【第一部完結】科学で興す異世界国家

Lihito

文字の大きさ
15 / 54

14話:美食家の舌

しおりを挟む
馬車で3日。
中央領フェルゼン侯爵領に入った途端、景色が一変した。

「……これが、本来の文明社会か」

俺は馬車の窓から、穏やかな田園風景を眺めて溜息をついた。
気候は温暖、土地は肥沃。アルカスの岩山とは天と地ほどの差だ。

(格差社会にも程があるだろ。ここを領地に欲しかった……)

だが、到着した侯爵の屋敷は、そんな陽気な外とは裏腹に、お通夜のような空気に包まれていた。

***

案内された大広間。

そこにいたのは、豪華な椅子に沈み込むように座る白髪の老人——フェルゼン侯爵だ。

目の前にはテリーヌやローストといった最高級の料理が並んでいるが、手つかずのまま冷え切っている。

「……ゼクスの紹介だというから通したが」

侯爵は、死人のような虚ろな目で俺を見た。

「アレン殿下。見ての通り、私は今、何を食べても砂を噛んでいるようでね」

彼は手元のワイングラスを弄びながら、力なく続けた。

「食への情熱こそが生き甲斐だった。それが失われた今、政治の話などする気力もない。……悪いが、お引き取り願えないだろうか」

痩せこけた頬。明らかな栄養失調と鬱状態だ。

(……なるほど。美食を極めすぎて、普通の高級食材じゃ脳が反応しなくなってるのか。現代でもよくある「贅沢病」だな)

だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

俺は一歩前に出た。

「お言葉ですが、侯爵。ゼクス卿からお預かりした紹介状に、一言添えられておりました」

「……何と?」

「『この芋を食って駄目なら、お前は本当に終わりだ』と」

侯爵の眉がピクリと動いた。

「……ゼクスが、そこまで言ったのか」

侯爵は初めて、わずかに表情を変えた。

「……ふん。あいつめ、相変わらず口が悪い」

その口調には、かすかな懐かしさが滲んでいた。

(効いてる。だが、まだ足りない)

俺は意識の中で、運命点を5点消費した。

【運命点:445 → 440】

「侯爵。ゼクス卿は北の最前線で、今も剣を振るっておられます。その彼が、わざわざ貴方のために言伝を寄越した。……試す価値くらいは、あるのではないでしょうか」

言葉が、自然と重みを持った。

侯爵はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。

「……分かった。ゼクスの顔を立てよう」

彼は虚ろな目のまま、手を振った。

「好きにするがいい。ただし、期待はしていない。王都の一流料理人が束になっても、私の舌は動かなかったのだから」

その言葉に、控えていた侯爵家の専属シェフたちが複雑な表情を浮かべた。

彼らの腕が悪いわけではない。むしろ、一流中の一流だ。

だが、どれだけ技巧を凝らした料理を出しても、主人の食欲は戻らなかった。

俺は彼らに向き直り、丁寧に一礼した。

「突然の無礼、お許しください。皆様の腕前が素晴らしいことは、この料理を見れば一目瞭然です」

シェフの一人が、訝しげな目で俺を見た。

「……では、なぜ田舎料理などを?」

「正直に申し上げます。味や技術で皆様に勝てるとは思っておりません」

俺は木箱に入った泥だらけのジャガイモを示した。

「ただ、侯爵が求めておられるのは『洗練』ではなく『刺激』ではないかと。であれば、この粗野な食材にも、一つくらい出番があるかもしれません」

シェフたちは顔を見合わせた。

侮蔑ではない。純粋な疑問と、わずかな好奇心。

「……なるほど。確かに、私どもは『美しさ』を追求してきました」

年配のシェフが顎に手を当てた。

「『刺激』という切り口は、考えたことがなかった。……面白い。見せていただきましょう」

俺は頷き、背後の男に目配せした。

「ジャン、頼む」

「へい、任せときな!」

ジャンは不敵に笑い、侯爵家の厨房の一角を借り受けた。

***

取り出したのは、泥付きのジャガイモ。

シェフたちが興味深そうに見守る中、ジャンは手際よく皮を剥き、千切りにしていく。

そして、熱した鉄板に大量のバターを投入した。

ジュワアアアアア!!

