【完結保証】科学で興す異世界国家 ~第三王子は運命点で滅亡を覆す~

Lihito

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17話:査察と二人の女

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翌朝から、査察が始まった。

エレオノーラは腰に「魔力探知の水晶」を下げ、俺の案内で領地を巡っている。

最初の目的地は、石炭の採掘現場だ。

「……これが、例の『黒い石』ですか」

坑道の入り口で、彼女は掘り出されたばかりの石炭を手に取った。
水晶をかざす。
何の反応もない。

「魔力反応……なし?」

彼女は眉をひそめ、何度も水晶を振った。

「故障でしょうか。いえ、今朝確認した時は正常でした」

「壊れてないと思いますよ。そもそも魔力なんて使ってませんから」

「しかし、ただの石がこれほどの熱量を……」

「百聞は一見に如かず、です。次へ行きましょう」

***

コークス炉の前。
轟々と燃え盛る青白い炎を前に、エレオノーラは絶句した。

「……っ! この熱量……!」

彼女は思わず後ずさり、額の汗を拭った。

「魔法の炎ではない。純粋な『燃焼』だけで、これほどの……」

「信じられませんか?」

「正直に申し上げれば、はい」

彼女は再び水晶をかざした。沈黙。何の反応もない。

「……認めざるを得ません。魔力は一切検出されない」

エレオノーラは手帳を取り出し、何かを書き込んだ。
その横顔は、困惑と驚愕が入り混じっている。

「では次は畑を——」

「少しお待ちを」

彼女が俺を制した。

「あの建物から、何か……強烈な臭いがしませんか?」

彼女が指差したのは、アンモニア水の貯蔵庫だ。

「ああ、肥料の原料です」

「肥料? この臭いが?」

「見ますか?」

俺が扉を開けた瞬間——

「——っ!!」

エレオノーラが顔をしかめ、鼻を押さえて後退した。
凛々しい騎士の顔が、完全に「無理」という表情になっている。

「な、なんですかこの臭いは! 毒ガスではないのですか!?」

「肥料ですよ。薄めて畑に撒くと、作物がよく育つんです」

「こんな悪臭が……作物を……?」

彼女は信じられないという顔で、なおも鼻を押さえている。
目に涙が滲んでいた。

「……殿下。私は戦場で様々なものを見てきましたが、この臭いは……」

「慣れますよ」

「慣れたくありません」

珍しく弱音を吐いた彼女に、俺は思わず笑ってしまった。

「笑い事ではありません!」

「すみません。でも、この肥料のおかげで収穫量が3倍になったんです」

「……3倍?」

「ええ。痩せた土地が、見違えるように肥沃になりました」

エレオノーラは涙目のまま、しばらく考え込んでいた。
やがて、渋々という顔で頷いた。

「……分かりました。効果は認めます。ですが、あの臭いだけは二度と嗅ぎたくありません」

「了解です」

***

ジャガイモ畑。

青々と茂る葉を前に、エレオノーラは再び水晶をかざした。

「……錬金術による土壌汚染の痕跡も、なし」

彼女は手袋を外し、土を直接触って確認した。

「使われているのは、あの『臭い水』と、自然の土だけ……」

「信じていただけましたか?」

「……ええ。認めざるを得ません」

彼女は立ち上がり、泥のついた手を払った。

その時だった。

「殿下、お茶をお持ちしました」

涼やかな声が響き、銀髪の事務官が盆を手に現れた。

リーネだ。

彼女は俺とエレオノーラの前に茶器を並べ、湯気の立つカップを差し出した。

「……査察、お疲れ様です」

その声は、相変わらず淡々としている。
だが、ふとエレオノーラを見る目が、わずかに鋭くなった気がした。

「これは、かたじけない」

エレオノーラが礼を言ってカップを受け取る。

「……ところで、貴女は?」

「リーネと申します。経理を担当しております」

「経理。なるほど」

エレオノーラはお茶を啜りながら、リーネをじっと観察した。

「殿下とは、どのようなご関係で?」

「仕事上の関係です。それ以上でも以下でもありません」

リーネは無表情のまま答えた。
だがその耳はほんの少しだけ赤い。

「そうですか」

エレオノーラは興味なさそうに頷いた。

「……あの、エレオノーラ殿」

俺は何となく居心地の悪さを感じて、話題を変えようとした。

「お腹は空いていませんか? この畑の芋を使った料理があるのですが」

「査察中に食事など——」

「まあまあ。これも視察の一環ということで」

俺は厨房に伝令を走らせた。
しばらくして、ジャンが焼きたてのポテトガレットを持ってきた。
香ばしい香りが辺りに漂う。

「……何ですか、この匂いは」

エレオノーラの鼻が、ピクリと動いた。

「先ほどの悪臭とは大違いですね」

「どうぞ、召し上がってください」

俺が勧めると、彼女は少し躊躇った後、ガレットを一切れ手に取った。

一口。

「…………」

沈黙。

「……美味い」

「でしょう?」

「いえ、待ってください。これは査察と関係ありません」

「関係ありますよ。この作物がどれほど優れているかの証明です」

「そういう問題では——」

言いながらも、エレオノーラの手は止まらない。
二切れ目、三切れ目。

「……くっ。認めます。これは素晴らしい作物です」

「お気に召したようで」

「査察とは関係なく、個人的な感想として言っています」

「はい、はい」

その様子を、リーネが無表情で見ていた。

「……おかわりは要りますか?」

「いえ、結構です」

「……そうですか」

リーネは盆を持ったまま、静かに去っていった。
その背中が、どことなく不機嫌に見えたのは気のせいだろうか。

(……ん?)

