目標のある幸せ

根来むそお

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目標のある幸せ 第十六話

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 ツアーも無事に終わり年末に向けてまたチーム編成が行われる時が来た。

 私はどちらのチームになっても、いろいろ知ることができるので振り分けについてはあまり執着していなかったが、表題曲を担って露出も多くなるチームアルファーはトップアイドルを目指すメンバーには憧れのポジションであるらしい。
 特にセンターとなればアイドルとしてトップ中のトップというところで、一度は経験したいというメンバーも結構いるようだ。

 私としては、アイドルになった以上はトップを目指すべきということを言う人がいるのも知っているが、もともと隠れるようにして生きてきたのに、知りたいという気持ちだけでこれ以上目立つのはどうかとも思うし、その場所その場所で役割もいろいろあると思っているので、あえてセンターになることまでは無いと考えていた。

 チーム編成の発表が終わり、今回のチームアルファーは十四人体制で私は十五人のチームベータだった。

「終わった終わった。よーし、がんばろ」

 私が帰ろうとすると、さなえが「何で紗良はアルファーじゃないわけ?」と絡んでくる。

「何でって、知らないですけど」

「知らないじゃないでしょ。アルファーで良いでしょアルファーで。そもそも紗良がいるかいないかでチームの人数が変わるってどういうことよ。紗良枠なの? 十五人目って」

「まあまあ人のことでそんなに興奮しないで」

「また一緒にできると思ったのに」

 少し涙を浮かべてそういうさなえを見て、何か見た光景だと思ったら私がチームアルファーに行った時の美香だった。

「チームベータでもチームアルファーと一緒の仕事もありますから」

「私は紗良がいないと淋しいの」

「今までも、そんなに一緒にいないですよね?」

「ひどい。いるところを見るだけでも安心するの。それに何かあったら気づいてくれるでしょ?」

「わかりました。それなら遠くにいても何かあったら助けますから。私は一生懸命頑張っているさぁちゃんが好きです。だから淋しいかもしれないですけど頑張ってください」

「うぅ、それじゃあ、淋しいけど頑張る」

 絶対助けてよねと言い、さなえがしょげながら去っていく。
 もっと弱音を吐かない人だと思っていたけど、まだ一年もたたないような二期生ではやっぱりチームアルファーのフロントレギュラーでやっていくのは周りの期待も高い分、相当なプレッシャーとストレスもあるんだろうなと思いながら見送った。


「紗良は年末とかはどうするの?」と学校の帰り道に春代に訊かれたので仕事だと答える。

「なんか、年末も仕事があるみたい」

「やっぱり芸能人は大変だよね」

「私は実家だからあんまり関係ないけど、遠くの人はみんなと休みがズレるから、さみしいみたい」

「そうかぁ。私たちは冬休みとかあるけど、紗良たちは半分社会人だもんね」

 クリスマスとかもファンの人とのイベントもあるし、盛り上げる側になるので仕方がない。
 そもそも私はそういうことに興味がないのでクリスマスなどはケーキを食べて何か欲しいものがあるかと訊かれる日という認識だった。

「その前に期末テストもあるし憂鬱」

「はるは、今は勉強大丈夫なの?」

「ふふん。紗良にかなわないだけで、それなりにできてます」

 春代はここがわからないと言っても教えてあげるとすぐに理解できるので、もともと頭の回転が速くて賢く、わからないことがあるのは時々他のことを考えて人の話を聞いていないから。
 加えて性格も明るいのでそういうところがみんなと打ち解けて最終的に幅広く情報収集できるのだろうと分析している。彼女は私などとは全く違うみんなに頼りにされる人種なのだ。人との付き合いが苦手な私には到底無理。だからいつも私とみんなとのコミュニケーションを助けてくれる春代には感謝している。

「時間が取れたらまたお出かけしようよ」

「そうだね。また連絡する」

 年末年始は特別番組が多く放送されるが、だいたい収録で、放送されるときには本人も忘れているくらいのタイムラグがある。
 その中でもドッキリの番組には困惑した。
 仏頂面の私には本当に向いてない企画だと、このとき思ったことを覚えている。

