っているって言っていたわ。相羽さんは技術的なところで言ったら彼女と同じくらい唄えるはず」

 そう言われても、みんなに聴いてほしいとか、なかなかに恥ずかしさが勝って思いこめない。

「できるだけ……、そう思えるように頑張ってみます」

「相羽さんの歌も声も素敵だと思う。それは保証する。でも、あなたたちは上手いだけでは駄目。トレーナーの私が言ってはいけないかもしれないけれど、むしろ下手でも自分の喜怒哀楽を表現したほうが歌から伝わるものがあると思うわ」

 今日はここまでにするので、気持ちはすぐにどうにかできることではないから練習はきちんとしてくださいと言われた。

「紗良ちゃん遅かったね」

「二人ともまだいたの?」

 未来は自分が担当している違う曲の振り付けを遥に見てもらっていたと言っていた。

「紗良は先生に何を教えてもらってたの?」

「殆ど今まで習ったことの復習でしたが、もっと気持ちを込めて歌うようにということでした」

「意味は分かるけど、難しいよね」

「そうですね。私には一番難しいと思います」

 そんなことはないと思うけど、と言いながら遥が向こうからやってくる人影に気が付いた。

「あっ今日はどうしたの? 絵里奈。久しぶり」

「遥。久しぶり。そっちこそ何してたの?」

「今度のライブのレッスンと練習」

「大変だね。頑張って。セットリストとか決まったの?」

「私たち高坂さんのソロの入っている楽曲を担当することになったんです」

 未来が本人を前に嬉しそうに言った。

「そうかぁ。遥が私のパート唄ってくれるの?」

「違うよ。それは紗良」

 遥さんが私を指さして、こっちと指し示す。

「高坂さんのパートを歌わせてもらいます」

「なんでそんな堅苦しい言い方するの? みんなの曲なんだから誰が唄ってもいいし」

「高坂さんの歌を聴いてこのグループに入りたいと思ったので、恐れ多くて」

 みんなでそうなんだと顔を見合わせていた。

「そうだ! 未来ちゃんもそうだけどチームベータは苗字呼び禁止になったんだよね。私も仲間にいれてよ」

 良いことに気が付いたというように手を叩いた。

「遥は遥って呼んでいるんだし、二人は私と同じ年でしょ」

「そうですけど」

「それなら、今後私は絵里奈、二人は未来と紗良ね。みんなにも仲間にしておいてって伝えといてよね」

「わかりました。ところで一つ訊いても良いですか?」

 さっき先生に言われたことを本人に訊いてみた。

「こうさか、いえ絵里奈さんは唄うときに何を考えていますか?」

「絵里奈でいいよ。私も紗良って呼ばせてもらうから」

「そうですか、わかりました。それでどうですか?」

 早く知りたいことを教えてくれというようにせかした。

「唄うとき? やっぱり私の気持ちが伝わってほしい、かな?」

「気持ちですか。間違えないように頑張ろうみたいなのではやっぱりだめですか?」

「そんなの絶対ダメ。機械じゃないんだから。誰かに聴いてもらいたいという気持ちを、歌の内容に乗せて自分の中から出すの」

「全然わからないのですが、何か具体的にありませんか」

「えー。具体的にって言っても。誕生日におめでとう生まれてきて良かったねーという気持ちを込めて歌ったりするでしょ。そういう感じをもっと高めてとか?」

「あまり、そういうことをしてこなかったので」

「わかった。じゃあ、今度のライブ私も見に行くから私に向かって唄って。私の歌を聴いてグループに入りたいって
 思ったんでしょ。ちょっと偉そうだけど、私が聴いていてあげるから。私のために私に聴いてほしいって思って、思いっきり唄って」

「絵里奈に聴いてもらうために。なるほど、それならできそうです」

 そのまま絵里奈は次の現場があるといって去っていくと、二人は絵里奈を前にして聴いてほしいとかなかなか言えないよね、と言っていたが私は絵里奈に聴いてもらうということで頭がいっぱいだった。


 私たちは殆ど毎日のようにライブの練習をしている中で、美香が学校の課題を一生懸命やっていた。

「紗良ちゃん、ここ教えて」

 そう言えば美香は来年受験だったなと思いながら課題の内容を見てあげた。

「ああ、これはね。この公式を使ってこういう風にしたら解けるから」

「ありがと」

「頑張ってるね。よしよし」

「全然、課題が終わらないの。学校の授業も時々出ないから、わからないところがあってもあまり教えてもらえる時がないし」

「そうか、そうだよね。わからないことがあったら、私が教えてあげるから訊いて」

「本当に?」

「美香が頑張れるためなら、いつでも手伝ってあげる」

 それからしばらく、美香の課題に付き合ってあげると、だいたい目途がついたから、もう大丈夫というので練習を再開することにした。美香は振り付けを覚えるのも早いし、まだ中学生で小さいからだなのにダンスにしてもすごく迫力がある。それなのに顔はかわいらしいという才能を持った子というのはこういう子なのだなと思って見ていた。
 それからは時間があるときは勉強を見てあげたので、点数がかなり上がったらしい。
 私としては、美香の負担が少しでも少なくなれば満足なのだが、両親に私に勉強を見てもらっているというと、凄く喜んでいつかお礼をしたいといっていたそうだ。


