【読切短編】処刑前夜、地下牢に現れた王女は言った。「お前でなければ駄目なんだ」滅びの未来を覆す、騎士との契約

Lihito

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第3話:共犯者の契約

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 子爵の自首から一週間が経った。

 宮廷では、様々な噂が飛び交っているらしい。

 「穏健派の子爵がなぜ」「宰相への裏切りか」「王女派の陰謀ではないか」

 誰も真実には辿り着けない。表に出ているのは、子爵の告白だけだ。その裏で何が起きたのか、知る者はいない。

 俺以外には。


 ◇◇◇


 一週間後の深夜、俺は再び東塔を訪れた。

 次の指示を受けるためだ。

 窓から入ると、王女は例によって執務机に向かっていた。書類の山を前に、羽ペンを走らせている。

 その姿を見て、俺は少し驚いた。

 目の下に隈がある。頬もこけている。この一週間、ろくに眠っていないのだろう。

「……殿下」

「来たか。座れ」

 王女は顔を上げず、書類に目を落としたまま言った。

 俺は椅子に腰を下ろし、王女が書き終えるのを待った。

 数分後、王女がようやく羽ペンを置いた。

「待たせた」

「いえ」

「今日は、次の標的の話——だけではない。全体の戦略について、説明しておきたい」

 王女が新しい紙を広げた。

 そこには、いくつもの名前が書かれていた。線で結ばれ、関係性が示されている。組織図のようなものだ。

「宰相グレイヴスを頂点とする派閥だ」

 王女の指が、図の上を滑る。

「直接の側近が五人。その下に、子爵のような資金担当が三人。さらに、軍の中に二人、諜報に一人。全部で十一人」

「……十一人」

「子爵を落としたことで、資金の流れに穴が開いた。だが、まだ二人残っている。次は——」

 王女の指が、一つの名前で止まった。

「バルトス伯爵。宰相の古い同志で、軍に影響力を持つ男だ」

「軍、ですか」

「ああ。もし宰相との対立が表面化した時、軍が宰相側についたら終わりだ。だから、先にバルトスを抑える」

 俺は頷いた。

「方法は?」

「……それが、問題なんだ」

 王女の声が、少し沈んだ。

「バルトスは子爵とは違う。臆病ではない。脅しには屈しない。自首もしない」

「では、どうするのですか」

 王女は長い沈黙の後、口を開いた。

「消すしかない」

 その声は、小さかった。

「事故に見せかける。あるいは、病死。とにかく、暗殺だと悟られないように——」

 言葉が途切れた。

 俺は王女の顔を見た。

 震えていた。

 声だけではない。手も、唇も。全身が、かすかに震えている。

「殿下」

「……何だ」

「殺したことが、あるのですか。人を」

 王女は答えなかった。

 だが、その沈黙が答えだった。

 ない。この女は、まだ誰も殺していない。

 命令を下すことはできる。だが、それがどれだけ重いことか、分かっている。分かっていて、震えている。

「殿下。一つ、訊いてもいいですか」

「……何だ」

「なぜ、そこまでするのですか」

 王女の目が、俺を見た。

「この国を守る、と殿下は言った。だが、そのためになぜ、ここまでのことをする必要があるのですか。殿下は正当な王女だ。時間をかければ、もっと穏やかな方法で——」

「時間がないんだ」

 王女が、遮った。

「時間がない。このままでは、この国は——」

 言葉が途切れた。

 王女は俯いた。

「……三年。いや、二年かもしれない」

「何がですか」

「隣国が動く。このまま宰相が権力を握り続ければ、隣国はそれを利用する。内側から切り崩し、最終的には——」

「属国化、ですか」

「いいえ」

 王女が顔を上げた。

 その目には、恐怖があった。本物の、深い恐怖。

「滅ぶ」

 一言だった。

「この国は、滅ぶ。王家は処刑され、貴族は粛清され、民は——」

 王女の声が、掠れた。

「……民は、家畜のように扱われる。隣国にとって、この国は『資源』でしかない。鉱山と農地と、働かせる人間がいればいい。それだけだ」

 俺は、言葉を失っていた。

 これは——予測ではない。

 確信だ。この女は、「そうなる」と確信している。

 なぜ、そこまで断言できる。

 だが、訊けなかった。訊いても、答えてくれないと分かっていた。

「だから、時間がない」

 王女は立ち上がった。

 窓際に歩み寄り、夜の王都を見下ろす。

「宰相を倒し、隣国の影響を排除し、この国を立て直す。それを、二年以内にやらなければならない。穏やかな方法を取っている余裕はない」

「……」

「汚い手を使う。人を殺す。歴史に暴君と書かれるかもしれない。それでも——」

 王女の声が、震えた。

「——この国を、滅ぼすわけにはいかないんだ」

 その背中が、小さく見えた。

 たった一人で、全てを背負おうとしている。

 国の未来。民の命。そして、自分の手を汚すという罪。

 誰にも頼れない。誰にも話せない。たった一人で、この重荷を担いでいる。

 ——違う。

 一人じゃない。

 俺がいる。

「殿下」

「……何だ」

「バルトス伯爵の件、俺に任せてください」

 王女が振り返った。

「お前に?」

「ええ。殿下が手を汚す必要はない。命令を下す必要もない。俺が、勝手にやります」

「……何を言っている」

「殿下は『消すしかない』と言った。俺は、それを聞いた。あとは、俺が判断して動きます。殿下は何も命じていない」

 王女の目が、見開かれた。

「それは……」

「屁理屈です。ですが、殿下が背負う必要はない。そのために、俺がいる」

