目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第十二話

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 最近の私は仕事の内容にも慣れてきて、学校の出席日数も順調に稼いでいた。

 さなえたちはチームアルファーで忙しくしているらしく、初めてチームアルファーの大変さが分かったので私にも味わってもらいたいと、わけのわからない激励をもらっている。
 そんな中、グループの緊急連絡でできるだけ全員集まってほしいというコミュニケーションアプリでの連絡がきて、気を利かせた美香が私が見ないかもしれないからと電話もくれて、事務所に急いで向かった。
 ほとんどのメンバーが来ており何のことかわからないと言っている中に村雨部長とマネージャーに支えられるようにして絵里奈が入ってきて、みんながどうしたのかと言ってざわついていた。

 村雨部長がみんなに静かにするようにと言いながら周りを見回すと、軽くため息をつくように話し始めた。

「明日発売の週刊誌に、高坂が男の人と抱き合っているところを撮られたものが掲載される」

 みんなが息を飲む。

「写真は本人だが、そういう関係でないことは本人がそういう関係ではないと否定している」

「写真は本人ってどういうことですか?」

 美咲さんが意味が分からないという表情で訊いた。

「危険な車を避けようとした時に偶然そういう状況になったそうだ」

「そんなことある?」

 絵里奈が泣きながら昔のダンスの先生に会って話をしてから横断歩道を渡ろうとした時に信号無視の車がきて助けられた時のものだと説明した。

「相手の男性にも確認した。事実だそうだ」

 泣いている絵里奈を見ると信じたいけど、当事者二人の話ではわからないという空気が流れていた。

「はいっ!」

 私は後ろのほうにいたので手を勢いよく挙げて村雨部長を見た。

「何だ? 相羽」

 村雨部長はこの際だから何でも言ってみろという感じで促した。

「こうさか、いえ絵里奈の言っていることは一言一句すべて本当です。みんなも信じるべきです。私が保証します」

「何でそんなことが言えるのかわからないが、相羽が保証してもな」

「はいっ!」

 さなえが手を挙げた。

「山岸、こんどはなんだ?」

 村雨部長はこめかみを抑えながら、どうぞというジェスチャーをしていた。

「紗良が言うなら間違いありません。私も絵里奈さんの言うことは間違いなく本当だと思います」

 私もと言って二期生全員が手を挙げた。

 村雨部長がわかったからとりあえず手を下ろせと言って、みんなを見回した。

「まあ、俺を含めてみんな絵里奈を信じてないわけじゃないと思うが、写真が出ることは事実だ」

「この件についてはみんな何も話すな。特に相羽は外に向かって要らんことを言うなよ。事実無根のことについては私たちが対処する。高坂は悪くはないが落ち着くまでしばらく活動を自粛してもらう」

「こんなことになって、みんなごめんなさい」

 絵里奈が泣きながらしゃがみ込んでしまったためマネージャーに連れていかれた。

「高坂が自分で直接説明したいと言ったのと、みんなが動揺しないように週刊誌が出る前に聞いてもらった。話はこれだけだ。急いで来てもらって申し訳ない。解散してくれ」

 みんなが何となく落ち込んだ様子で帰っていくとき美咲さんが話しかけてきた。

「紗良。ちょっといい?」

「何です?」

「本当はリーダーの私が言うべきことだったのかもしれないけど、絵里奈のことを信じるべきだって言ってくれてありがとう」

「いえ、私は絵里奈がうそを言ってないことがわかりましたので、皆さんに伝えたまでです」

「それでもよ。私たちだって絵里奈のことは信じているし、うそを言うとも思ってないけど、いくら私たちが信じると言っても、それはお互い仲間がかばう同情みたいなものにしか聞こえないもの。客観的に判断ができる紗良が言ってくれたからこそ、みんなが心から信じることができた」

「そうですか。それなら良かったです」


 週刊誌の発売と同時にグループのホームページには画像は車を避けるための事故を切り取ったもので、事実無根の誹謗中傷については法的措置も行う可能性があると掲載した。
 また、そのときに見たという人もSNSで出てきたため絵里奈の言うことが本当だったということで、しばらくすると下火になっていった。

 グループの冠番組で久しぶりに絵里奈に会う機会があり、絵里奈は元々スラっとした体型だったのに更に少し痩せた感じがした。

「紗良。久しぶりね」

「絵里奈。なんか元気そうでよかった」

 そうはいったものの、疲れている表情なのは隠せていない。

「両親から取り敢えず実家に居ろって言われて帰ってたの。色々迷惑かけちゃった」

「家は遠いのですか?」

「都内だけど普段は一人暮らししているから」

「大変ですね。これからまた一緒にお願いします」

 チームが違うからあまり会わないですけどなどと当たり障りのない会話をしながら、何となくこの前の件が有ったとはいえ疲れている以外に絵里奈の様子が何か違う気がした。
 番組の収録でも絵里奈を見ていたが、まだ本調子ではないのかなという感じで、復帰して直ぐに元通りというわけにもいかないだろう、とその時はそのまま過ぎていった。

 人の事ばかり気にしていても仕方がないし、私もグループで活動させていただいている身として張り切って仕事をさせていただいていた。
 テレビにも出させてもらい、二期生をフィーチャーしてくれるということで、スケジュールの合ったさなえと朱里さんと私でクイズ番組に出ることになったので、業界のことがわからない私は村雨部長にクイズ番組でアイドルが全問正解してもいいのかと訊いたところ、変に小細工しないでクイズは得意ですとでも言っておけと言われたので、二人がわからない時は答えるからということにしたら優勝してしまったりした。