 前に村雨部長が変なことを私に訊いてきたことがあり、しばらく何だろうと思っていた。

「相羽は盗撮されているとどうなる?」

「盗撮ですか? 絵里奈の時のような?」

「いやいや、そういうのではなくてテレビの企画とかのやつ」

「そうですね。リアクションに困るような気はします。もともとあまり驚いたりしませんので」

「そうだよな……」

 少し心配な感じと、間違えただろうか? という気持ちが視線から伝わってくる。

「村雨部長はみんなにそんなことを聞いて回っておられるのですか?」

「いや、相羽はどうかなと少し気になってな」

「そうですか。もし気が付いてしまったらどうしたら良いのでしょうか?」

「普通は気が付かないんだから、そんな特殊なこと訊くなよ。お笑い芸人じゃないから無理して変なリアクションを取るくらいなら平然としていてもいいだろ別に」

「わかりました。なるべく波風が立たないように対処します」

「対処しますとか、なんか怖いな。そういう時はとりあえず気が付いてもみんなには言うなよ。それこそ全員リアクションが無かったら放送されなくなる」

 やっぱりリアクションがないとテレビ的には放送しにくいのかと、その時は漠然と思っていた。メンバーのようにいつも見ていればちょっとした嘘をついていても、顔の表情や声のでかたなど、その時の雰囲気の違いでだいたいわかるようになっていたが、見たこともない人の嘘を見抜くのは比較対象がないので難しい。
 ただ、明らかに嘘をつこうとしていれば別だ、目の動きにしても手の動きにしても嘘をついているとしか思えない。

 ある日、打ち合わせという名目でとうとうその日がやってきた。
 真帆ちゃんが私たちに収録の打ち合わせに来てほしいと言って連絡してきたので呼ばれたメンバーでスタジオに来てみると、こっちこっちと楽屋に案内された。
 この時呼ばれたのは一期生が美咲、絵里奈、恵美の三人、二期生は朋子と美香と私で、どういう人選なのかと思ったが、新曲のプロモーション的な三人と、チームベータであまり露出の無い三人というバーター的な組み合わせの様だった。
 この時私は真帆ちゃんがいつもと違うことに気が付いたため、思わず話しかけそうになったが、すんでのところで思いとどまった。

「これは、例のあれか」

と、独り言を口にすると一緒にいた美香が嬉しそうに「何?」というので、「なんでもないよ。独り言」と答えておく。

 とりあえず知らないふりだと決め込み、みんなと楽屋で待っていると一人ずつ打ち合わせをしたいとスタッフのひとが呼びに来たが、なぜか、呼ばれた人が帰ってこないのに一人ずつ呼ばれるという奇妙すぎる状況に私はもう少し隠せないものかと思いながら順番を待っていた。
 一期生最後の恵美さんが呼ばれた後、二期生の三人のうち私が一番に行くことになった。

 打ち合わせの部屋に入ると、すべてが怪しく、ざっと見ただけでカメラが三つある。
 確かに巧妙に隠そうとしてはいるが、打ち合せなのにあんなに露骨に置いてあって普通の人には見えないのかと思いながら椅子に座ると、打ち合わせという名の変な収録が始まった。
 アンケートに答えるというような感じでしばらく話していると、ディレクターの人がわざとらしく電話で席を外しす。
 それまで私はロッカーの中に人がいるのが気になって仕方がなく、「息をしてたら聞こえますよ」心の中でそう思いながら、何もできず待っていると、ロッカーの扉が勢いよく開いて人が出てきた。

 私は結局驚くことができず、どうしたらよいかもよくわからないので、ゆっくりと立ち上がり挨拶をした。

「ヴァルコスマイルの相羽です。よろしくお願いします」

「えっと、あ、よろしくお願いします」

 変な挨拶を二人でかわし、テレビのスタッフが出てきてドッキリだったことが伝えられた。

「そうでしたか。あまり驚かずにすみませんでした」

 自分でもテレビ的にはダメな奴だなと思い、ものすごく微妙な空気が流れたところで、スタッフの人に美咲たちがいる部屋に案内された。

 ここにもカメラがあるし、テーブルの真ん中に人がいるけど、どうしてもう少し気配を隠さないのか、丸わかりではないか。
 一期生の三人は気が付いているのかいないのか、確認もできないのでどうしたらいいか相談もできない。

