昨日、私を殺したのは私です

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第2話:「あなたは一週間前に死んだんです」

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「あなたは一週間前に死んだんです」
ヒナタの言葉が、部屋の空気を凍らせた。
「何を言ってるの?」
私の声は震えていた。死んだ?私が?冗談にしては酷すぎる。
ヒナタが去った後、しばらく部屋の中をうろうろした。ドアは確かに施錠されている。窓も開かない。まるで高級な牢獄だ。
「冷静に、冷静に…」
自分に言い聞かせる。もし本当に死んでいるなら、なぜ今こうして動いているのか。
両手を広げ、指を一本ずつ動かしてみる。感覚がある。爪を手のひらに立てると、わずかに痛みを感じる。死人に痛みはないはず。
足を床につけて立ち上がる。重力を感じる。数歩歩く。すべてが普通に機能している。
心臓に手を当てると、確かに鼓動を感じる。リズミカルに、生命の証を刻んでいる。
「生きている。私は確かに生きている」
そう自分に言い聞かせていると、再びドアが開く音がした。
ヒナタが戻ってきた。手には小さなトレイを持っている。
「少し落ち着きましたか?」彼は穏やかに尋ねた。
「あなたの言ったことは嘘よ」私はきっぱりと言った。「見て、私は生きている。呼吸もしているし、心臓も動いている」
ヒナタはトレイを置き、軽くため息をついた。
「それは否定しません」彼は言った。「今のあなたは確かに生きています。でも、それは…」
「それは何?」
「元のあなたではないんです」
意味がわからない。私は混乱して頭を振った。
「鏡はありますか?」私は急に尋ねた。「自分の顔が見たい」
ヒナタは無言で部屋の隅にある衣装ケースを指さした。その扉には全身鏡がついていた。
急いで鏡の前に立つ。映るのは間違いなく私自身。長めの黒髪、少し血の気のない顔。細身の体つき。見慣れた自分の姿だ。
「これが私よ」私は鏡に映る自分自身に触れるように手を伸ばした。「あなたの言ってることは意味不明です」
ヒナタは静かに椅子に座った。その表情は困ったように見えた。
「説明するのは難しいですね」彼は言った。「簡単に言えば、死んだあなたは別の『あなた』として再構成されたのです」
「再構成?何を言ってるの?」
「科学的に言えば、量子レベルでの複製と転送です」彼は眼鏡を直しながら言った。「より簡単に言えば、別の世界線から連れてきたとでも」
「SF小説の話をしているんじゃないわ」私は苛立ちを隠せなかった。「現実の話をしてください」
「これが現実です」ヒナタは淡々と答えた。「城ヶ崎優さん、あなたは確かに一週間前に亡くなりました。警察の記録にも、死亡診断書にも、そう記されています」
彼の口から出た私のフルネームに、一瞬、記憶の断片が脳裏をよぎった。城ヶ崎優。確かに私の名前だ。しかし、それ以上の記憶は浮かんでこない。
「じゃあ、どうして私がここにいるの?」
「それが私の仕事だったからです」ヒナタは言った。「あなたを救うことが」
「救う?死んだ人を?」
「はい」
現実感のない会話。頭がくらくらする。椅子に座り込んだ。
「何のために?」
「それはまだ話せません」ヒナタは言った。「あなたの精神状態を考えると、情報は少しずつ与えるべきだと判断しています」
「精神状態?」私は怒りを覚えた。「あなたが『あなたは死んだんです』なんて言うから混乱してるんでしょ!」
ヒナタは黙って私を見つめていた。その目には同情のようなものが浮かんでいる。それがさらに腹立たしい。
「何か証拠はあるの?私が死んだという」
「あります」彼はゆっくりと頷いた。「死亡記事、警察の報告書、そして…」
彼は言葉を切った。
「そして?」
「あなたの遺書です」
遺書。その言葉に、胸の奥が冷たくなった。
「遺書?私が書いたの?」
「はい」ヒナタは静かに言った。「自らの命を絶つ前に書かれたものです」
自殺。その言葉は口に出されなかったが、明らかにそれを意味していた。
「嘘よ」私は震える声で言った。「私は自殺なんてしない。理由がないもの」
「本当にそう思いますか?」ヒナタの声は不思議なほど優しかった。「何も思い出せませんか?」
必死に記憶を探る。しかし、頭の中は靄に包まれたまま。日常の断片、顔のない人々との会話、意味のない場面の切れ端。それらは私の人生なのだろうか。しかし、自殺を思わせるような絶望や悲しみの記憶はない。
「思い出せない」私は正直に言った。「でも、違和感はある。これが本当に私の姿なのか…」
「時間をかけて思い出すでしょう」ヒナタは言った。「あるいは、思い出さない方が幸せかもしれません」
その言葉に、背筋に冷たいものが走った。
「この家から出してください」私は言った。「外に出て、自分の目で確かめたい」
「それは危険です」ヒナタはきっぱりと言った。「あなたは正式には死亡しています。外の世界に存在してはいけない人物なのです」
「だったら、せめて誰かに連絡させて」私は懇願した。「家族や友人に…」
「それも同じ理由でできません」彼は首を振った。「彼らはすでにあなたの死を受け入れ、悲しみ、そして少しずつ前に進み始めています。あなたが生きていると知れば…」
言葉を続ける必要はなかった。確かに、死んだはずの人間が突然現れたら、周囲は混乱するだろう。
しかし、それでも納得はいかない。
「証拠を見せてください」私は言った。「私が本当に死んだという証拠を」
ヒナタは立ち上がり、ドアに向かった。
「待って!」私は彼の腕を掴んだ。「どこに行くの?」
「証拠を持ってきます」彼は私の手を優しく解きながら言った。「少しだけ待っていてください」
そして彼は部屋を出て行った。再び鍵をかける音がした。
一人になった部屋で、私は落ち着かない気持ちを抑えられなかった。窓の外を見る。普通の住宅街。車が数台停まっている。人が歩いている。あの世界に私は存在していないのだろうか。
もし本当に死んでいるなら、今の私は何なのか。幽霊?クローン?別の世界の私?そんなSF的な話を信じろというのか。
ドアが再び開く音がした。戻ったヒナタの手には、茶色の封筒が握られていた。
「これが証拠です」彼は封筒を差し出した。
「何が入っているの?」
「あなたの死亡記事、そして…」彼は一瞬躊躇った。「あなたの遺書のコピーです」
遺書。私自身が書いたという最後の言葉。
私は震える手で封筒を受け取った。
「開けますか?」ヒナタは静かに尋ねた。「今、遺書を見ますか?」
私の指は封筒の端に触れたまま、動かなくなった。
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