目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第十四話

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 何もない毎日が過ぎて、久しぶりのイベントの日がやってきた。

 どうしても抜けられない事情のあるメンバー以外ほぼ全員揃う握手会イベントの日だ。
 前日の雨がすっかり止んで、少し強めの日差しはあるものの、さわやかな風が頬をなでる絶好の行楽日和で、感染症対策を含めて換気が必要になるのでじめじめしているよりも天気が良いのはありがたい。
 ファンサービスの握手会はファンと身近に接することができるとはいえ、手荷物検査もするけど私たちは警察でもないし、警備の面ではほぼオープンなスペースで何かあっても駆けつけ難くく限界はある。

 みられている気配はなくなっているのにだんだんエスカレートしてきているという脅迫状めいた手紙のこともあって、私は少し心配だった。
 絵里奈は向こうのブースで状況が良く見えない。何も起こらないかもしれないし、あまり心配して怖がらせすぎてもいけないと思い、なるべく気にはしながら、握手会の対応をしていた。
 特になにもおこることもなく一部、二部と終わりメンバーにも少し疲れが見え始めて、三部が始まりしばらくしたころ、人垣の向こうに見える絵里奈のレーンに少し暗い雰囲気のある男性ファンが目に入った。

 初めての握手会なら緊張してそういう人もたまにいるので、目を離さないようにしながらも自分のレーンに来てくれたファンに感謝の気持ちを込めて、出来るだけ愛想よく愛想よくと自分に言い聞かせながら握手と話をしていた。
 その時、一瞬何か光ったような気がした。
 その気がした方を見てみると先ほどのファンはポケットに手をいれて普通に順番を待っている。

 気のせいかと思いながら男の姿がレーンを隔てる仕切りの影に消えて少し経つと、ざわついた気配と争うような声が聞こえくる。

「何をするんだ!」

 剥がしの人と思われる男の人の声が聞こえて、そのあとに危ないみんな逃げてという悲鳴のような声がする。やっぱり隣のレーンに変えてもらえばよかった、心の中でそう思うと私は目の前で何が起きたかわからないファンの子に言う。

「ちょっとごめんね」

 私は目の前にきていたファンの子に軽く声をかけると、一旦斜め後ろに飛びのいて壁にぶつかる勢いで蹴り出して方向を変えた。

「間に合えっ!」

 勢いを殺さずブースの後ろを絵里奈のレーンが見える位置まで走る。

 瞬間的に絵里奈のブースに飛び込み、間には机があるもののナイフをもっている男の前で絵里奈が驚きと恐怖で動けないでいるのが目に入る。
 さっきの男が何か言いながら絵里奈に切りかかろうとしているところだと分かった。
 警備員もすぐに駆けつけてくると思うが、この人だかりでは到底間に合わない。
 人のいないバックヤードを走ってきた私の方が早い。

「絵里奈下がって!」

 絵里奈の背丈を超える勢いで飛び上がり男の持つナイフの切っ先が絵里奈に刺さりそうになっているところを目で追いながら、このままナイフを下手に蹴り飛ばしたら誰かに当たるかもしれない。

「仕方がない」

 心の中でそう呟くと絵里奈を通り越した勢いのまま男の持つナイフを得意の動体視力で見極めた。

 そしてその手ごとテーブルの上に踏み抜く。
 同時にもう一方の足のかかとでナイフの刃を横向きになるように踏み押さえつけ、男の肩の付け根を素早く蹴りとばす。

 周りで見ている人は突然私がテーブルを足で叩いたすごい音とともに上から現れて机の上に立っていたとしか思えなかっただろうと、この時はそう思っていた。

 男は肩へ受けた蹴りの激痛でナイフから手を離しもんどりうって後ろに倒れこみ、すぐに駆けつけた警備員に取り押さえられたところで男は叫んだ。

「絵里奈は俺が救ってやるんだ!」

 そう言って、さらに暴れようとする男を警備員が必死に押さえていた。
 こんな病んだ男に何を言っても心には響かないだろうと思ったけど、今まで見えないものに怖がらされてきた絵里奈やメンバーを見ていた私はどうしても言わずにはいられなかった。