 そんな中、美咲たちはさっきすごく驚いたということで、私にどうだったかと訊いてきた。

 その時、頭の中に村雨部長の言った「気が付いてもみんなには言うなよ」という言葉が頭の中で繰り返される。これは、このことについて何も言ってはいけないのだろう。

「えっ? どうだったかですか? 少し驚きましたが、ずっと中に人がいたということで大変だったでしょうという気持ちが強かったので、普通に挨拶してしまいました」

「何それ。ふつう驚くでしょう。あんなところから人が出てきたら」

「そうですね。驚きました」

「美咲。紗良はあまり感情を表に出さないから」

「そういえばそうか。結局、この打ち合わせってどうなるのかな」

 私はどうなるもこうなるも、もう一回驚かせられるでしょうよと思いながら机の真ん中をそっと見つめる。
 それから朋子が半泣きで入ってくると、美香も半泣きで入ってきたので、二人を見て私は良いリアクションしたんだろうなと思っていた。

 美香が驚かなかったのかと訊くので、驚いたがそれほどではなかったというと、私は怖くて泣いたと言って、私を挟んで半泣きの二人をなだめていると、絵里奈がお母さんのようだと言っていた。

「そうですねぇ」

 と、私が気のない返事をしていると突然部屋が暗くなり、驚きと恐怖で二人が私にしがみついた。

「ちょちょっと、美香も朋子もつかまれたら動けないから、二人とも離してくれる?」

「紗良ちゃん。怖いよー」

「つかまれたら動けないって。二人ともダメだって」

 気配で分かるというのは本当につらい、ほとんど見えないがテーブルから二人の人が出てきて筒のようなものを抱えていて、こちらと向こうの三人に向けているところまでわかった。
 構え方の気配からして何かが発射されるだろうことは予想できるが、私は二人を振り払うこともできず、筒の真ん前にいる。
 逆側の真ん前は確か美咲さんだったなと思った時、部屋の電気がつくと同時に筒から白いクリームのようなものが飛び出してくるのが分かったが、私は完全にあきらめて眼だけは瞑っておくことにした。

 ほとんど何が起きるのかわかっているのに、逃げることもできない。
 結局私たち六人はクリーム砲なるものを浴びて真っ白になった。
 後から考えれば、あの二人に押さえつけられてアイドル的には正解だったのかもしれない。
 一人だったらわざわざ来ることが分かっているものに当たろうはずがないので、私はおそらく避けてしまっていただろう。

「終わったみたいだから、二人とも手を放してくれる?」

 真っ白になりながら、もうどうでもよくなった私は冷静に二人にお願いした。

「紗良ちゃん! 真っ白」

 自分も片側だけクリーム砲を浴びた美香が私を見て言う。

「そうだね。真っ白だろうね」

 二人に押さえつけられる形になり真正面で受けたのだ。見なくても自分の状況はわかる。
 両側の二人は私にしがみついて横を向いていたので意外ときれいな姿をしていた。
「これで終わりか」そういって周りを見回すと真帆ちゃんが親指を立てて「ナイス!」と言っていた。

「ナイスでした?」

 いろいろな仕事があるのだなと思いながら、二人が申し訳ないと謝っているのを聞いていた。
 その後、着替えをしながらさっきの話をして、知ってたら驚かないと言うと。

「紗良ちゃん。全部わかってたの?」

「わかるでしょう。あれだけ静かなら人の呼吸音とかも聞こえますし」

「どれだけ耳がいいの? 普通は聞こえないわよ。ねえ恵美」

「何となくいつもと違うなという感じはするけど、人がいるかどうかまではわからないわ」

「紗良は感覚が人より鋭いから、そういうのもわかるんだね」

 絵里奈がすごいよねとほめてくれたのは単純に嬉しい。

「わかるのが良いとは限らないです。ああいうのはリアクションに困るし本当に苦手です」

「それにしては、クリーム砲を一番受けてたよね。なんで?」と恵美さんが訊いてきた。

「それはですね。両側から怖い怖いと言って私を押さえつける人達がいたからです」

「「ごめんなさい!」」

 朋子と美香が手を合わせて謝っているのを一期生の三人が見て微笑んでいる。

「あなたたち楽しそうでいいわ。もしも二人が掴んでいなかったらどうする予定だったの?」

「そうですね。出てくるところもわかりましたので、私一人なら足で地面を蹴って、そのままの勢いで椅子ごと後ろに倒れて、椅子を盾にしながら何かわからないものを避ける感じです」

