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8話:対等な関係
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目指すは、シンラ国最北端の要衝「北壁砦」。
北の隣国エンヴァとの国境を守る最前線だ。
馬を走らせること半日。
吹雪の向こうに、黒々とした巨大な影が浮かび上がった。
断崖絶壁に築かれた石造りの要塞。城壁には無数の傷跡が刻まれている。
「……ここが、辺境伯ゼクスの居城です」
ヴォルフが手綱を握りしめた。
「『鉄血のゼクス』と呼ばれる歴戦の猛者。王族といえど、戦場に不釣り合いな『客』には門前払いすら辞さないでしょう」
——手強い相手だな。だが、こちとら営業職じゃない、研究職だ。製品の性能で黙らせる。
***
なんとか関所を通過し、砦の司令室へ通された。
部屋の中は戦場の喧騒そのものだった。伝令兵が走り回り、怒号が飛び交っている。
「第3部隊、後退させろ! 装備が持たん!」
「燃料が足りません! 夜警の兵が凍死します!」
——装備の問題と、燃料不足か。
俺は耳に入る情報を整理しながら、部屋の中央へ進んだ。
巨大な作戦卓の前に、一人の大男が立っている。
辺境伯ゼクス。50代ぐらいか。
白髪交じりの短髪、顔の半分を覆う古傷。全身から放たれる威圧感は、研ぎ澄まされた刃のようだ。
「……殿下。お通ししました」
兵士が告げると、ゼクスはゆっくりと顔を上げた。
その目は冷徹で、深い疲労の色が滲んでいる。
「……第三王子、アレン殿下か」
敬礼もなく、彼は手元の折れた剣をテーブルに放り投げた。
ガシャン。
刃がボロボロに欠け、半ばからひしゃげた剣だった。
「見ての通りだ。エンヴァの重装甲兵と冬の魔物が活発化している。だが、我が軍の剣はこの寒さで脆くなり、敵の装甲を貫く前に折れる」
——低温脆性か。この時代の製鉄技術じゃ、寒冷地での強度低下は避けられない。
「兵は暖を取る薪すら惜しんで震えている。そんな最中に、王都から『慰問』か?」
ゼクスは俺を睨みつけた。
「悪いが、温かい紅茶も、おべっかを使う余裕もない。観光気分なら、即刻お帰り願いたい」
強烈な拒絶。
まあ、そう来るよな。
だが、俺は怯まなかった。
彼の言葉から、ニーズは明確に見えている。
第一に「寒冷地でも折れない武器」。第二に「兵を温める燃料」。
そして俺は、その両方のソリューションを持っている。
「邪魔をするつもりはない」
俺は静かに、しかしはっきりと告げた。
「貴殿の力になりたい。そして力を借りたい。それだけだ」
「御託はいい」
「では、これを見てくれ」
俺は懐から、ゲイル作の短剣を取り出した。
「それでもなお時間の無駄というなら、大人しく帰る」
ゼクスは眉間の皺を深くし、短剣を受け取った。
鞘から引き抜くと、飾り気のない黒ずんだ刃が現れる。
「フン。見た目はただの鉄くずだが……」
彼は手元の折れた剣を拾い上げた。
——来るか。
次の瞬間、ゼクスは全力で俺の短剣を折れた剣に叩きつけた。
——コークス製鉄は従来の木炭製鉄より炭素含有量が安定する。理論上、強度は2~3倍。……大丈夫だ。俺の知識を信じろ。
ガキンッ!!