バターが溶け、千切りにした芋が踊る。

そこにチーズをたっぷりと乗せ、さらにバターを追い足す。

(……カロリーの爆弾だ。健康? 知ったことか。今は味だ)

やがて、大広間に立ち込めたのは、誰も嗅いだことのない芳醇で香ばしい香りだった。

焦げたチーズ、濃厚なバター、そして焼けた炭水化物の甘い匂い。

食欲という本能を直接殴りつけるようなその香りに、シェフたちの表情が変わった。

「この香りは……」

「バターとチーズだけで、ここまでの芳香が?」

彼らは職人として、純粋に興味を惹かれているようだった。

「……ほう?」

死人のようだった侯爵が、ピクリと鼻をひくつかせた。

初めて、その目にわずかな光が宿る。

「お待たせしやした! アルカス特製、ポテトガレットでさぁ!」

ジャンが運んできたのは、黄金色の円盤。

表面はカリカリに焦げ目がつき、中からはチーズがとろりと溶け出している。

飾り気など一切ない。だが、圧倒的な「美味そう」なオーラを放っている。

「ナイフもフォークも不要です。手でちぎって、豪快にどうぞ」

俺の勧めに、侯爵は躊躇いながらも震える手を伸ばし、ガレットを千切った。

パリッ、という軽快な音。

湯気が立ち上るそれを、彼はゆっくりと口へと運ぶ。

サクッ。

咀嚼した瞬間、侯爵の目がカッと見開かれた。

「…………なんだ、これは」

手が止まらない。二口、三口。

無言のまま、猛烈な勢いで食べ進める。

「サクサクだ……いや、中はモチモチしている。甘い、だが塩気が絶妙だ……!」

彼はあっという間に一枚を平らげると、信じられないものを見る目で俺を見た。

「複雑なソースなどないのに、なぜこれほど美味い……! これが、あの泥だらけの芋なのか?」

「ええ。アルカスの痩せた土地で育った、素朴な作物です」

侯爵は皿に残った油をパンで拭い取り——なんと、それすらも口に運んだ。

「噛みしめる喜び……そう、私はこれを求めていたのだ! 滑らかで上品な料理ではない、この原始的な満足感を!」

シェフたちも、侯爵の変貌ぶりに目を見張っていた。

「侯爵様が、あれほど……」

「何ヶ月も、何を出しても首を振られていたのに……」

年配のシェフが、静かにジャンに歩み寄った。

「……見事だ。我々は『美』を追求するあまり、『食の原点』を忘れていたのかもしれない」

「いやいや、俺なんてまだまだですよ」

ジャンは照れくさそうに頭を掻いた。

「あんたらの技術があれば、この芋をもっと凄い料理に化けさせられるはずだ。……良かったら、後で情報交換しませんかね?」

「ぜひ、お願いしたい」

職人同士の、静かな敬意が交わされた。

***

食後の紅茶を楽しむ頃には、フェルゼン侯爵は完全に生気を取り戻していた。

頬には赤みが差し、目には力強い光が宿っている。

先ほどまでの死人のような姿が嘘のようだ。

「アレン殿下。礼を言う」

侯爵は姿勢を正し、俺を真っ直ぐに見た。

「久しぶりに『生きている』実感を得た。ゼクスの紹介状には『こいつは化けるぞ』と書いてあったが、あながち嘘ではないようだな」

「恐れ入ります」

「あいつとは若い頃、よく一緒に戦場を駆けたものだ。私が後方で兵站を組み、あいつが前線で暴れる。……懐かしい話だ」

侯爵は遠い目をした。

「あいつが『食え』と言うなら、食う価値があると思った。その判断は正しかったようだ」

彼は表情を引き締め、ビジネスの顔になった。

「さて、腹も満ちたところで本題に入ろう。来月、王都で『王位継承に関する第一回報告会』が開かれるのは知っているな?」

「ええ、そのために参りました」

「長男ヴァリウス派、次男リアン派、そして中立派。貴殿はこの『ジャガイモ』と『新技術』をひっさげて、その場に殴り込むつもりなのだろう?」

侯爵はニヤリと笑った。

「私が貴殿の後ろ盾になれば、中立派の貴族たち——特に食糧事情に悩む者たちの票をまとめられる」

