9 / 40
9話:鬼の経理担当
しおりを挟む
アルカスへの帰還後、俺を待っていたのは「デスマーチ」だった。
ベルンから移住した500人の民。ゼクスから借り受けた古参兵と職人たち。
静かだった寒村は、一気に「開拓都市」へと変貌を遂げた。
村の外れには黒煙を吐く実験場。朝から晩まで鍛冶の音が響き渡る。
俺も王子の服を脱ぎ捨て、作業着で現場を駆け回る日々だ。
顔は煤だらけ、手は泥まみれ。
正直、王宮での茶会より百倍マシだ。
だが、急激な組織拡大には「歪み」がつきもので——
「だから火力が強すぎるって言っただろうが!」
「うるせえ! 弱腰になってんじゃねえよ、このベルンの腰抜け!」
開発エリアから怒号が響いてきた。
駆けつけると、ゼクス派遣の古参鍛冶師ハンズと、ベルン出身の若手職人トトが胸ぐらを掴み合っている。
その横で、責任者のゲイルが頭を抱えていた。
「殿下! 大問題だ!」
ゲイルが指差す先——実験炉の壁面が、飴細工のようにドロドロに溶け始めている。
「コークスの火力が凄すぎて、この辺の土で作ったレンガじゃ耐えられねえ! あと数分で炉の底が抜ける!」
「だから火を弱めろと——」
「今弱めたら不純物が——」
(……やれやれ)
俺は深呼吸した。
「喧嘩はやめろ! 石灰とレンガ屑を持ってこい、ありったけだ!」
「は? 炉の中にゴミを?」
「つべこべ言うな! 中のスラグの粘度を上げて固める! 外壁には水と泥をぶっかけて冷却しろ!」
男たちが走り回り、石灰とレンガの瓦礫が投入される。
ジュッ、ゴボッ……!
同時に外壁への放水。
ジュワアアアア!!
凄まじい水蒸気が立ち込め、視界が真っ白になった。
やがて煙が晴れると——炉は、ボロボロの泥団子のようになりながらも、なんとか形を留めていた。
「……止まった」
トトがへたり込み、ハンズが脂汗を拭う。
危機は去った。
***
「次からはシャモットを使う」
俺は放心状態の職人たちに説明した。
「一度焼いた土器やレンガの破片を砕いて、粘土に混ぜるんだ。焼成済みの素材は熱収縮しない。これで耐火レンガが作れる」
「ゴミだと思ってたもんが、最強の耐火材になるのか……」
ハンズが感心したように唸る。トトもメモを取っている。
技術という共通言語があれば、職人は分かり合える。
「あとは白い泥——粘土質の土があれば完璧だが」
「北の山で見たことがある! すぐ採掘班を出す!」
ゲイルが目を輝かせて走り去った。
(カオリナイトか。これで耐火レンガの問題はクリアだな)
俺が一息ついたその時——
「殿下」
背後から、冷たい声が飛んできた。
振り返ると、リーネが帳簿を抱えて立っていた。
銀髪が煤混じりの風に揺れている。
「資材の消費報告です」
彼女は無表情のまま、帳簿を突き出した。
「石灰、当初予定の3倍。レンガ、4倍。水、計測不能。……説明を」
(……来たか、鬼の経理担当)
俺は思わず一歩後退した。
「いや、見ての通り緊急事態で——」
「緊急事態であっても、事後報告は必要です」
正論だ。ぐうの音も出ない。
リーネの視線が、泥団子と化した炉に向けられた。
「……これが、その成果ですか」
「いや、これは……その……」
俺が言い淀んでいると、リーネは小さくため息をついた。
「ゲイルから聞きました。殿下の指示で炉の崩壊を防いだと」
「ああ、まあ……」
「それなら、そう報告してください。『緊急対応により資材を転用、炉の全損を回避』。これで帳簿が締められます」
彼女は淡々と帳簿に何かを書き込んだ。
「今後は事前に消費見込みを共有してください。でなければ、在庫管理が破綻します」
「……善処する」
「善処ではなく、実行を」
容赦ない。
だが、彼女の言うことは正しい。現場の熱気だけで突っ走れば、いずれ資材が底をつく。
「分かった。今後は開発計画を事前に共有する。週に一度、進捗会議をやろう」
リーネの眉がわずかに上がった。
「……本気ですか」
「本気だ。帳簿を握ってるお前がいなきゃ、この領地は回らない」
リーネは一瞬、何か言いかけて——口を閉じた。
「……分かりました。では、週初めに時間を確保してください」
それだけ言って、彼女は踵を返した。
去り際、小さく呟くのが聞こえた。
「……少しは、まともな領主なのかもしれません」
(今の、褒められた……のか?)
