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7話:赤毛の商人
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館を出たその足で、俺たちは街の外れにあるスラムへ向かった。
酷い有様だった。
汚水が垂れ流しになり、腐臭が漂う路地裏。アルカスの寒村よりもさらに劣悪な環境だ。
だが、彼らは皆、アルカスと同じ「北の民」の顔立ちをしていた。
「……殿下、これは酷い」
ヴォルフが顔をしかめる。
俺は頷き、集まった民たちの前に立った。
「ベルン子爵との話はついた! お前たちに借金はない。帰るも残るも自由だ!」
民たちがざわめく。俺は続ける。
「アルカスには今、温かい寝床と美味い飯、そして仕事がある。帰りたい者は、今すぐ荷物をまとめろ!」
一瞬の静寂。
そして、誰かが叫んだ。
「帰れるんだ!」
「借金地獄から解放されるんだ!」
歓声が波紋のように広がり、500人の民が一斉に動き出す。
「セバス、彼らの引率を任せる。俺とヴォルフは市場を見てから戻る」
「承知いたしました」
アルカスには商人が圧倒的に不足している。良い人材がいれば、スカウトしたい。
***
ベルンの中央市場は活気があった。
だが、俺の現代知識からすれば、その質は低く、価格は不当に高い。
小麦は高騰し、燃料の木炭は質が悪い。鉄製品に至っては純度が低く、価格は平民の給料1ヶ月分。
——勝てる。ウチの石炭、ジャガイモ、コークス製農具なら、この市場を席巻できる。
確信を得た。
だが、商品があっても売る人間がいなければ意味がない。
有能な商人が欲しい。……ここは少しだけ、運に頼るか。
俺は意識を集中させた。
【10点消費:有能な商人との出会い】
【消費:10点 残:425点】
直後、市場の一角で人だかりができているのが目に入った。
一人の女性商人が、露店主と激しく言い争っている。
「おい親父! ふざけんのもいい加減にしな! この鉄鍋、継ぎ目から光が漏れてるじゃないか! こんな不良品をセイハ産だって偽って売る気かい!?」
思わず足が止まった。
その女性は20代前半ほど。燃えるような赤毛をポニーテールに束ね、動きやすい商人の服を身に纏っている。
顔立ちは整っている。どこかの貴族令嬢と言われても通用するだろう。
だが、その美貌を台無しにする——いや、むしろ引き立てているのは、彼女の気の強さだった。
「うっせえなこのアマ! 買わねえなら失せろ!」
「ああ買わないね!」
彼女は腰に手を当て、露店主を睨みつける。
「私の目は誤魔化せないよ。アンタみたいな商人がいるから市場の質が落ちるんだ! 恥を知りな!」
啖呵を切る声は凛として通りが良い。周囲の客たちも足を止めて見入っている。
彼女は「ふん」と鼻を鳴らすと、赤毛を翻して立ち去ろうとした。
その鋭い観察眼、品質への妥協なき姿勢、そして度胸。
10点の価値は十分にある。
彼女はこちらへ歩いてくる。
すれ違いざま、その視線が俺の腰——ゲイル作の試作短剣に留まり、ピタリと足を止めた。
「……ん?」
琥珀色の瞳が、一瞬で鋭くなる。
「ちょっとアンタ、その腰の短剣。その鉄の光沢、タダモノじゃないね?」
彼女は顔を近づけてきた。ふわりと、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
俺の顔を見上げ……そして、全くときめかない真顔で言った。
「ねえ、その短剣、ちょっと見せてくんない? アタシはミーシャ。行商をやってる」
異性としての興味ゼロ。純粋な「商品」への興味だけの目だ。
……知ってた。もう慣れた。
俺は短剣を抜いて差し出した。
「お目が高い。今売ることは出来ないが、将来的にこの品質の商品はアルカスの特産品として販売する」
ミーシャは短剣をひったくるように受け取り、太陽の光にかざした。
指で刃を弾き、その澄んだ音色に目を見開く。
「……信じられない。これ、ただの鉄だよね? セイハのドワーフだって、こんな芸当はできやしない」
俺は畳み掛けた。
「ただ、今のアルカスは貧しくて開発が遅れている。もしアルカス人口増員に協力してくれたら、この先1年間はアルカスでの商売で税は取らないと約束しよう」
ミーシャは短剣から顔を上げ、俺の顔をじっと見つめた。
——お?
一瞬、期待した。
この距離、この状況。さすがに何かあるんじゃないか?
