捧げモノの花嫁は一途な理星に想われる

あおまる三行

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3.冷えた珈琲

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 塔を出たあと、セオはそのまま王城へ戻った。
 昇降籠の中で、簡易記録を正式な報告用の形式に整える。足取りは自然と早くなる。
 神霊術を用いて周囲に透明な書類を展開する。
 きらきらと青く輝く無数の文字に包まれて帰還したセオを、周囲はいつものことだと素通りした。

 花嫁の塔を降りて、王城は更にその下にある。
 セオは飛びながら城へと降りていった。風を操るのは神霊術士として初歩的な術だったが、セオの起こす術は必要最小限で、余計な風圧を起こすことはない。上着だけが風を孕んで大きく広がる。 
 この国の王城は山城で、少しでも神域の気配に近づくことができるように緑豊かな場所だ。
 細く帯のように流れる滝の間を縫うように飛ぶ。

 ふと見上げた花嫁の塔は、まるで避雷針のように王城から細く長く、ぴんと天に向かって伸びている。
 たった一人のいるその天辺は、雲に覆われて見えなかった。

(……花嫁は、ずっとあそこで暮らしているんだな)

 わかりきっていたことだが、実際にあの檻のような空間で暮らし続けているリシェルを見たことで、心持ちには変化が生まれていた。
 研究対象にあまり感情移入するものではないと思いつつ、純粋に気の毒だと感じる人間的な心を否定するのも、倫理にもとる考え方だろう。
 強いて、中立的な立場でいなければと溜め息をついて、研究局のバルコニーに直接降り立った。


「おや、戻ったか。塔の調査はどうだった? ――セディリオ」
「……ヴィンス」

 声の主は、王城でも数少ない、高位神霊術士の一人だ。
 黒髪を後ろで束ねている。面倒がって自前の上着で済ませているセオとは違い、ヴィンスは高位神霊術士の正式なローブを身に纏っている。
 ヴィンソン・レルクス、というのが本名だったが、セオはあまりそうは呼ばない。

「予定通りだ。揺籠の陣は安定している。花嫁本人も、数値上は問題ない」
「数値上、ね」

 ヴィンスはにやりと笑う。ひそひそと秘密めいた口調と共に肩に手を回された。

「で? どうだった、セオ。美人だったか?」
「またその話か」

 セオは即座に眉を顰めた。回された腕を軽く払う。
 ぱっとリシェルの顔が脳裏に浮かぶ。
 美人であるかどうかというより……「着替えても良いでしょうか」と非常に恥じ入った様子で頬を染めていた姿を思い出していた。
 記憶を消そうと思わず咳払いしたセオに、ヴィンスは珍しいものを見る目になった。
 へえ、とわざとらしく言ったヴィンスを睨む。

「……お前の恋人に言いつけるぞ。それに、花嫁はそんな話題にして良い対象じゃない」
「分かってる分かってる。だからこそだろ。花嫁様は誰の目にもつかないまま揺籠に入られたし……それに、その端正なお顔立ちで浮いた噂のひとつもないセディリオ・アルヴェイン卿が、わざわざ女性を見に行くって言ったもんだからさ」
「……茶化すな。俺にとっては大切な研究材料だ」

 そう言うほか無い。
 その言い方もどうなんだ、とヴィンスは肩をすくめていた。

「花嫁様は聖なる存在だ。せめて、どんな方なのかってことくらい、想像の余地があってもいいじゃないか」

 セオは一瞬、考えた。

(まあ……世間的に見て、彼女は「可愛い」の範疇に入るのだろうな)
(儚げな雰囲気に似合わず、逞しく過ごしているところには感心したし……ヴィンスに話したら、興味を持ちそうではある)

 じと、と目の前の男を見返す。なんとなく気に入らなくて、セオはぷいと他所を向いた。

 その様子にヴィンスは苦笑しつつも、少しだけ表情を改めた。
 セオとヴィンスは二人とも高位神霊術士だ。先日セオが神域研究局の局長に就任すると同時に、ヴィンスは術士団長に着任している。

「……まあ、分かってる。俺だって、花嫁制度が歪んだものだってことくらい理解してるさ。お前の研究の意味も」

 歪み。
 その言葉に、セオは頷いた。

「先代の花嫁様の「婚礼」から何年経った?」
「六十四年と五十二日。今代の花嫁様が揺籠の中に収められて四年と五日経った。おい、ヴィンス。花嫁の恩恵を受けている立場で忘れるな」
「悪いって。だが、多分そこまで覚えているのはお前くらいだよ、セオ」

