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26話:策士の眼差し
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王都の一角にある屋敷。
執務室で書類を捌いていた俺——リアン・フォン・シンラは、報告を聞いて手を止めた。
「……もう一度言え」
「はっ。アルカス領では人口急増に伴う水不足が発生しておりましたが、新たな井戸の掘削により解決した模様です」
商人の姿をした男が、淡々と報告を続ける。
「掘削は古参と新参の混成班で行われ、領主自ら作業に参加。住民の結束は以前より強まっているかと」
「……そうか」
俺は椅子の背にもたれた。
周辺の村に噂を流し、住民をアルカスへ誘導する。
人口が増えればインフラは逼迫し、不満が生まれる。
そこに少し火種を投げ込めば、内部から綻びが生じる——そのはずだった。
(水不足は起きた。揉め事も起きた。だが、解決された)
しかも、混乱を収めるだけでなく、住民の結束まで強めている。
予想より厄介だ。
「技術面はどうだ」
「石炭の採掘、製鉄は順調に拡大中です。品質は高く、ベルンでも評判になりつつあります」
「製法は?」
「不明です。工房への立ち入りは制限されており、詳細は掴めておりません」
秘密主義か。賢明だな。
「街の様子は」
「活気があります。飢えた者はおらず、住居の建設も進んでいます。ただ——」
「ただ?」
「まだテント暮らしの者も多く、生活基盤は万全とは言えません。娯楽も乏しいかと」
なるほど。急成長の歪みはある。
だが、それを補って余りある勢いがある。
「……下がれ。引き続き報告を怠るな」
「はっ」
男が退出した後、俺は窓の外に目を向けた。
アレン・フォン・シンラ。
第三王子。母の身分が低く、王位継承の泡沫候補——のはずだった。
王位継承報告会で初めてまともに見た。
穏やかな笑みを浮かべ、控えめに成果を報告する姿。
あの時、直感した。
こいつは何か隠している、と。
(だが、まさかここまでとはな)
フェルゼン侯爵とゼクス辺境伯。
中立派の重鎮と、北の武人。
あの二人を味方につけるなど、並の手腕ではない。
***
数日後、俺は王城を訪れていた。
父王への定期報告——という名目だが、本当の目的は別にある。
「リアン殿下、お久しぶりでございます」
「エレオノーラ殿。息災で何よりだ」
近衛騎士団副団長、エレオノーラ・フォン・クライツェン。
赤髪に白銀の鎧。凛とした佇まいは、いつ見ても絵になる。
「父上への報告の前に、少し話を聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「アルカスの視察に行っていたと聞いた。弟の様子はどうだった?」
単刀直入に聞く。
この女は回りくどい言い方を好まない。
エレオノーラは一瞬、目を細めた。
「……何をお聞きになりたいので?」
「率直な評価だ。技術や成果ではなく、アレン自身への印象を」
沈黙が流れた。
エレオノーラは俺の目をまっすぐ見つめている。
「……正直に申し上げます」
「ああ」
「私は最初、アレン殿下を侮っておりました。顔だけの軟弱者だと」
「今は違うと?」
「はい」
エレオノーラの声に、熱がこもった。
「殿下は、民のために手を汚す覚悟をお持ちです。綺麗事だけでは守れないものがあると理解し、それでも前に進む強さがある」
「……ほう」
「私欲のためではありません。領民を、仲間を守るために戦っておられる。その姿勢は——騎士として、尊敬に値します」
「北壁砦での一件も聞いている。魔物の大群を、味方の損害なしで退けたとか」
エレオノーラの表情が、一瞬だけ固くなった。
「……はい。見事な采配でした」
何か含みのある言い方だ。
だが、追及しても答えないだろう。この女はそういう性格だ。
「技術に関しては? 魔法や不正の痕跡は」
「一切ありませんでした。探知の水晶にも反応なし。全て正当な手段による発展です」
つまり、実力だということか。
予想以上だ。
エレオノーラは堅物で知られている。
媚びず、飾らず、思ったことをそのまま口にする女だ。
その彼女がここまで言うとは。
「随分と入れ込んでいるな」
「事実を述べただけです」
そう言いながら、エレオノーラはわずかに視線を逸らした。
「……ただ」
「ただ?」
「騎士として尊敬している。それだけです」
聞いてもいないことを付け加えた。
ほう、これは——。
「そうか。では女としてはどうなんだ?」
軽い冗談のつもりだった。
だが、エレオノーラの耳がかすかに赤くなった。
