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9話:鬼の経理担当
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アルカスへの帰還後、俺を待っていたのは「デスマーチ」だった。
ベルンから移住した500人の民。ゼクスから借り受けた古参兵と職人たち。
静かだった寒村は、一気に「開拓都市」へと変貌を遂げた。
村の外れには黒煙を吐く実験場。朝から晩まで鍛冶の音が響き渡る。
俺も王子の服を脱ぎ捨て、作業着で現場を駆け回る日々だ。
顔は煤だらけ、手は泥まみれ。
正直、王宮での茶会より百倍マシだ。
だが、急激な組織拡大には「歪み」がつきもので——
「だから火力が強すぎるって言っただろうが!」
「うるせえ! 弱腰になってんじゃねえよ、このベルンの腰抜け!」
開発エリアから怒号が響いてきた。
駆けつけると、ゼクス派遣の古参鍛冶師ハンズと、ベルン出身の若手職人トトが胸ぐらを掴み合っている。
その横で、責任者のゲイルが頭を抱えていた。
「殿下! 大問題だ!」
ゲイルが指差す先——実験炉の壁面が、飴細工のようにドロドロに溶け始めている。
「コークスの火力が凄すぎて、この辺の土で作ったレンガじゃ耐えられねえ! あと数分で炉の底が抜ける!」
「だから火を弱めろと——」
「今弱めたら不純物が——」
(……やれやれ)
俺は深呼吸した。
「喧嘩はやめろ! 石灰とレンガ屑を持ってこい、ありったけだ!」
「は? 炉の中にゴミを?」
「つべこべ言うな! 中のスラグの粘度を上げて固める! 外壁には水と泥をぶっかけて冷却しろ!」
男たちが走り回り、石灰とレンガの瓦礫が投入される。
ジュッ、ゴボッ……!
同時に外壁への放水。
ジュワアアアア!!
凄まじい水蒸気が立ち込め、視界が真っ白になった。
やがて煙が晴れると——炉は、ボロボロの泥団子のようになりながらも、なんとか形を留めていた。
「……止まった」
トトがへたり込み、ハンズが脂汗を拭う。
危機は去った。
***
「次からはシャモットを使う」
俺は放心状態の職人たちに説明した。
「一度焼いた土器やレンガの破片を砕いて、粘土に混ぜるんだ。焼成済みの素材は熱収縮しない。これで耐火レンガが作れる」
「ゴミだと思ってたもんが、最強の耐火材になるのか……」
ハンズが感心したように唸る。トトもメモを取っている。
技術という共通言語があれば、職人は分かり合える。
「あとは白い泥——粘土質の土があれば完璧だが」
「北の山で見たことがある! すぐ採掘班を出す!」
ゲイルが目を輝かせて走り去った。
(カオリナイトか。これで耐火レンガの問題はクリアだな)
俺が一息ついたその時——
「殿下」
背後から、冷たい声が飛んできた。
振り返ると、リーネが帳簿を抱えて立っていた。
銀髪が煤混じりの風に揺れている。
「資材の消費報告です」
彼女は無表情のまま、帳簿を突き出した。
「石灰、当初予定の3倍。レンガ、4倍。水、計測不能。……説明を」
(……来たか、鬼の経理担当)
俺は思わず一歩後退した。
「いや、見ての通り緊急事態で——」
「緊急事態であっても、事後報告は必要です」
正論だ。ぐうの音も出ない。
リーネの視線が、泥団子と化した炉に向けられた。
「……これが、その成果ですか」
「いや、これは……その……」
俺が言い淀んでいると、リーネは小さくため息をついた。
「ゲイルから聞きました。殿下の指示で炉の崩壊を防いだと」
「ああ、まあ……」
「それなら、そう報告してください。『緊急対応により資材を転用、炉の全損を回避』。これで帳簿が締められます」
彼女は淡々と帳簿に何かを書き込んだ。
「今後は事前に消費見込みを共有してください。でなければ、在庫管理が破綻します」
「……善処する」
「善処ではなく、実行を」
容赦ない。
だが、彼女の言うことは正しい。現場の熱気だけで突っ走れば、いずれ資材が底をつく。
「分かった。今後は開発計画を事前に共有する。週に一度、進捗会議をやろう」
リーネの眉がわずかに上がった。
「……本気ですか」
「本気だ。帳簿を握ってるお前がいなきゃ、この領地は回らない」
リーネは一瞬、何か言いかけて——口を閉じた。
「……分かりました。では、週初めに時間を確保してください」
それだけ言って、彼女は踵を返した。
去り際、小さく呟くのが聞こえた。
「……少しは、まともな領主なのかもしれません」
(今の、褒められた……のか?)