「絵里奈が守れるのは絵里奈自身と、絵里奈がみんなのものだと思っている人だけ。人を傷つけて自分だけが救ってやれるなんて思っているような、傲慢なあなたじゃない。絵里奈の前から去りなさいっ!」

 机の上から睨みつけて、見下ろしながらそう言い放つ。
 周りの人たちは何が起こったかわからず、私の勢いにあっけにとられていたが、私はそっと机から降りてナイフをハンカチでくるんで近くの警備員に「これ証拠品なので」と言って渡すと絵里奈に微笑みかけた。

「大丈夫? 動ける?」

 恐怖からの解放と今起きたことの衝撃で呆然としていた絵里奈の目にだんだんと涙が溜まっていくのがわかる。

「あ、ありがとう。怖かった。でも足が震えて、まだうごけない」

「もう大丈夫。間に合ってよかった」

 動けない絵里奈の肩を抱いてつぶやきながら、一応周りを警戒して見回した。

「紗良こそ大丈夫なの? 突然後ろから何かが飛び出てきてナイフを踏んで、それもびっくりした」

「何かあったら守ってあげるって言いましたから。絵里奈は私の一番の推しメンですので」

「そう言ってたけど、普通こんなことになるのは想像しないじゃない」

「机の上に乗ってあの人の手を踏んづけたことですか? あまり自慢はしていませんが、タクシーでも話しましたよね。運動には少しだけ自信があるので。見たいって言っていましたし」

「運動ができるとかのレベルじゃないと思う」

 絵里奈は安心したこともあり何となくおかしくなったのか泣き笑いのような感じになっていた。
 私は警備員に促されて絵里奈を支えながら待機室に歩いて行った。
 パイプ椅子とテーブルしかない待機室に入ると他のメンバーも泣きそうな顔でこっちを見ながら寄ってきた。

「心配したよー」

 さなえが抱きついてくる。

「剥がしの人は手を切られて救急車で運ばれていっちゃったし、逃げるように言われてここまで来たら絵里奈さんと紗良が全然こないし」

「絵里奈が呆然として動けなかったから動けるようになるまで待ってたの」

「私怖くて足が震えて立ちすくんじゃったの。でも紗良が助けてくれた」

「私見たよ!」

と朋子がこっちに来て興奮気味に話す。

「何を?」

 みんなが朋子に訊く。

「突然出てきた紗良が走って行くところ。途中ですごい勢いで飛び上がってた。本当にビュンっていう感じ」

「ビュンて、肝心なところが全然見えてないじゃん」

「ブースもあったし逃げてた時だったから仕方がないでしょ。本当にすごい速さだったの。多分見えてたのは絵里奈さんと周りの人だけ」

 直ぐに警備の人に危ないからってここへ連れてこられちゃったからそこまでしか見えてない、朋子がほほを膨らませながら言うのをさなえがジト目で見る。

 一方向こうでは絵里奈に美咲が「大丈夫?」と声をかけていたが、絵里奈をかばうような格好でみんなのほうに向いた。

「まあまあ。みんなも大丈夫だったんでしょ。それならよかったよ」

 美咲は胸に手を当てて本当に良かったという仕草をしていた。

 しばらくすると、警察官がやってきて事情を聴かれた。
 相手がナイフを持っていたこともあり、特に罪に問われるようなことはないと思うが、容疑者も手首と肩ににヒビが入っていて病院で手当てをしているから取り調べはしばらくしてからになりそうとのことで、私と絵里奈も事情を聞かせてもらうために警察署に出頭してもらうことになるかもしれない、そう言ってから現場の方へ帰っていった。

 関係者に連絡をしていたマネージャーから何があるかわからないから、握手会は中止して全員が乗れるバスを手配したので、できるだけばらばらにならずにみんな乗って帰ってほしいと、手を合わせてお願いしていた。
 マネージャーの責任ということでもないと思うが、現場の責任者的な立場としてこれ以上の問題は起きてほしくないということなのだろう。