 長い沈黙があった。

 王女は俺を見つめていた。その目には——信じられないものを見るような、そんな光があった。

「……お前は」

「何でしょう」

「なぜ、そこまでする。お前には、そこまでする理由がないだろう。私はお前を冤罪に落とし、利用しているだけだ」

「理由ですか」

 俺は少し考えた。

 なぜ、ここまでする気になっているのか。

 最初は、生き延びるためだった。取引を受け入れ、影として働く。それだけのはずだった。

 だが、今は違う。

 この一週間、王女と言葉を交わすうちに——何かが変わった。

「……分かりません」

「分からない?」

「ええ。理屈では説明できない。ただ——」

 俺は窓際に歩み寄り、王女の隣に立った。

「殿下を見ていると、支えたくなるんです」

 王女の目が、揺れた。

「この国のために、一人で戦っている。怖がりながら、震えながら、それでも逃げない。そういう人を見ていると——俺も、何かしたくなる」

「……」

「理由になっていないのは分かっています。ですが、それが正直なところです」

 長い沈黙があった。

 王女は俺を見つめていた。その目には、何か——複雑な感情が渦巻いていた。

「……馬鹿だな、お前は」

「よく言われます」

「死ぬぞ。いつか、必ず」

「かもしれません」

「後悔しても、知らないぞ」

「しません」

 王女は、ふ、と息を吐いた。

 笑ったのか。溜息なのか。分からない。

「……いいだろう」

 王女が、俺の方を向いた。

「お前を、信じる。私の——」

 言葉が途切れた。

 何かを言いかけて、飲み込んだ。

「……私の、影として。これからも、頼む」

「はい」

 俺は頷いた。

「この命がある限り、殿下をお守りします」

 その言葉は、自然に出てきた。

 誓いでも、約束でもない。ただの——事実だった。


 ◇◇◇


 俺は窓から外に出た。

 夜風が、頬を撫でる。

 振り返ると、王女がまだ窓際に立っていた。小さな姿が、月明かりに照らされている。

 この方になら。

 そう思った。

 この方になら、命を預けてもいいかもしれない。

 まだ、心の底から信じているわけではない。理由も、よく分からない。

 だが——そう思える相手に、俺は初めて出会った。

 それだけは、確かだった。

 俺は夜の王都へ飛び降りた。


 ◇◇◇


 ——ヴェルドが去った後。

 私は窓際に立ち尽くしていた。

 月明かりが、部屋を照らしている。

 彼の姿は、もう見えない。闇に溶け込むように消えてしまった。

「……見つけた」

 誰にも聞こえない声で、私は呟いた。

 転生した時のことを、思い出す。

 真っ白な空間で、神様と名乗る存在が言った。

『お前は死んだ。だが、別の世界で生き直す機会を与えよう』

 前の世界の記憶はある。平凡な人生だった。何も成し遂げられなかった。

『転生先は、滅びゆく国の王女だ。お前は、その国を救う使命を負う』

 滅びゆく国。

 この国のことだ。

 何もしなければ、三年後に隣国に滅ぼされる。王家は処刑され、貴族は粛清され、民は奴隷のように扱われる。

 その未来を、私は「知っている」。

 神様が、教えてくれたから。

『厳しい道になるだろう。だから、一つだけ力を授ける』

 神様は、そう言った。

『有能な部下を、一人与えよう。お前を支える者だ。名はまだない。この世界のどこかにいる。見つけ出せ』

 それが——ヴェルドだった。

 転生してから、ずっと探していた。私の「特典」がどこにいるのか。

 宮廷を探した。騎士団を探した。商人を探した。どこにもいなかった。

 諦めかけていた時——彼が捕まったと聞いた。

 王女暗殺未遂の犯人として。

 冤罪だと、すぐに分かった。彼の過去を調べれば、彼がそんなことをする人間ではないと分かる。

 だから、動いた。

 仮死毒を手に入れ、地下牢に降りた。

 賭けだった。彼が「特典」である確証はなかった。だが——彼を見た瞬間、分かった。

 この人だ、と。

 理由は分からない。だが、確信があった。

「……ようやく、見つけた」

 私は窓を閉めた。

 彼は、私のために命を懸けると言った。

 その言葉が、胸に残っている。

 前の世界では、誰にもそんなことを言われたことがなかった。平凡で、何者でもなくて、誰にも必要とされなかった私。

 だが、今は違う。

 彼が、いる。

 私の騎士が。

「逃がさないわよ」

 誰にも聞こえない声で、私は呟いた。

 この国を救うまで。

 いや——救った後も。

 あなたは、私の騎士なんだから。


【完】



ーーーーーーーーーー

最後までお読みいただきありがとうございます。
本作は読切ですが、評価や感想などの反応次第で、長編化も考えています。

この物語では、騎士が王女に「惹かれ始める」ところまでを描きました。
「この方になら、命を預けてもいい」——その先にある、完全な心酔と献身の物語。

現在連載中の『隻腕の代理王』では、若き王の覚悟に魂を掴まれた側近たちを描いています。

弱小国の王子が、片腕を切り落としてでも国と部下を守ろうとする。
その凄絶な覚悟を見た側近たちが、命を懸けて王に仕え、共に逆境を覆していく。

「惹かれ始める」のその先にある、極上の主従関係を。
ぜひ読んでみてください。

『隻腕の代理王 ~側近たちが見た、詰み盤面からの逆転劇~』【1/28 完結予定】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/693714662/293023475
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