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13話:恋愛偏差値
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春の足音が、アルカスにも届き始めていた。
雪解け水が小川となって流れ、畑には青々とした芽が顔を出している。アンモニア肥料の効果は絶大で、痩せていた土地が見違えるほど肥沃になっていた。
そして何より——ジャガイモが、収穫の時を迎えていた。
「殿下! 見てくださいこれ!」
ゲイルが興奮気味に木箱を運んできた。中には、拳大のジャガイモがぎっしり詰まっている。
「今年の収穫量、去年の3倍ですぜ! 肥料のおかげで、芋がデカくなってやがる!」
「上出来だ」
俺は芋を一つ手に取り、その重みを確かめた。
これで、フェルゼン侯爵を落とす準備が整った。
***
夜。大食堂。
ミーシャが連れてきた料理人——ジャンが、厨房で腕を振るっていた。
「へいお待ち! 特製『ポテトガレット』だよ!」
テーブルに並べられた皿には、薄切りにしたジャガイモをカリカリに焼き上げ、その上にトロリとチーズがかかった一品。
「おお……」
ガルドが目を見開いた。
「これが、あの芋か? まるで別物だな」
「芋を薄く切って、じっくり焼く。それだけで食感が変わる」
ジャンは腕を組んで胸を張った。
「素材へのこだわりが強すぎてクビになった」とミーシャは言っていたが、その腕は本物だ。
「さあ、遠慮なく食ってくれ」
俺の言葉を合図に、食堂にいた全員が皿に手を伸ばした。
一口食べた瞬間、歓声が上がる。
「美味い!」「外はサクサク、中はホクホクだ!」「チーズがたまらねえ!」
ガルドもヴォルフも、普段の厳つい顔を崩して芋を頬張っている。ゲイルに至っては、すでに3枚目に突入していた。
「おかわりだ! ジャン、もう一枚!」
「はいはい、焼いてるから待ちな」
賑やかな食堂。温かい料理と、満足げな笑顔。
俺もガレットを一切れ口に運んだ。
——美味い。シンプルだが、素材の味が活きている。
(これなら、フェルゼン侯爵の舌も満足させられるかもしれない)
そんなことを考えていると、食堂の隅に見慣れた銀髪が見えた。
リーネだ。
彼女は子供たちにガレットを配っていた。しゃがみ込んで、小さな子供と目線を合わせている。
「はい、熱いから気をつけてね」
柔らかい声。そして、ふわりと綻ぶ笑顔。
——今日も、綺麗だな。
俺は不覚にも見惚れていた。
あの笑顔を、俺にも向けてくれないだろうか。
(……待てよ)
ふと、考えが浮かんだ。
(今の俺は、前世とは違う。顔だって悪くない。領主としての実績もある)
ゼクスという武闘派の大物を同盟に引き込み、バーゴを傘下に収めた。
理屈で説得する力には、それなりに自信がついてきた。
(なら、リーネ相手でも——)
カリスマは効かない。だが、それは「魔法が使えない」というだけの話だ。
実力で勝負すればいい。
理屈で攻めれば、道は開けるはずだ。
(アプローチは……そうだな、まず褒める。女性は褒められると嬉しいはず。自然に会話を始めて、距離を縮める)
……いけるか?
