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目標のある幸せ 第十五話
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「紗良ー。学校いこー」
「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「久しぶりに朝から登校するって言うから少しでも一緒にいたいじゃない」
「私はそうでもないけど」
「ひどくないそれ」
「うそうそ。私もはると一緒にいたいよ」
心の中で春代はお父さんよりも上だぞと思いながら歩いていた。
「ツアーが始まるんでしょ。また忙しくなっちゃうね」
「そうですね。毎日何かしらありますからね」
「私も行きたいからチケット取るよ」
「買ってくれるのですか?」
「そりゃあ買いますよ。抽選に当たらないけど」
ヴァルコスマイルは人気があるのでチケットは抽選になっていた。
チームベータのライブも申し込んだけどダメだったらしい。
「みんなお客さんが来るかどうかということから心配してたのに」
「何言ってるの? 絶対に来るよ。メンバーは自己評価が低いなぁ、でもそういう謙虚なところがヴァルコスマイルのいいところなのよね。ああ私も紗良のナイトを見たかった」
「あまり内容は言えないですけどツアーは同じようなナイトはやらないと思いますよ。楽曲の関係がないベータライブでの特別な出し物だったから」
「それは残念。ネットでは嫁にしてほしいって女子ファンからの反響がすごかったのに」
「そういえば、ライブのチケットのことだけど、お願いを聞いてもらえますか?」
「いいけど、なに?」
「うちの両親、一度は見せてもらうって言いながら、言うだけで遠慮して見に来ないから引率してきてくれないでしょうか? 私だって恥ずかしいですが、お父さんとか絶対に自分から見に行きたいとか言わないですし、お母さんは仕事の邪魔をしないっていう感覚でテレビとかは見るけど子供の職場に親が行くのはどうかって思っているみたいですし」
「お母さん常識人だけど時々固いよね。子供の職場って、まあ職場といえば職場ではあるけど」
「だから、今日帰ったらはるが行きたいので都合のいい日に一緒に連れていって欲しいって言ってみてください。うちの親の都合に合わせるのが条件ってことで」
「一度連れていってあげたらハードルも下がるかもしれないしね。了解」
家に春代と帰ってお母さんにライブのことを訊いたらいつものように一度は見せてもらうとしか言わないので、春代に「今だ、行けっ」と促した。
「いつも助けてもらっているんだから春代ちゃんを招待してあげなさい」
「紗弓さん。関係者席に高校生の友人だけとか難しいと思います。そこで出来れば家族ということでお二人のおまけとして連れていっていただきたいと思うんです」
春代うまいぞ、本当かどうかもわからないことを、よくそんなに思いついて話せるなと感心していた。
「仕方ないわねぇ。春代ちゃんには紗良さんがお世話になっているし、私たちだって見たくないわけじゃないから、それならそうやってお父さんに話してみます」
お母さんさえ落ちてしまえばお父さんは簡単だ。私は春代とテーブルの下で握手する。
思った通り家に帰ってきたお父さんにお母さんが春代のことを話して、仕事の都合が合えば行くけど合わなければ二人で行ってきてほしいと言っていた。
後で三十分くらいスケジュール帳を睨んでいるのを見たが、そこは見てないことにする。
私は全国ツアー公演というものは初めての経験だ。
ベースのセットリストは同じでも来てくれたファンの人たちに少しでも楽しんでもらうように、ちょっとずつ内容が変えられており、勿論会場の形も違うのでそれに合わせたフォーメーションを覚えるのは、慣れている一期生でもみんな大変そうだった。
自分のいない楽曲のリハーサルをステージ横で見て、「あっ、さなえが入るところを間違えた」と独り言を言っていたら絵里奈が私のところに来て余裕があっていいよねというので、そんなことはないですよというと「嘘つき」と言って笑いながら去っていく。
そう言う絵里奈も間違えたところをほとんど見たことがない。
他のメンバーよりも外の仕事が多いのに、どうしているのかと訊いたら、一生懸命空いた時間を使って覚えているに決まってるじゃない誰かさんと違うんだからと言われたので、あの忙しい時間の中で覚えられるなら、私とそんなに変わらないのではと思う。
後ろでは元最年少の彩さんに現在最年少の美香がフォーメーションで入る位置を間違えたらどうするかと訊いていた。