 特に問題もなく家に帰り三人でご飯を食べるときに今日あった話を他人事のように説明した。
 お母さんが「危ないこともあるのね、気を付けてね」と言ってその場は和やかに過ぎた。
 と、思っていたが、しばらくするとテレビのニュースで今日のことを伝えはじめ、その内容に私は開いた口がふさがらなかった。

 その時の動画が撮られていたらしく私が机に上がりしな、男の手を踏み上げてナイフを離させてから啖呵を切るまで全体的にモザイクはかかっていたがテレビで放送されてしまっている。
 それを一緒にみたお母さんからここに座りなさいと言われ、仕方がなかったとはいえ、なんて危ないことをするのかと虫の観察の時以来人生で二度目となる、いつもの綺麗な顔から想像できない鬼のような顔がそこにあった。
 
 ……怖すぎる。

 めちゃくちゃ怒られたあと、私に何かあったらと思うとどうにかなりそうと、さらに泣かれて、お母さんを泣かせたということで、途中までそんなに怒らないでとお母さんをなだめていたお父さんにも、お母さんを泣かすようなことをするなと結局は怒られるというフルコンボで反省させられる結果となった。

 私は言い訳のしようもなく「以後、気を付けます」というと、紗良はいつもそうだ、気を付けるのではなくそういう危ないことを始めからするなと二人に揃って言われた。

 あそこまできれいに自分がやらかした事が撮られていると黙っているわけにもいかず、後で報道の人たちには咄嗟に絵里奈が危ないと思って庇おうとして飛び乗った机にナイフを持っている手があって、踏んだ勢いでバランスを崩して偶然男の人の肩を蹴ってしまった、ただただ運が良かったという苦しい言い訳をすることにした。

 しばらくして、村雨部長がうちの両親にお子さんを危険な目にあわせてしまい申し訳ありませんでしたと謝りに来て、帰り際に私には手紙なども同じ人物の仕業だったようなので、今回の件は一応解決したと教えてくれた。

 その後日。
 バラエティー番組の収録で楽屋に入ると、珍しく美香が先にいて駆け寄ってくる。

「さーらーちゃーん。おはようございまーす!」

 ニコニコ顔が半端じゃない様子を見て、絶対にろくでもないことを考えているなと思いながら挨拶を返す。

「おはよう。今日は美香、早いんですね」

 そう言って端に行って荷物を置こうとすると。

「ねぇ。見て見て」

 美香が靴を脱いで椅子に乗ると腰に手を当てて人差し指を前に出した。

「あなたはここから去りなさい!」

 あの時の場面か? そんな手の格好はつけていない。

「美香ちゃん。いい子だから椅子から降りなさい。あほな人の真似をするんじゃないの」

 そう言って椅子から降りた美香の頬をつねる。

「なんれ? かっほよはったへしょ。(何で? かっこよかったでしょ)」

「かっこよかったとかよくなかったとか関係ないの。親に怒られるの。ああいうことすると」

 つねっていた手を離すと頬を軽く撫でてあげた。

「美香は危ないっていうときは直ぐに逃げるのよ。はい。この話は終わり」

 そうは言ったがみんながあらゆるメディアで見てしまっているので結局終わらなかった。
 スタジオに行くとMCの芸人さんたちにも番組でそんなそぶり見たことがなかったけど、めちゃくちゃすごいなと言われたが、「火事場の馬鹿力がでて自分でもびっくりしてます。ははは」と曖昧に答えた。
 番組は滞りなく進み、楽しく三本取りの一本目の収録を終えて楽屋に帰ると、次からの企画の出番待ちで絵里奈が来ていた。

「みんな、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 みんなで口々に答える。
 あのことがあってから初めて仕事が一緒になる美咲が絵里奈に訊いた。

「お仕事大丈夫だった?」

「あんなことがあったから、あれからみんなすごく優しくしてくれて、逆に申し訳なくなっちゃった」

 みんなで大変だったよねと話しをして、絵里奈を囲んでまたもやニュースを見たときの話しになったので、私はあまり近寄らないようにする。

「そろそろ本番です」とADさんから連絡が来て、スタジオに行こうとしていると、絵里奈が寄ってきて「明日は休み?」と訊いてきたので「仕事も学校も休みです」と答えると後で話があるので待っていてほしいと言われた。

