24 / 54
23話:合理的な解決策
しおりを挟む
東の井戸に着くと、案の定、人だかりができていた。
「だから俺が先に並んでたんだよ!」
「嘘つけ! お前が来た時には俺はもう桶持って待ってたんだ!」
二人の男が胸ぐらを掴み合っている。
周りには野次馬が集まり、止めるでもなく眺めている。空気が悪い。
「やめろ」
俺が声をかけると、二人がこちらを見た。
一人は見覚えがある。古参の住民だ。もう一人は知らない顔——新参か。
「殿下……」
古参の男が手を離した。新参の方も、俺の顔を見て気まずそうに後ずさる。
「どうした。何があった」
「こいつが割り込んできやがったんです」
古参が新参を指さす。
「割り込んでねえよ! 俺が先だったんだ!」
「嘘つけ!」
また掴みかかりそうになったので、俺は二人の間に入った。
「落ち着け。順番に話せ」
ガルドが野次馬を散らし、俺は二人から事情を聞いた。
要約すると、どっちが先に並んでいたかで揉めた。それだけだ。
「……そもそも、なんでそんなに急いで汲みたいんだ?」
「そりゃあ、夕方になると出が悪くなるからですよ」
古参の男が当然のように言った。
「出が悪くなる?」
「殿下、知らないんですか? 井戸ってのは汲みすぎると出が悪くなるんですよ。夕方なんかチョロチョロだ」
知らなかった。
いや、考えれば当然か。地下水脈の補給速度より汲み上げが速ければ、水位は下がる。
「つまり、朝のうちに汲まないと損をする、と」
「そういうことです。だから皆、朝に殺到するんで」
なるほど。問題の構造が見えてきた。
限られた資源を、早い者勝ちで奪い合っている状態だ。
「1日にどのくらい汲めるんだ?」
「さあ……数えたことはないですが、昔は足りてましたよ。人が増えてからおかしくなった」
古参の男がチラリと新参を睨む。新参は黙って目を逸らした。
俺はしばらく考え込んだ。
(人が増えたのに井戸は増えてない。そりゃ足りなくなるわな)
単純な話だ。解決策も見えている。
「分かった。少し時間をくれ。対策を考える」
俺はその場を離れ、セバスと共に領主館へ戻った。
---
執務室で、俺は紙に数字を書き出していた。
現在の人口、約6000人。
井戸の数は5つ。
1日に各井戸から汲める量を概算すると——
「セバス、1世帯あたりの1日の水使用量は?」
「飲料、調理、洗濯、家畜の水やりを含めますと、平均で桶6杯程度かと」
「6杯か……」
計算してみる。世帯数を約1200として、1日に必要な総量は7200杯。
井戸5つで賄うなら、1つあたり1440杯。
朝から夕方までの稼働時間を考えると——ギリギリだが、足りなくはない。
問題は配分だ。
「セバス、こういうのはどうだ」
俺は考えをまとめながら話した。
「まず、1世帯あたりの使用量に上限を設ける。1日6杯まで。これで総量は足りる計算だ」
「なるほど、筋は通っております」
「それだけじゃ守られないだろうから、記録制を導入する。井戸に記録係を置いて、使用者の名前と杯数を記録させる。誰がどれだけ使ったか可視化すれば、不正も防げるし、問題が起きた時に原因を追える」
セバスが少し考え込んだ。
「……記録係は誰が務めますか?」
「自警団から出してもらう。ガルドに頼めば、真面目な奴を選んでくれるだろう」
「承知いたしました」
セバスの声に、わずかな引っかかりを感じた。
だが、これで足りるはずだ。
「明日、住民を集めて発表する」
---
翌日、広場に住民が集まった。
古参も新参も、不安そうな顔でこちらを見ている。
俺は壇上に立ち、昨日まとめたルールを説明した。
「——というわけで、1世帯あたり1日6杯を上限とする。井戸には記録係を置くので、使用時は名前と杯数を申告してくれ」
説明を終えると、しばらく沈黙が流れた。
古参の住民たちは顔を見合わせている。
不満そうではあるが、反論は出ない。俺の顔を見て、渋々といった様子で頷く者が多い。
新参の方は——よく分からない表情だ。納得しているのか、していないのか。
「質問はあるか?」
誰も手を挙げない。
「……では、明日から運用を開始する」
俺が壇を降りると、住民たちは三々五々散っていった。
その背中を見送りながら、妙な違和感が胸に残る。
(なんだ、この感じは)
反対意見が出なかった。それはいいことのはずだ。
だが——何かが引っかかる。
「殿下」
セバスが横に立った。
「上手くいきましたな」
「……ああ」
俺は曖昧に頷いた。
上手くいった。はずだ。論理的には何も間違っていない。
違和感の正体が分からないまま、俺は執務室へ戻った。
---
それから数日。
表面上は、井戸のトラブルは収まっていた。
「記録係からの報告では、大きな揉め事は起きていないようです」