「そりゃ何事もなかったようにスルーよ」
「そんなことできるの?」
「できるかできないかじゃないの、するのよ。そして知らんふりをして周りの人に入れてもらうの。それで機会を伺って戻る」
「入れた人はどうなるの?」
「入ってしまったら、半分ずれて待つか一旦完全にその人のポジションに入る」
「それは無理。その人のポジションに入ったら振りが違うもの」
「無理じゃない。みんな覚えているし慣れてるから大丈夫。全員があんた間違えてるよって思うから」
確かに一期生はできるだろうなと思う。
そもそもそんなに間違えることもないが、不可抗力的にそういう状況になったのを以前見た時には綺麗に周りが一個ずつずれてすぐに元に戻ったことがあった、自分の記憶が間違っていて、元々そういうフォーメーションだったのかと思ったくらいだ。
おそらく二期生で今それができるのはさなえと真由美くらいだろうと想像していた。
「彩もお姉さんになったんだねぇ」
ヴァルコスマイルで一番綺麗だといわれている石田惠美さんが彩さんにちょっかいをかけていた。
「もう高校生になったんですからね。美香は年下ですから」
「今は一才しか違わないです」
「それは誕生日の問題でしょ。本当は二才違い」
「どうでもいいわ。変わらないわよ。美香ちゃんも頑張ってね」
「はいっ。分かりました」
私の時と態度が違いすぎるし、あんなきちっとした美香を私の前では見たことがないので、人によってあんなにきちんとできるのか、さすが美香は大物だ、そう感心する。
私たち二期生は振り付けも知らないことが多いので、グループでも一番振り付けをよくしっていて、どこでも入れる高橋梨乃さんに教わっていた。
「今時の子たちは、みんなダンスが上手よね」
「そうですか?」
「私たちが入ったころは、何にも知らない子もいたから大変で、毎日泣いていたわ。華は上手だったけど」
「私たちも、お披露目会の練習の時とかでは泣いてましたよ」
「私たちもって、紗良は絶対泣いてないでしょ」
「まぁ私は泣いていないですが」
「紗良はすぐに覚えちゃうから教え甲斐がない」
「そんなこと言わないでください。梨乃さんの振り付けを見させてもらっているので、すごく勉強になります」
「そう? ほんとに?」
「私たちに教えてくれる時、いつも同じタイミングでほぼ振りの位置とかもぶれることがありません。違うポジションを教えていてもそのポジションの振り付けで全くぶれていないと思います。私も見習いたいです」
「むしろ、数回見ただけで全部覚えて、それが分かる方がすごいわ。でも褒めてもらっていると思っておく」
「褒めるなんて上からではなく、本当にすごいと尊敬しています」
そんなやり取りをしていると朋子がお昼に行こうと呼びに来た。
「あら朋子。華さんたちは?」
「もう行ったよ」
「そうか。じゃあ梨乃さんも一緒に行きましょう」
全国ツアー公演の楽しみはケータリングだと美咲さんが言っていた。
それぞれの地域の美味しいものを特別に取り寄せてくれる。初めのころはお客さんも入らないからそんなにいいものはなくて、それを思うと泣けてくるらしい。
私たち二期生はその苦労を知ることができない分、感謝して食べなくてはいけないと思いますと言ったら、「紗良の言うことは正しいけど、普通においしく食べたい」とさなえが身も蓋もないことを言っていた、まあ人それぞれだとは思う。
みんなでケータリングを食べながら家族が見に来るかどうかという話になった。
「紗良の両親は見に来たの?」
とさなえが訊いてきたので、今度東京の公演には来る予定と言った。
「じゃあ、あのお母さんが来るんだ」
「さなえは紗良のお母さん知ってるの?」
朋子がさなえに訊いた。
「審査の時に付き添いで来てた。きれいすぎて女優かと思った」
「お父さんは?」
「お父さんはいなかったよ。さすがに高校生で両親同伴はやばいでしょ」
「うちの父は至って普通です」
「ふーん。じゃあ紗良は、お母さんはどう思うの?」
「きれいだと思いますが、普通です」
「ダメだ美意識のレベルがバグっているからわからない」
そんなことをさなえが話していると遥さんがよってきた。
「この前のベータライブで自分を鏡で見ながら言ってたけど、お父さんて少し老けた感じの紗良ナイトなんでしょ。是非とも見たい」
なに話してるの? 紗良のお父さんのこと? と絵里奈までよってきた。
「私見たことあるよ。すごいかっこいいお父さんだった」
「絵里奈、それは話が長くなるからやめたほうが」
なんで絵里奈が知っているのかと当然のようにみんなが訊いて、私を見る。
「えっ? 駄目だった? だって紗良のうちで晩ごはんご馳走になったから」