「お疲れ様でした」

 収録も終わり、みんなようやく終わったと帰り始めていたときに、絵里奈がさっき言った話しをしたいと言って、手を引かれて人のいないところに連れ込まれる。

「紗良は明日休みなんだよね」

「そうですけど」

「私は明日仕事があるけどお昼に集合なの」

「そうですか。忙しくて大変ですね」

 トップアイドルの絵里奈は休みというものが基本的に無い。一緒についていって分かったが仕事の合間の移動が休みみたいなもので、どこでも寝られたりしないとやっていけない。

「そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃない。助けてくれた時はもっと優しい言い方だった」

「冷たいですか? よくわからないですけど。仕事が大変だなと思っています」

 保護活動の必要がなくなったので付き人のようなことはやめていた。

「もういい。じゃあ言うね。これから紗良の家に連れて行ってください!」

「えっ? てっ? はっ?」

 天下の人気アイドルがなんで私の家に? 確かに同じグループだけど突然すぎてどういうことかよくわからないという表情で固まっていた。

「この前ご飯が食べにいきたいって言ってって言ったでしょ。今回のことで、助けてもらったのでお礼もきちんと言いたいの」

「それと、家に来るのとは関係がないのでは? お礼はここでも」

「こういうことでもないと、きっかけがないから……」

 なるほど、我が家に行きたいのが一番だなとわかったので、とりあえず家に確認してからとお母さんに電話してみる。
 お母さんから「あのかわいい子と晩ご飯一緒に食べるんでしょ。料理は任せなさい」と言われたので、絵里奈には問題ないと答えたが一応考え直したほうがいいのではないかと思い、もう一度訊いた。

「いいですか。本当に家に来ても何もないですよ」

「いいの。紗良がどういうところで生活しているのか見てみたい」

「そんなに言うのでしたら普通の一般家庭ですが、一緒に帰りましょう」

 そう言って帰り支度をしていると、絵里奈がケーキも用意してるといってスタジオの冷蔵庫に預けておいたケーキを持ってきた。お礼をしようと思ったのだからそのくらいは用意すると言っていたが、忙しいのにわざわざ有名なところで買ってきてくれていたのはうれしい。
 片付けが終わって家に行こうかとなったときに絵里奈の荷物が多いなと思ったので、荷物が多くないですか? と言って一つ持ってあげることにする。

「ただいま」と家に帰るとお母さんが出てきて「ゆっくりしていってね」そういうと渡されたケーキはご飯の後にいただきましょうとうれしそうに冷蔵庫に持って行ったのを見て、とりあえず荷物を置きに行きましょうということで私の部屋へと行く途中。

「紗良のお母さんめちゃくちゃ綺麗。薄っすらお化粧しているだけであんな綺麗な人、芸能界でも何人もいないと思う」

「そうですか? 本人が聞いたら喜ぶと思います」

 部屋のドアを開けて、中に入ったところで絵里奈が一言「……本当に何もない」そう言った。

「だから言ったでしょう? 何もないですよと」

 部屋はきれいに片づけられている。片づけられすぎており、生活感のあるものと言えば学校の教科書類とベッドの柄が女の子らしいピンクの掛布団だということくらいで、パソコンと机と目覚まし時計というホテル並みに必要なものしか置いていない。私の部屋はあまり人に見せても、喜ばれるようなことは恐らくだが……ない。

「上着はハンガーにかけておきましょう。とりあえずこれをどうぞ」

 お母さんが気を効かせて座布団をおいていてくれたので、そこに座ってもらう。
 私も座ると絵里奈が部屋を見回しながら普段は何をしているのかと訊いてきた。

「学校の勉強とか必要なこと以外はしないです。それも課題があればですが、いまは、グループに入っていますので振り付けの確認とかです。運動もしますが、基本的には近所の公園であまり人がいない時間を見計らってひっそりとします。調べ物をネットでしたり、グループで村雨部長が言った資料を作ったりもしましたが」