しかし、彼女は俺の顔を一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を短剣に戻した。
……ないか。ないよな。分かってた。
「顔はいいのに、商売は下手だねえ、アンタ」
彼女はニヤリと笑った。
「こんな『宝の山』を持ってる領地での独占販売権と免税特権? そんなもん、アタシが金払ってでも欲しい権利だよ」
ミーシャは短剣を返した。
「乗った! 契約成立だ」
彼女はポンと俺の肩を叩いた。
「さっきスラムで騒ぎになってた500人の大移動、アタシの荷馬車とコネで効率よく運んでやるよ。ついでに、くすぶってる職人たちにも声をかけてやる」
彼女は赤毛を指で梳きながら、悪戯っぽく笑った。
「アタシはミーシャ。長い付き合いになりそうだね、領主様。善は急げだ、馬車を回してくる」
彼女は足取り軽く、人混みの中へ消えていった。
最高の商人を手に入れた。
俺の「異性としての魅力」は相変わらず通用しなかったが、まあいいか。
***
数時間後。
ミーシャの手配した馬車列と、セバスの引率により、500人の民がアルカスへ向けて出発した。ミーシャがスカウトした職人家族も数組いる。
これで労働力不足は一気に解消へ向かう。
別れ際、俺はセバスを呼び止めた。
「セバス、治安の維持と情報秘匿を頼む。ミーシャには技術の核心を悟られるな」
「御意。あの商魂逞しい小娘に『宝の山』の製法を知られれば、骨の髄までしゃぶられかねませんからな」
「それと、ミーシャに二つ依頼しておけ。一つは情報通の手配。もう一つは腕の良い料理人だ」
セバスが首を傾げる。
「料理人、でございますか?」
「ああ。ジャガイモを使った料理の開発だ。美味い芋料理があれば、移住者を増やす宣伝になる。それに——」
俺は少し声を落とした。
「——中央のフェルゼン侯爵。食欲減退に悩んでいると言っていたな」
セバスの目が鋭く光った。
「……老人の胃袋を掴む、と。承知いたしました」
セバスが一礼し、馬車列と共に去っていく。
残された俺とヴォルフは、馬首を北へ向けた。
「さて、ヴォルフ。辺境伯家に接触しに行くぞ」
「北の防人、ゼクス卿の元へですね」
ベルンでの収穫は大きかった。だが、まだ足りない。
次は、軍事的な後ろ盾だ。
酷い有様だった。
汚水が垂れ流しになり、腐臭が漂う路地裏。アルカスの寒村よりもさらに劣悪な環境だ。
だが、彼らは皆、アルカスと同じ「北の民」の顔立ちをしていた。
「……殿下、これは酷い」
ヴォルフが顔をしかめる。
俺は頷き、集まった民たちの前に立った。
「ベルン子爵との話はついた! お前たちに借金はない。帰るも残るも自由だ!」
民たちがざわめく。俺は続ける。
「アルカスには今、温かい寝床と美味い飯、そして仕事がある。帰りたい者は、今すぐ荷物をまとめろ!」
一瞬の静寂。
そして、誰かが叫んだ。
「帰れるんだ!」
「借金地獄から解放されるんだ!」
歓声が波紋のように広がり、500人の民が一斉に動き出す。
「セバス、彼らの引率を任せる。俺とヴォルフは市場を見てから戻る」
「承知いたしました」
アルカスには商人が圧倒的に不足している。良い人材がいれば、スカウトしたい。
***
ベルンの中央市場は活気があった。
だが、俺の現代知識からすれば、その質は低く、価格は不当に高い。
小麦は高騰し、燃料の木炭は質が悪い。鉄製品に至っては純度が低く、価格は平民の給料1ヶ月分。
——勝てる。ウチの石炭、ジャガイモ、コークス製農具なら、この市場を席巻できる。
確信を得た。
だが、商品があっても売る人間がいなければ意味がない。
有能な商人が欲しい。……ここは少しだけ、運に頼るか。
俺は意識を集中させた。
【10点消費:有能な商人との出会い】
【消費:10点 残:425点】
直後、市場の一角で人だかりができているのが目に入った。
一人の女性商人が、露店主と激しく言い争っている。
「おい親父! ふざけんのもいい加減にしな! この鉄鍋、継ぎ目から光が漏れてるじゃないか! こんな不良品をセイハ産だって偽って売る気かい!?」
思わず足が止まった。
その女性は20代前半ほど。燃えるような赤毛をポニーテールに束ね、動きやすい商人の服を身に纏っている。
顔立ちは整っている。どこかの貴族令嬢と言われても通用するだろう。
だが、その美貌を台無しにする——いや、むしろ引き立てているのは、彼女の気の強さだった。
「うっせえなこのアマ! 買わねえなら失せろ!」
「ああ買わないね!」
彼女は腰に手を当て、露店主を睨みつける。
「私の目は誤魔化せないよ。アンタみたいな商人がいるから市場の質が落ちるんだ! 恥を知りな!」
啖呵を切る声は凛として通りが良い。周囲の客たちも足を止めて見入っている。
彼女は「ふん」と鼻を鳴らすと、赤毛を翻して立ち去ろうとした。
その鋭い観察眼、品質への妥協なき姿勢、そして度胸。
10点の価値は十分にある。
彼女はこちらへ歩いてくる。
すれ違いざま、その視線が俺の腰——ゲイル作の試作短剣に留まり、ピタリと足を止めた。
「……ん?」
琥珀色の瞳が、一瞬で鋭くなる。
「ちょっとアンタ、その腰の短剣。その鉄の光沢、タダモノじゃないね?」
彼女は顔を近づけてきた。ふわりと、柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
俺の顔を見上げ……そして、全くときめかない真顔で言った。
「ねえ、その短剣、ちょっと見せてくんない? アタシはミーシャ。行商をやってる」
異性としての興味ゼロ。純粋な「商品」への興味だけの目だ。
……知ってた。もう慣れた。
俺は短剣を抜いて差し出した。
「お目が高い。今売ることは出来ないが、将来的にこの品質の商品はアルカスの特産品として販売する」
ミーシャは短剣をひったくるように受け取り、太陽の光にかざした。
指で刃を弾き、その澄んだ音色に目を見開く。
「……信じられない。これ、ただの鉄だよね? セイハのドワーフだって、こんな芸当はできやしない」
俺は畳み掛けた。
「ただ、今のアルカスは貧しくて開発が遅れている。もしアルカス人口増員に協力してくれたら、この先1年間はアルカスでの商売で税は取らないと約束しよう」
ミーシャは短剣から顔を上げ、俺の顔をじっと見つめた。
——お?
一瞬、期待した。
この距離、この状況。さすがに何かあるんじゃないか?
しかし、彼女は俺の顔を一瞥し、すぐに興味を失ったように視線を短剣に戻した。
……ないか。ないよな。分かってた。
「顔はいいのに、商売は下手だねえ、アンタ」
彼女はニヤリと笑った。
「こんな『宝の山』を持ってる領地での独占販売権と免税特権? そんなもん、アタシが金払ってでも欲しい権利だよ」
ミーシャは短剣を返した。
「乗った! 契約成立だ」
彼女はポンと俺の肩を叩いた。
「さっきスラムで騒ぎになってた500人の大移動、アタシの荷馬車とコネで効率よく運んでやるよ。ついでに、くすぶってる職人たちにも声をかけてやる」
彼女は赤毛を指で梳きながら、悪戯っぽく笑った。
「アタシはミーシャ。長い付き合いになりそうだね、領主様。善は急げだ、馬車を回してくる」
彼女は足取り軽く、人混みの中へ消えていった。
最高の商人を手に入れた。
俺の「異性としての魅力」は相変わらず通用しなかったが、まあいいか。
***
数時間後。
ミーシャの手配した馬車列と、セバスの引率により、500人の民がアルカスへ向けて出発した。ミーシャがスカウトした職人家族も数組いる。
これで労働力不足は一気に解消へ向かう。
別れ際、俺はセバスを呼び止めた。
「セバス、治安の維持と情報秘匿を頼む。ミーシャには技術の核心を悟られるな」
「御意。あの商魂逞しい小娘に『宝の山』の製法を知られれば、骨の髄までしゃぶられかねませんからな」
「それと、ミーシャに二つ依頼しておけ。一つは情報通の手配。もう一つは腕の良い料理人だ」
セバスが首を傾げる。
「料理人、でございますか?」
「ああ。ジャガイモを使った料理の開発だ。美味い芋料理があれば、移住者を増やす宣伝になる。それに——」
俺は少し声を落とした。
「——中央のフェルゼン侯爵。食欲減退に悩んでいると言っていたな」
セバスの目が鋭く光った。
「……老人の胃袋を掴む、と。承知いたしました」
セバスが一礼し、馬車列と共に去っていく。
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