いや、いける。理屈上は正しいはずだ。
俺は意を決して、リーネの方へ歩いていった。
「リーネ」
「……殿下」
彼女が振り返る。子供たちへの柔らかい表情が、一瞬でいつもの無表情に戻った。
(うん、知ってた)
だが、ここで怯んではいけない。
俺は口を開いた。
「その……」
よし、ここで褒める。髪が綺麗だと言えばいい。簡単だ。
「今日も、髪が……」
——声が、上ずった。
なぜだ。ゼクスの前でも、バーゴの前でも、こんなことはなかったのに。
リーネが首を傾げた。
「? 何か付いてますか?」
「いや、違う。綺麗だなと……」
最後の方は、ほとんど聞こえないくらいの声になっていた。
沈黙。
リーネは俺の顔をじっと見つめ——
「……そうですか」
それだけ言って、視線を子供たちに戻した。
困惑。明らかに困惑している。
気まずい空気が流れる。
「あ、あの、それより」
俺は慌てて話題を変えた。
「明日からの出張で、帳簿の引き継ぎを——」
「セバス様に預けてあります」
「そ、そうか。なら良かった」
「他に何か?」
「いや、ない。……すまん、邪魔した」
俺は逃げるように、その場を離れた。
背中に、リーネの視線を感じる。たぶん、「何だったんだ?」という目で見ているのだろう。
食堂の喧騒の中、俺は一人で頭を抱えた。
(……駄目だ)
カリスマが効かない相手には、素の俺で勝負するしかない。
そして素の俺は——恋愛偏差値が壊滅的だった。
前世から何も成長していない。
(政治も経済も軍事も攻略できるのに、なぜ女性一人攻略できないんだ……)
遠くで、ミーシャがこちらを見て肩をすくめているのが見えた。
「何やってんだか」と言いたげな目だ。
……見られていたのか。最悪だ。
***
翌朝。
出発の準備が整った。
馬車には、ジャガイモと調理器具、そして料理人ジャンが乗り込んでいる。
「殿下、準備完了でございます」
セバスが一礼した。
「フェルゼン侯爵の屋敷までは、馬車で3日ほどの道のりです」
「ああ」
俺は馬車に乗り込もうとして——ふと、足を止めた。
見送りの人々の中に、銀髪の姿があった。
リーネは相変わらず無表情で、こちらを見ている。
目が合った。
彼女は小さく会釈だけして、すぐに視線を逸らした。
(……まあ、そうだよな)
昨夜のことを思い出すと、顔が熱くなる。
だが、落ち込んでいる暇はない。今は侯爵攻略が最優先だ。
「行くぞ」
俺は馬車に乗り込んだ。
リーネの件は——帰ってきてから、また考えよう。
馬車が動き出す。
アルカスの街並みが、ゆっくりと後ろに流れていった。
雪解け水が小川となって流れ、畑には青々とした芽が顔を出している。アンモニア肥料の効果は絶大で、痩せていた土地が見違えるほど肥沃になっていた。
そして何より——ジャガイモが、収穫の時を迎えていた。
「殿下! 見てくださいこれ!」
ゲイルが興奮気味に木箱を運んできた。中には、拳大のジャガイモがぎっしり詰まっている。
「今年の収穫量、去年の3倍ですぜ! 肥料のおかげで、芋がデカくなってやがる!」
「上出来だ」
俺は芋を一つ手に取り、その重みを確かめた。
これで、フェルゼン侯爵を落とす準備が整った。
***
夜。大食堂。
ミーシャが連れてきた料理人——ジャンが、厨房で腕を振るっていた。
「へいお待ち! 特製『ポテトガレット』だよ!」
テーブルに並べられた皿には、薄切りにしたジャガイモをカリカリに焼き上げ、その上にトロリとチーズがかかった一品。
「おお……」
ガルドが目を見開いた。
「これが、あの芋か? まるで別物だな」
「芋を薄く切って、じっくり焼く。それだけで食感が変わる」
ジャンは腕を組んで胸を張った。
「素材へのこだわりが強すぎてクビになった」とミーシャは言っていたが、その腕は本物だ。
「さあ、遠慮なく食ってくれ」
俺の言葉を合図に、食堂にいた全員が皿に手を伸ばした。
一口食べた瞬間、歓声が上がる。
「美味い!」「外はサクサク、中はホクホクだ!」「チーズがたまらねえ!」
ガルドもヴォルフも、普段の厳つい顔を崩して芋を頬張っている。ゲイルに至っては、すでに3枚目に突入していた。
「おかわりだ! ジャン、もう一枚!」
「はいはい、焼いてるから待ちな」
賑やかな食堂。温かい料理と、満足げな笑顔。
俺もガレットを一切れ口に運んだ。
——美味い。シンプルだが、素材の味が活きている。
(これなら、フェルゼン侯爵の舌も満足させられるかもしれない)
そんなことを考えていると、食堂の隅に見慣れた銀髪が見えた。
リーネだ。
彼女は子供たちにガレットを配っていた。しゃがみ込んで、小さな子供と目線を合わせている。
「はい、熱いから気をつけてね」
柔らかい声。そして、ふわりと綻ぶ笑顔。
——今日も、綺麗だな。
俺は不覚にも見惚れていた。
あの笑顔を、俺にも向けてくれないだろうか。
(……待てよ)
ふと、考えが浮かんだ。
(今の俺は、前世とは違う。顔だって悪くない。領主としての実績もある)
ゼクスという武闘派の大物を同盟に引き込み、バーゴを傘下に収めた。
理屈で説得する力には、それなりに自信がついてきた。
(なら、リーネ相手でも——)
カリスマは効かない。だが、それは「魔法が使えない」というだけの話だ。
実力で勝負すればいい。
理屈で攻めれば、道は開けるはずだ。
(アプローチは……そうだな、まず褒める。女性は褒められると嬉しいはず。自然に会話を始めて、距離を縮める)
……いけるか?
