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24話:周りを見ろ
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東の井戸に駆けつけると、さっきより酷いことになっていた。
「ふざけんな! 毎回毎回名前呼ばれて、何杯だ何杯だって! 俺は罪人か!」
新参の若い男が、記録係の自警団員に掴みかかっている。
周りには古参の住民たちが集まり、その目は明らかに敵意を帯びていた。
「おい新参、手ェ離せよ」
「俺たちは我慢してルール守ってんだ。お前らだけ文句言ってんじゃねえぞ」
「うるせえ! お前らは元からここにいただろうが! 俺たちは——」
「やめろ」
俺が声を上げると、全員の視線がこちらに集まった。
「……殿下」
新参の男が手を離した。だが、その目には不満がありありと浮かんでいる。
古参たちも、俺を見てはいるが——どこか冷めた空気がある。
「何があった」
「何があったも何も、こいつが記録係に暴言吐いて——」
「違う! あいつが俺の名前を呼ぶ時、わざと嫌な言い方して——」
「被害妄想だろうが!」
また言い争いが始まりそうになる。
俺は手を挙げて制した。
「分かった。双方から話を聞く。場所を変えよう」
---
領主館の一室で、俺はまず古参の代表数人から話を聞いた。
「正直に言ってくれ。今のルールに不満はあるか」
最初は口が重かった。だが、一人が話し始めると、堰を切ったように出てきた。
「……不満がないと言えば嘘になります」
古参の年長者が言った。
「……面白くはねえですよ、正直。あの井戸、俺らが掘ったんだ。なんで今さら記録だの上限だの言われなきゃなんねえんだ」
「だが、殿下が決めたことです。だから従ってる。文句は言いません」
「でも——」
別の男が続けた。
「新参の連中が文句ばっかり言ってるのを見ると、腹が立つんです。俺たちは我慢してるのに、あいつらは何なんだって」
俺は黙って聞いていた。
次に、新参の代表を呼んだ。
「同じことを聞く。不満はあるか」
こちらも最初は口ごもっていたが、やがて話し始めた。
「……好きで来たわけじゃねえんです」
若い男が言った。
「前の村じゃ食えなくなって、仕方なく。でも来てみりゃテント暮らしで、井戸行きゃ名前呼ばれて——」
「……それが?」
「監視されてるみてえで。『お前はよそ者だ』って毎回言われてる気がして」
別の新参が付け加えた。
「古参の連中の目、分かりますか。『お前らのせいだ』って顔で見てくる。……俺らだって好きで来たんじゃねえのに」
---
話を聞き終えた後、俺は執務室で一人、頭を抱えていた。
古参の言い分は分かる。
新参の気持ちも分かる。
どちらも間違っていない。
だが、俺のルールは——両方を傷つけていた。
「くそ……」
記録制は、公平のために導入した。
でも古参にとっては「今さら許可を求めさせられる屈辱」。
新参にとっては「よそ者だと烙印を押される仕組み」。
同じルールが、立場によって全く違う意味を持っていた。
そんな当たり前のことに、なぜ気づかなかった。
数字ばかり見ていた。
人の顔を見ていなかった。
「……どうすりゃいいんだ」
答えが出ない。
井戸を増やせば解決するのか? いや、それでも感情の対立は残る。
かといって、何もしなければ状況は悪化する一方だ。
運命点を使うか?