 神域の花嫁とは、接続点だ。愛される花嫁ではない。
 ただ、繋ぎ続けるための――人柱。
 花嫁が役目を果たしている間、大地は神域と繋がり、その恩恵を受けられる。

 ふと、ヴィンスが真顔で言った。

「……まあ、どんな接し方でもいいんだが。あまり情を抱くなよ。花嫁様はいずれ、神域に嫁ぐんだ」
「分かっている」

 言葉を断ち切るようにセオは答えた。
 分かっている。理屈では。

「だが、こんな脆い制度に頼っているようでは未来がない。この国のためにも、俺は花嫁制度をもっと持続的なものに変えたいし、俺が成せずとも、研究者として改革のひとつの礎でありたい。であれば、花嫁本人の調査記録は、必要にして不可欠だ」
「……そうだな」

 ヴィンスは、少しだけ安心したように頷いた。

「まあ、お前なら大丈夫か」
「心配はありがたく受け取っておく」

 気の毒だという感覚を持たなかったわけではない。
 リシェルの表情が心に残っていないわけではない。
 しかし、安い同情は、花嫁としての役割を受け入れているリシェルに対して却って失礼だ。
 そう位置づけていたから、わざわざそれを口にすることはなかった。

「三日後、また塔へ行ってこようと思う」
「……花嫁様によろしく伝えてくれ。かっこいい術士団長が花嫁様に興味をお持ちだと」
「無駄話をする暇はない。帰る」

 にべもなくそう告げると、セオは踵を返した。





 研究局の奥、セディリオ・アルヴェインの名札が掛かった個人研究室に入ると、空気が一段冷たくなった。
 積まれた報告書と記録結晶が、花嫁制度の歴史を無言で物語っている。

 机の上に珈琲を置いたままにしていたことに気づく。薄く残ってすっかり冷たくなっている。
 カップを傍にどけると、その拍子に机の端に積んでいた本と書類がどさどさと音を立てて落ちた。

「……」

 無言で舌打ちし、上着を椅子の背に放る。
 そう言えば朝から忙しくて、昼食も摂らずに急いで花嫁の塔に向かってしまった。
 落とした書類はひとまず机の傍に寄せておいて、開けていた携帯食料を取り出すと、立ったまま口に入れた。

 食べながら、机にもたれかかり、記録結晶を机上の装置に置く。
 先程セオが送っておいた文字が結晶に溜められている。装置が起動して壁に文字が照らし出された。
 神域反応、揺籠の陣の安定指数。その供給の具合。
 どれも理想的な数値だった。

 無数の無機質な数値と記録の向こうに、あの温室が思い出される。
 植物に囲まれ、ぼんやりと空を見上げていた少女。
 食べられる植物も育てていた。寧ろこんな埃っぽい場所で、栄養価が保証されているという理由で携帯食料ばかり摂取している自分より、余程新鮮なものを食べていそうだ。

 そう想像して笑いかけ――セオは、一度大きく息をついた。

「……らしくもない」

 花嫁本人と、私的に話しすぎたのだろう。
 彼女の部屋――花嫁の揺籠で見た光景が、脳裏をよぎる。
 星を見るためのクッション。陽だまりを選んだハンモック。彼女の好みで揃えられた花。
 役割を淡々と受け入れ、生活を楽しもうとしていた。

(……意外だったな。もっと、悲嘆に暮れているか……あるいは、無感動に人形のように生きているのかと)

 ――あれは、普通の人間が生きようとする痕跡だ。
 ――日々の哀しみを静かに押し隠す、儚い努力。

 花嫁は、国の中枢にいるごく一部の人間を除き、「人間ではない存在」と伝えられている。
 神域からある日突然降りてきて、婚礼までの短い仮初の時間をこの大地で過ごす存在だと。

 真実は――神域との親和性の高い人間を、選び出して捕らえているだけだ。
 「尊い存在」として恭しく扱い、自分たちとは違うものとして遠ざける。それは、免罪符でもあった。

(……そして結局、俺自身が、その考えに縛られていたというわけだ)

 花嫁は花嫁だと、当たり前のように教え込まれてきた。
 リシェルという一人の少女であるということを、結局、目の前で対話するまで理解できていなかった。

 そして……

(次に会う時はもう少し、ましな会話ができれば良いのだが)

 同年代の女性と会話を続けられたことなど、ほとんどない。大概は向こうがはしゃいだ様子で寄ってきて、急に冷めた様子で離れていく。
 だが、彼女に対してはそういう接し方ではよくないのだろう。
 どうすべきだろうか、と頭の中で何度も仮定と推測が繰り返された。
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