いや、いける。理屈上は正しいはずだ。
俺は意を決して、リーネの方へ歩いていった。
「リーネ」
「……殿下」
彼女が振り返る。子供たちへの柔らかい表情が、一瞬でいつもの無表情に戻った。
(うん、知ってた)
だが、ここで怯んではいけない。
俺は口を開いた。
「その……」
よし、ここで褒める。髪が綺麗だと言えばいい。簡単だ。
「今日も、髪が……」
——声が、上ずった。
なぜだ。ゼクスの前でも、バーゴの前でも、こんなことはなかったのに。
リーネが首を傾げた。
「? 何か付いてますか?」
「いや、違う。綺麗だなと……」
最後の方は、ほとんど聞こえないくらいの声になっていた。
沈黙。
リーネは俺の顔をじっと見つめ——
「……そうですか」
それだけ言って、視線を子供たちに戻した。
困惑。明らかに困惑している。
気まずい空気が流れる。
「あ、あの、それより」
俺は慌てて話題を変えた。
「明日からの出張で、帳簿の引き継ぎを——」
「セバス様に預けてあります」
「そ、そうか。なら良かった」
「他に何か?」
「いや、ない。……すまん、邪魔した」
俺は逃げるように、その場を離れた。
背中に、リーネの視線を感じる。たぶん、「何だったんだ?」という目で見ているのだろう。
食堂の喧騒の中、俺は一人で頭を抱えた。
(……駄目だ)
カリスマが効かない相手には、素の俺で勝負するしかない。
そして素の俺は——恋愛偏差値が壊滅的だった。
前世から何も成長していない。
(政治も経済も軍事も攻略できるのに、なぜ女性一人攻略できないんだ……)
遠くで、ミーシャがこちらを見て肩をすくめているのが見えた。
「何やってんだか」と言いたげな目だ。
……見られていたのか。最悪だ。
***
翌朝。
出発の準備が整った。
馬車には、ジャガイモと調理器具、そして料理人ジャンが乗り込んでいる。
「殿下、準備完了でございます」
セバスが一礼した。
「フェルゼン侯爵の屋敷までは、馬車で3日ほどの道のりです」
「ああ」
俺は馬車に乗り込もうとして——ふと、足を止めた。
見送りの人々の中に、銀髪の姿があった。
リーネは相変わらず無表情で、こちらを見ている。
目が合った。
彼女は小さく会釈だけして、すぐに視線を逸らした。
(……まあ、そうだよな)
昨夜のことを思い出すと、顔が熱くなる。
だが、落ち込んでいる暇はない。今は侯爵攻略が最優先だ。
「行くぞ」
俺は馬車に乗り込んだ。
リーネの件は——帰ってきてから、また考えよう。
馬車が動き出す。
アルカスの街並みが、ゆっくりと後ろに流れていった。
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