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14 獣人集落
しおりを挟む山すその川べりにあるその集落は、ひとたび水害でもおころうものなら、あっという間に流されてしまいそうな立地だった。
「見事なモンだね」
周囲に聞こえないようにアタシがつぶやいた、というのは、獣人の住居と思しき建物に対してだ。
そりゃあ見事な、竪穴式住居だったんだよ。博物館に展示してある『縄文人の生活』の図そのまんまさ。おまけに、そこらにチラホラ見える獣人が着ているのは、鹿や猪の毛皮でつくった衣服だ。
これが獣人の文化なのかとも思ったけど、案内役の小役人に色々訊ねているうちに、どうやら違うということがわかった。
危険な川辺に住んでいるのは、他の場所から追い出されたから。竪穴式住居は、獣人が建てる住居に法的な制限があるから。毛皮を着ているのは、綿や麻の布地を買う金がないから。
彼らの生活は、なにひとつ自ら望んだものじゃないんだよ。強いられているんだ。…可哀想だとは思うけど、この世界のすべての亜人を救えるほど、アタシの器量は大きくない。
とにかく里長に会おう、アタシはそう考えたんだけど、みすぼらしい竪穴式住居ばっかりで、どこが長の家やら見当もつかない。案内役の小役人すら、集落の中はわからないんだそうだ。
馬車の中から窓越しに眺めてるだけじゃ、らちがあかないってわけで、アタシは馬車から降りようとした。
「お待ちくださいお嬢様。それがしが案内できるものを見つけて参ります」
フーゴが胸をはった。気が利くといえばそうなんだけど、どうもこの男は独断的なんだよねえ。なみの貴族ならフーゴのやりように満足するところだろうけど、アタシは良くも悪くも貴族的じゃない。そこんとこを理解して動いてくれたらいいんだが、フーゴはアタシの手足となるにはいたらない人材だ。だから。
「くれぐれも礼を失することがないよう頼みますよ」
あえてアタシはひとことつけ加えた。フーゴは「承知しておりますよ」とうるさそうに頷いたモンだ。
数分後、フーゴとその部下がふたりがかりで、ひとりの獣人をアタシの前に連れてきた。まだ幼い子どもの獣人だ。5つか6つくらいだろう。首をつかまれ、力ずくで抑えこまれている。その頬には、殴られた形跡がみてとれた。
「お嬢様、この仔犬めに…」
「フーゴ!その手を離しなさい!」
「は、しかしお嬢様、離せば逃げてしまいますよ」
ヘラヘラ笑いながら言うフーゴに、アタシは手に持っていた扇を投げつけた。
「離せと言ってんだ!アンタはこのアタシの命令が聞けないってのかい」
最初フーゴは驚いた顔をした。次に渋々といった具合に獣人の子どもから手を離した。とたんに子どもは素早い動きでその場を離れ、遠巻きにアタシたちを睨んだ。まるで乱暴された猫だ。おまけに騒ぎを聞きつけた獣人たちが、しだいにアタシたちの周りに集まりはじめた。
最悪の印象さ。いきなり子どもに暴力をふるったんだからね。アタシゃ後悔したもんさ。さっさとフーゴをクビにしとくべきだったってね。
フーゴにも説明してあったけど、今回アタシは、お願いにきたんだ。労役として『諜報任務』を課しにきたんじゃない。それじゃ裏切られる不安が常につきまとうからね。
獣人たちはグレッツナー領に属するものとして、ある程度の信頼関係があって、はじめてスパイとして使い物になる。CIAだってKGBだって、アメリカやソ連っていう祖国に対して愛国心がないヤツに重要任務を与えたりしないだろ?
だけど被差別民族である獣人に、はたして愛国心を期待できるだろうか。そこを期待できない以上、まずは信頼関係を築くところからはじめる必要があるわけさ。
だからお願いして、任務を引受けてもらわなくちゃならなかったんだ。ここでもやっぱり効いてくるのが義理と人情さ。
それをフーゴのやつが…。
こうなったら、素直に詫びるのがスジってもんだけど、領主の名代って立場からいって、あんまりへりくだるわけにもいかない。
アタシは馬車から降り、乱暴をされた獣人の子どもに少し近づいた。子どもは耳や尻尾の毛を逆立てて警戒心をあらわにする。
「私の部下が手荒な真似をしました━━」
「お待ちください!」
アタシの謝罪をさえぎったのは、低く伸びやかな声だった。声の方角をかえりみると、そこには数十人のたくましい男たちが立っていた。手には矢弓をもち、獲物と思しきウサギや鹿をひきずっている。頭の上には獣耳━━獣人だ。たぶん、いま狩りから戻ってきたばかりなんだろう。
彼らの登場に過剰な反応を示したのが護衛の騎士だ。剣を抜いて身がまえる。フーゴのやつ、冷や汗をかいてるよ。多数と対峙するような状況になって、今さらながらに理解したようだね。ここは異国にひとしい場所だ。アタシたちはよそ者なんだよ。
そこに獣人の狩猟集団を先導していた三十路らしい男が、一歩あゆみでた。なかなか精悍な顔つきをした二枚目だ。
「ご貴族さまと拝察しますが、その童べがなにか失礼をしましたか」
「失礼などというものではない。長のもとへ案内を頼んだというに、逃げ惑うて私の命令を聞かぬ。山犬どもめ、いったいこのお方をどなた様と心得るか!」
アタシを指し示してフーゴが一喝した。こんなときにはアタシの権威を利用するんだから、まったく如才ない男さ。もはや怒る気にもなれないね。
だけど人間族に怒鳴られたら、もちろん獣人は平伏するしかない。まして相手は貴族と騎士だ。
「これは…ご無礼の段、ひらにご容赦ねがいます。私がこの集落で長をつとめております、フリッツでございます」
里長だけあって丁寧な言葉遣いだった。アタシはフーゴを手で制して、フリッツに声をかける。
「私はハンナ・フォン・グレッツナーと申します。フリッツ、頭をお上げなさい。無礼を詫びるのはこちらのほうです。私の部下が手荒なまねをいたしました」
「…グレッツナー!するとご領主さまの」
「妹です」
「ははーっ」
まるで時代劇だよ、フリッツはますます平伏しちまった。これじゃ話にもなんにもならないね。
「頭をあげよと申しております。私はこの里に頼みがあって参りました。どこか静かに話せる場所へ案内しておくれ」
「ははっ、それではどうぞ私の家へ。どうぞ、こちらでございます」
アタシはへりくだったフリッツのあとに続いて、しずしずと歩いた。背後には護衛の騎士が続く。だけどこの顛末に、フーゴは納得できなかったんだろう。小さくつぶやいた。
「チッ、しょせんは娼婦の娘か」
聞こえないとでも思ってるのかねえ、フーゴのやつ、ついに馬脚をあらわしたよ。アタシゃ地獄耳なんだ。
そうかい、そういう了見かい。内心ではずっと、アタシを娼婦の娘だと見下してたわけだ。
これでもう、心置きなくフーゴを切り捨てられるよ。
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