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42話:魔法使いの予行演習
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数日後、材料が揃った。
コウモリの糞から精製した硝酸。
ジャガイモから作ったデンプン粉末とブドウ糖。
海藻を黒焼きにした灰。
俺は中庭に人を集めた。
兵士、使用人、ゲイルの工房の職人たち。三十人ほどが半円形に並んでいる。
セバスとヴォルフは後方で腕を組んで見ている。
リーネもいた。
エレオノーラも来ていた。
先日頼んだ通り、出発前に見届けに来てくれたらしい。後方でセバスたちと並んでいる。
……昨日のお守りのことがある。
あれは、まあ、そういうことだろう。
今日は俺から少し距離を詰めてみるか。
「では、始める」
俺は机の前に立った。
「俺は旅の魔法使いだ。今日は皆に、不思議な術をお見せしよう」
兵士たちが顔を見合わせる。
「殿下が魔法使い?」
「芝居だろ、芝居」
「——まずは、ドラゴンの息吹をお見せしよう!」
俺は片手に松明、もう片手にデンプン粉末を入れた筒を持った。
粉末を空中に撒き、松明を突き出す。
ボッ——!
一瞬、炎が膨れ上がった。
「おおっ!」
「すげえ!」
どよめきが起きる。
「これがドラゴンの息吹だ。見たか、この炎を!」
拍手が起きた。悪くない反応だ。
「次——この瓶を見よ!」
俺は透明な液体が入ったガラス瓶を掲げた。
「何の変哲もない瓶だ。だが、魔法の言葉を唱えると——」
瓶を振る。
中の液体が反応し、内側が銀色に変わっていく。
「——鏡に変わる!」
「おお……」
「本当に鏡だ……」
兵士の一人が目を丸くした。
「すげえ、俺の顔が映ってる」
「これが銀鏡の術だ。どんな瓶でも、鏡に変えてみせよう」
拍手。さっきより大きい。
よし、ここまでは上手くいっている。
「——最後に、魔法の手紙をお見せしよう」
俺は白い紙を取り出した。
「この紙には、何も書かれていないように見える。だが——」
ここでリーネを見た。
よし、ここだ。
「そこのお嬢さん、手伝ってくれないか」
リーネが少し驚いた顔をした。
「……私ですか」
「ああ。この液をかけてくれ」
俺は小瓶を差し出した。
リーネが近づいてくる。
昨日、お守りをくれた時と同じ距離。
いや、今日は俺から呼んだ。
これは——進展と言っていいんじゃないか?
リーネが紙に液をかけた。
じわり、と文字が浮かび上がる。
『二人きりで話したいことがあります。今夜、月が綺麗ですね』
前世で有名だった告白の言い回しだ。
「愛してる」の代わりに使うやつ。
まあ、この世界じゃ伝わらないだろうが——ちょっとした遊び心だ。
リーネがどんな反応をするか。
少しは意識してくれるんじゃないか。
俺はリーネの顔を見た。
リーネは紙を見つめている。
そして、顔を上げた。
「……気持ち悪いですね」
「えっ」
「月と何の関係があるんですか」
心臓に槍が刺さった気がした。
「あ、いや……これは、王女を呼び出す文章の練習で——」
「そうですか」
リーネは興味なさそうに小瓶を返した。
「では、失礼します」
すたすたと元の位置に戻っていく。
……何だ今の。
俺の遊び心、完全に滑った。
というか、気持ち悪いって。
そこまで言う?
ふと、後方に目をやった。
エレオノーラが口元を手で押さえていた。
笑いを堪えているのか、呆れているのか。
……両方かもしれない。
(見られた……)
「……えー、このように」
俺は気を取り直して説明を続けた。
「透明なインクで書いた文字が、特殊な液で浮かび上がる。密書に使える術だ」
声が少し上ずっている気がする。
ヴォルフが無表情でこちらを見ていた。
セバスは何故か目を逸らしている。
……見なかったことにしてくれ。
***
実演が終わった後、セバスが近づいてきた。
「殿下、いくつか気になる点が」
「……何だ」
まだ心にダメージが残っている。
「『ドラゴンの息吹』という表現ですが」
「ああ」
「エンヴァの民にとって、ドラゴンは馴染みが薄いかと。『炎獣』や『火蜥蜴』などの方が恐れられております」
「なるほど」
「『火蜥蜴の息吹』などはいかがでしょう」
確かに、この世界の民に合わせた方がいい。
「分かった。変えよう」
ヴォルフも口を開いた。
「『魔法の言葉を唱える』という部分ですが」
「ああ」
「実際には何も唱えておりませんでした。唱えるなら、それらしい言葉を用意した方がよいかと」
「……確かに」
俺は前世のノリでやりすぎた。
この世界には、この世界の空気がある。
「他には」
セバスが少し言いにくそうに言った。
「最後の手紙の内容ですが……」
「……それは、忘れてくれ」
「承知いたしました」
セバスの目が少しだけ笑っていた気がする。
***
夕方、俺は出発の準備を整えていた。
旅芸人の衣装。
道具一式。
透明インクと現像液。
「準備は整ったな」
ヴォルフが頷いた。
「サリとの合流地点は確認済みです。エンヴァの国境を越えた先の村で落ち合います」
「分かった」
俺は窓の外を見た。
明日、出発する。
エンヴァに潜入し、王女に接触する。
何が待っているか分からない。
だが——やるしかない。
懐に手を入れると、リーネのお守りに触れた。
「……気持ち悪い、か」
思い出して、少しへこんだ。
まあいい。
帰ってきたら、もう少しマシなアプローチを考えよう。
俺は荷物を背負い、部屋を出た。
コウモリの糞から精製した硝酸。
ジャガイモから作ったデンプン粉末とブドウ糖。
海藻を黒焼きにした灰。
俺は中庭に人を集めた。
兵士、使用人、ゲイルの工房の職人たち。三十人ほどが半円形に並んでいる。
セバスとヴォルフは後方で腕を組んで見ている。
リーネもいた。
エレオノーラも来ていた。
先日頼んだ通り、出発前に見届けに来てくれたらしい。後方でセバスたちと並んでいる。
……昨日のお守りのことがある。
あれは、まあ、そういうことだろう。
今日は俺から少し距離を詰めてみるか。
「では、始める」
俺は机の前に立った。
「俺は旅の魔法使いだ。今日は皆に、不思議な術をお見せしよう」
兵士たちが顔を見合わせる。
「殿下が魔法使い?」
「芝居だろ、芝居」
「——まずは、ドラゴンの息吹をお見せしよう!」
俺は片手に松明、もう片手にデンプン粉末を入れた筒を持った。
粉末を空中に撒き、松明を突き出す。
ボッ——!
一瞬、炎が膨れ上がった。
「おおっ!」
「すげえ!」
どよめきが起きる。
「これがドラゴンの息吹だ。見たか、この炎を!」
拍手が起きた。悪くない反応だ。
「次——この瓶を見よ!」
俺は透明な液体が入ったガラス瓶を掲げた。
「何の変哲もない瓶だ。だが、魔法の言葉を唱えると——」
瓶を振る。
中の液体が反応し、内側が銀色に変わっていく。
「——鏡に変わる!」
「おお……」
「本当に鏡だ……」
兵士の一人が目を丸くした。
「すげえ、俺の顔が映ってる」
「これが銀鏡の術だ。どんな瓶でも、鏡に変えてみせよう」
拍手。さっきより大きい。
よし、ここまでは上手くいっている。
「——最後に、魔法の手紙をお見せしよう」
俺は白い紙を取り出した。
「この紙には、何も書かれていないように見える。だが——」
ここでリーネを見た。
よし、ここだ。
「そこのお嬢さん、手伝ってくれないか」
リーネが少し驚いた顔をした。
「……私ですか」
「ああ。この液をかけてくれ」
俺は小瓶を差し出した。
リーネが近づいてくる。
昨日、お守りをくれた時と同じ距離。
いや、今日は俺から呼んだ。
これは——進展と言っていいんじゃないか?
リーネが紙に液をかけた。
じわり、と文字が浮かび上がる。
『二人きりで話したいことがあります。今夜、月が綺麗ですね』
前世で有名だった告白の言い回しだ。
「愛してる」の代わりに使うやつ。
まあ、この世界じゃ伝わらないだろうが——ちょっとした遊び心だ。
リーネがどんな反応をするか。
少しは意識してくれるんじゃないか。
俺はリーネの顔を見た。
リーネは紙を見つめている。
そして、顔を上げた。
「……気持ち悪いですね」
「えっ」
「月と何の関係があるんですか」
心臓に槍が刺さった気がした。
「あ、いや……これは、王女を呼び出す文章の練習で——」
「そうですか」
リーネは興味なさそうに小瓶を返した。
「では、失礼します」
すたすたと元の位置に戻っていく。
……何だ今の。
俺の遊び心、完全に滑った。
というか、気持ち悪いって。
そこまで言う?
ふと、後方に目をやった。
エレオノーラが口元を手で押さえていた。
笑いを堪えているのか、呆れているのか。
……両方かもしれない。
(見られた……)
「……えー、このように」
俺は気を取り直して説明を続けた。
「透明なインクで書いた文字が、特殊な液で浮かび上がる。密書に使える術だ」
声が少し上ずっている気がする。
ヴォルフが無表情でこちらを見ていた。
セバスは何故か目を逸らしている。
……見なかったことにしてくれ。
***
実演が終わった後、セバスが近づいてきた。
「殿下、いくつか気になる点が」
「……何だ」
まだ心にダメージが残っている。
「『ドラゴンの息吹』という表現ですが」
「ああ」
「エンヴァの民にとって、ドラゴンは馴染みが薄いかと。『炎獣』や『火蜥蜴』などの方が恐れられております」
「なるほど」
「『火蜥蜴の息吹』などはいかがでしょう」
確かに、この世界の民に合わせた方がいい。
「分かった。変えよう」
ヴォルフも口を開いた。
「『魔法の言葉を唱える』という部分ですが」
「ああ」
「実際には何も唱えておりませんでした。唱えるなら、それらしい言葉を用意した方がよいかと」
「……確かに」
俺は前世のノリでやりすぎた。
この世界には、この世界の空気がある。
「他には」
セバスが少し言いにくそうに言った。
「最後の手紙の内容ですが……」
「……それは、忘れてくれ」
「承知いたしました」
セバスの目が少しだけ笑っていた気がする。
***
夕方、俺は出発の準備を整えていた。
旅芸人の衣装。
道具一式。
透明インクと現像液。
「準備は整ったな」
ヴォルフが頷いた。
「サリとの合流地点は確認済みです。エンヴァの国境を越えた先の村で落ち合います」
「分かった」
俺は窓の外を見た。
明日、出発する。
エンヴァに潜入し、王女に接触する。
何が待っているか分からない。
だが——やるしかない。
懐に手を入れると、リーネのお守りに触れた。
「……気持ち悪い、か」
思い出して、少しへこんだ。
まあいい。
帰ってきたら、もう少しマシなアプローチを考えよう。
俺は荷物を背負い、部屋を出た。
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