「なっ——何を仰っているのですか。私は騎士です。そのような感情は——」
「分かった分かった。悪かった」
珍しいものを見た。
あの鉄面皮が動揺するとは。
「と、とにかく」
エレオノーラは咳払いをして、表情を引き締めた。
「失礼ながら、殿下がなぜアレン殿下のことをお聞きになるのか。その意図は存じませんが」
赤い瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
「アレン殿下は、信頼に値するお方です。それだけはお伝えしておきます」
俺は笑みを浮かべた。
「忠告として受け取っておこう」
***
屋敷に戻り、俺は一人、思考を巡らせていた。
(あの堅物がここまで言うか)
スパイの報告だけなら、まだ疑う余地があった。
現場の人間は、往々にして物事を大げさに伝える。
だが、エレオノーラは違う。
彼女が認めたということは、本物だということだ。
窓の外を見る。
西の空が、夕焼けに染まっていた。
王位継承まで、あと二年。
本命はヴァリウス兄上だ。
武人肌で、軍の支持が厚い。まともにぶつかれば勝ち目は薄い。
だからこそ、俺は経済で勝負する。
富国こそ強兵の礎。金があれば人が集まり、人が集まれば力になる。
その戦略は変わらない。
だが——アレンは放置できない。
(フェルゼン、ゼクス……中立派と北の武力)
あの布陣は、俺の基盤を脅かしかねない。
中央の貴族がアレンに流れれば、俺の優位は崩れる。
「……厄介な弟だ」
呟いて、俺は机に向かった。
叩き潰す——とまでは言わない。
だが、成長は止めなければならない。
(まずは商人だ)
アルカスの弱点は、商業基盤の薄さ。
ミーシャという女商人が一人で回しているらしいが、逆に言えばそこを崩せば大きく揺らぐ。
新規の商人がアルカスに流れないよう、手を打つ。
同時に、人材の流出を誘導する。
「うちの方が暮らしやすい」——そう思わせればいい。
(上手くいけば、技術者も引き抜ける)
アルカスの製鉄技術。あれを手に入れれば、俺の経済圏はさらに強固になる。
ヴァリウス兄上との差を埋める、大きな一手になりうる。
妨害ではなく、競争だ。
正々堂々、経済で勝負する。
俺は羽ペンを取り、書状を書き始めた。
西部の商人たちへの指示書。
(待っていろ、アレン)
お前が何を隠しているのか、俺はまだ知らない。
だが、このまま伸ばすわけにはいかない。
夕焼けが、夜の闘に沈んでいく。
策士の戦いが、静かに幕を開けた。
執務室で書類を捌いていた俺——リアン・フォン・シンラは、報告を聞いて手を止めた。
「……もう一度言え」
「はっ。アルカス領では人口急増に伴う水不足が発生しておりましたが、新たな井戸の掘削により解決した模様です」
商人の姿をした男が、淡々と報告を続ける。
「掘削は古参と新参の混成班で行われ、領主自ら作業に参加。住民の結束は以前より強まっているかと」
「……そうか」
俺は椅子の背にもたれた。
周辺の村に噂を流し、住民をアルカスへ誘導する。
人口が増えればインフラは逼迫し、不満が生まれる。
そこに少し火種を投げ込めば、内部から綻びが生じる——そのはずだった。
(水不足は起きた。揉め事も起きた。だが、解決された)
しかも、混乱を収めるだけでなく、住民の結束まで強めている。
予想より厄介だ。
「技術面はどうだ」
「石炭の採掘、製鉄は順調に拡大中です。品質は高く、ベルンでも評判になりつつあります」
「製法は?」
「不明です。工房への立ち入りは制限されており、詳細は掴めておりません」
秘密主義か。賢明だな。
「街の様子は」
「活気があります。飢えた者はおらず、住居の建設も進んでいます。ただ——」
「ただ?」
「まだテント暮らしの者も多く、生活基盤は万全とは言えません。娯楽も乏しいかと」
なるほど。急成長の歪みはある。
だが、それを補って余りある勢いがある。
「……下がれ。引き続き報告を怠るな」
「はっ」
男が退出した後、俺は窓の外に目を向けた。
アレン・フォン・シンラ。
第三王子。母の身分が低く、王位継承の泡沫候補——のはずだった。
王位継承報告会で初めてまともに見た。
穏やかな笑みを浮かべ、控えめに成果を報告する姿。
あの時、直感した。
こいつは何か隠している、と。
(だが、まさかここまでとはな)
フェルゼン侯爵とゼクス辺境伯。
中立派の重鎮と、北の武人。
あの二人を味方につけるなど、並の手腕ではない。
***
数日後、俺は王城を訪れていた。
父王への定期報告——という名目だが、本当の目的は別にある。
「リアン殿下、お久しぶりでございます」
「エレオノーラ殿。息災で何よりだ」
近衛騎士団副団長、エレオノーラ・フォン・クライツェン。
赤髪に白銀の鎧。凛とした佇まいは、いつ見ても絵になる。
「父上への報告の前に、少し話を聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「アルカスの視察に行っていたと聞いた。弟の様子はどうだった?」
単刀直入に聞く。
この女は回りくどい言い方を好まない。
エレオノーラは一瞬、目を細めた。
「……何をお聞きになりたいので?」
「率直な評価だ。技術や成果ではなく、アレン自身への印象を」
沈黙が流れた。
エレオノーラは俺の目をまっすぐ見つめている。
「……正直に申し上げます」
「ああ」
「私は最初、アレン殿下を侮っておりました。顔だけの軟弱者だと」
「今は違うと?」
「はい」
エレオノーラの声に、熱がこもった。
「殿下は、民のために手を汚す覚悟をお持ちです。綺麗事だけでは守れないものがあると理解し、それでも前に進む強さがある」
「……ほう」
「私欲のためではありません。領民を、仲間を守るために戦っておられる。その姿勢は——騎士として、尊敬に値します」
「北壁砦での一件も聞いている。魔物の大群を、味方の損害なしで退けたとか」
エレオノーラの表情が、一瞬だけ固くなった。
「……はい。見事な采配でした」
何か含みのある言い方だ。
だが、追及しても答えないだろう。この女はそういう性格だ。
「技術に関しては? 魔法や不正の痕跡は」
「一切ありませんでした。探知の水晶にも反応なし。全て正当な手段による発展です」
つまり、実力だということか。
予想以上だ。
エレオノーラは堅物で知られている。
媚びず、飾らず、思ったことをそのまま口にする女だ。
その彼女がここまで言うとは。
「随分と入れ込んでいるな」
「事実を述べただけです」
そう言いながら、エレオノーラはわずかに視線を逸らした。
「……ただ」
「ただ?」
「騎士として尊敬している。それだけです」
聞いてもいないことを付け加えた。
ほう、これは——。
「そうか。では女としてはどうなんだ?」
軽い冗談のつもりだった。
だが、エレオノーラの耳がかすかに赤くなった。
「なっ——何を仰っているのですか。私は騎士です。そのような感情は——」
「分かった分かった。悪かった」
珍しいものを見た。
あの鉄面皮が動揺するとは。
「と、とにかく」
エレオノーラは咳払いをして、表情を引き締めた。
「失礼ながら、殿下がなぜアレン殿下のことをお聞きになるのか。その意図は存じませんが」
赤い瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
「アレン殿下は、信頼に値するお方です。それだけはお伝えしておきます」
俺は笑みを浮かべた。
「忠告として受け取っておこう」
***
屋敷に戻り、俺は一人、思考を巡らせていた。
(あの堅物がここまで言うか)
スパイの報告だけなら、まだ疑う余地があった。
現場の人間は、往々にして物事を大げさに伝える。
だが、エレオノーラは違う。
彼女が認めたということは、本物だということだ。
窓の外を見る。
西の空が、夕焼けに染まっていた。
王位継承まで、あと二年。
本命はヴァリウス兄上だ。
武人肌で、軍の支持が厚い。まともにぶつかれば勝ち目は薄い。
だからこそ、俺は経済で勝負する。
富国こそ強兵の礎。金があれば人が集まり、人が集まれば力になる。
その戦略は変わらない。
だが——アレンは放置できない。
(フェルゼン、ゼクス……中立派と北の武力)
あの布陣は、俺の基盤を脅かしかねない。
中央の貴族がアレンに流れれば、俺の優位は崩れる。
「……厄介な弟だ」
呟いて、俺は机に向かった。
叩き潰す——とまでは言わない。
だが、成長は止めなければならない。
(まずは商人だ)
アルカスの弱点は、商業基盤の薄さ。
ミーシャという女商人が一人で回しているらしいが、逆に言えばそこを崩せば大きく揺らぐ。
新規の商人がアルカスに流れないよう、手を打つ。
同時に、人材の流出を誘導する。
「うちの方が暮らしやすい」——そう思わせればいい。
(上手くいけば、技術者も引き抜ける)
アルカスの製鉄技術。あれを手に入れれば、俺の経済圏はさらに強固になる。
ヴァリウス兄上との差を埋める、大きな一手になりうる。
妨害ではなく、競争だ。
正々堂々、経済で勝負する。
俺は羽ペンを取り、書状を書き始めた。
西部の商人たちへの指示書。
(待っていろ、アレン)
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