 普通の人はこういう部屋にはならないのだろうなという認識はある。春代の何かがいっぱい置いてある部屋を思いだしながら、あれはあれでどうかとも思う。

「でも、いつも本とか読んでるけど、その本もないよ」

「あれは図書館で借りているので、自分のものではないです。一度読んだら覚えますし」

 しまった、完全に口が滑ったと思った。

「えっ? 一度読んだら覚えてるの?」

 絵里奈に嘘はつきたくないし、自分で言ったものは仕方がない。

「あまり言わないでくださいね。記憶力がいい程度にして流しているので。読めばだいたいは覚えています。ですから、家に本は必要ないです」

「台本とかも覚えてるの?」

「真剣に一度読んでいれば覚えています。他に気が散っているともやーとしてしまいますが」

「うらやましい」

「そうかもしれないですが、絵里奈は私よりももっと素晴らしいものを持っていると思います」

「なになに? なにがすばらしいの?」

 そう言ってにじり寄って来るとその姿が本当にかわいいなと思いながら答えた。

「容姿は当然ですが、歌声と表現力です。創造性と言ってもいいと思います。私はあまり感情を表に出せないですし、創造性というものはかなり劣っていると思っています。練習はしていますけど笑顔なんかも。絵もうまいとは思いますけどそれだけですし」

「そんなことないっ!」

 いきなり前のめりになって顔を近づけて否定する絵里奈をまあまあ落ち着いて下さいとなだめて座ってもらう。

「紗良はなんでもできて、なんでもわかっちゃうからそういう風に自分で思うだけ。私から見たらとんでもなくすごいよ。歌だって私は感動したよ」

「歌姫と呼ばれる絵里奈にそういってもらえると嬉しいです」

 友達とかいないの? と訊かれたので、幼馴染が一人います。おしゃべり好きですが、秘密にしてほしいといえば絶対にしゃべらない信用できる人物です。アイドル好きなので絵里奈が来ていたと知ったら相当悔しがるでしょうねと言ったら、また来たいのでその時は会いたいと言われ、それは喜ぶと思いますと話した。

 お父さんも帰ってきたのでそろそろ二人とも降りて来なさいと下からお母さんが呼ぶ声が聞こえ、部屋から出て行こうとしたときに机の上に写真が飾られているのを絵里奈が見つけて。

「これ私だ!」

 絵里奈の仕事についていったときにエキストラとして一緒に撮ってもらった写真を編集の人がきれいに撮れているということで送ってくれたもので、絵里奈と一緒に写っているのは誰だと話題になったが、私だとわかるとファンの間ではあの氷の女王ならこのくらいの写真写りはするだろうと言われていた。

「そうですね。推しメンと撮った写真を頂いたので飾っています。一緒にいたという証明みたいなものです」

「証明とか、なんかよくわからないけど特別感があって嬉しい」

 自分では鮮明に覚えているのだから写真などを飾る必要はないと思っていたが、自分がここに確かにいたということを誰かに知ってもらいたいという気持ちがあったのかもしれない。
 リビングに行くと、絵里奈が家に来ているということで、何故か帰ってきたお父さんが我が家に芸能人が来るなんてということで緊張している。
 一応娘も同じ芸能人だが、そういう意識はないらしい。

 絵里奈はご飯を食べる前に立ち上がって今回は紗良ちゃんに助けてもらいました、ありがとうございましたと頭を下げた。

「ご両親も心配してたでしょ」

「心配はしてましたが基本的に離れて暮らしてますし、助けてもらった子にきちんとお礼を言うようにと言っていました」

「そうなの? ご両親と離れて一人で頑張ってるなんてすごいわ。今回は二人とも無事でよかった。今日は遠慮しないでね。さあ食べて」

 お母さんのご飯を食べて絵里奈が美味しすぎると絶賛していた。
 絵里奈のようなかわいい子が自分の料理を食べてしかも絶賛されるという反応が嬉しかったらしく、すこぶる機嫌がよくなっているのがお父さんと私には分かる。
 ご飯を食べてからのデザートのケーキもお母さんの心をとらえて離さなかった、流石はトップアイドルと思っていると、今日は遅いから一人暮らしなら紗良の部屋に泊まっていきなさいとお母さんが言い出したので慌てて止めた。