ガルドの報告に、俺は頷いた。
「そうか。ならいい」
だが、数字を見ていたリーネが顔を上げた。
「殿下」
「なんだ?」
「水の使用量が減っています」
「……減ってる?」
リーネが帳簿を差し出した。
ルール導入前と後の、井戸ごとの総使用量。確かに、全体で2割ほど減少している。
「節約してるんじゃないのか?」
「いえ……」
リーネはわずかに眉をひそめた。彼女がこういう顔をするのは珍しい。
「使わなくなったんじゃなくて、使えなくなってるんだと思います」
「どういう意味だ?」
「井戸に記録係がいることで、使いに行くこと自体を避けてる人がいるんじゃないかと。特に新参の——」
その時、執務室の扉が勢いよく開いた。
「殿下!」
息を切らせた自警団員が立っていた。
「東の井戸で、また揉め事です! 今度は記録係に掴みかかった奴がいて——古参の連中がキレて——」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
(やっぱり、何か間違えてたのか——?)
リーネの言葉が頭を過ぎる。
使えなくなっている。
違和感の正体は、これだったのか。
俺は執務室を飛び出した。
「だから俺が先に並んでたんだよ!」
「嘘つけ! お前が来た時には俺はもう桶持って待ってたんだ!」
二人の男が胸ぐらを掴み合っている。
周りには野次馬が集まり、止めるでもなく眺めている。空気が悪い。
「やめろ」
俺が声をかけると、二人がこちらを見た。
一人は見覚えがある。古参の住民だ。もう一人は知らない顔——新参か。
「殿下……」
古参の男が手を離した。新参の方も、俺の顔を見て気まずそうに後ずさる。
「どうした。何があった」
「こいつが割り込んできやがったんです」
古参が新参を指さす。
「割り込んでねえよ! 俺が先だったんだ!」
「嘘つけ!」
また掴みかかりそうになったので、俺は二人の間に入った。
「落ち着け。順番に話せ」
ガルドが野次馬を散らし、俺は二人から事情を聞いた。
要約すると、どっちが先に並んでいたかで揉めた。それだけだ。
「……そもそも、なんでそんなに急いで汲みたいんだ?」
「そりゃあ、夕方になると出が悪くなるからですよ」
古参の男が当然のように言った。
「出が悪くなる?」
「殿下、知らないんですか? 井戸ってのは汲みすぎると出が悪くなるんですよ。夕方なんかチョロチョロだ」
知らなかった。
いや、考えれば当然か。地下水脈の補給速度より汲み上げが速ければ、水位は下がる。
「つまり、朝のうちに汲まないと損をする、と」
「そういうことです。だから皆、朝に殺到するんで」
なるほど。問題の構造が見えてきた。
限られた資源を、早い者勝ちで奪い合っている状態だ。
「1日にどのくらい汲めるんだ?」
「さあ……数えたことはないですが、昔は足りてましたよ。人が増えてからおかしくなった」
古参の男がチラリと新参を睨む。新参は黙って目を逸らした。
俺はしばらく考え込んだ。
(人が増えたのに井戸は増えてない。そりゃ足りなくなるわな)
単純な話だ。解決策も見えている。
「分かった。少し時間をくれ。対策を考える」
俺はその場を離れ、セバスと共に領主館へ戻った。
---
執務室で、俺は紙に数字を書き出していた。
現在の人口、約6000人。
井戸の数は5つ。
1日に各井戸から汲める量を概算すると——
「セバス、1世帯あたりの1日の水使用量は?」
「飲料、調理、洗濯、家畜の水やりを含めますと、平均で桶6杯程度かと」
「6杯か……」
計算してみる。世帯数を約1200として、1日に必要な総量は7200杯。
井戸5つで賄うなら、1つあたり1440杯。
朝から夕方までの稼働時間を考えると——ギリギリだが、足りなくはない。
問題は配分だ。
「セバス、こういうのはどうだ」
俺は考えをまとめながら話した。
「まず、1世帯あたりの使用量に上限を設ける。1日6杯まで。これで総量は足りる計算だ」
「なるほど、筋は通っております」
「それだけじゃ守られないだろうから、記録制を導入する。井戸に記録係を置いて、使用者の名前と杯数を記録させる。誰がどれだけ使ったか可視化すれば、不正も防げるし、問題が起きた時に原因を追える」
セバスが少し考え込んだ。
「……記録係は誰が務めますか?」
「自警団から出してもらう。ガルドに頼めば、真面目な奴を選んでくれるだろう」
「承知いたしました」
セバスの声に、わずかな引っかかりを感じた。
だが、これで足りるはずだ。
「明日、住民を集めて発表する」
---
翌日、広場に住民が集まった。
古参も新参も、不安そうな顔でこちらを見ている。
俺は壇上に立ち、昨日まとめたルールを説明した。
「——というわけで、1世帯あたり1日6杯を上限とする。井戸には記録係を置くので、使用時は名前と杯数を申告してくれ」