泊まったことまではさすがに言わなかったのでほっとした。後で口止めするところはしておかないと。
「私は誘ってもらったことない」
さなえが同期なのにおかしくないかと詰め寄ってきた。
「美香だってない」
いつの間にか美香にまで聞かれていた。
「同期だから呼ぶとか呼ばないとか。あれは、ほらあの時いろいろあったので流れで」
「いろいろあると、どういう流れで紗良の家でご飯になるの?」
何を言っても薮蛇にしかなりそうにない。
「皆さんのお話しはごもっともです。取り敢えず今度両親が来るので、紹介しますからそれを見てこんなものかと納得してください」
しかたがないからその時を待とうということで何とかその場は収まったが、このままだと全員が代わる代わるあの何もない私の家に来ると言いかねないので、面倒なことになったと要らない悩みを抱えることになった。
ツアーも順調に進んで最後の東京公演の日。
最終日などになったらそのまま家に来るという輩が現れかねないと考えて、お父さんには東京公演一日目に絶対来てほしいと念を押した。
すごい誘われていると勘違いしたらしく何があっても絶対に行くと言っていたので、いつも私の都合でお父さんごめんなさいと心の中で謝っておいた。
村雨部長に両親を案内したいのだがどうしたらいいか訊いたところ、自分で案内するならということで一時間前までなら中に入ってもらっても良いと言われたので春代に時間を合わせて来てほしいと伝えたら「中に入れるって、まじか?」と言って電話の向こうでしばらく止まっていたので、相当うれしかったのだと思う。
みんなには一瞬で帰ってもらうのでご迷惑をおかけしますと言って予め謝っておいた。
私が関係者入り口で待っていると「さらー来たよー」と時間通りに現れる。さすが春代。
「いい? はる。騒いだりしたら駄目だよ。落ち着いてね! ねっ!」
「何が? 私は落ち着いているよ。騒いだりしないし。何人かメンバーがいるんだよね。紗良こそ珍しいよ。落ち着きのない。やっぱりライブとかだと緊張するわけ?」
「そっそう? そうかも。それじゃあみんなのところに案内するね」
お母さんたちにこっちこっちと案内した。
楽屋に近づいてもメンバーの姿が一人も見えなくておかしいなとは思ったが、さなえたちには楽屋に挨拶に行くといったので、中には居るのだろうと扉をノックする。
「はい。どうぞ」
なんで美咲さんがどうぞって言うの? そう思いながら扉を開けて私は唖然とした。
二十八人全員が並んで立っている。
入ってきた三人と合わせてどちらも時が止まったようになっていたので、気を取り直した私がみんなに紹介した。
「みなさん、私の父と母と友達です」
総勢二十八人に囲まれるように見られたお父さんとお母さんは相当驚いたと思うが、そこは社会人として驚きを隠しながら営業スマイルで挨拶をしていた。
「紗良の父です」
「母です。いつも娘がお世話になってます」
「友達の山岸です」
さなえが「えっ?」という顔をして私を見た。もしかして何か気が付いた?
「あっあのリーダーの神室です。みんないつもお世話になってます」
「「お世話になってます」」
リーダーに合わせてみんなが会釈したところで、もう潮時だ。
「それじゃあ、みんなも準備があるのでお父さんたちは行こうか」
「あぁそうだな。それではみなさん頑張ってください」
そう言って微笑んで楽屋から出た。家ではお母さんに見せるところでしか見たことのない笑顔が普通に外ではできるんだなと新鮮に思いながらお父さんを見た。
「紗良を入れて二十九人いることは知ってたけど、ああやって並んでみるとすごいいっぱいメンバーがいるんだな。緊張してしまったよ」
「紗良さん。皆さんいつもあんな風に並んで丁寧に挨拶をするの?」
「たまたま、じゃないかな」
あなた方を見たいがために、興味本位だけで全員が並んでいたとは言いづらい。
春代は「すごかった、何か勢揃いで特撮の最終回みたいだった」とのんきに言っていた。
一方楽屋では、かなりざわついていた。
「絵里奈の言う以上に背が高くてかっこよくてイケメンだった」
美咲がそう言うと。
「お母さんも滅茶苦茶きれいだった。紗良ちゃんの年齢からしたら四十過ぎてるよね」
美香が言った。
「今日はお化粧も外出用にしていたから、この前以上の美人さんだった」
と絵里奈が言う。
「私は紗良ナイトが存在するならお嫁さんになりたいと思ったけど、お母さんを見て無理だと思った。あのお母さんに美貌で勝てるのって恵美ちゃんくらいじゃない?」