俺は煤だらけの顔で、彼女の背中を見送った。
銀髪が、夕日を受けて淡く光っている。
……これはなんだ?やけに心臓がうるさい。
「殿下ー! カオリナイト、本当にあったぞー!」
ゲイルの絶叫で我に返った。
(……集中しろ。今は領地経営が最優先だ)
俺は頭を振って、次の作業へと向かった。
ベルンから移住した500人の民。ゼクスから借り受けた古参兵と職人たち。
静かだった寒村は、一気に「開拓都市」へと変貌を遂げた。
村の外れには黒煙を吐く実験場。朝から晩まで鍛冶の音が響き渡る。
俺も王子の服を脱ぎ捨て、作業着で現場を駆け回る日々だ。
顔は煤だらけ、手は泥まみれ。
正直、王宮での茶会より百倍マシだ。
だが、急激な組織拡大には「歪み」がつきもので——
「だから火力が強すぎるって言っただろうが!」
「うるせえ! 弱腰になってんじゃねえよ、このベルンの腰抜け!」
開発エリアから怒号が響いてきた。
駆けつけると、ゼクス派遣の古参鍛冶師ハンズと、ベルン出身の若手職人トトが胸ぐらを掴み合っている。
その横で、責任者のゲイルが頭を抱えていた。
「殿下! 大問題だ!」
ゲイルが指差す先——実験炉の壁面が、飴細工のようにドロドロに溶け始めている。
「コークスの火力が凄すぎて、この辺の土で作ったレンガじゃ耐えられねえ! あと数分で炉の底が抜ける!」
「だから火を弱めろと——」
「今弱めたら不純物が——」
(……やれやれ)
俺は深呼吸した。
「喧嘩はやめろ! 石灰とレンガ屑を持ってこい、ありったけだ!」
「は? 炉の中にゴミを?」
「つべこべ言うな! 中のスラグの粘度を上げて固める! 外壁には水と泥をぶっかけて冷却しろ!」
男たちが走り回り、石灰とレンガの瓦礫が投入される。
ジュッ、ゴボッ……!
同時に外壁への放水。
ジュワアアアア!!
凄まじい水蒸気が立ち込め、視界が真っ白になった。
やがて煙が晴れると——炉は、ボロボロの泥団子のようになりながらも、なんとか形を留めていた。
「……止まった」
トトがへたり込み、ハンズが脂汗を拭う。
危機は去った。
***
「次からはシャモットを使う」
俺は放心状態の職人たちに説明した。
「一度焼いた土器やレンガの破片を砕いて、粘土に混ぜるんだ。焼成済みの素材は熱収縮しない。これで耐火レンガが作れる」
「ゴミだと思ってたもんが、最強の耐火材になるのか……」
ハンズが感心したように唸る。トトもメモを取っている。
技術という共通言語があれば、職人は分かり合える。
「あとは白い泥——粘土質の土があれば完璧だが」
「北の山で見たことがある! すぐ採掘班を出す!」
ゲイルが目を輝かせて走り去った。
(カオリナイトか。これで耐火レンガの問題はクリアだな)
俺が一息ついたその時——
「殿下」
背後から、冷たい声が飛んできた。
振り返ると、リーネが帳簿を抱えて立っていた。
銀髪が煤混じりの風に揺れている。
「資材の消費報告です」
彼女は無表情のまま、帳簿を突き出した。
「石灰、当初予定の3倍。レンガ、4倍。水、計測不能。……説明を」
(……来たか、鬼の経理担当)
俺は思わず一歩後退した。
「いや、見ての通り緊急事態で——」
「緊急事態であっても、事後報告は必要です」
正論だ。ぐうの音も出ない。
リーネの視線が、泥団子と化した炉に向けられた。
「……これが、その成果ですか」
「いや、これは……その……」
俺が言い淀んでいると、リーネは小さくため息をついた。
「ゲイルから聞きました。殿下の指示で炉の崩壊を防いだと」
「ああ、まあ……」
「それなら、そう報告してください。『緊急対応により資材を転用、炉の全損を回避』。これで帳簿が締められます」
彼女は淡々と帳簿に何かを書き込んだ。
「今後は事前に消費見込みを共有してください。でなければ、在庫管理が破綻します」
「……善処する」
「善処ではなく、実行を」
容赦ない。
だが、彼女の言うことは正しい。現場の熱気だけで突っ走れば、いずれ資材が底をつく。
「分かった。今後は開発計画を事前に共有する。週に一度、進捗会議をやろう」
リーネの眉がわずかに上がった。
「……本気ですか」
「本気だ。帳簿を握ってるお前がいなきゃ、この領地は回らない」
リーネは一瞬、何か言いかけて——口を閉じた。
「……分かりました。では、週初めに時間を確保してください」
それだけ言って、彼女は踵を返した。
去り際、小さく呟くのが聞こえた。
「……少しは、まともな領主なのかもしれません」
(今の、褒められた……のか?)
俺は煤だらけの顔で、彼女の背中を見送った。
銀髪が、夕日を受けて淡く光っている。
……これはなんだ?やけに心臓がうるさい。
「殿下ー! カオリナイト、本当にあったぞー!」
ゲイルの絶叫で我に返った。
(……集中しろ。今は領地経営が最優先だ)
俺は頭を振って、次の作業へと向かった。
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