「ありがたいお言葉です」

「だが、ただ支援するだけでは面白くない」

侯爵は身を乗り出した。

「この『ジャガイモ』の種芋と栽培法……私の領地にも融通してくれるかね? 我が領も最近、小麦の不作でね。民の腹を満たすこの『黄金』があれば、憂いなく貴殿を推せるのだが」

(……来たな。技術供与の要求。だが、タダで渡すわけにはいかない)

俺は即答した。

「もちろんです。ただし、条件があります」

「ほう?」

「あと2年は、わが陣営だけの技術としたい。他陣営には秘匿をお願いしたい」

俺は真っ直ぐに侯爵を見据えた。

「ただし、2年後には結末がどうなろうと、国のために情報を公開します。飢えに苦しむ民がいる限り、この作物を独占し続けるつもりはありません」

侯爵は少し驚いたように目を見開いた。

「……2年の秘匿。そして国益のための公開、か」

彼はしばらく俺の目を見つめていたが、やがて深く、満足げに頷いた。

「よかろう。私が求めていたのは、目先の利益に走る商人ではなく、国を憂う『王の器』だ」

侯爵が立ち上がり、俺に手を差し伸べた。

「その条件、飲もう。フェルゼン家は、第三王子アレン殿下を支持する」

その瞬間——

【運命点獲得:+15】
【現在の運命点:440 → 455】
【獲得理由:中立派筆頭の支持を獲得】

俺はその手を力強く握り返した。

痩せてはいたが、政治の修羅場を潜り抜けてきた老練な力がこもっている。

「ところで殿下」

侯爵は握手を解き、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「この芋、他にどんな食べ方があるのかね? 正直、もう一皿食べたいのだが」

「お任せください。揚げても、煮ても、焼いても美味いですよ」

俺の言葉に、侯爵の目が子供のように輝いた。

「全部試そう。シェフたち、手伝ってくれ!」

「「はっ!」」

お通夜のような空気は、すっかり消え去っていた。

***

北の武力(ゼクス)、中央の政治力(フェルゼン)、南の経済圏(バーゴ)。

何もない荒野から始まった1年目は、盤石な布陣と共に幕を閉じようとしている。

さあ、王都へ行こう。

【現在運命点:455】
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ
ファンタジー
朝、昼、夜を超えてまた朝と昼を働いたあの日、救急医高梨は死んでしまった。比喩ではなく、死んだのだ。 次に目覚めたのは、魔法が存在する異世界・パストリア王国。 クラリスという少女として、救急医は“二度目の人生”を始めることになった。 この世界では、一人ひとりに魔法がひとつだけ授けられる。 クラリスが与えられたのは、《消去》の力――なんだそれ。 「今度こそ、過労死しない!」 そう決意したのに、見過ごせない。困っている人がいると、放っておけない。 街の診療所から始まった小さな行動は、やがて王城へ届き、王族までも巻き込む騒動に。 そして、ちょっと推してる王子にまで、なぜか気に入られてしまい……? 命を救う覚悟と、前世からの後悔を胸に―― クラリス、二度目の人生は“自分のために”生き抜きます。

【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……

ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。  そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。 ※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。 ※残酷描写は保険です。 ※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...