「いきなりそんなこと言っても絵里奈の都合もあるし、着替えとか準備してないでしょ」

「あら、紗良さんのを貸してあげればいいでしょう」

「お母さん。ありがとうございます。仕事柄時間が読めないことが多いので着替えとか持ってきてますので大丈夫です」

 さすがにそんな人はいないだろうと思ったが、妙に荷物が多かったのはそういうことかと気が付いた。

「そうなの。じゃあお風呂用意するから入ってね」と言っていそいそと準備をしに行った。

「確信犯ですね。参考までに泊まって行くように言われなかったらどうするつもりだったんですか?」

「泊めてくださいってお願いしようと思ってた」

 笑顔でそう言いながら私の目を見る。

「聞いた私がバカでした。絵里奈にその顔で泊めてほしいとお願いされて断れる家がどれだけあるかと考えたら結果は分かります」

 お風呂に入り部屋に戻るとお父さんがお客さん用の布団を持って来てくれた。

「紗良の両親って美男美女だよね。紗良が綺麗な理由が分かった」

「お母さんは否定しませんがお父さんはどうですかね。まあまあかと思いますが不愛想ですよ」

「不愛想は見た目とは関係ないし、紗良だって仏頂面って自分で言ってるじゃない。間違いなくお父さんの子供ということよ」

「意外と辛辣なことをいいますね」

 そうか、やっぱりそうか、お父さんのせいか、自分でもそう思っていたけど現実を突き付けられたと、ぶつぶつ独り言を言いながら布団を敷く。
 布団を敷いてからお客さんを下に寝かせるわけにはいけないと、下で私が寝ると言うと紗良のベッドは大きいから一緒に寝てもらっていいかと言われた。
 狭いと思ったが絵里奈がどうしてもと言い張るので仕方なく私が端に寝ることにして、用意した布団は万が一落ちてもいいように敷いておくということにする。
 歯磨きをしてから電気を消して布団に入ると絵里奈がこの前は本当にありがとうとお礼を言われる。

 勘違いスキャンダルから始まって精神的にも辛く、今回のことで芸能界を引退しようかとも思っていたらしく、小さい頃から歌の仕事がしたいと思ってやってきたけど怖くてとても続けられないと考えていた時に紗良が助けてくれた。今でもストーカーされていた時のことを思い出して怖くて眠れそうにない時があるけど、事件の時、紗良が机の上に颯爽と立って私の目の前で犯人に私の前から消えるように言った光景を思い出すと、もう大丈夫なんだと自然に安心できて寝られるのだそうだ。

「ネットで戦いの神様みたいに言われて嫌がっているけど、私にとっては本物の女神様だった」

「絵里奈の役に立てたならよかった。これからも一緒に芸能活動を続けてくれたら嬉しいです」

 そう言って頭を撫でてあげると涙を流してしばらく泣いていたが寝息を立てて眠っていた。

「絵里奈お疲れ様。もう大丈夫ですよ」

 私はそう小声でささやくと、そっとベッドから降りて絵里奈に布団をかけなおしてから、下の布団で普通に寝た。
 朝がきて下の布団で絵里奈が起きるのを待っていると、起きたら紗良がいないと騒でいる。
 ベッドの下に布団を敷いているので見えなかったらしく、一瞬いなくなったかと思ったし、一緒に寝てくれたのではなかったのか? と、すごく怒っていたがお母さんにご飯を食べさせてもらったら、これはすごくおいしいといって機嫌が治っていた。
 絵里奈は雑誌の撮影の仕事があるということで「ありがとうございました」と言って明るい朝の光の中に消えていったのを見送っていると、お父さんが本当に朝日のようでかわいい子だったなぁというので「それは、すみませんでした」と一言謝っておく。
 そんな私を見て、紗良もかわいいよと言って言い訳しているところをお母さんに見られて、年頃の娘の前で何でも正直に思ったことを口から出さないことと注意されていた。
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