 ラジオは顔が出ないので愛想についてはあまり問題ないだろうと自分では思っていたが、ラジオのエピソードトークで話せることがなく、ほぼ幼馴染の春代絡みだったので、あとで出演させてしまい申し訳ないと謝ったら何かおいしいものを奢れと言われたのは仕方がない。

 他にもチームベータライブの時に簡単な劇をやったが、それを見た舞台の関係者の人からオーディションを受けてみないかと言われていると真帆さんに言われ、そのオーディションを受けた。
 オーディションの配役はヒロインに冷たく当たる同級生役で、本当は仲良くしたいがプライドが許さず、ヒロインがいなくなってからその存在に気が付いて泣くという役で、冷たい感じは作らなくてもできるので受かるには受かったが、最後に泣くというのが一番の問題だった。
 メンバーのみんなからは紗良に泣かされることはあっても、泣くところは想像できないと言われて、みんなが泣いているだけで私が泣かしたことなどないだろうと言っては見たものの、何の解決にもならない。
 困った私は演技の仕事もしている一期生メンバーの木村桂子きむらけいこさんにどうしたらいいか訊いた。

「涙を流す方法? そうねぇ。何もせずに涙を流せる人もいるみたいだけど、紗良ちゃんが今できるようになるのはさすがに無理よね」

「やっぱり無理ですか」

「私とかだと最大限悲しいことを思い浮かべて泣く方法もあるけど。突然自分を置いていなくなっちゃったとか。そういうことならあるでしょ?」

「両親とかですか?」

「えっ? いや今いる人はどうかなぁ。飼ってた犬が死んだときとかがいいと思うけど」

「あまりそういう対象がいないので、ちょっと考えます。ありがとうございました」

 どう考えてもお父さんかお母さんか春代くらいしかないがお母さんと春代がいなくなった時のことなど考えたくない。
 お父さんごめんなさいと思いながら、いなくなったことを想像したら何とか涙が出せた。

 出番はあまりない役だったけどみんなにも褒めてもらったし、私としても舞台がどのように作られていくのかということと、ほかの誰かを演じるということが楽しいと知ることができたのでとても良かった。
 舞台の間は家に帰るとなんとなくお父さんに優しくなっていたので、本人がよくわからないまますごく嬉しそうだった。いつも涙を流すときに、いなくなったことを想像していたというのはもちろん秘密。


「紗良ー」

 この声と靴音の響きはさなえか、いつも元気だな、そう思いながら振り向いた。

「こんにちは。さぁちゃん」

「久しぶり。元気してた? 私は紗良を見たから元気が出た」

「それはよかったけど、人を給水所みたいに言わないで。ところで今日はどうしたの?」

「今度地方だけどCMに出させてもらえることになって、その打ち合わせ」

「すごいね。おめでとう」

 CMに出られるということはそれだけイメージが良いということでもあるし、露出が増えれば人気も上がりやすい。
 このグループにいるのだからスタイルもよくて可愛いのは当然だが、さなえは明るくて爽やかな雰囲気を全身に纏っているので、アイドルという職業は天職なのだろう。

「ありがとう。紗良に言ってもらえると嬉しい」

 なんだかんだ言ってもこういう時の顔を見ると本当に可愛いなと思う。

「そろそろシングルの発売があるからチーム編成があるでしょ」

「そうだね」

「一緒のチームになれるといいよね」

「そうだね。その時にはお願いします」

「なんか、また距離ができてる気がする。もう教えてあげないぞ」

「気のせいでしょ。ところで何を?」

 気になるので、早く言えと促した。

「紗良には教えておこうと思って」内緒だよと言いながら耳を引っ張られた。

「絵里奈さんがなんか変な人に付き纏われているんですって」

「どういうこと?」

「詳しくはわからないけど絵里奈さんを辞めさせろとか手紙がきたり、後をつけられている気配がするって」

「警察とかには?」

「話をしているみたいだけど何か起きているわけじゃないから、難しいみたい」

 タレントとかの職業は仕事とプライベートの境界が曖昧で、ある意味自分を削って報酬を貰っているとも言えるが、いくらそうだからといって全部さらけ出せる人なんていない。時々私たちが意思を持った一人の人間だということを忘れて、全て自分の思った通りの人だと勘違いしてしまう人もいる。そうなると自分の理想から離れた人間の部分が許せずに、何とかしてあげたいと思うらしい。多かれ少なかれそういうことは誰でもあるけれど、ほとんどは大きなお世話だと気がついて実行まではしない。

 復帰した時のあの浮かない表情はそのせいだったかと思い返した。

「教えてくれてありがとう。ところで、さぁちゃんはどこでそういう情報を仕入れるの?」

「えーと。秘密?」

「まあ、いいけど。あんまり立ち聞きとかしちゃだめだよ。自分も気をつけてね」

「分かってる。それじゃあまたね」

 バイバイといいながらさなえは走っていった。

「それにしても、あんなに一生懸命頑張っている絵里奈を怖がらせるなんて許せない」

 だが、そう思っても今は何もできない自分にも少し腹が立った。
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