甲高い金属音が響き、火花が散った。
ゼクスの手元に残ったのは、さらに短く砕け散った正規軍の剣。
俺の短剣は——刃こぼれ一つしていなかった。
「……な」
ゼクスの動きが止まった。
彼は短剣を凝視し、刃先を指でなぞる。
「馬鹿な。魔法の金属でもない、ただの鉄だぞ? なぜこんな硬さが出る?」
「鍛え方が違う」
俺は簡潔に答えた。
「詳しくは企業秘密だ。だが、この品質で量産できる」
ゼクスの目が変わった。
邪魔者を追い払う目から、飢えた獣が獲物を見つけた目に。
「……殿下。単刀直入に聞く」
彼はテーブルに身を乗り出した。
「これを量産できるのか? この砦に供給できるのか?」
「できる」
「条件は?」
「対等な協力関係だ」
俺はゼクスの目を真っ直ぐに見据えた。
「貴殿は嘘や不義理を最も嫌う男だと聞いている。俺も同じだ。上下関係ではなく、対等なパートナーとして手を組みたい」
ゼクスは数秒沈黙した。
そして、その強張った顔が歪み——凶暴な笑みを浮かべた。
「ハッ。王族の口から『対等』ときたか」
彼は短剣をドスッと机に突き立てた。
「いいだろう。俺が欲しいのは『結果』だけだ。中央の連中は『根性で耐えろ』としか言わん。だが、根性じゃ剣は直らんし、兵も温まらん」
ゼクスは突き刺さった短剣を指差した。
「この品質の武器を俺の部隊に行き渡らせ、燃料で兵を温めてくれるなら——俺はあんたを支持する。第一王子だろうが関係ない」
彼は立ち上がり、巨大な手を差し出した。
「ただし、口約束はせん。期限は1ヶ月。短剣100本と燃料のサンプルを届けろ。それができれば、エンヴァ国境守備隊は正式にアレン殿下の『剣』となる」
——1ヶ月で短剣100本……。現状の生産能力だと厳しい。ゲイル一人じゃ回らない。人手がいる。
俺は即座に切り返した。
「条件がある」
「ほう?」
「短剣100本を作るには人手が足りない。数名の職人と、引退した兵をアルカスに派遣してくれ」
ゼクスが目を細めた。
「……物資をねだる前に、俺から人を引き抜くと?」
「現場を知る人間がいなければ、使い物にならない武器が届くだけだ。貴殿もそれは望まないだろう」
「…………」
沈黙。
そして、ゼクスは腹の底から笑い声を上げた。
「はっはっは! ぬかしおる!」
彼は副官を呼びつけた。
「おい、古傷で前線に出られない古参兵と、炉を休ませている鍛冶屋を数名見繕え。アレン殿下にくれてやる」
副官が慌てて走り去る。
ゼクスは再び俺に向き直った。
「いいだろう、貸してやる。その代わり、納期は絶対だ。1ヶ月後、俺を失望させるなよ?」
「させない。燃料はもっと早く届けさせる。兵を凍死させるわけにはいかない」
俺はゼクスの手を握り返した。
「それと、もう一つ」
「まだあるのか」
「1ヶ月後、約束を果たした後でいい。信頼できる領や、困っている土地があれば紹介してほしい」
ゼクスは呆れたように笑った。
「寝言は納品してから言え。……だが、楽しみにしておいてやる」
交渉成立。
***
帰り道。
「やりましたな、殿下! あのゼクス卿がここまで心を開くとは!」
ヴォルフが興奮気味に言う。
「まだだ。納品して初めて完了だ」
俺は馬を走らせながら、頭の中で工程を組み立てていた。
ゲイルの鍛冶能力、ゼクスから借りる職人、新たに増えた労働力……。1ヶ月は厳しいが、不可能じゃない。
それにしても、今回も運命点は使わなかった。
バーゴ、ゼクス。どちらも実力だけで切り抜けた。
まあ、全て運命点頼りだと5000点必要らしいからな。節約できるところは節約しないと。
俺はそう考えながら、アルカスへの帰路についた。
北の隣国エンヴァとの国境を守る最前線だ。
馬を走らせること半日。
吹雪の向こうに、黒々とした巨大な影が浮かび上がった。
断崖絶壁に築かれた石造りの要塞。城壁には無数の傷跡が刻まれている。
「……ここが、辺境伯ゼクスの居城です」
ヴォルフが手綱を握りしめた。
「『鉄血のゼクス』と呼ばれる歴戦の猛者。王族といえど、戦場に不釣り合いな『客』には門前払いすら辞さないでしょう」
——手強い相手だな。だが、こちとら営業職じゃない、研究職だ。製品の性能で黙らせる。
***
なんとか関所を通過し、砦の司令室へ通された。
部屋の中は戦場の喧騒そのものだった。伝令兵が走り回り、怒号が飛び交っている。
「第3部隊、後退させろ! 装備が持たん!」
「燃料が足りません! 夜警の兵が凍死します!」
——装備の問題と、燃料不足か。
俺は耳に入る情報を整理しながら、部屋の中央へ進んだ。
巨大な作戦卓の前に、一人の大男が立っている。
辺境伯ゼクス。50代ぐらいか。
白髪交じりの短髪、顔の半分を覆う古傷。全身から放たれる威圧感は、研ぎ澄まされた刃のようだ。
「……殿下。お通ししました」
兵士が告げると、ゼクスはゆっくりと顔を上げた。
その目は冷徹で、深い疲労の色が滲んでいる。
「……第三王子、アレン殿下か」
敬礼もなく、彼は手元の折れた剣をテーブルに放り投げた。
ガシャン。
刃がボロボロに欠け、半ばからひしゃげた剣だった。
「見ての通りだ。エンヴァの重装甲兵と冬の魔物が活発化している。だが、我が軍の剣はこの寒さで脆くなり、敵の装甲を貫く前に折れる」
——低温脆性か。この時代の製鉄技術じゃ、寒冷地での強度低下は避けられない。
「兵は暖を取る薪すら惜しんで震えている。そんな最中に、王都から『慰問』か?」
ゼクスは俺を睨みつけた。
「悪いが、温かい紅茶も、おべっかを使う余裕もない。観光気分なら、即刻お帰り願いたい」
強烈な拒絶。
まあ、そう来るよな。
だが、俺は怯まなかった。
彼の言葉から、ニーズは明確に見えている。
第一に「寒冷地でも折れない武器」。第二に「兵を温める燃料」。
そして俺は、その両方のソリューションを持っている。
「邪魔をするつもりはない」
俺は静かに、しかしはっきりと告げた。
「貴殿の力になりたい。そして力を借りたい。それだけだ」
「御託はいい」
「では、これを見てくれ」
俺は懐から、ゲイル作の短剣を取り出した。
「それでもなお時間の無駄というなら、大人しく帰る」
ゼクスは眉間の皺を深くし、短剣を受け取った。
鞘から引き抜くと、飾り気のない黒ずんだ刃が現れる。
「フン。見た目はただの鉄くずだが……」
彼は手元の折れた剣を拾い上げた。
——来るか。
次の瞬間、ゼクスは全力で俺の短剣を折れた剣に叩きつけた。
——コークス製鉄は従来の木炭製鉄より炭素含有量が安定する。理論上、強度は2~3倍。……大丈夫だ。俺の知識を信じろ。
ガキンッ!!