「あっぶな! 先に後頭部打つでしょ。やらなくてよかったわそんなこと」

 後頭部を打つ前に回るんですけどと思ったが、みんなは結果オーライと言っていた。
 その様子が放映された時、私が全部知っていたことを聞いていたメンバーはそのことを知って放送をみたら笑いが止まらなかったと言っていた。

 当然編集の人を含めて視聴者は知らないので、ドッキリで普通のあいさつをする子が最後に無表情でクリームまみれになったということで、ややうけだったらしい。
 年末は歌番組などでグループを見かけることが多くなるが、基本的にチームアルファーが出演するのでチームベータの私はテレビで見るようになることも多い。
 とは言え、今まではテレビ自体ほとんど見なかったのだが、グループに入ってからは仕事の勉強にもなるので見る時間が増えているのは間違いない。
 お母さんたちも気を遣ってグループが出ている番組はチェックしてくれていて、正月明けだが今日もメンバーが出ているのをお母さんと見ていた。

「紗良さんたちは休みなんでしょ。これは録画なの?」

「着物を着て正月的な感じを出してるけど十二月のはじめに撮ったものだったはず」

「みんな年末と正月を間違えたりしないの?」

「これは着物を着てるから大丈夫だと思うけど、年末番組と年明け番組を行ったり来たりして本当に間違えそうになるから放送日をずっと意識してやってる」

「まあ、大変なのね」

 スマホに着信が。

「はい。あぁはる、どうしたの? 近所の神社の初詣に付き合え? いいけどいつ? 明日? はいはいわかりました」

「初詣に行くの?」

 お母さんがニコニコして聞いてくる。

「うん。すぐそこの神社。一人で行けばいいのに」

「淋しいと思うからでしょ」

「はるはそんなこと思わないと思うけど」

「何言ってるの? 紗良さんが、よ」

「私?」

「結局いつも一人でしょ。紗良さんは自分から一人になっていってしまうのを春代ちゃんは心配してくれてるのよ」

 春代がそんな風に思っていてくれているのは知っているが、最近あまり意識したことがないのは慣れすぎているからだろうか。

「あっ、また電話。今度は何?」

 スマホの画面を見るとさなえからだった。

「わっ。さぁちゃんだ」

 嫌な予感しかしないし、春代に似た持って生まれた陽の気が電話から伝わってくる。
 私はあまり付き合いが良くないので、メンバーが私に電話をかけてくる時には、急な仕事とかをきちんと確認したかなど、いい話があったことは殆ど無い。

「はい……、相羽です」

「ちょっと。私だってわかっているでしょうに。なんでそんなにトーンが低いの?」

「普通ですよ」

「そう。まあいいわ。明日紗良も仕事休みでしょ。用事があるの?」

「今用事が入りました」

「ほんとうにぃ?」

「本当です。友人と近所の神社に初詣に行くんです」

「友人って? 誰?」

「人のプライベートをそんなに訊かないでください。この前ライブに来た子です」

「あー。それならちょうどいいわ。一緒に行ってもいいか訊いてもらえる? お願い」

 なにがちょうどいいのか、春代のことだメンバーが行くと言うならどうせいいと言うに決まっている。
 一応訊いてみますと言って電話を切り、春代にかけてみると案の定簡単にいいよと言ってきたので、今度はさなえに電話してそれでどうしたいのか訊いた。

「家が分からないから最寄りの地下鉄の駅まで迎えに来て」

「そうですか、わかりました。じゃあこの時間に行きますので」

 私がため息をつくとお母さんが「良かったじゃない。みんなが気にしてくれて」と言っていたが、本当に私を気にしてくれているのだろうか?

「紗良ー。こっちこっち」

「全く子供ではないのですから、大きな声で人の名前を呼ばないでください。ところで何ですか? その格好」

 マスクにサングラスまでかけて一昔前のスターのようだ。

「それならマスクだけにしてください。怪しすぎてかえって目立ちます。その格好で地下鉄に乗ってきたのですか?」

「紗良は平気なの?」

「この仕事を始めるときに覚悟しましたので、特には。近所の人も昔からの知り合いですし」

 さなえが怪しいサングラスをしまうのを確認して家へと向かった。

「とりあえず荷物を置いてから、友人の家に行きましょう」

 私が家まで案内すると、お母さんがあなたオーディションで会った子よねと言っていた。
 その後、夜ご飯は食べていくでしょと、当然のように訊いて、春代ちゃんも誘いなさいと言われた。
 さなえが持ってきたケーキをお母さんにお土産ですと渡すと、気を遣わなくてもいいのにと上機嫌でキッチンへ歩いて行った。

「さぁちゃんはその服装で、いつもそんなバックをもって出歩くんですか?」

「うん。そうよ。だいたいそう」

 絶対嘘だ、今うそをついた、それだけはわかるが面倒なので私は深く訊くのをやめた。

「そうですか。それじゃあ行きましょう」

 玄関をでて、家の前の道を歩き一個目の角を曲がった三軒目の所で「ここです」と言った。

「近っ!」

「近所の幼馴染ですから」

 インターホンを押して相羽ですというとすぐに春代が出てきてニコニコ顔で挨拶をする。

「こんにちは、山岸春代です」

「こんにちは、山岸さなえです」

 春代は「ですよねー。いつも見てます」と笑いながら言っていた。
 ついにこの二人を合わせてしまったと思いながら、とりあえず神社に向かうことにした。

「ここです」

「近っ! そして小さっ!」

「この神社はこの辺の氏神で、別にテレビで出てくるような参拝客がくるわけではないです」

「初詣に大小は関係ないか」

 さなえはそう言うと賽銭箱にお金を入れてお辞儀をしてから手を合わせていた。

「紗良は何かお願いしたの?」

「特に何も、今から平穏無事でありますようにです」

 二人が「ああそう」という感じで反応すると、そのまま三人で家に帰った。

「ただいま」と言って家に入るとお母さんが荷物は紗良さんの部屋にもっていっておいたのでゆっくりしていきなさいと奥から言われる。

 さなえも私の部屋に来るのか……。そう思いながらこっちですと案内したときに、なぜか春代が先に階段を上がっていき「どうぞどうぞ」と言いながら人の部屋に入るのを促していたので、私は気が遠くなるような感じがする。

「何もない……」

「そうですか? まあ、そうでしょうね。必要なものはそろってますけど」

「この部屋実は隠し扉とかあるんでしょ。ほら壁が開くやつとか」

「紗良の部屋は昔からこれだよ。ベッドが変わったりするけど……えっ?」

 机に向かって春代が走っていった。

「紗良が写真を飾ってる。しかも絵里奈ちゃんと笑って写ってる」

「どれどれ」

 さなえが覗き込む。

「これ、ちょっと前に絵里奈さんにくっついてウロウロしてた時のやつでしょ」

「くっついてウロウロはなんとなく言い方が、まあそうですが」

「さなちゃん。これはすごいことだよ。紗良が机に写真を飾るなんて」

 春代がさなちゃんって言ったよね今、さなえちゃんでもなく、すでにさなちゃんなのか、私は頭の中で何度かつぶやいた。

「どういうこと?」

 さなえが聞かせてというように前のめりで春代に促している。

「紗良は自分の中にすべてを持ってるから、こういったことをしたことがないの、それがついに写真を飾るなんて」

「必要性を感じなかっただけです。この写真もいただいたので飾ってます」

「それじゃあ。私と紗良が写った写真も飾ってくれてもいいじゃない。小さい時の写真とか飾ってないでしょ」

「それはそうですが。自分でもなんで飾る気になったのか。よくわかりません」

「よくわからないけど、この部屋に写真一つというなら珍しい行動ということになるわね」

「動物の生態じゃないですから」

 まあまあ座布団にでも座ってと、春代はお母さんが用意した人の家の座布団を勝手にさなえに勧めていた。

「ところで、はるちゃんはいつ頃から紗良と一緒にいるの?」

 さなえまでもがはるちゃんって呼んでる。春代が何も言わずに受け入れちゃっているし。大丈夫なの? 本当にさっき会ったばかりなんだよね、あなたたちは? そう思った。

「そうねぇ気が付いたころからかな。いつも一人でいてね。虫とか見てぶつぶつ言ってるから、何をしているのかと不思議に思って一緒にいた」

「身の回りの虫の観察をしていただけです。それくらいしかすることがなかったから。私の話は良いですから、今日は何しに来たんですか?」

「初詣?」

「電話がかかってきたとき初詣に行くなんて知らなかったでしょう。そんなはずはありません」

「紗良の会話に緊張感を感じるなんてますます珍しい」

 春代は黙ってなさいと言って目で刺した。

「紗良の家に来たかったのと、話したいことがあって」

 さなえが春代の方をちらっと見たので、私も春代の方を見た。

「外で話したりしないよ。それとも出てった方がいい?」

「紗良の友達なら信用できるから聞いてても大丈夫。内緒にしてね」

 春代がちょっと嬉しそうな顔をして頷いた。
 ドアを叩く音がして返事をするとお母さんがご機嫌で入ってきた。

「お持たせで悪いけどお土産に持ってきてもらったケーキを出そうと思うけどいいかしら?」

「全然構いませんので、お母さんも是非召し上がってください」

 さなえがそういうと、すぐ用意しますから紅茶が良い? コーヒーが良い? と聞いてケーキケーキと言いながら下に降りて行った。

「紗良のお母さんは本当にきれいだよね」

「そうだけど、怒ると怖いよ」

 春代が自分の肩を抱きしめた。
 昔、庭で春代が私の真似をして塀から飛び降りようとしていたところを見つかって、何もしてない私まで、やらせたわけではないにしても、どうして止めないのかとセットで怒られたことがあったが、トラウマになるくらい相当怖かったらしい。
 心の中であの怒られ方はまだマイルドだと、最近の絵里奈の時のことを思い出して胸がきゅっとなる。

「あんなにきれいな人ににらまれたら、見えない刃物で刺されそうだもの」

 そんなことを話していたらお母さんがケーキと飲み物をもってきてくれた。

「何話してたの? 恋バナ?」

「いえ、全く違います」と私が言うと、「そう。残念」と言いながら降りて行った。

「アイドルに恋バナは無いよね」

 春代がそういうと、さなえが「私たちはないかなぁ。でも人それぞれだから」と言っていた。
 さなえが買ってきたケーキが今まで生きてきた中で一番おいしい、と春代が絶賛しながら、それで何の話だったの? と訊いた。

「たいした事じゃないんだけど、エゴサって知ってる?」

「自分のことをネットで調べることでしょ」

「私は結構そういうのを見てるんだけど、それを見てたら私はグループやめた方が良いのかなって思っちゃって」

「そんなことで? でも大したことないなんて、大したことじゃない? それって」

「チームアルファーでやらせてもらってるじゃない。それなのにこの前の歌番組でも振り付けを間違えたりしたから、他の人と代わった方がいいとか書かれてて落ち込んだ」

「間違えることなんて誰でもあるでしょ。機械じゃないんだから、いちいちそんなことを気にしてたら何もできないでしょう」

「そうなんだけどね。どうしたらいいのかなって思って」

 さなえは明るくてこういうことを気にしないようで、自分をアイドルとして作っているところがあり中身はとても繊細だ。その中の繊細な部分が出てきてしまっているようだった。

「そんなの見なければいいのに。私はさなちゃんのこともファンだし、大好きだし」

「はるちゃん、ありがとう。でも他にもいろいろ言われてるんだよ」

 いつしか目に涙をためながら言っていた。

「それで、もやもやして私に会いに来たということですか?」

「だって、一人で部屋にいたらずっと考えてしまうの。紗良は助けてくれるって言ったじゃない。どうしたらいいかわからない。助けてよ」

 消え入りそうな声でそう話すさなえは、私よりも年上なのにもっと小さい子供の様だった。
 春代も助けてと言ってもねぇという感じでさなえを見ていた。

「ネットで言われていることなんかは止められないから助けてあげられない。でもね、さぁちゃんは、さぁちゃんだからここにいるんだよ。言われたことが気になるのは自分の中で自分が許せないから。間違えた自分とか、それでもチームアルファーにいる自分とか」

 私はさなえの頬を両手でそっと包んで微笑みながらさなえに言った。

「けれどね。さぁちゃんは間違いなくグループのあの場所にいる資格がある。もしも自分が信じられないなら私を信じて。私はそういうことで嘘はつかない」

 さなえのウルウルした瞳を覗き込んだ。
 さなえはコウコクと頷くと、両腕で抱きつかれてすごい勢いで泣かれた。
 隣で春代まで泣いていてカオスだった。
 さなえだってアイドルになりたくて頑張ってきている、エゴサで言われていることをどうのこうのと言われたいわけではなく、自分の存在を肯定してくれる人がほしかったのだ。
 ただ、言うことの信じられる人に。

