海千山千の金貸しババア、弱小伯爵令嬢に生まれ変わる。~皇帝陛下をひざまずかせるまで止まらない成り上がりストーリー~

河内まもる

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13 観光旅行

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 グレッツナー領への道程は覚えたといっても、もちろんアタシにゃ単独行動は許されなかった。これはコンラートの心配性とばかりはいえないね。

 10歳の子どもが片道3日はかかるひとり旅をするっていったら、アタシだって許可しない。そんなわけで今回も3人の騎士がアタシに同行した。これだってずいぶん数を減らしてもらったくらいさ。

 3人のうち、伯爵令嬢と会話しても許される身分というのはひとりだけで、この男の名をフーゴという。フーゴはどうやら、武芸の腕が立つってタイプじゃない。ほかのふたりが無骨な武人タイプだったから、ことさらフーゴの線の細さが目立った。

 こいつが武功じゃなく弁舌で出世したってことは、3日も一緒に行動してりゃ、すぐにわかったさ。とくに会話する相手がフーゴしかいないとくりゃ、嫌でも相手を理解しちまう。



 旅立ってすぐのころだ。旅程の最初の村で休憩しているときにフーゴが話しかけてきた。

「しかしお嬢様も奇特なお方ですね、獣人見物とは」

 見物?

「フーゴ、心得違いをしてはなりません。私は物見遊山のつもりで獣人集落を訪ねるわけではないのですよ」

 アタシが告げるとフーゴは妙な顔をした。どうやらこいつは『あらたな労役を布告するために獣人集落を訪ねる』というアタシの行動理由を、たんなる名目だと考えていたらしい。

「それではいったい、どのような用件であの野良犬どもとお会いなされるので」

「野良犬…、それは獣人のことですか」

「さよう、お嬢様はご存知ありますまい。獣人とは、しつけのいたらぬ山犬とでも称すべきものどもでございます」

 こんどは山犬ときたもんだ。

 フーゴひとりがこういう考えなら、こいつを叱り飛ばして済むことだろう。だけど、この世界じゃこういう感覚が普通なんだ。アタシ自身が亜人差別に加担するつもりはさらさらないが、この世界の住人の価値感に口出しするのもどうかねえ。

 残念だけど、アタシはこの世界で人権活動家になるつもりはない。かりに啓蒙運動をおこなったとして、どれほど効果があるやら、怪しいもんだしね。

 前世の世界を見なよ、アメリカじゃ奴隷解放宣言から公民権運動まで100年かかってる。国家の主導があってさえそれだ。アタシひとりが踏ん張ったとして、どれほどの爪痕を残せると思う?

 むしろ心配なのは、伯爵令嬢たるアタシが啓蒙運動に傾倒した場合の、グレッツナー家への悪影響だ。だからアタシは、苦々しく思いながらも、フーゴの発言を聞き流す。

 ただ釘をさしておかなきゃならないこともあった。

「フーゴ、詳しくは申せませんが、このたびのお役目はグレッツナー家にとって重要なもの。お家の浮沈がかかっているのです。そのために私は獣人に、労役を課すのではなく、お願いをしに参るのですよ」

「お、お願いですと!ふっ、ふはははは」

「なにが可笑しいのです?」

 アタシがじっとにらみすえると、フーゴは気まずそうに頭を下げた。

「これは…失礼をば。それがし、決して伯爵令嬢さまを笑ったわけではございませぬ。ただ…ふふっ」

 笑ってるじゃないか。

 誰でもクラウスのようにはいかないもんだね。フーゴの目には、アタシゃただの10歳児でしかないんだろう。こうなったらしょうがない。もう一言、釘をさしておく。これが最後だ。アタシは仏様じゃないから、三度も許さないよ。

「これがお役目である以上、責任者である私の行動はすべてグレッツナー伯爵の意のあるところ。左様心得なさい」

「わかってございますとも。それよりも、いま部下どもを使いにやらせました。すぐにグレースベリーの蜜が届きましょう」

「グレースベリーの蜜?」

「グレースベリーはこのあたりの特産。その果肉を潰し、汁を絞って牛の乳を少々と花蜜を加えた飲み物です。下賤な飲み物ではございますが、きっとお気に召しましょう」

 ようするにジュースか。子どものご機嫌取りのつもりだね。こういう如才ない気遣いで、こいつは出世してきたんだろうが、アタシをただの子どもと侮ってもらっちゃ困る。

 …それはそうと、グレースベリーの蜜は気に入ったから、うちの屋敷でも作らせよう。



 こんな調子で旅をしていたら、3日の旅程が4日かかって、アタシはようやく領府ウレドに到着した。せっかちなアタシは何度も旅をいそがせたんだけど、そのたびにフーゴはうまいことアタシを言いくるめ、ご機嫌を取り、貴族向けの観光旅行を続けた。

 どうもフーゴ自身は、これでアタシに取り入ったつもりでいるらしいんだけど、そりゃとんでもない勘違いさ。いまのところ、フーゴに対するアタシの評価は、100点満点の減点方式で、10点以下の落第生ってとこだ。

 だいたい、裏社会で長いこと生き抜いてきた人間なら、チョーシのいいやつに対して、警戒心をいだきこそすれ、信頼したりしない。忘れてもらっちゃ困るねえ、前世のアタシゃ『金貸しのしらみ』なんだよ。

 いまやアタシは、フーゴをクビにする寸前って気持ちだった。それでもなんとかこらえていたのは、せっかくコンラートがみつくろってくれた護衛役をクビにするのは気が引けたからだ。

 ともあれアタシは、道案内の役人に先導されて、翌日にはウレドを発ち、半日後、獣人集落に入ることができた。

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