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41話:不思議な芸人
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翌朝、俺は執務室でサリからの報告を読み返していた。
『王女が民の前に出る時だけ、空気が変わる』
『民の間で話題になったものを視察に行く傾向がある』
話題を作れば、王女が来る。
問題は、どうやって話題を作るか。
商人として入る?——身元を調べられる。危険だ。
学者?——エンヴァに用がある学者など不自然だ。
旅芸人?——芸がなければ話にならない。
「……芸、か」
ふと、前世のことを思い出した。
研究職だった頃、たまに地域の子供向けイベントに駆り出された。
会社の広報活動の一環で、科学実験ショーをやらされたのだ。
液体窒素でバラを凍らせたり、炎の色を変えたり。
子供たちは目を輝かせて「魔法みたい!」と喜んでいた。
あの頃は毎日終電で、休日出勤も当たり前だった。
何のために働いてるのか分からなくなって、それでも体に鞭打って——結局、過労で倒れてそのまま死んだ。
まさか、あの頃の知識がこんな形で役に立つとはな。
「魔法みたい、か……」
この世界には本物の魔法がある。
だが、魔法を使えるのは一部の人間だけだ。
魔法のように見えるが、魔法ではない技。
そんな不思議な芸を見せる旅芸人なら——話題になるかもしれない。
何がいい?
炎色反応。銅を燃やせば炎が緑になる。塩化ナトリウムで黄色、カリウムで紫。
派手だが……これだけでは弱い。もっとインパクトが欲しい。
銀鏡反応はどうだ。
透明な液体をガラス瓶に入れて振ると、内側が鏡のように銀色になる。
これは見世物として強い。
材料は——銀、硝酸、アンモニア、ブドウ糖。
銀は銀貨を溶かせばいい。
アンモニアは既にある。肥料を作る過程で生成している。
ブドウ糖はジャガイモを酸で煮て分解すれば作れる。
問題は硝酸だ。
前世なら試薬棚から取り出すだけだったが、この世界では——
……待て。何かで読んだ気がする。漫画だったか?
コウモリの糞。
洞窟に堆積したコウモリの糞から硝石が取れる。それを加工すれば硝酸になる。
この辺りに洞窟があったはずだ。ヴォルフに聞けば分かるだろう。
次。もう一つくらい派手なのが欲しい。
粉塵爆発。
ジャガイモからデンプンを取り出して乾燥させ、微細な粉末にする。
それを空中に撒いて火をつけると——一瞬で炎が広がる。
量を調整すれば危険はない。だが見た目は派手だ。
よし、これでいこう。
最後に——王女との接触手段。
透明インク。
ジャガイモの絞り汁で文字を書く。乾くと見えなくなる。
だが、海藻を黒焼きにした灰を水に溶かした液をかけると——文字が浮かび上がる。
ヨウ素デンプン反応だ。
これを『魔法の液』として王女に渡す。
「特別な液で文字が浮かぶ」と教えておけば、向こうへの連絡手段にもなる。
サリとの連絡にも使える。
俺は紙にメモを書き出した。
銀鏡反応——銀貨、コウモリの糞(硝石)、アンモニア、ジャガイモ
粉塵爆発——ジャガイモ(デンプン粉末)
透明インク——ジャガイモ、海藻
ジャガイモばかりだな。まあ、あるものを使うしかない。
俺は立ち上がり、ヴォルフを呼んだ。
***
「コウモリの糞、ですか」
ヴォルフが珍しく困惑した顔をした。
「ああ。洞窟に堆積しているやつだ。この辺りにないか」
「……北の山に一つ、心当たりがあります」
「採取できるか」
「やれと言われれば」
「頼む。あと、海藻も手配してくれ。昆布か、似たようなもの」
「……承知しました」
ヴォルフは何も聞かずに頷いた。
こういう時、理由を聞かずに従ってくれるのは本当に助かる。こんな知識どこで知ったかの言い訳を考えずに済むからな。
「セバスには俺から話す。準備は急ぎで」
「はい」
ヴォルフが去った後、俺は窓の外を眺めた。
上手くいくかどうかは分からない。
だが、やるしかない。
***
夕方、リーネが執務室に書類を届けに来た。
「殿下、今月の収支報告です」
「ああ、そこに置いてくれ」
リーネは机の端に書類を置いた。
「失礼します」
いつも通り、無表情で踵を返す。
だが、扉の前で足が止まった。
「……どうした」
「いえ」
リーネは振り返らなかった。
「セバス様から聞きました。エンヴァに、行かれると」
「ああ」
「……そうですか」
沈黙。
リーネの背中は動かない。何か言いたそうに見えるのは、気のせいか。
「……何かあるなら言え」
「別に」
「そうか」
また沈黙。
リーネがようやく振り返った。いつもの無表情。だが、どこかぎこちない。
「……お気をつけて」
「ああ」
「…………」
「…………」
何だこの空気。
リーネは俺を見ている。俺もリーネを見ている。なぜか目が逸らせない。
「あの、リーネ」
「はい」
「……いや、何でもない」
「そうですか」
リーネが一歩近づいた。書類の置き忘れでもあったか?
