【第一部完結】科学で興す異世界国家

Lihito

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12話:幕間 三人の従者

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一、老執事の述懐

夜更け。
執務室の燭台が、静かに揺れている。

筆頭侍従セバスは、帳簿を閉じ、眼鏡を外した。
目頭を揉みながら、ふと窓の外を見る。

開発区画からは、今も黒煙が立ち上っている。
一ヶ月前には何もなかった荒野が、今や工房と畑と人の営みで埋め尽くされていた。

「……まこと、恐ろしいお方だ」

セバスは誰に言うでもなく呟いた。

最初、この任を受けた時——正直に言えば、覚悟していた。
辺境の貧困地に送り込まれる末の王子。母君を早くに亡くし、後ろ盾もない少年。
せめて、不自由なく暮らせるよう支えよう。それが、亡き主への恩返しだと。

だが、あの方は——

セバスの脳裏に、ベルンでの交渉が蘇る。

あの時、バーゴは完全に殿下を舐めていた。
「借金の返済に金貨500枚」などと吹っかけ、嘲笑すら浮かべていた。

だが、殿下は怒りを見せなかった。
感情を乱さず、ただ冷徹に言葉を紡いだ。

『貴殿の言い分では、逃げてきた民を領に滞在させるだけで借金が発生し、返済しないと帰れないと。……なら、こう解釈もできるな。「アルカスから強制的に人をさらい、借金を負わせて奴隷にしている」と』

あの瞬間、バーゴの顔から血の気が引いた。

殿下は一切声を荒げなかった。
ただ、相手の論理を逆手に取り、追い詰めていった。

最後には、あの傲慢な子爵がへたり込み、「聞き間違いでございました」と泣きを入れた。

——あれは、王の交渉術だ。

40年の宮仕えで、セバスは多くの貴族を見てきた。
怒鳴り散らす者、金で解決しようとする者、権力を振りかざす者。

だが、殿下のように——感情を完全に制御し、言葉だけで相手を屈服させる者は、ほとんどいなかった。

しかも、16歳だ。

「亡き御母堂様」

セバスは、かつての主の面影を思い浮かべた。

「貴女様は、このような御子を産まれていたのですね」

窓の外では、夜勤の職人たちが働いている。
一ヶ月前は「よそ者の王子」を白い目で見ていた彼らが、今は嬉々として汗を流している。

民心の掌握。技術革新。外交戦略。

全てが、あの若さで——。

「この老いぼれの目が黒いうちは」

セバスは立ち上がり、背筋を伸ばした。

「必ずや、あの方を玉座へお連れいたします」

燭台の炎が、決意を宿した老執事の影を、壁に長く伸ばした。


二、熊の回心

自警団の詰所。
ガルドは、粗末な椅子に深く腰掛け、天井を睨んでいた。

手元には、空になった酒瓶。
だが、酔いは回らない。

「……参ったな」

誰もいない部屋で、ガルドは呟いた。

一ヶ月前のことを思い出す。

王都から若い王子が来ると聞いた時、ガルドは鼻で笑った。
どうせ、すぐに泣いて帰るだろう。今まで何人もの役人がそうだったように。

だから、わざと威圧した。
「役立たずに食わせる飯はない」と言い放ち、門前払いしようとした。

だが——

あの広間で、殿下は言った。

『俺には、まだ何の実績もない。信じろと言われても無理だろう。だから、約束する』

『一ヶ月だ。一ヶ月で、目に見える成果を出す。それができなければ——俺を追い出してくれて構わない』

あの目は本気だった。
今まで何人もの領主を見てきたが、ああいう目をした奴はいなかった。

そして翌日、山から戻った殿下が見せた黒い石。
燃えた。石が燃えた。
それも、薪の何倍もの火力で。

差し出されたジャガイモのスープ。
一口で、体の芯まで温まった。

「……あの時、俺は負けたんだ」

ガルドは酒瓶を握りしめた。

いや、負けたのではない。
——心を掴まれたのだ。

あれから一ヶ月。
殿下は宣言通り、この「掃き溜め」を変えてしまった。

飢える民はいなくなった。
凍死する者もいなくなった。
仕事があり、飯があり、希望がある。

かつて自分が必死に守ろうとして、守りきれなかったものを——あの若者は、いとも簡単に実現してしまった。

「悔しいか?」

自問する。

「……いや」

違う。悔しくはない。
誇らしいのだ。

この主君に仕えていることが。
この地の変革に、自分も加わっていることが。

ガルドは立ち上がり、窓を開けた。
冷たい夜風が頬を打つ。
遠くで、鍛冶場の炎が揺れている。

「『俺の知識だけじゃ足りない。お前の力を貸してくれ』——か」

あの時、殿下が言った言葉だ。
王子が、俺みたいな荒くれに「力を貸せ」と言った。

今なら、もっと強く返せる。

この命、喜んで捧げる、と。

ガルドは窓を閉め、詰所を出た。
明日も、殿下のために働く。それが、今の自分の生きがいだ。


三、職人の驚愕

深夜の鍛冶場。

技師長ゲイルは、完成したばかりの短剣を磨きながら、独り言を呟いていた。

「……化け物だ」

彼の前には、コークス製鉄で作られた刃物が並んでいる。
どれも、従来の技術では不可能だった品質だ。

「最初は、変わり者の王子だと思ってたんだがな」

ゲイルは、一ヶ月前のことを思い出す。

王都から来た若い王子。
「この山に何かある気がする」などと言い出した時は、正気を疑った。

だが——

「石ころが燃える。しかも、薪の何倍もの火力で」

最初に石炭が燃えた時の衝撃は、今でも忘れられない。
30年の職人人生で、あれほど驚いたことはない。

「んで、それを蒸し焼きにしたら、もっと凄い燃料になる」

コークス。
不純物を飛ばした、純粋な炭素の塊。

その火力は、鉄を泥のように溶かした。

「おかげで、俺は今まで見たこともない鋼が打てるようになった」

ゲイルは短剣を光にかざした。

黒ずんだ刃。気泡もムラもない、完璧な鋼鉄。
ゼクス卿の剣より硬い。王都の近衛騎士団の武器より上だ。

「殿下は、どこでこんな知識を——」

それが、ゲイルには分からない。

コークス製造、耐火レンガ、タール舗装、アンモニア肥料。
どれも、この世界の常識にはない技術だ。

王族の教育で学べるはずがない。
いや、世界中のどんな学者でも知らないはずだ。

「シャモット……だったか。焼いた土器を砕いて混ぜるって発想、俺には絶対に出なかった」

炉が溶けかけた時も、殿下は迷いなく指示を出した。
まるで、同じ事故を何度も経験してきたかのように。

結果、炉は崩壊を免れた。
そして、殿下の言う「カオリナイト」を使った新しい耐火レンガは、どんな高温にも耐えている。

「あの頭の中、一回覗いてみてえな」

ゲイルは苦笑した。

「……まあ、覗いたところで、俺には理解できねえだろうがな」

彼は短剣を布で包み、棚に並べた。

「殿下について行けば、俺は世界一の鍛冶師になれる」

それだけは、確信している。

この一ヶ月で、ゲイルの技術は飛躍的に向上した。
王都の名工と比べても、もはや引けを取らない自信がある。

「退屈しなさそうだ、なんて軽い気持ちで仕えたんだがな」

ゲイルは鍛冶場の火を落としながら、呟いた。

「今じゃ、この人以外に仕える気がしねえ」

窓の外では、夜明けが近づいている。
また、新しい一日が始まる。

殿下が何を思いつき、何を命じるか——それを見届けるのが、ゲイルの何よりの楽しみになっていた。
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