「華、あんな大人の色気は私にはないわ。芸能人でもなくてああいう人っているんだね。お父さんも一緒にモデルか何かかと思った。あの家族はすごい」
と恵美。
さなえは「紗良はサラブレッドのサラだったか」としょうもないことを言っていた。
そんなみんなの会話が盛り上がりをよそに、私はお母さんたちを席に案内していた。
「はる。ここが関係者席だからよろしくね」
「紗良。グッズは売ってるのかグッズは?」
「グッズ? 売ってると思うけど。行くならはるについて行ってもらって。はる、面倒掛けるけどお願い。それじゃあ私は準備しに行くから」
「いいよー。頑張ってねー」
私が楽屋に戻ると「あっ紗良ちゃんが帰ってきた、お父さんかっこいいね」と美香が言うので、褒めてくれてありがとうと言った。
「みなさんご迷惑をおかけしました」
「全然迷惑じゃないよ、みんな見たくて集まってただけだし。円陣を組む時みたいな、すごい変な感じになってたけど」
美咲さんがそう言ってあははと笑っていた。
「それならいいですけど。さあさあ、準備しましょう。始まってしまいますよ」
さっきのことは早く忘れてほしいという気持ちでみんなに準備を促した。
ライブが始まりできるだけ関係者席を意識しないようにしようと集中して頑張ったが、集中すればするほど、ステージ全体が俯瞰のように見えてしまい、そこに三人がいることに気が付かないわけにはいられなかった。
みんなに合わせてペンライトも買ったのか、他にも何か買ってる、そんな情報がいちいち勝手に入ってくる。
天性の視野の広さが憎い、そう思いながら今日はいつもの倍疲れている気がした。
「紗良ちゃん、なんかすごい集中している感じがする」
真由美が楽曲の合間に話しかけてきた。
「そうでしょうね。家族を意識しないように意識しないようにと考えるほど、周りに集中して全体が見えてきてしまって、結局家族まできれいに見えるという悪循環に陥っています」
「そんな人いるんだ。でも集中できているのは良いことだよ。怪我もしないし」
「精神的に疲れるので、そうとも思えないですけど」
仕方がない、このまま何とか終わりまで頑張ろうと思いながらライブを続けた。
集中しすぎて周りのあらゆる動きがスローモーションのようになりそうなところを、何とかこらえながら踊っていると、一緒にステージに出ていた梨乃さんの様子がおかしい感じがする。
どうやら足がつりそうになっているらしく、そう高くはないがこの後の階段を降りるのは難しいのではないかと思い、そっと近くによってみんなに気が付かれないように前を向いて話しかけた。
「足を傷めました?」
梨乃にそう訊くと梨乃も前を向いて笑顔のまま小さい声で「うん」と答える。
「わかりました。このままだと悪化する可能性がありますし危ないです。手をつないで支えますから階段を下りたら一度はけましょう」
そうやって二人とも前を向いて話しの内容とは全く異なる笑顔を見せながら打ち合わせた。
できるだけ目立たないように足を痛めている側の手を取りながら舞台袖に少しずつ近づいて、ステージ裏にさらっと入り込む。
みんながなんで戻ってきたの? という顔で見ていたが梨乃をみんなに預けて「それでは、私は再度うまいこと入らせてもらいますので」そう梨乃さんに言って何事もなかったようにタイミングよく横から入りパフォーマンスを続けた。
そのあと何とか梨乃さんもテーピングで固めてから最後までライブをやり切った。
ライブがアンコールまで無事終了し帰り支度をしていると梨乃さんがお礼を言ってきた。
「紗良。今日はありがとう。突然足がつっちゃって。どうにもできなくて」
きれいな足にテーピングが痛々しい。
「いきなり階段とか落ちなくてよかったですよね」
「よく気が付いたよね。離れてたのに。足がつったと思ったらすぐに誰かに話しかけられたから離れている紗良だと思わずにびっくりした」
「今日は無駄に集中させられていたので、ちょっとした変化も分かったのが良かったです」
「無駄にって?」
「両親を意識しないようにすればするほど周りを意識してしまいまして、変な風に集中してしまいました。それで、ずっと見ていた梨乃さんのタイミングがずれたのが分かったんです。そのあと顔の表情を横目で見たらどこか足でも痛めたのかなということはわかりました」
「そんなに顔に出てた?」
「モニター見てたけど私たちは全然わからなかった。なんで手をつないで戻ってきたのかって思ったもの」
華がそういうとみんなも「そうそう」と頷いた。
「明日もありますが大丈夫そうですか?」
「何とかできそう。今日はゆっくり足を休めるわ」
「そうしてください。何といっても梨乃さんのダンスは素敵ですから、ぜひ見たいので」
笑顔でそういうと梨乃さんが顔を赤らめながら「やばい。紗良に惚れそう」と言われた。
「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「久しぶりに朝から登校するって言うから少しでも一緒にいたいじゃない」
「私はそうでもないけど」
「ひどくないそれ」
「うそうそ。私もはると一緒にいたいよ」
心の中で春代はお父さんよりも上だぞと思いながら歩いていた。
「ツアーが始まるんでしょ。また忙しくなっちゃうね」
「そうですね。毎日何かしらありますからね」
「私も行きたいからチケット取るよ」
「買ってくれるのですか?」
「そりゃあ買いますよ。抽選に当たらないけど」
ヴァルコスマイルは人気があるのでチケットは抽選になっていた。
チームベータのライブも申し込んだけどダメだったらしい。
「みんなお客さんが来るかどうかということから心配してたのに」
「何言ってるの? 絶対に来るよ。メンバーは自己評価が低いなぁ、でもそういう謙虚なところがヴァルコスマイルのいいところなのよね。ああ私も紗良のナイトを見たかった」
「あまり内容は言えないですけどツアーは同じようなナイトはやらないと思いますよ。楽曲の関係がないベータライブでの特別な出し物だったから」
「それは残念。ネットでは嫁にしてほしいって女子ファンからの反響がすごかったのに」
「そういえば、ライブのチケットのことだけど、お願いを聞いてもらえますか?」
「いいけど、なに?」
「うちの両親、一度は見せてもらうって言いながら、言うだけで遠慮して見に来ないから引率してきてくれないでしょうか? 私だって恥ずかしいですが、お父さんとか絶対に自分から見に行きたいとか言わないですし、お母さんは仕事の邪魔をしないっていう感覚でテレビとかは見るけど子供の職場に親が行くのはどうかって思っているみたいですし」
「お母さん常識人だけど時々固いよね。子供の職場って、まあ職場といえば職場ではあるけど」
「だから、今日帰ったらはるが行きたいので都合のいい日に一緒に連れていって欲しいって言ってみてください。うちの親の都合に合わせるのが条件ってことで」
「一度連れていってあげたらハードルも下がるかもしれないしね。了解」
家に春代と帰ってお母さんにライブのことを訊いたらいつものように一度は見せてもらうとしか言わないので、春代に「今だ、行けっ」と促した。
「いつも助けてもらっているんだから春代ちゃんを招待してあげなさい」
「紗弓さん。関係者席に高校生の友人だけとか難しいと思います。そこで出来れば家族ということでお二人のおまけとして連れていっていただきたいと思うんです」
春代うまいぞ、本当かどうかもわからないことを、よくそんなに思いついて話せるなと感心していた。
「仕方ないわねぇ。春代ちゃんには紗良さんがお世話になっているし、私たちだって見たくないわけじゃないから、それならそうやってお父さんに話してみます」
お母さんさえ落ちてしまえばお父さんは簡単だ。私は春代とテーブルの下で握手する。
思った通り家に帰ってきたお父さんにお母さんが春代のことを話して、仕事の都合が合えば行くけど合わなければ二人で行ってきてほしいと言っていた。
後で三十分くらいスケジュール帳を睨んでいるのを見たが、そこは見てないことにする。
私は全国ツアー公演というものは初めての経験だ。
ベースのセットリストは同じでも来てくれたファンの人たちに少しでも楽しんでもらうように、ちょっとずつ内容が変えられており、勿論会場の形も違うのでそれに合わせたフォーメーションを覚えるのは、慣れている一期生でもみんな大変そうだった。
自分のいない楽曲のリハーサルをステージ横で見て、「あっ、さなえが入るところを間違えた」と独り言を言っていたら絵里奈が私のところに来て余裕があっていいよねというので、そんなことはないですよというと「嘘つき」と言って笑いながら去っていく。
そう言う絵里奈も間違えたところをほとんど見たことがない。
他のメンバーよりも外の仕事が多いのに、どうしているのかと訊いたら、一生懸命空いた時間を使って覚えているに決まってるじゃない誰かさんと違うんだからと言われたので、あの忙しい時間の中で覚えられるなら、私とそんなに変わらないのではと思う。
後ろでは元最年少の彩さんに現在最年少の美香がフォーメーションで入る位置を間違えたらどうするかと訊いていた。
「そりゃ何事もなかったようにスルーよ」
「そんなことできるの?」
「できるかできないかじゃないの、するのよ。そして知らんふりをして周りの人に入れてもらうの。それで機会を伺って戻る」
「入れた人はどうなるの?」
「入ってしまったら、半分ずれて待つか一旦完全にその人のポジションに入る」
「それは無理。その人のポジションに入ったら振りが違うもの」
「無理じゃない。みんな覚えているし慣れてるから大丈夫。全員があんた間違えてるよって思うから」
確かに一期生はできるだろうなと思う。
そもそもそんなに間違えることもないが、不可抗力的にそういう状況になったのを以前見た時には綺麗に周りが一個ずつずれてすぐに元に戻ったことがあった、自分の記憶が間違っていて、元々そういうフォーメーションだったのかと思ったくらいだ。
おそらく二期生で今それができるのはさなえと真由美くらいだろうと想像していた。
「彩もお姉さんになったんだねぇ」
ヴァルコスマイルで一番綺麗だといわれている石田惠美さんが彩さんにちょっかいをかけていた。
「もう高校生になったんですからね。美香は年下ですから」
「今は一才しか違わないです」
「それは誕生日の問題でしょ。本当は二才違い」
「どうでもいいわ。変わらないわよ。美香ちゃんも頑張ってね」
「はいっ。分かりました」
私の時と態度が違いすぎるし、あんなきちっとした美香を私の前では見たことがないので、人によってあんなにきちんとできるのか、さすが美香は大物だ、そう感心する。
私たち二期生は振り付けも知らないことが多いので、グループでも一番振り付けをよくしっていて、どこでも入れる高橋梨乃さんに教わっていた。
「今時の子たちは、みんなダンスが上手よね」
「そうですか?」
「私たちが入ったころは、何にも知らない子もいたから大変で、毎日泣いていたわ。華は上手だったけど」
「私たちも、お披露目会の練習の時とかでは泣いてましたよ」
「私たちもって、紗良は絶対泣いてないでしょ」
「まぁ私は泣いていないですが」
「紗良はすぐに覚えちゃうから教え甲斐がない」
「そんなこと言わないでください。梨乃さんの振り付けを見させてもらっているので、すごく勉強になります」
「そう? ほんとに?」
「私たちに教えてくれる時、いつも同じタイミングでほぼ振りの位置とかもぶれることがありません。違うポジションを教えていてもそのポジションの振り付けで全くぶれていないと思います。私も見習いたいです」
「むしろ、数回見ただけで全部覚えて、それが分かる方がすごいわ。でも褒めてもらっていると思っておく」
「褒めるなんて上からではなく、本当にすごいと尊敬しています」
そんなやり取りをしていると朋子がお昼に行こうと呼びに来た。
「あら朋子。華さんたちは?」
「もう行ったよ」
「そうか。じゃあ梨乃さんも一緒に行きましょう」
全国ツアー公演の楽しみはケータリングだと美咲さんが言っていた。
それぞれの地域の美味しいものを特別に取り寄せてくれる。初めのころはお客さんも入らないからそんなにいいものはなくて、それを思うと泣けてくるらしい。
私たち二期生はその苦労を知ることができない分、感謝して食べなくてはいけないと思いますと言ったら、「紗良の言うことは正しいけど、普通においしく食べたい」とさなえが身も蓋もないことを言っていた、まあ人それぞれだとは思う。
みんなでケータリングを食べながら家族が見に来るかどうかという話になった。
「紗良の両親は見に来たの?」
とさなえが訊いてきたので、今度東京の公演には来る予定と言った。
「じゃあ、あのお母さんが来るんだ」
「さなえは紗良のお母さん知ってるの?」
朋子がさなえに訊いた。
「審査の時に付き添いで来てた。きれいすぎて女優かと思った」
「お父さんは?」
「お父さんはいなかったよ。さすがに高校生で両親同伴はやばいでしょ」
「うちの父は至って普通です」
「ふーん。じゃあ紗良は、お母さんはどう思うの?」
「きれいだと思いますが、普通です」
「ダメだ美意識のレベルがバグっているからわからない」
そんなことをさなえが話していると遥さんがよってきた。
「この前のベータライブで自分を鏡で見ながら言ってたけど、お父さんて少し老けた感じの紗良ナイトなんでしょ。是非とも見たい」
なに話してるの? 紗良のお父さんのこと? と絵里奈までよってきた。
「私見たことあるよ。すごいかっこいいお父さんだった」
「絵里奈、それは話が長くなるからやめたほうが」
なんで絵里奈が知っているのかと当然のようにみんなが訊いて、私を見る。
「えっ? 駄目だった? だって紗良のうちで晩ごはんご馳走になったから」
泊まったことまではさすがに言わなかったのでほっとした。後で口止めするところはしておかないと。
「私は誘ってもらったことない」
さなえが同期なのにおかしくないかと詰め寄ってきた。
「美香だってない」
いつの間にか美香にまで聞かれていた。
「同期だから呼ぶとか呼ばないとか。あれは、ほらあの時いろいろあったので流れで」
「いろいろあると、どういう流れで紗良の家でご飯になるの?」
何を言っても薮蛇にしかなりそうにない。
「皆さんのお話しはごもっともです。取り敢えず今度両親が来るので、紹介しますからそれを見てこんなものかと納得してください」
しかたがないからその時を待とうということで何とかその場は収まったが、このままだと全員が代わる代わるあの何もない私の家に来ると言いかねないので、面倒なことになったと要らない悩みを抱えることになった。
ツアーも順調に進んで最後の東京公演の日。
最終日などになったらそのまま家に来るという輩が現れかねないと考えて、お父さんには東京公演一日目に絶対来てほしいと念を押した。
すごい誘われていると勘違いしたらしく何があっても絶対に行くと言っていたので、いつも私の都合でお父さんごめんなさいと心の中で謝っておいた。
村雨部長に両親を案内したいのだがどうしたらいいか訊いたところ、自分で案内するならということで一時間前までなら中に入ってもらっても良いと言われたので春代に時間を合わせて来てほしいと伝えたら「中に入れるって、まじか?」と言って電話の向こうでしばらく止まっていたので、相当うれしかったのだと思う。
みんなには一瞬で帰ってもらうのでご迷惑をおかけしますと言って予め謝っておいた。
私が関係者入り口で待っていると「さらー来たよー」と時間通りに現れる。さすが春代。
「いい? はる。騒いだりしたら駄目だよ。落ち着いてね! ねっ!」
「何が? 私は落ち着いているよ。騒いだりしないし。何人かメンバーがいるんだよね。紗良こそ珍しいよ。落ち着きのない。やっぱりライブとかだと緊張するわけ?」
「そっそう? そうかも。それじゃあみんなのところに案内するね」
お母さんたちにこっちこっちと案内した。
楽屋に近づいてもメンバーの姿が一人も見えなくておかしいなとは思ったが、さなえたちには楽屋に挨拶に行くといったので、中には居るのだろうと扉をノックする。
「はい。どうぞ」
なんで美咲さんがどうぞって言うの? そう思いながら扉を開けて私は唖然とした。
二十八人全員が並んで立っている。
入ってきた三人と合わせてどちらも時が止まったようになっていたので、気を取り直した私がみんなに紹介した。
「みなさん、私の父と母と友達です」
総勢二十八人に囲まれるように見られたお父さんとお母さんは相当驚いたと思うが、そこは社会人として驚きを隠しながら営業スマイルで挨拶をしていた。
「紗良の父です」
「母です。いつも娘がお世話になってます」
「友達の山岸です」
さなえが「えっ?」という顔をして私を見た。もしかして何か気が付いた?
「あっあのリーダーの神室です。みんないつもお世話になってます」
「「お世話になってます」」
リーダーに合わせてみんなが会釈したところで、もう潮時だ。
「それじゃあ、みんなも準備があるのでお父さんたちは行こうか」
「あぁそうだな。それではみなさん頑張ってください」
そう言って微笑んで楽屋から出た。家ではお母さんに見せるところでしか見たことのない笑顔が普通に外ではできるんだなと新鮮に思いながらお父さんを見た。
「紗良を入れて二十九人いることは知ってたけど、ああやって並んでみるとすごいいっぱいメンバーがいるんだな。緊張してしまったよ」
「紗良さん。皆さんいつもあんな風に並んで丁寧に挨拶をするの?」
「たまたま、じゃないかな」
あなた方を見たいがために、興味本位だけで全員が並んでいたとは言いづらい。
春代は「すごかった、何か勢揃いで特撮の最終回みたいだった」とのんきに言っていた。
一方楽屋では、かなりざわついていた。
「絵里奈の言う以上に背が高くてかっこよくてイケメンだった」
美咲がそう言うと。
「お母さんも滅茶苦茶きれいだった。紗良ちゃんの年齢からしたら四十過ぎてるよね」
美香が言った。
「今日はお化粧も外出用にしていたから、この前以上の美人さんだった」
と絵里奈が言う。
「私は紗良ナイトが存在するならお嫁さんになりたいと思ったけど、お母さんを見て無理だと思った。あのお母さんに美貌で勝てるのって恵美ちゃんくらいじゃない?」
「華、あんな大人の色気は私にはないわ。芸能人でもなくてああいう人っているんだね。お父さんも一緒にモデルか何かかと思った。あの家族はすごい」
と恵美。
さなえは「紗良はサラブレッドのサラだったか」としょうもないことを言っていた。
そんなみんなの会話が盛り上がりをよそに、私はお母さんたちを席に案内していた。
「はる。ここが関係者席だからよろしくね」
「紗良。グッズは売ってるのかグッズは?」
「グッズ? 売ってると思うけど。行くならはるについて行ってもらって。はる、面倒掛けるけどお願い。それじゃあ私は準備しに行くから」
「いいよー。頑張ってねー」
私が楽屋に戻ると「あっ紗良ちゃんが帰ってきた、お父さんかっこいいね」と美香が言うので、褒めてくれてありがとうと言った。
「みなさんご迷惑をおかけしました」
「全然迷惑じゃないよ、みんな見たくて集まってただけだし。円陣を組む時みたいな、すごい変な感じになってたけど」
美咲さんがそう言ってあははと笑っていた。
「それならいいですけど。さあさあ、準備しましょう。始まってしまいますよ」
さっきのことは早く忘れてほしいという気持ちでみんなに準備を促した。
ライブが始まりできるだけ関係者席を意識しないようにしようと集中して頑張ったが、集中すればするほど、ステージ全体が俯瞰のように見えてしまい、そこに三人がいることに気が付かないわけにはいられなかった。
みんなに合わせてペンライトも買ったのか、他にも何か買ってる、そんな情報がいちいち勝手に入ってくる。
天性の視野の広さが憎い、そう思いながら今日はいつもの倍疲れている気がした。
「紗良ちゃん、なんかすごい集中している感じがする」
真由美が楽曲の合間に話しかけてきた。
「そうでしょうね。家族を意識しないように意識しないようにと考えるほど、周りに集中して全体が見えてきてしまって、結局家族まできれいに見えるという悪循環に陥っています」
「そんな人いるんだ。でも集中できているのは良いことだよ。怪我もしないし」
「精神的に疲れるので、そうとも思えないですけど」
仕方がない、このまま何とか終わりまで頑張ろうと思いながらライブを続けた。
集中しすぎて周りのあらゆる動きがスローモーションのようになりそうなところを、何とかこらえながら踊っていると、一緒にステージに出ていた梨乃さんの様子がおかしい感じがする。
どうやら足がつりそうになっているらしく、そう高くはないがこの後の階段を降りるのは難しいのではないかと思い、そっと近くによってみんなに気が付かれないように前を向いて話しかけた。
「足を傷めました?」
梨乃にそう訊くと梨乃も前を向いて笑顔のまま小さい声で「うん」と答える。
「わかりました。このままだと悪化する可能性がありますし危ないです。手をつないで支えますから階段を下りたら一度はけましょう」
そうやって二人とも前を向いて話しの内容とは全く異なる笑顔を見せながら打ち合わせた。
できるだけ目立たないように足を痛めている側の手を取りながら舞台袖に少しずつ近づいて、ステージ裏にさらっと入り込む。
みんながなんで戻ってきたの? という顔で見ていたが梨乃をみんなに預けて「それでは、私は再度うまいこと入らせてもらいますので」そう梨乃さんに言って何事もなかったようにタイミングよく横から入りパフォーマンスを続けた。
そのあと何とか梨乃さんもテーピングで固めてから最後までライブをやり切った。
ライブがアンコールまで無事終了し帰り支度をしていると梨乃さんがお礼を言ってきた。
「紗良。今日はありがとう。突然足がつっちゃって。どうにもできなくて」
きれいな足にテーピングが痛々しい。
「いきなり階段とか落ちなくてよかったですよね」
「よく気が付いたよね。離れてたのに。足がつったと思ったらすぐに誰かに話しかけられたから離れている紗良だと思わずにびっくりした」
「今日は無駄に集中させられていたので、ちょっとした変化も分かったのが良かったです」
「無駄にって?」
「両親を意識しないようにすればするほど周りを意識してしまいまして、変な風に集中してしまいました。それで、ずっと見ていた梨乃さんのタイミングがずれたのが分かったんです。そのあと顔の表情を横目で見たらどこか足でも痛めたのかなということはわかりました」
「そんなに顔に出てた?」
「モニター見てたけど私たちは全然わからなかった。なんで手をつないで戻ってきたのかって思ったもの」
華がそういうとみんなも「そうそう」と頷いた。
「明日もありますが大丈夫そうですか?」
「何とかできそう。今日はゆっくり足を休めるわ」
「そうしてください。何といっても梨乃さんのダンスは素敵ですから、ぜひ見たいので」
笑顔でそういうと梨乃さんが顔を赤らめながら「やばい。紗良に惚れそう」と言われた。
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