「殿下」
「な、何だ」
近い。なぜか近い。
「これを」
リーネが懐から小さな袋を取り出した。
「……何だこれ」
「お守りです。父が昔、遠征に行く時に母が持たせていたと聞いたので」
「……お前が作ったのか」
「経理の仕事の合間に」
リーネは無表情のまま袋を差し出した。
俺は受け取った。手が少し触れた。
「っ——」
「どうかしましたか」
「いや、何でも……ありがとう」
「いえ」
リーネはまた無表情に戻った。
「では、失礼します」
今度こそ、扉に向かう。
「リーネ」
「はい」
「……ちゃんと帰ってくる」
リーネの足が止まった。
振り返らないまま、小さく頷いた。
「……はい」
扉が閉まった。
俺は手の中の袋を見た。
不格好な縫い目。だが、丁寧に作ってある。
「……経理の仕事の合間、ね」
さっき、手が触れた時。
リーネは避けなかった。
……いや待て。普通、渡す時に手が触れるのは自然だ。
でも、わざわざお守りを作るか? 父と母の話までして。
いや、それは単に由来を説明しただけで——
でも、「経理の仕事の合間に」って。
忙しいのに、わざわざ時間を作って——
「…………」
俺は袋を懐にしまった。
「……まあ、深読みしすぎだな」
そう言いつつ、口元が緩むのを止められなかった。
***
翌日。
定期報告のため王都から来ていたエレオノーラが、執務室を訪れた。
「殿下。報告書をお持ちしました」
「ああ、ご苦労」
いつも通りの事務的なやり取り。
だが、報告を終えたエレオノーラは、帰ろうとせずに少し間を置いた。
「……エンヴァに行かれると伺いました」
「セバスから聞いたか」
「はい。単身でお忍び、と」
「目立つわけにいかないからな」
エレオノーラは何か言いたげに口を開きかけ、やめた。
代わりに、騎士の礼を取った。
「……ご武運を」
いつもの凛とした声。だが、どこか硬い気がした。
「ああ……ありがとう」
エレオノーラは頷いたが、まだ何か言いたげに見えた。
気のせいか。
「——そうだ、エレオノーラ」
「はい」
「数日後に予行演習をやる。旅芸人として潜入するから、その練習だ」
「旅芸人……ですか」
エレオノーラが怪訝な顔をした。当然だ。王子が芸人とは。
「せっかくだ、見ていけ。お前の反応も参考になる」
「……承知しました」
エレオノーラは頷いて去っていった。
旅芸人の予行演習。
堅物騎士がどんな顔をするか、少し楽しみだ。
『王女が民の前に出る時だけ、空気が変わる』
『民の間で話題になったものを視察に行く傾向がある』
話題を作れば、王女が来る。
問題は、どうやって話題を作るか。
商人として入る?——身元を調べられる。危険だ。
学者?——エンヴァに用がある学者など不自然だ。
旅芸人?——芸がなければ話にならない。
「……芸、か」
ふと、前世のことを思い出した。
研究職だった頃、たまに地域の子供向けイベントに駆り出された。
会社の広報活動の一環で、科学実験ショーをやらされたのだ。
液体窒素でバラを凍らせたり、炎の色を変えたり。
子供たちは目を輝かせて「魔法みたい!」と喜んでいた。
あの頃は毎日終電で、休日出勤も当たり前だった。
何のために働いてるのか分からなくなって、それでも体に鞭打って——結局、過労で倒れてそのまま死んだ。
まさか、あの頃の知識がこんな形で役に立つとはな。
「魔法みたい、か……」
この世界には本物の魔法がある。
だが、魔法を使えるのは一部の人間だけだ。
魔法のように見えるが、魔法ではない技。
そんな不思議な芸を見せる旅芸人なら——話題になるかもしれない。
何がいい?
炎色反応。銅を燃やせば炎が緑になる。塩化ナトリウムで黄色、カリウムで紫。
派手だが……これだけでは弱い。もっとインパクトが欲しい。
銀鏡反応はどうだ。
透明な液体をガラス瓶に入れて振ると、内側が鏡のように銀色になる。
これは見世物として強い。
材料は——銀、硝酸、アンモニア、ブドウ糖。
銀は銀貨を溶かせばいい。
アンモニアは既にある。肥料を作る過程で生成している。
ブドウ糖はジャガイモを酸で煮て分解すれば作れる。
問題は硝酸だ。
前世なら試薬棚から取り出すだけだったが、この世界では——
……待て。何かで読んだ気がする。漫画だったか?