 ライブに向けて歌のレッスンをしていたら、珍しく先生に褒められた。前よりも気持ちが入っているように思えるということだった。

「相羽さんは何かあったの?」

「先生に言われたように、誰かに聴いてもらいたいという気持ちを込めて唄うようにしています」

「そう。誰のことを考えているのかわからないけど、すごくよくなっていると思う。ここでは無理かもしれないけれどステージではその気持ちをもっともっと素直に出して聴いてもらうの。わかった?」

「分かりました。頑張ります」

 それからはライブの準備とリハーサルに加えてPR活動で怒濤の忙しさだった。

 ライブ当日、真帆ちゃんが言った通り客席は全部埋まり満員となった。

「私たちのグループって本当にすごいよね」

 さなえが客席の状況を見て呟く。

「先輩が居るとはいっても、ほぼ新人のこのライブに三千人も普通は来ないよ」

 真由美も同感だとうなづいた。二人は業界のことを少し知っているので気持ちが分かり合えているようだった。

「二人とも何言ってるの? 自分たちでも一生懸命PRしたんでしょ。それに私たちはあの人たちに満足してもらえるように頑張るだけ。数は関係ないわよ」

 三浦華が始めると言って円陣を組んだ。

「ついに、チームベータライブの日がやって来ました。しっかりと準備もしてきたと思うので怪我などしないように気を付けて二日間頑張りましょう。行くよ! せーの」

「「夜空に見える星の輝きは私たちの笑顔、永遠に輝くー、ヴァルコスマイル!」」

 私たちは手を高く上げてライブの成功を誓う。
 ライブでは楽曲のほかにも美香をお姫様にしたミニ劇も行った。
 お姫様を攫う悪い魔女は、最年長の三浦華がスリットの入った少しセクシーな衣装で演じて、私はみんなから助けに行くナイトをやれと言われたので、嫌がったが多数決で私がさなえに投票した以外、全員が私にしていたため有無を言えずに決まった。
 お姫様役の美香を見てみんながかわいいと口々に言い、華さんを見ると綺麗だといっていて、私を見たときはみんなが惚れたと言い寄ってきたが、正直あまりうれしくない。
 鏡を見て私が「なにこれ? お父さんそっくりじゃない」というと、お父さんはどれだけイケメンなのか見てみたいと詰め寄られた。

 劇の中では美香をお姫様抱っこするところがあり、美香もまだ小さいので私が軽々と抱きかかえると、美香が本当にお嫁さんにしてほしいと言っているのを見ていた魔女役の華さんが、出来るなら私もお姫様抱っこをしてみて欲しいと言われたので、舞台裏で抱っこしてあげたらブログに上げるといって遥さんに写真を撮ってほしいと頼んでいた。

 私の見どころとしては偽物の剣のバランスがよかったのと、ナイトということでヘルメットもかぶっていたので、みんなから離れたところで剣を高く上に投げて反対側の手に持って出している鞘に収めるという芸を披露したらうけていた。何でそんな事が出来るのかと訊かれたので、バトントワリングの人とかも、落ちる場所はわかるから自分で投げる分には難しくないというと、そうだとしても器用だと褒められたのは素直に嬉しい。

 そうこうしているうちに三人のユニットの楽曲の時が来た。
 三人でおそろいの衣装を着てステージにでて音楽が始まると、何の曲か知っているファンは歓声をあげる。
 最初は三人でハモって唄い、途中のサビから絵里奈のソロパートが始まる。
 ライブが始まるときには絵里奈は来ていなかったが、ここのどこかで絶対に聴いてくれているはず。
 絵里奈に聴いてほしい、絵里奈に届いてほしい、私はそう思いを込めて全力で唄う。
 最後に三人でのハモリがあり楽曲が終了したあと、ステージが暗くなり次の楽曲になる前のビデオにはいるところで会場がシーンとなっていた。

 ステージから帰ってくるとみんなも何も言わないので、私は一生懸命唄ったけど良くなかったのかと思い、遥と未来の二人も良かったと思うけどという感じでいたが、あまりにもシーンとしているのでもしかしたら段取りでも間違えたのかと思っていた。
 その時、客席からパラパラと拍手が聞こえてきたと思うと、会場から聞いたこともない嵐のような拍手の音と歓声が聞こえてきた。
 あまりにも歓声が大きかったので、音響さんが気を利かせて少し次のビデオの始まる時間を遅らせて、拍手の音が小さくなってきたところで次の段取りが始まった。

