【完結保証】科学で興す異世界国家 ~第三王子は運命点で滅亡を覆す~

Lihito

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19話:窪地の沈黙

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北の空を焦がす火の手が見えたのは、峠を越えた直後だった。
轟音と、地響きのような咆哮。
俺率いるアルカス援軍部隊は、息を切らせて北壁砦を見下ろす丘の上に到着した。

眼下に広がる光景は、まさに地獄だった。
堅牢さを誇る「北壁」の正門付近はすでに崩壊寸前。壁には無数の魔物が黒い蟻のように群がり、はしごをかけ、あるいは死体を踏み台にしてよじ登ろうとしている。
敵の数はおよそ3,000体以上。
オーク、ゴブリン、そして巨大な雪男(イエティ)の混成部隊だ。

対する味方、ゼクス軍の残存戦力は500名以下。
俺が納品した「鋼鉄の剣」のおかげで個々の戦闘では圧倒しているが、多勢に無勢だ。
兵たちは疲労困憊で、交代要員もなく、不眠不休で剣を振るい続けている。

「……チッ、持ちこたえてはいるが、時間の問題だぞ!」

隣でヴォルフが焦燥の声を上げた。
砦の最上部、司令塔では、辺境伯ゼクスが自ら大剣を振るい、壁を登ってきたイエティを叩き斬る姿が見える。
しかし、彼の肩には矢が突き刺さっており、動きには精彩がない。

「殿下。ご覧ください、砦の『右翼側』です」

セバスが望遠鏡を覗き、俺の横で地形を確認した。
砦の右側には、なだらかな斜面が続き、その先がすり鉢状の大きな窪地になっている。
現在、砦への攻撃ルートが飽和しているため、あふれた魔物の群れ約1,000体が、その窪地を通って側面から壁に取り付こうと密集していた。

「殿下、炉の設置場所はどうしますか!?」

ゲイルが馬車の幌を開け、いつでも点火できる状態で待機している。
アンモニアとタール爆弾も準備完了だ。

エレオノーラが剣を抜き、悲痛な面持ちで俺を見た。

「……準備は整っています。あとは、殿下の号令のみ」

舞台は整った。
到着したばかりの俺たちの部隊に、敵はまだ気づいていない。

***

俺はヴォルフと共に、血路を開いて司令塔へと駆け上がった。
そこでは、全身に数本の矢を受け、鎧を鮮血に染めた辺境伯ゼクスが、なおも巨大な戦斧を振るい、壁をよじ登ってきたオークを叩き落としていた。

「ゼクス殿、援軍に来た! 遅れてすまない。作戦があるが一時的に指揮権を譲ってもらってもいいか?」

俺の声に、ゼクスは荒い息を吐きながら振り返った。
その目は血走り、疲労の色は濃いものの、俺(と、背後の頼もしい援軍)を見てニヤリと笑った。

「……ハッ。遅いぞ、小僧。だが、いいタイミングだ。俺はもう腕が上がらん。好きにしろ。この砦と俺の命、あんたの『策』とやらに預ける!」

「承知した。……全員、伏せろ! 鼻と口を覆え!」

指揮権を受け取った俺は、直ちに全軍に通達した。
ヴォルフが前線へ飛び出し、俺の手足となって兵たちを指揮する。

そして、冷酷な殲滅戦の幕が上がった。

***

「右の窪地に敵を誘導するぞ。まずは敵軍左端からアンモニア水の瓶を投げ込め! 強烈な匂いで進行方向を誘導できる。そしてこの臭いガスは燃料にもなる! タール爆弾を投げ入れれば火の海が出来上がる!」

俺の号令と共に、砦の上から無数のガラス瓶が投げ落とされた。
ガシャン! ガシャン!
瓶が割れ、中に入っていた高濃度アンモニア水が揮発する。

「グギャ!?」「ブモオオオッ!?」

城壁に取り付いていた魔物たちが、鼻を抑えてのたうち回った。
人間より嗅覚の鋭い彼らにとって、この刺激臭は脳を直接焼かれるような激痛だ。
前進しようとする本能と、強烈な臭いから逃げたい本能がぶつかり、群れはパニックに陥った。

「そこだ! タール爆弾、投下!」

すかさず、黒い粘液の入った樽が投げ込まれ、火矢が射かけられる。
ドォォォォン!!
揮発したアンモニアガスとタールが反応し、爆発的な炎の壁が出現した。

炎と悪臭に追われた魔物たちは、唯一の逃げ場——「臭いがせず、炎もない場所」である、右翼の窪地へと雪崩を打って逃げ込んでいく。

「かかった……」

数千の魔物が、すり鉢状の窪地に密集した。
そこには、俺の指示で事前に設置された、パンパンに膨らんだ巨大な「革袋」がいくつも転がっている。

魔物たちが袋を不思議そうに見つめる中、俺は空を睨んだ。
今の風向きは「北風」。このまま袋を破れば、ガスは砦の方へ逆流し、味方が死ぬ。

ここだ。ここしかない。

俺は意識を集中させた。

(……吹け。あいつらの墓場へ向かって)

【運命点消費:15点】
【残運命点:455 → 440】

念じた瞬間——
ピタリ、と風が止まった。
戦場の喧騒が一瞬遠のき、次の瞬間、ゴオオオッと湿った重い風が、砦の背後(南)から北へ向かって吹き荒れた。

「風が変わった……! 今だ、射抜け!」

俺の号令で、弓隊が一斉射撃を行った。
ヒュン、ヒュン!
矢が革袋を裂き、中から「見えない死神」と、重い煤煙が噴き出した。
運命の風に押され、ガスは空気より重いタールの微粒子と共に、窪地の底へと沈殿していく。

***

窪地の底にいたオークが、突然胸をかきむしった。
叫び声を上げようとして、声が出ないことに気づく。
隣のゴブリンが、糸が切れたようにパタリと倒れた。

最初は数匹。
しかし、数秒後には数十、数百の魔物が、苦悶の表情すら浮かべず、ただバタバタと折り重なるように倒れていく。
血も流れず、悲鳴も上がらない。
ただ、「酸欠」という生物としての限界を強制され、命の灯火がフッと消えていく。

窪地の上の方にいたイエティたちが異変に気づき、這い上がろうとする。
しかし、体が動かない。
手足が痺れ、意識が混濁し、やがて巨大な雪男も白目を剥いて崩れ落ちた。

わずか数分の出来事だった。
窪地を埋め尽くしていた1,000体以上の魔物の群れが、動かぬ肉塊へと変わった。

***

砦の上からその光景を見ていた兵士たちは、歓声を上げることも忘れ、戦慄していた。
魔法による爆殺でも、剣による斬殺でもない。
まるで神の怒りに触れたかのように、敵が「勝手に死んだ」のだ。

「……これが、殿下の戦か」

ヴォルフが剣を下ろし、ポツリと呟いた。

横に立つエレオノーラは、青ざめた顔で口元を押さえている。だが、その目は決して逸らさず、俺が描いた「地獄」を直視していた。
約束通り、俺の所業を見届けている。

主力部隊を一瞬で消滅させられた残りの魔物たちは、完全に戦意を喪失し、散り散りになって逃走した。

北壁砦防衛戦、勝利。
味方の損害は、到着以降「ゼロ」。
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