「落ち着いた?」

「何か泣いたらすっきりした。またがんばれそう」

「そう。それなら良かった。ほら、はるも涙拭きなさい」

「さなちゃん泣いた顔もめちゃくちゃかわいいじゃん」

「はるちゃんも本当にありがとう。一緒に泣いてくれて」

「紗良聞いた? さなちゃんがありがとうだって」

「うんうん。そうだね良かったね」

 それから今年さなえは卒業だが、大学へは行かずに仕事を頑張るだの、私たちはどうするのかだの、学校のクラスメイトの反応だのどうでもいいような話をして主に春代とさなえで盛り上がっていると、お母さんがお父さんも帰ってきたので晩ごはんにすると私たちを呼んだ。
 春代が紗弓さんのご飯めちゃくちゃおいしいんだよね、と言いながらウキウキで先に降りていく。

「おじさん、お邪魔してます」

「春代ちゃん、いらっしゃい」

「紗良さんのお父さん。お邪魔しています」

「いらっしゃい。これはまた……」

 この先を言ってもいいのかという目で私を見るので、どうぞ言ってくださいと手で促した。

「かわいい子だね。なっ? 紗良」

「さあさあ、みんな何突っ立ってるの? 座って」

 お母さんに言われてみんな席についた。

「美味しい! 紗良はいつもこんなおいしいご飯食べてるの?」

「さなえさんは上手に言うわね。良かったらおかわりしてね」

 オーディションの二次審査から一緒で、初めてお母さんにあった時は女優さんか何かだと思ったといったことや楽屋に来た時にみんなで話題になっていた時のことなどを話しながら楽しい食事にはなった。

「そろそろ春代ちゃんはおうちに帰りなさい。お母さんに怒られるから」

 昔、春代がうちに入り浸っており、怒った春代のお母さんが、人様の家に迷惑をかけるなら二度と行かせないと言っていたのでお母さんは春代が怒られないかとずっと気にしている。

「ええー。私も泊まりたい」

「あら? さなえさんは泊って行くの?」

「あっいえ。でも、もしよかったらお泊りしてもいいですか?」

「紗良さんの部屋でよければ私たちは良いですけど。さなえさんのおうちは大丈夫なの?」

 その上目遣いは何だ? 完全に確信犯だ、あの荷物はお泊りセットか、あのバックはおかしいと思っていた。
 さなえは自分の実家に電話し今日泊まっていくことに“なった”と言って、私に代われと電話を渡され、初めての人と話をすると緊張すると思いながら話をしてみる。

「相羽です。いえ。かまいませんので。ご丁寧にありがとうございます。本当に、いえいえ、それでは」

 電話を切るとさなえに策士ですねという感じで返した。

「物凄く恐縮された。わがままな娘が泊めてもらって大丈夫か? 申し訳ないって」

「親御さんが良いって言うなら泊まっていきなさい。お風呂の準備もしなきゃだわ」

 お母さんはそう言ってお風呂の準備をしに行った。
 お父さんは最近この布団をよく使うなぁと言いながら部屋に運んでくれた。


 お風呂に入り、歯を磨いて部屋に入ると、取り敢えず座布団に座るように、床を叩いた。

「さあ、聞かせてもらいましょうか?」

「なにを?」

「おとぼけになっても無駄です。話をしにしただけでなく、完全に泊まる気でいましたよね」

「ばれてた?」

「ばれるも何も、この状況と荷物見たらわかるでしょう。昼間からパジャマを持って歩いてるアイドルがどこにいるというのですか?」

 そう自分でいいながら思い出した。

「はっ! あの時のはるのあのセリフ。あれははるに言わせたでしょう。泊まりたいとか」

「だって今日は泊まりたいんだって言ったら協力してくれるっていうから」

「どうしてきちんと言わないんですか?」

「きちんと言ったら断るから」

「それはそうでしょう。この部屋に泊まって何があるというのですか?」

「紗良がいる」

「私の部屋だから私はいますよ。他にも何かあるんでしょう? この際だから言ってください」

「絵里奈さんが紗良の家に泊まったのが羨ましかったから」

「ちょっと、ちょっと。何で泊まったって知ってるの?」

「それとなく誘導尋問で本人から聞き出した」

 一応口止めはしたが絵里奈は隠し事が苦手で驚くほど純粋でいい人だ、さなえと話をしてたら本人も話したことを気がついていない可能性もある。
 私は目に手を当てて嘆くように上を向いた。

