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光と影が交差する芽吹きの章
幕間 幸福な一悶着
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朝の支度に追われる辺境伯邸には、すでに台所から食事の準備をする香りが漂っていた。
しかし今日は、ひそひそ声のほうが存在感を放っている。
「……で、結局お二人は昨夜そのまま、同じ部屋で?」
イリアが声を落として言う。
「ほぼ確実に」
カイネは淡々と答える。
その顔が平常運転すぎて、逆にイリアは落ち着かない。
訓練用の木剣を磨いていたトトリがのんびりと笑った。
「やるねぇ、旦那様も~……」
「まあ、そうだな。ついに、というべきかね……遅すぎたくらいだ。心配させられたよ」
カイネが眉を寄せる。
「旦那様は不器用すぎる。夫婦になってからも距離感を測りかねてたし」
「ルーチェ様も奥ゆかしい方ですし」
イリアが胸の前で手を組んでしみじみと頷く。
「イリア。奥様だよ奥様。もう正式に結婚されたんだから」
「ああ、そうね。いけないわ私ったら……」
その横で、ジークが壁にもたれて腕を組んだまま視線を逸らした。
「で、俺に「様子を見に行け」って言ったのは誰だ」
「……」
「……」
「……」
「イリア」
「カイネ!あなたでしょう!」
「いや、俺は「朝になっても部屋から出てこなかったら」って言っただけ」
ジークはげんなりとした息を吐く。
「どっちにしろ、そんなの無理だ。俺が行ってどうする。扉の向こうで何が起きてるかなんて想像するだけで不敬だし、旦那様の部屋は諜報活動の現場じゃないんだ。天井裏から覗くわけにもいかない」
「……確かにね~」
トトリが頷く。
カイネは小さく咳払いをした。
「重要なのは、朝の挨拶だ。流石に今日は、タイミングを誤るとお二人に気まずい思いをさせちまうだろ。責任者はお前だぞ、イリア」
「そうなのよ……」
イリアは真剣そのものの表情で、茶器を磨きながら悩み込む。
「何時頃が失礼でないのか……早すぎても……遅すぎても……」
「だったらもうジークに行かせるか」
「カイネ!」
「役回り上、お前が一番、旦那様の部屋を突然訪問しても許されるわけで」
「嫌だ」
ジークが勢いよく背を離した。
「断る。絶対に断る。俺は知らん。……もうあんな思いは御免だ」
「……あんな?」
「なんでもない。とにかく俺は行かない。団長、頼む」
「え~、ジークの頼みは嬉しいけど、普通に嫌かなぁ。俺だってお邪魔虫にはなりたくないし~、騎士団長が突然部屋に押しかけたら、すわ魔獣の襲撃か~って、旦那様飛び起きちゃうよ?」
トトリは岩のように動かない。
台所の空気が、なぜか戦場前のような緊張感に包まれていく。
イリアだけが、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、震える声で呟いた。
「……でも……お二人がお幸せなら……よかった……」
その言葉だけは、台所にいた全員が無言で頷いた。
湯気の向こうに、昨夜の二人を想像しながら。
いつ朝の挨拶に伺うかで、使用人同士の協議が続き――
最終的には「無難な時間より少し遅め」が選ばれ、慎重に気配を読んだジークの合図でイリアが突入した。
まあしかし多少のことが起ころうと大丈夫か、とは誰もが思っていた。
――今朝の旦那様は、きっととんでもなく機嫌が良いから。
しかし今日は、ひそひそ声のほうが存在感を放っている。
「……で、結局お二人は昨夜そのまま、同じ部屋で?」
イリアが声を落として言う。
「ほぼ確実に」
カイネは淡々と答える。
その顔が平常運転すぎて、逆にイリアは落ち着かない。
訓練用の木剣を磨いていたトトリがのんびりと笑った。
「やるねぇ、旦那様も~……」
「まあ、そうだな。ついに、というべきかね……遅すぎたくらいだ。心配させられたよ」
カイネが眉を寄せる。
「旦那様は不器用すぎる。夫婦になってからも距離感を測りかねてたし」
「ルーチェ様も奥ゆかしい方ですし」
イリアが胸の前で手を組んでしみじみと頷く。
「イリア。奥様だよ奥様。もう正式に結婚されたんだから」
「ああ、そうね。いけないわ私ったら……」
その横で、ジークが壁にもたれて腕を組んだまま視線を逸らした。
「で、俺に「様子を見に行け」って言ったのは誰だ」
「……」
「……」
「……」
「イリア」
「カイネ!あなたでしょう!」
「いや、俺は「朝になっても部屋から出てこなかったら」って言っただけ」
ジークはげんなりとした息を吐く。
「どっちにしろ、そんなの無理だ。俺が行ってどうする。扉の向こうで何が起きてるかなんて想像するだけで不敬だし、旦那様の部屋は諜報活動の現場じゃないんだ。天井裏から覗くわけにもいかない」
「……確かにね~」
トトリが頷く。
カイネは小さく咳払いをした。
「重要なのは、朝の挨拶だ。流石に今日は、タイミングを誤るとお二人に気まずい思いをさせちまうだろ。責任者はお前だぞ、イリア」
「そうなのよ……」
イリアは真剣そのものの表情で、茶器を磨きながら悩み込む。
「何時頃が失礼でないのか……早すぎても……遅すぎても……」
「だったらもうジークに行かせるか」
「カイネ!」
「役回り上、お前が一番、旦那様の部屋を突然訪問しても許されるわけで」
「嫌だ」
ジークが勢いよく背を離した。
「断る。絶対に断る。俺は知らん。……もうあんな思いは御免だ」
「……あんな?」
「なんでもない。とにかく俺は行かない。団長、頼む」
「え~、ジークの頼みは嬉しいけど、普通に嫌かなぁ。俺だってお邪魔虫にはなりたくないし~、騎士団長が突然部屋に押しかけたら、すわ魔獣の襲撃か~って、旦那様飛び起きちゃうよ?」
トトリは岩のように動かない。
台所の空気が、なぜか戦場前のような緊張感に包まれていく。
イリアだけが、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、震える声で呟いた。
「……でも……お二人がお幸せなら……よかった……」
その言葉だけは、台所にいた全員が無言で頷いた。
湯気の向こうに、昨夜の二人を想像しながら。
いつ朝の挨拶に伺うかで、使用人同士の協議が続き――
最終的には「無難な時間より少し遅め」が選ばれ、慎重に気配を読んだジークの合図でイリアが突入した。
まあしかし多少のことが起ころうと大丈夫か、とは誰もが思っていた。
――今朝の旦那様は、きっととんでもなく機嫌が良いから。
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