「あの後直ぐに楽曲じゃなくてよかった」

 スタッフを含めてみんながそう思ったらしい。
 あそこまで会場の雰囲気が引き込まれると次が続けにくくなるので、今回はビデオの前でよかったというのが後の反省会での感想だった。
 とにかくライブの一日目をアンコールまで無事に終えて楽屋に帰ってくると絵里奈が待っていた。

「みんな、お疲れ様」

「あっ絵里奈だ。歌、聴いてくれた?」

「遥、聴いたよ。三人ともみんなすごい良かった」

「言われた通りに絵里奈のために絵里奈に届くようにという気持ちを込めて全力で唄いました。どうでしたか?」

 しばらくすると、絵里奈の瞳に涙が溜まって落ちた。

「届いたよ。思い出したら涙が出てきちゃった。歌って凄いんだなって思った。今度は私とも唄ってよね」

「そうなれるように頑張ります」

 そう言いながらティッシュをどうぞと言って渡した。

「みんなは片付けがあると思うから先に帰るね。みんなお疲れ様」

 そう言って絵里奈は楽屋から出ていった。
 美香が「なんか恋人みたいだったね」といってきたので「黙ってなさい」と頭をなでた。
 二日目のライブも盛況のうちに終わり、ようやくゆったりとした雰囲気になり、ボイトレの時に先生が泣きながら凄かったと褒めてくれたので、先生の指導のおかげですと言ったら、なんていい子なのか何かほしいものがあったら買ってあげたいくらいと言われたので、これからも色々教えてくださいと言った。

 ライブが終わっても、次に向かって仕事は続いているので私も配信の仕事などもしていた。
 ただ、基本的に仏頂面で理路整然と対応するので政見放送か放送事故になりそうと村雨部長が気を使ってくれたらしく、だいたいお目付け役的に誰かが一緒で基本一人のことがない。
 一度村雨部長に別に悪いわけじゃないが、相羽が一番難しいと愚痴られ、自分的には頑張っておりますが、すみませんと言うしかなかった。
 その点、時々頂ける雑誌の仕事は一瞬を切り取ってもらえるのでその瞬間に合わせて表情を頑張って作ることで何とか切り抜けられていた。
 ただ、あまりにもギャップがありすぎて握手会などでのファンの人の落胆ぶりが申し訳なく、カメラマンの人に出来るだけ仏頂面も少々お願いしますと無茶なお願いを頼み込んでいた。

 次の新しいシングルの時期が近づいてくるとファンだけではなくメンバーでも誰がチームアルファーになるかという話題が出る。私的にはチームアルファーの仕事がどういうものかという興味はあるものの、チームベータでも色々な仕事があるので、どちらでも同じだと思う。

 新しいシングルが決まり、チーム編成の発表が行われて、今回は二期生から山岸さなえ、菅井真由美、服部未来の三人が選ばれた。
 さなえはどうして私が入っていないのかといっていたが、人のことはいいからチームアルファーでしっかりとやってきてほしいと言って背中を推す。
 代わりに一期生が三人チームベータになったがこの前のライブを見て、どちらも一生懸命にすることに代わりがないと思えて、悔しい気持ちはあるが今回は前までのような悲壮感よりもやってやろうと言う気持ちが強いし、ベータライブは自由で楽しそうに見えたと言われた。


 ある日、高坂絵里奈は久しぶりのオフをもらい服を買いに出ていた。

 夕方まで好きな服を見たり、可愛いアクセサリーを見つけたり、買い物をして楽しい気分で歩いていると交差点で声をかけられた。

「高坂さん。高坂さんでしょ」

 誰に話しかけられたんだろうと見ると昔ダンスを教えてもらった先生だった。

「あっ先生。お久しぶりです」

「すっかり有名になって。いつもテレビとかで見ているよ」

「ありがとうございます。お元気でしたか?」

「元気でやってるよ。これから帰るの?」

「久しぶりのオフだったんですけど明日も仕事なのでこれから帰ります」

「そうか。これからも頑張ってね」

「ありがとうございます」

 そう言って軽くお辞儀をして、地下鉄に向かおうと横断歩道を歩き始めると、曲がってきた車が視界に飛び込んできた。

「危ないっ!」

 手を引っ張られたため車は何事もなかったかのようにそのまま走り去っていったが、自分は手をつかまれ引っ張られた拍子によろけて先生に抱きつくような形になってしまった。

「大丈夫だった? 信号が青でも気を付けないと危ないよ」

「すみません。ありがとうございました」

 突然の車にびっくりしてまだ心臓がドキドキしているが、その時は「気をつけてね」と言われてそのまま家へと帰宅した。
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