甲高い金属音が響き、火花が散った。
ゼクスの手元に残ったのは、さらに短く砕け散った正規軍の剣。
俺の短剣は——刃こぼれ一つしていなかった。
「……な」
ゼクスの動きが止まった。
彼は短剣を凝視し、刃先を指でなぞる。
「馬鹿な。魔法の金属でもない、ただの鉄だぞ? なぜこんな硬さが出る?」
「鍛え方が違う」
俺は簡潔に答えた。
「詳しくは企業秘密だ。だが、この品質で量産できる」
ゼクスの目が変わった。
邪魔者を追い払う目から、飢えた獣が獲物を見つけた目に。
「……殿下。単刀直入に聞く」
彼はテーブルに身を乗り出した。
「これを量産できるのか? この砦に供給できるのか?」
「できる」
「条件は?」
「対等な協力関係だ」
俺はゼクスの目を真っ直ぐに見据えた。
「貴殿は嘘や不義理を最も嫌う男だと聞いている。俺も同じだ。上下関係ではなく、対等なパートナーとして手を組みたい」
ゼクスは数秒沈黙した。
そして、その強張った顔が歪み——凶暴な笑みを浮かべた。
「ハッ。王族の口から『対等』ときたか」
彼は短剣をドスッと机に突き立てた。
「いいだろう。俺が欲しいのは『結果』だけだ。中央の連中は『根性で耐えろ』としか言わん。だが、根性じゃ剣は直らんし、兵も温まらん」
ゼクスは突き刺さった短剣を指差した。
「この品質の武器を俺の部隊に行き渡らせ、燃料で兵を温めてくれるなら——俺はあんたを支持する。第一王子だろうが関係ない」
彼は立ち上がり、巨大な手を差し出した。
「ただし、口約束はせん。期限は1ヶ月。短剣100本と燃料のサンプルを届けろ。それができれば、エンヴァ国境守備隊は正式にアレン殿下の『剣』となる」
——1ヶ月で短剣100本……。現状の生産能力だと厳しい。ゲイル一人じゃ回らない。人手がいる。
俺は即座に切り返した。
「条件がある」
「ほう?」
「短剣100本を作るには人手が足りない。数名の職人と、引退した兵をアルカスに派遣してくれ」
ゼクスが目を細めた。
「……物資をねだる前に、俺から人を引き抜くと?」
「現場を知る人間がいなければ、使い物にならない武器が届くだけだ。貴殿もそれは望まないだろう」
「…………」
沈黙。
そして、ゼクスは腹の底から笑い声を上げた。
「はっはっは! ぬかしおる!」
彼は副官を呼びつけた。
「おい、古傷で前線に出られない古参兵と、炉を休ませている鍛冶屋を数名見繕え。アレン殿下にくれてやる」
副官が慌てて走り去る。
ゼクスは再び俺に向き直った。
「いいだろう、貸してやる。その代わり、納期は絶対だ。1ヶ月後、俺を失望させるなよ?」
「させない。燃料はもっと早く届けさせる。兵を凍死させるわけにはいかない」
俺はゼクスの手を握り返した。
「それと、もう一つ」
「まだあるのか」
「1ヶ月後、約束を果たした後でいい。信頼できる領や、困っている土地があれば紹介してほしい」
ゼクスは呆れたように笑った。
「寝言は納品してから言え。……だが、楽しみにしておいてやる」
交渉成立。
***
帰り道。
「やりましたな、殿下! あのゼクス卿がここまで心を開くとは!」
ヴォルフが興奮気味に言う。
「まだだ。納品して初めて完了だ」
俺は馬を走らせながら、頭の中で工程を組み立てていた。
ゲイルの鍛冶能力、ゼクスから借りる職人、新たに増えた労働力……。1ヶ月は厳しいが、不可能じゃない。
それにしても、今回も運命点は使わなかった。
バーゴ、ゼクス。どちらも実力だけで切り抜けた。
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