「そうですか。絵里奈が泊ったことを誰にも言ってないでしょうね? それで羨ましいとはどういうことですか?」

「だって仲がいいと思ってる紗良が、絵里奈さんとはお泊りしたのに、私はしてないって思って。紗良のことが大好きだから」

「大好きって、あなたまさか」

「ちがうちがう。そういう恋愛のじゃなくて。ファン的な?」

 私はホッと胸をなでおろした。

「そうですか。ここまで来ているのだから仕方がないですね」

 布団を敷きながらさぁちゃんはこっちと言ってシーツを均してあげていると、さなえが上目遣いでこっちを見る。

「一緒に寝ちゃダメ?」

「何を言っているんですか。いよいよ怪しいですよ」

「こんなに離れて寝たら、すごい距離を感じる」

「普通離れて寝るでしょう。大人だし狭いですし」

「お願い、お願い、お願い」

 手を合わせて頼み込まれて、私はしぶしぶ私のベッドなのにと言いながら、さぁちゃんは落ちるかもしれないから奥へ行ってくださいと言って、一緒のベッドに入った。
 電気を消して二人で上を向きながら目を閉じるとさなえが訊いてきた。

「紗良はエゴサとかしないの?」

「エゴサですか? 目的ではありませんがしますよ。私なんか地蔵とか能面とか言われてたりしますから」

「でも、マリア像とかも言われてるでしょ」

「それは表情が動かないから置物に例えられているだけです。別に菩薩像でもなんでもいいのだと思います」

 さなえの方を向いて髪をなでてあげた。

「私たちの評価は人それぞれですし。先ほども言いましたが、いまここにいられるのは、誰かにここにいていいと思われているからです。勿論自分で退くことはできますが、自分の意志だけでここにいられるわけではありません。だから、いまここにいることに疑問を持つ必要はありません。必要がないのであれば、そもそもいられなくなります」

「そうかな?」

「そうです。だから、さぁちゃんはやめるやめないを考えるのではなく、ダンスでもなんでも自分を磨くことにこそ労力を注ぐべきです。そういうことを考えるのはもっと先です」

「そうだね。そうする」

 さなえはそう言ってからしばらくすると寝息を立て始めた。

「ようやく寝ましたね。それでは失礼します」

 小さい声でそう言って、いつものようにベッドからそっと降りると、布団を掛けなおしてあげてから、さっき敷いた布団で寝た。
 朝になるといつかのデジャブのように私がいないとさなえが騒いでいたので一応聞いてみる。

「一緒に寝てって言ったじゃない」

「ベッドから落ちたんですよ」

「ベッドから落ちて枕までついてくるか!」

 きれいに布団を掛けて枕までおいて寝ていた私をみてさなえが叫んでいた。

「まあ、いいじゃないですか。かなり元気そうですが、良く寝られましたか?」

「良く寝たけど」

 あれだけ泣いてご飯をお腹いっぱい食べたら昨夜は良く寝られたのだろう。
 さなえは寝起きでもかわいく、すっきりした顔をしていた。
 リビングに降りていくとお母さんが「ご飯ができているけど食べられる?」と訊いたので、さなえは元気よくいただきますと言っていた。

「本当にお母さんの料理はおいしいですよね」

「あなたたちはみんな褒めてくれるから嬉しいわ。またいらっしゃいね」

「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「賑やかくて可愛らしいからいつでも歓迎するわ」

 と、お母さんは言って片付けをしにキッチンへと歩いていった。

 私は荷物を持ってきて、さなえが帰るので駅に送っていくと言って家を出たところでさなえがごにょごにょ言っている。

「紗良、今度はうちにも来てよ」

「ありがとう。また今度寄らせてもらいます」

「本当に来てよね!」

 そう言いながらさっぱりとした顔で地下鉄の階段を降りて行った。
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