説明を終えると、しばらく沈黙が流れた。
古参の住民たちは顔を見合わせている。
不満そうではあるが、反論は出ない。俺の顔を見て、渋々といった様子で頷く者が多い。
新参の方は——よく分からない表情だ。納得しているのか、していないのか。
「質問はあるか?」
誰も手を挙げない。
「……では、明日から運用を開始する」
俺が壇を降りると、住民たちは三々五々散っていった。
その背中を見送りながら、妙な違和感が胸に残る。
(なんだ、この感じは)
反対意見が出なかった。それはいいことのはずだ。
だが——何かが引っかかる。
「殿下」
セバスが横に立った。
「上手くいきましたな」
「……ああ」
俺は曖昧に頷いた。
上手くいった。はずだ。論理的には何も間違っていない。
違和感の正体が分からないまま、俺は執務室へ戻った。
---
それから数日。
表面上は、井戸のトラブルは収まっていた。
「記録係からの報告では、大きな揉め事は起きていないようです」
ガルドの報告に、俺は頷いた。
「そうか。ならいい」
だが、数字を見ていたリーネが顔を上げた。
「殿下」
「なんだ?」
「水の使用量が減っています」
「……減ってる?」
リーネが帳簿を差し出した。
ルール導入前と後の、井戸ごとの総使用量。確かに、全体で2割ほど減少している。
「節約してるんじゃないのか?」
「いえ……」
リーネはわずかに眉をひそめた。彼女がこういう顔をするのは珍しい。
「使わなくなったんじゃなくて、使えなくなってるんだと思います」
「どういう意味だ?」
「井戸に記録係がいることで、使いに行くこと自体を避けてる人がいるんじゃないかと。特に新参の——」
その時、執務室の扉が勢いよく開いた。
「殿下!」
息を切らせた自警団員が立っていた。
「東の井戸で、また揉め事です! 今度は記録係に掴みかかった奴がいて——古参の連中がキレて——」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
(やっぱり、何か間違えてたのか——?)
リーネの言葉が頭を過ぎる。
使えなくなっている。
違和感の正体は、これだったのか。
俺は執務室を飛び出した。
22
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―
やまだ
ファンタジー
朝、昼、夜を超えてまた朝と昼を働いたあの日、救急医高梨は死んでしまった。比喩ではなく、死んだのだ。
次に目覚めたのは、魔法が存在する異世界・パストリア王国。
クラリスという少女として、救急医は“二度目の人生”を始めることになった。
この世界では、一人ひとりに魔法がひとつだけ授けられる。
クラリスが与えられたのは、《消去》の力――なんだそれ。
「今度こそ、過労死しない!」
そう決意したのに、見過ごせない。困っている人がいると、放っておけない。
街の診療所から始まった小さな行動は、やがて王城へ届き、王族までも巻き込む騒動に。
そして、ちょっと推してる王子にまで、なぜか気に入られてしまい……?
命を救う覚悟と、前世からの後悔を胸に――
クラリス、二度目の人生は“自分のために”生き抜きます。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……
ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。
そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。
※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。
※残酷描写は保険です。
※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。
転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~
志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。
けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。
そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。
‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。
「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる