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32 死の影(暗殺者視点)
しおりを挟むカーマクゥラの御前を殺せ━━その依頼を受けたとき、暗殺対象がなにものであるか、俺は知らなかった。ただ、通常の暗殺依頼よりも、報酬のケタがひとつ違っていたので、警戒心をかきたてられた。
ところが暗殺対象を調査するうちに、俺の警戒心は解けていった。
理由はいくつかある。カーマクゥラの御前は、帝都のはずれに1000エアにおよぶ広大な邸宅を所有していて、居場所の特定が容易であること。邸宅の周囲には人気がなく、襲撃が容易であること。護衛は騎士くずれとおぼしき男ひとりであること…。
カーマクゥラの御前は要人には違いないが、貴族や王族と違って、警護が厳重とはいえない。依頼金額の大きさにビビってしまったが、調査結果から考えると、むしろ仕事は簡単な部類にはいるだろう。
それでもいちおうは念を入れて、暗殺部隊には組織でも指折りの手練を選んだし、数も5人と多めに見積もった。近接戦闘の主軸になる、剣士、槍使い。小回りが利く、短剣使い。堅牢な構造物の破壊を念頭において、ハンマー使い。加えて遠距離からの援護を引き受ける弓使いの俺だ。
そして今日、満を持しての襲撃日となった。邸宅の玄関付近に4名を配置し、俺は少し離れた場所から様子をうかがう。小高い丘だ。ここからならすべてが見渡せる。
秋が深くなり、肌寒い日だったが、まだ降り注ぐ陽光はほのかに暖かく、武器を握る手が凍えることはない。帝都の城壁内とはいえ、あたりにはのどかな光景が広がっていた。邸宅のそばの小さな湖では、釣り人があくびをしている。邸宅を囲んだ雑木林からは小鳥のさえずりがきこえた。
カーマクゥラの御前は、たぶん金持ちの隠居かなにかだろう。とすると、この邸宅では、妾かなにかを囲っているに違いない。お忍びで訪れる別宅━━だからなのだろう、調査で何度か見かけたカーマクゥラの御前は、黒いローブを目深にかぶり、網状の覆面で顔まで隠していた。
「チッ、うらやましい限りだぜ」
吐き出して、手にもった弓の弦を何度か弾いていると、玄関の鉄扉が重々しい音を立てて開き、ゆっくりと4頭だての馬車がでてきた。俺は矢を弓につがえる。
間違いない。あの馬車にカーマクゥラの御前が乗っている。襲撃計画は簡単だ。俺がまず、馬車の御者を射殺す。馬車が止まったところで、部隊が三方から襲いかかる。たったそれだけ。騎士くずれの護衛など、ひとたまりもないだろう。
俺は薄ら笑いすら浮かべて、ひきしぼった矢を放った。弓の腕には自信がある。この距離なら外すわけもない。御者は血をふいて倒れる━━はずだった。
「なにっ」
俺は最初、何が起こったのか理解できなかった。放ったはずの矢が、中空で弾かれたのだ。ありえない━━あの騎士くずれめ、まさか魔道士だったのか?防御魔法を発動されたというわけか。
ためすつもりでもう一矢、放ってみる。やはり矢は中空で弾かれる。だが━━違う。これは防御魔法などではない。魔法防御壁が発動した際の発光現象がみられないのだ。しかも。
俺が放った矢は2本。それなのに、地面には矢が4本落ちている。
それがどういう現象なのか理解する間もなく、馬車が唐突に停まった。それで勘違いしたのかもしれない━━襲撃部隊の4人が、一斉に林の中から現れて、馬車めがけて殺到する。
「まてっ、なにかがおかしい…」
俺の声など届くはずもなく、馬車にとりついた短剣使いが、扉をこじあけようとした。そして━━そのまま短剣使いは落命することになった。
馬車の影から、黒い装束の男がぬるりと現れたかと思うと、短剣使いを背後から刺し殺したのだ。その隠密性たるや、俺たち組織がやってきたことがおママゴトにみえるほどだった。暗殺というのは、こういうふうにやるのだ、と教えられている気がした。
襲撃部隊のほかの3人も無残なものだった。
ハンマー使いは、その鈍重な動きをあざ笑うかのように、一瞬にして首をかき切られた。
槍使いは、彼に向かって飛んできた鎌を1度はかわしたものの、その鎌が円形の軌跡を描いて戻ってくるとは思わなかったらしい。背中に深々と鎌が刺さり、血反吐をはいた。
なにひとつなしえずに倒れた剣士の額と喉笛には、細長い鉄製のくいが突き刺さっていた。おそらく、投てきするタイプの暗器なのだろう。
これが、ほんの10秒そこそこの間に起こった出来事のすべてだ。そして、俺にとっての真の不幸は、直後にはじまった。
襲撃部隊が全滅したあと、林の中から現れたのは、黒い装束をまとった、おそらくは少女だった。ひどく小柄で、年の頃なら11か2。頭の上の獣耳が獣人であることを示している。手には弓を持ち、狂気をはらんだ視線で俺を射抜いていた。
そして少女はなにごとかをつぶやいた。もちろん声が届く距離ではない。読唇術をもつ俺でも、こう距離があっては、はっきりと何をつぶやいたかまではわからない。
だがその末尾は、おそらく。
━━死を。
その推測が正解であったことを告げるように、少女は今度こそはっきりと聞こえるように声をはりあげた。
「御前に逆らうものに死を!」
次の瞬間、少女が弓をかまえるよりもわずかにはやく、俺はつがえた矢を少女に向かって放った。襲撃は失敗した、だが逃走するにせよ、まずは飛び道具使いを潰さなければならないと思ったのだ。
そして俺が放った矢は━━半瞬遅れて少女が放った矢に射落とされた。
「はあっ」
その現象が理解出来ず、俺は間の抜けた声を出してしまった。それでも修羅場を何度もくぐり抜けてきた俺だ。すぐに次の矢をつがえ、少女に向かって放つ。が、二矢目もやはり、少女によって射落される。
「バカな、バカな、バカなっ」
飛んでくる矢を射落とすなど、およそ人間に可能な技とは思えない。まして古強者でもありえまい、あんな子どもに。俺は夢でも見ているのだろうか。それもとびっきりの悪夢を。
三矢、四矢、五矢。現実を否定したくて、俺は何度も矢を射続けた。だがそのたびに矢は中空で射落とされた。六矢目をつがえたところで、俺の心を絶望が満たした。
「ははっ、なんだこれは」
乾いた笑いが喉からもれた。もしも弓の神様がいるとしたら、それはおそらく、小柄な少女の姿をしているに違いない。獣耳をはやした少女の姿を。
「バケモノめ」
それが俺の最後の言葉になった。弓をかまえた少女が、ふたたびなにごとかつぶやいた。おそらくは『御前に逆らうものに死を』と。
次の瞬間、俺の視界は暗転した。
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