俺は煤だらけの顔で、彼女の背中を見送った。
銀髪が、夕日を受けて淡く光っている。
……これはなんだ?やけに心臓がうるさい。
「殿下ー! カオリナイト、本当にあったぞー!」
ゲイルの絶叫で我に返った。
(……集中しろ。今は領地経営が最優先だ)
俺は頭を振って、次の作業へと向かった。
ベルンから移住した500人の民。ゼクスから借り受けた古参兵と職人たち。
静かだった寒村は、一気に「開拓都市」へと変貌を遂げた。
村の外れには黒煙を吐く実験場。朝から晩まで鍛冶の音が響き渡る。
俺も王子の服を脱ぎ捨て、作業着で現場を駆け回る日々だ。
顔は煤だらけ、手は泥まみれ。
正直、王宮での茶会より百倍マシだ。
だが、急激な組織拡大には「歪み」がつきもので——
「だから火力が強すぎるって言っただろうが!」
「うるせえ! 弱腰になってんじゃねえよ、このベルンの腰抜け!」
開発エリアから怒号が響いてきた。
駆けつけると、ゼクス派遣の古参鍛冶師ハンズと、ベルン出身の若手職人トトが胸ぐらを掴み合っている。
その横で、責任者のゲイルが頭を抱えていた。
「殿下! 大問題だ!」
ゲイルが指差す先——実験炉の壁面が、飴細工のようにドロドロに溶け始めている。
「コークスの火力が凄すぎて、この辺の土で作ったレンガじゃ耐えられねえ! あと数分で炉の底が抜ける!」
「だから火を弱めろと——」
「今弱めたら不純物が——」
(……やれやれ)
俺は深呼吸した。
「喧嘩はやめろ! 石灰とレンガ屑を持ってこい、ありったけだ!」
「は? 炉の中にゴミを?」
「つべこべ言うな! 中のスラグの粘度を上げて固める! 外壁には水と泥をぶっかけて冷却しろ!」
男たちが走り回り、石灰とレンガの瓦礫が投入される。
ジュッ、ゴボッ……!
同時に外壁への放水。
ジュワアアアア!!
凄まじい水蒸気が立ち込め、視界が真っ白になった。
やがて煙が晴れると——炉は、ボロボロの泥団子のようになりながらも、なんとか形を留めていた。
「……止まった」
トトがへたり込み、ハンズが脂汗を拭う。
危機は去った。
***
「次からはシャモットを使う」
俺は放心状態の職人たちに説明した。
「一度焼いた土器やレンガの破片を砕いて、粘土に混ぜるんだ。焼成済みの素材は熱収縮しない。これで耐火レンガが作れる」
「ゴミだと思ってたもんが、最強の耐火材になるのか……」
ハンズが感心したように唸る。トトもメモを取っている。
技術という共通言語があれば、職人は分かり合える。
「あとは白い泥——粘土質の土があれば完璧だが」
「北の山で見たことがある! すぐ採掘班を出す!」
ゲイルが目を輝かせて走り去った。
(カオリナイトか。これで耐火レンガの問題はクリアだな)
俺が一息ついたその時——
「殿下」
背後から、冷たい声が飛んできた。
振り返ると、リーネが帳簿を抱えて立っていた。
銀髪が煤混じりの風に揺れている。
「資材の消費報告です」
彼女は無表情のまま、帳簿を突き出した。
「石灰、当初予定の3倍。レンガ、4倍。水、計測不能。……説明を」
(……来たか、鬼の経理担当)
俺は思わず一歩後退した。
「いや、見ての通り緊急事態で——」
「緊急事態であっても、事後報告は必要です」
正論だ。ぐうの音も出ない。
リーネの視線が、泥団子と化した炉に向けられた。
「……これが、その成果ですか」
「いや、これは……その……」
俺が言い淀んでいると、リーネは小さくため息をついた。
「ゲイルから聞きました。殿下の指示で炉の崩壊を防いだと」
「ああ、まあ……」
「それなら、そう報告してください。『緊急対応により資材を転用、炉の全損を回避』。これで帳簿が締められます」
彼女は淡々と帳簿に何かを書き込んだ。
「今後は事前に消費見込みを共有してください。でなければ、在庫管理が破綻します」
「……善処する」
「善処ではなく、実行を」
容赦ない。
だが、彼女の言うことは正しい。現場の熱気だけで突っ走れば、いずれ資材が底をつく。
「分かった。今後は開発計画を事前に共有する。週に一度、進捗会議をやろう」
リーネの眉がわずかに上がった。
「……本気ですか」
「本気だ。帳簿を握ってるお前がいなきゃ、この領地は回らない」
リーネは一瞬、何か言いかけて——口を閉じた。
「……分かりました。では、週初めに時間を確保してください」
それだけ言って、彼女は踵を返した。
去り際、小さく呟くのが聞こえた。
「……少しは、まともな領主なのかもしれません」
(今の、褒められた……のか?)
俺は煤だらけの顔で、彼女の背中を見送った。
銀髪が、夕日を受けて淡く光っている。
……これはなんだ?やけに心臓がうるさい。
「殿下ー! カオリナイト、本当にあったぞー!」
ゲイルの絶叫で我に返った。
(……集中しろ。今は領地経営が最優先だ)
俺は頭を振って、次の作業へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる