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9 弟子
しおりを挟むクラウスがやけにビクビクしながらアタシの部屋を訪ねてきた。なんの用かと思ったら、相談だなんて言い出した。グレッツナー領での債権回収から1か月、ようやく話が前に進んだらしいね。
それにしてもクラウスのやつ、ビクビクしたり、急に悲鳴をあげたり、様子がヘンだね。紅茶を飲ませて落ち着かせよう。
応接ソファにクラウスを座らせて、お茶が来るのを待つ。クラウスはずっと小刻みに震えている。こいつ、ホントに大丈夫かね。
「お嬢様は、どうして私の用件がわかりました…?」
メイドがお茶の支度をして下がると、クラウスが声を震わせながら切り出した。アタシは紅茶をひとくち飲んで答える。
「私は以前、あなたに対して、いつでも相談に応じると言ってありました」
コクリとクラウスがうなずく。
「もし出資に応じる商人が出てこなければ、それは私の判断が間違っていたということです。あなたは私を愚かだと思い、相談などもちかけないでしょう」
逆に言えばクラウスが相談にやってくるということは、開拓事業に出資するという商人が現れた証左だろう。となると、相談内容は開拓事業についてに決まっている。
「お、お嬢様が愚かだなんて、とんでもないことです!」
クラウスが大声を出した。本当に様子がヘンだ。めんどうだから、クラウスの態度にはふれないでおこう。
「それで、出資すると言ってきたのはゼーフェリンクですか?それともシェーンハイト?あるいはガイガー…」
「シェーンハイトです。なぜおわかりに?」
「事業内容があやふやな投資話ですから、乗ってくるのは、どのような投資にも応じられる大手でしょう」
「あやふや、ですか。しかしお嬢様、開拓地の場所も、規模も、すでに決まっております」
アタシゃ思わず、鼻で笑ってしまった。クラウスが商人たちに見せるために作った計画書を書庫で見つけたとき、あきれちまったもんだ。そのことを指摘する。
「開拓地ではどのような作物を作るか、商人たちに説明しましたか?」
「それは…しかし農地を広げるのであれば、当然のこと、小麦をつくるに決まっているではありませんか」
「小麦ね」
クッキーをつまみあげ、じっと見つめる。封建制社会ってのは、どうしてこう似通ってるんだろうね。江戸時代の日本でも、開拓といったら新田開発。米を作る田んぼを増やすもんだという思いこみがあった。まったく馬鹿げてるよ。
「グレッツナー領では小麦が足らないのですか?」
アタシが訊ねると、クラウスは首を横に振った。
「まさか。足りているからこそ、余剰分を他領に売って利益にできるのではありませんか」
「小麦が足りているのはグレッツナー領だけだとお思いですか?他領でも同じように小麦が余っているとは考えませんか?」
「それは」
「私はここ100年ほどの小麦相場を見ましたが、常に低迷しています。あたりまえでしょう。平和が長く続き、小麦のように主食となる作物は最優先で確保できているからです」
戦時下の食糧難を嫌というほど味わってきたアタシにはよくわかる。戦争は食料品を欠乏させ、平和の到来が欠乏を解消する。
「いままた小麦を作るだなんて馬鹿げた話です。どう考えても儲けが薄い。それでも大商会ならば利にできるでしょうが、グレッツナー領はどうです。投資したぶんを回収するのに、いったい何十年かけるつもりですか。お兄様の子どもの代ですか?孫の代ですか?お答えなさい、クラウス」
アタシが詰めると、クラウスの様子に新たな変化が生じた。こ、こいつ、涙目になってるよ。大の大人が10歳児に詰められて涙目。なんだかかわいそうになってきた。
なんとかフォローできないかと頭をひねったけれど、時すでに遅かった。クラウスが恥も外聞もなく泣きわめき出したのだ。
「お、お嬢様ぁ、わたしは愚かなんですう。ご、ご指導くださいませえ」
「く、クラウス、泣くのはおよしなさい」
「私を、私を弟子にしてくださいませっ」
「…弟子?」
こいつはいったい何を言ってるんだい。けどクラウスの眼差しは真剣だ。10歳児に向かって、真剣に哀願しているわけだ。常軌を逸してるね。
「私ではとうてい、グレッツナー家の家宰は務まりません。明日にも辞表を書きます。ですから、どうか、どうかお願いします、私をお嬢様の弟子にっ」
ついにクラウスはソファから立ち上がり、床のうえで土下座しはじめた。どうやらこの世界にも土下座の風習はあるらしいね。前世じゃ見慣れた光景さ。金貸しに土下座なんか、効きゃしないってのに、債務者はみんな土下座するんだ。
だからアタシは言ってやった。
「おやめなさい、クラウス。あなたのふるまいは傲慢です」
「ごうまん…?」
「自分の土下座にどれほどの価値があると思っているのです?それで私の心を動かせるとでも?思い上がるのもいい加減になさい!」
クラウスはついに放心状態となり、呆然とアタシを見つめている。コイツがこんな妙な男だとは思わなかった。だけどどうも、コイツはアタシに心酔しているらしい。アタシの何を見てこうなったんだか、サッパリわからないけど。
だけど仕方がない。
「クラウス、真に価値があるのは、お兄様でありグレッツナー領です。あなたの土下座など問題外ですが、お兄様のために、私はグレッツナー領の顧問となりましょう」
「お、お嬢様っ」
「シェーンハイト商会との交渉には私も同席します。セッティングをお願いできますね?」
「はい、はいっお嬢様!」
クラウスは何度もうなずいていた。予想外の成り行きだったけど、これでどうやら、アタシも開拓事業にいちまい噛むことができそうだね。さあ、たっぷり儲けるよ。
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