コウモリの糞。
洞窟に堆積したコウモリの糞から硝石が取れる。それを加工すれば硝酸になる。
この辺りに洞窟があったはずだ。ヴォルフに聞けば分かるだろう。
次。もう一つくらい派手なのが欲しい。
粉塵爆発。
ジャガイモからデンプンを取り出して乾燥させ、微細な粉末にする。
それを空中に撒いて火をつけると——一瞬で炎が広がる。
量を調整すれば危険はない。だが見た目は派手だ。
よし、これでいこう。
最後に——王女との接触手段。
透明インク。
ジャガイモの絞り汁で文字を書く。乾くと見えなくなる。
だが、海藻を黒焼きにした灰を水に溶かした液をかけると——文字が浮かび上がる。
ヨウ素デンプン反応だ。
これを『魔法の液』として王女に渡す。
「特別な液で文字が浮かぶ」と教えておけば、向こうへの連絡手段にもなる。
サリとの連絡にも使える。
俺は紙にメモを書き出した。
銀鏡反応——銀貨、コウモリの糞(硝石)、アンモニア、ジャガイモ
粉塵爆発——ジャガイモ(デンプン粉末)
透明インク——ジャガイモ、海藻
ジャガイモばかりだな。まあ、あるものを使うしかない。
俺は立ち上がり、ヴォルフを呼んだ。
***
「コウモリの糞、ですか」
ヴォルフが珍しく困惑した顔をした。
「ああ。洞窟に堆積しているやつだ。この辺りにないか」
「……北の山に一つ、心当たりがあります」
「採取できるか」
「やれと言われれば」
「頼む。あと、海藻も手配してくれ。昆布か、似たようなもの」
「……承知しました」
ヴォルフは何も聞かずに頷いた。
こういう時、理由を聞かずに従ってくれるのは本当に助かる。こんな知識どこで知ったかの言い訳を考えずに済むからな。
「セバスには俺から話す。準備は急ぎで」
「はい」
ヴォルフが去った後、俺は窓の外を眺めた。
上手くいくかどうかは分からない。
だが、やるしかない。
***
夕方、リーネが執務室に書類を届けに来た。
「殿下、今月の収支報告です」
「ああ、そこに置いてくれ」
リーネは机の端に書類を置いた。
「失礼します」
いつも通り、無表情で踵を返す。
だが、扉の前で足が止まった。
「……どうした」
「いえ」
リーネは振り返らなかった。
「セバス様から聞きました。エンヴァに、行かれると」
「ああ」
「……そうですか」
沈黙。
リーネの背中は動かない。何か言いたそうに見えるのは、気のせいか。
「……何かあるなら言え」
「別に」
「そうか」
また沈黙。
リーネがようやく振り返った。いつもの無表情。だが、どこかぎこちない。
「……お気をつけて」
「ああ」
「…………」
「…………」
何だこの空気。
リーネは俺を見ている。俺もリーネを見ている。なぜか目が逸らせない。
「あの、リーネ」
「はい」
「……いや、何でもない」
「そうですか」
リーネが一歩近づいた。書類の置き忘れでもあったか?
「殿下」
「な、何だ」
近い。なぜか近い。
「これを」
リーネが懐から小さな袋を取り出した。
「……何だこれ」
「お守りです。父が昔、遠征に行く時に母が持たせていたと聞いたので」
「……お前が作ったのか」
「経理の仕事の合間に」
リーネは無表情のまま袋を差し出した。
俺は受け取った。手が少し触れた。
「っ——」
「どうかしましたか」
「いや、何でも……ありがとう」
「いえ」
リーネはまた無表情に戻った。
「では、失礼します」
今度こそ、扉に向かう。
「リーネ」
「はい」
「……ちゃんと帰ってくる」
リーネの足が止まった。
振り返らないまま、小さく頷いた。
「……はい」
扉が閉まった。
俺は手の中の袋を見た。
不格好な縫い目。だが、丁寧に作ってある。
「……経理の仕事の合間、ね」
さっき、手が触れた時。
リーネは避けなかった。
……いや待て。普通、渡す時に手が触れるのは自然だ。
でも、わざわざお守りを作るか? 父と母の話までして。
いや、それは単に由来を説明しただけで——
でも、「経理の仕事の合間に」って。
忙しいのに、わざわざ時間を作って——
「…………」
俺は袋を懐にしまった。
「……まあ、深読みしすぎだな」
そう言いつつ、口元が緩むのを止められなかった。
***
翌日。
定期報告のため王都から来ていたエレオノーラが、執務室を訪れた。
「殿下。報告書をお持ちしました」
「ああ、ご苦労」
いつも通りの事務的なやり取り。
だが、報告を終えたエレオノーラは、帰ろうとせずに少し間を置いた。
「……エンヴァに行かれると伺いました」
「セバスから聞いたか」
「はい。単身でお忍び、と」
「目立つわけにいかないからな」
エレオノーラは何か言いたげに口を開きかけ、やめた。
代わりに、騎士の礼を取った。
「……ご武運を」
いつもの凛とした声。だが、どこか硬い気がした。
「ああ……ありがとう」
エレオノーラは頷いたが、まだ何か言いたげに見えた。
気のせいか。
「——そうだ、エレオノーラ」
「はい」
「数日後に予行演習をやる。旅芸人として潜入するから、その練習だ」
「旅芸人……ですか」
エレオノーラが怪訝な顔をした。当然だ。王子が芸人とは。
「せっかくだ、見ていけ。お前の反応も参考になる」
「……承知しました」
エレオノーラは頷いて去っていった。
旅芸人の予行演習。
堅物騎士がどんな顔をするか、少し楽しみだ。
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