——いや、使ってどうなる。人の心は運命点じゃ動かせない。
頭を抱えたまま、どれくらい経ったか分からない。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
「……誰だ」
「リーネです。お茶をお持ちしました」
「……入れ」
扉が開き、リーネが盆を手に入ってきた。
机の上に湯気の立つカップを置く。
「……ありがとう」
俺がぼそりと言うと、リーネは少し躊躇ってから口を開いた。
「あの。差し出がましいとは思いますが」
「なんだ」
「……井戸の件」
俺は顔を上げた。リーネの顔は相変わらず無表情だが、どこか言いにくそうだ。
「住民の間では、新しい井戸を掘ろうという話があったんです」
「……なに?」
「古参の中に、水脈の場所を知ってる人がいるらしくて。皆で手分けすれば掘れるんじゃないかって」
初耳だった。
「なんでだれも俺に言わなかった」
「殿下がルールを決めたので。……皆、『殿下が言うなら、それが正しいんだろう』って」
言葉が詰まった。
俺が決めたから。
俺の言葉で、住民たちは自分の考えを引っ込めた。
「リーネ」
「はい」
「俺は、間違えたのか?」
リーネは少し黙ってから、静かに言った。
「……殿下の考えは、間違っていないと思います」
「でも失敗した」
「はい」
容赦がない。だが、それがリーネだ。
「殿下の考えは間違ってないと思います。でも……」
彼女は少し間を置いた。
「なんでも一人で決めすぎです。もっと周りを頼ってもいいのに」
その言葉が、妙に胸に響いた。
周りを頼る。
俺は、それをしていただろうか。
セバスやガルドに仕事は任せている。でも、決断はいつも一人でしていた。
相談はするが、最終的には自分で答えを出す。
それが正しいと思っていた。
でも——住民たちの中には、俺より現場を知っている人がいる。
水脈の場所を知っている古参がいる。
彼らを頼れば、違う道があったのかもしれない。
「……井戸を掘るか」
俺は呟いた。
「古参に協力を頼む。新参も——掘削作業に参加させよう。一緒に汗をかけば、少しはマシになるかもしれない」
言いながら、頭の中で計画が形になっていく。
「そうだ、それでいい。水脈を知ってる古参を探して、新参と古参で作業班を組ませて——」
俺は勢いよく立ち上がった。
「リーネ、ありがとう」
「え?」
「お前のおかげで目が覚めた。よし、ガルドに相談してくる!」
俺は紅茶に口もつけず、執務室を飛び出した。
---
誰もいなくなった執務室。
リーネは机の上に残された紅茶を見つめていた。
「……飲んでないし」
呆れたような呟き。
でも、その口元は——ほんの少しだけ、緩んでいた。
「……まあ、いいですけど」
誰にも聞こえない小さな声で、そう言った。
「ふざけんな! 毎回毎回名前呼ばれて、何杯だ何杯だって! 俺は罪人か!」
新参の若い男が、記録係の自警団員に掴みかかっている。
周りには古参の住民たちが集まり、その目は明らかに敵意を帯びていた。
「おい新参、手ェ離せよ」
「俺たちは我慢してルール守ってんだ。お前らだけ文句言ってんじゃねえぞ」
「うるせえ! お前らは元からここにいただろうが! 俺たちは——」
「やめろ」
俺が声を上げると、全員の視線がこちらに集まった。
「……殿下」
新参の男が手を離した。だが、その目には不満がありありと浮かんでいる。
古参たちも、俺を見てはいるが——どこか冷めた空気がある。
「何があった」
「何があったも何も、こいつが記録係に暴言吐いて——」
「違う! あいつが俺の名前を呼ぶ時、わざと嫌な言い方して——」
「被害妄想だろうが!」
また言い争いが始まりそうになる。
俺は手を挙げて制した。
「分かった。双方から話を聞く。場所を変えよう」
---
領主館の一室で、俺はまず古参の代表数人から話を聞いた。
「正直に言ってくれ。今のルールに不満はあるか」
最初は口が重かった。だが、一人が話し始めると、堰を切ったように出てきた。
「……不満がないと言えば嘘になります」
古参の年長者が言った。
「……面白くはねえですよ、正直。あの井戸、俺らが掘ったんだ。なんで今さら記録だの上限だの言われなきゃなんねえんだ」
「だが、殿下が決めたことです。だから従ってる。文句は言いません」
「でも——」
別の男が続けた。
「新参の連中が文句ばっかり言ってるのを見ると、腹が立つんです。俺たちは我慢してるのに、あいつらは何なんだって」
俺は黙って聞いていた。
次に、新参の代表を呼んだ。
「同じことを聞く。不満はあるか」
こちらも最初は口ごもっていたが、やがて話し始めた。
「……好きで来たわけじゃねえんです」
若い男が言った。
「前の村じゃ食えなくなって、仕方なく。でも来てみりゃテント暮らしで、井戸行きゃ名前呼ばれて——」
「……それが?」
「監視されてるみてえで。『お前はよそ者だ』って毎回言われてる気がして」
別の新参が付け加えた。
「古参の連中の目、分かりますか。『お前らのせいだ』って顔で見てくる。……俺らだって好きで来たんじゃねえのに」
---
話を聞き終えた後、俺は執務室で一人、頭を抱えていた。
古参の言い分は分かる。
新参の気持ちも分かる。
どちらも間違っていない。
だが、俺のルールは——両方を傷つけていた。
「くそ……」
記録制は、公平のために導入した。
でも古参にとっては「今さら許可を求めさせられる屈辱」。
新参にとっては「よそ者だと烙印を押される仕組み」。
同じルールが、立場によって全く違う意味を持っていた。
そんな当たり前のことに、なぜ気づかなかった。
数字ばかり見ていた。
人の顔を見ていなかった。
「……どうすりゃいいんだ」
答えが出ない。
井戸を増やせば解決するのか? いや、それでも感情の対立は残る。
かといって、何もしなければ状況は悪化する一方だ。
運命点を使うか?
——いや、使ってどうなる。人の心は運命点じゃ動かせない。
頭を抱えたまま、どれくらい経ったか分からない。
コンコン、と控えめなノックの音がした。
「……誰だ」
「リーネです。お茶をお持ちしました」
「……入れ」
扉が開き、リーネが盆を手に入ってきた。
机の上に湯気の立つカップを置く。
「……ありがとう」
俺がぼそりと言うと、リーネは少し躊躇ってから口を開いた。
「あの。差し出がましいとは思いますが」
「なんだ」
「……井戸の件」
俺は顔を上げた。リーネの顔は相変わらず無表情だが、どこか言いにくそうだ。
「住民の間では、新しい井戸を掘ろうという話があったんです」
「……なに?」
「古参の中に、水脈の場所を知ってる人がいるらしくて。皆で手分けすれば掘れるんじゃないかって」
初耳だった。
「なんでだれも俺に言わなかった」
「殿下がルールを決めたので。……皆、『殿下が言うなら、それが正しいんだろう』って」
言葉が詰まった。
俺が決めたから。
俺の言葉で、住民たちは自分の考えを引っ込めた。
「リーネ」
「はい」
「俺は、間違えたのか?」
リーネは少し黙ってから、静かに言った。
「……殿下の考えは、間違っていないと思います」
「でも失敗した」
「はい」
容赦がない。だが、それがリーネだ。
「殿下の考えは間違ってないと思います。でも……」
彼女は少し間を置いた。
「なんでも一人で決めすぎです。もっと周りを頼ってもいいのに」
その言葉が、妙に胸に響いた。
周りを頼る。
俺は、それをしていただろうか。
セバスやガルドに仕事は任せている。でも、決断はいつも一人でしていた。
相談はするが、最終的には自分で答えを出す。
それが正しいと思っていた。
でも——住民たちの中には、俺より現場を知っている人がいる。
水脈の場所を知っている古参がいる。
彼らを頼れば、違う道があったのかもしれない。
「……井戸を掘るか」
俺は呟いた。
「古参に協力を頼む。新参も——掘削作業に参加させよう。一緒に汗をかけば、少しはマシになるかもしれない」
言いながら、頭の中で計画が形になっていく。
「そうだ、それでいい。水脈を知ってる古参を探して、新参と古参で作業班を組ませて——」
俺は勢いよく立ち上がった。
「リーネ、ありがとう」
「え?」
「お前のおかげで目が覚めた。よし、ガルドに相談してくる!」
俺は紅茶に口もつけず、執務室を飛び出した。
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誰もいなくなった執務室。
リーネは机の上に残された紅茶を見つめていた。
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でも、その口元は——ほんの少しだけ、緩んでいた。
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