俺はふと考えた。
リーネは俺に塩対応だ。カリスマも効かない。
エレオノーラも、俺を「男」として見ていない。

だが——

(二人とも、それぞれ違う形で俺に関わってきている。……もしかして、上手くやれば両方いけたりしないか?)

いや、待て。何を考えている。

今は領地経営と王位継承が最優先だ。恋愛に現を抜かしている場合ではない。

(でも、エレオノーラ自身も言っていたじゃないか。『次期王の伴侶』を見極めるとか)

王には妃が必要だ。政略結婚も視野に入れるべきかもしれない。

(だったら、二人とも候補として——)

「殿下?」

エレオノーラの声で、俺は我に返った。

「何をニヤニヤしているのですか。気持ち悪いですよ」

「……何でもありません」

***

一通りの視察を終え、執務室に戻った。

エレオノーラは手帳を閉じ、俺に向き直った。

「認めましょう、アレン殿下」

彼女の表情から「疑念」は消え、「敬意」が浮かんでいる。

「貴殿の領地には、違法な魔法も、悪魔の契約も存在しない。あるのは……私たちの常識を超えた『知恵』と『技術』だけです」

「ありがとうございます」

「約束通り、技術の詳細は伏せます。報告書には『独自の資源と農法により発展。違法性なし』とだけ記載します」

彼女は剣を抜き、その刀身に口づけをして誓いを立てた。

「近衛騎士団副団長、エレオノーラの名において誓います。この視察で得た情報は、国王陛下への極秘報告のみに留めます」

凛とした声が響く。

「ただし——」

彼女は剣を納め、真剣な眼差しで俺を見た。

「これほどの資源と技術、放っておけば必ず『他国』が狙ってきます」

「分かっています」

「私の任務は『監視』ですが、同時に『護衛』の側面もあります」

エレオノーラは一歩前に出た。

「殿下。貴殿がこの力を正しく使い、国のために振るうのであれば——このエレオノーラ、貴殿の盾として働くことを誓いましょう」

(……よし。騎士団の信頼獲得)

俺は内心でガッツポーズを取った。

異性としての好感度は相変わらず皆無のようだが、「仕事仲間」としては最高の関係を築けたようだ。

「ありがとう、エレオノーラ殿。頼りにさせてもらう」

「はい。お任せください」

その時だった。

バサバサッ!

一羽の伝書鳩が窓から飛び込んできた。

「……?」

俺が手を伸ばすより先に、セバスが素早く鳩を捕まえ、足に括り付けられた小さな筒を外した。
中から手紙を取り出し、目を通す。

その瞬間——セバスの表情が凍りついた。

「……殿下」

「どうした、セバス」

「……緊急の報せです。北の辺境伯ゼクス卿より」

俺は手紙を受け取り、目を通した。

『至急、援軍を求む。
例の武器のおかげで前線は維持できているが、エンヴァ国が妙な動きを見せている。
奴ら、"魔物の群れ"を意図的に誘導して、我が砦にぶつけようとしているフシがある。
通常の襲撃ではない。数が桁違いだ。
もし砦が抜かれれば、次は貴殿のアルカスが戦場になる。
——ゼクス』

「……」

俺は手紙を握りしめた。
平穏な日々は、終わりだ。

エレオノーラが険しい顔で問いかけてきた。

「殿下、何があったのですか」

俺は黙って手紙を渡した。
彼女は一読し、顔色を変えた。

「エンヴァ国が魔物を誘導……? これが事実なら、国際条約違反です」

「ああ。だが、証拠がなければ王都の軍は動かない」

「……その通りです」

俺は窓の外を見た。
北の空に、黒い雲が垂れ込めている。

(ゼクス卿が「至急」と言うほどだ。よほど切迫している)

あの武骨な男が、援軍を求めてきた。
それだけで、事態の深刻さが分かる。

「……行くしかない、か」

俺は静かに呟いた。

同盟相手を見捨てれば、これまで築いてきた全てが崩れる。

だが、魔物の大群を相手に、俺たちに何ができる?
剣と魔法の正攻法では、犠牲が大きすぎる。

(……いや、方法はある)

俺の脳裏に、コークス炉から立ち上る煙が浮かんだ。
あの炉が吐き出す、目に見えない毒——一酸化炭素。
あれを使えば、呼吸する全ての生物を、一網打尽にできる。

(禁じ手だ。だが——)

俺は拳を握りしめた。
戦いの形が、変わろうとしている。
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