海千山千の金貸しババア、弱小伯爵令嬢に生まれ変わる。~皇帝陛下をひざまずかせるまで止まらない成り上がりストーリー~

河内まもる

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38 離間計(ザビーネ視点)

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 鎖で繋がれている、という状態が比喩表現でなくなる日がくるだなんて、思いもしなかったわ。

 私は伯爵家出身だけど、門閥貴族の令嬢だったし、自分から望んだことではなかったけれど、公爵の妻なのだから。まるで奴隷や平民の罪人みたいに、鎖でつながれることはありえないと思ってた。

 だけど昨晩、7度目の自殺に失敗した夜。私は鎖で拘束されて、ラングハイム公爵に凌辱された。自分の夫に抱かれることを、凌辱と表現することが奇妙だっていうのはわかってるわ。だけど私のおかれた現実を知ったら、誰だって納得する。

 5年前━━16歳で30以上歳の離れた男に嫁ぐことになったとき、私は絶望したわ。まして結婚披露宴で、人前で辱められたときは、自分の運命を呪った。

━━今夜から、儂好みの身体に仕込んでやるのがたのしみだ!

 あんなことを人前で言うだなんて、おぞましいにもほどがある。そしてそれにもましておぞましかったのは、毎晩のの内容よ。きっと娼婦でさえあんな扱いを受けることはないわ。

 私にできることは、ラングハイム公が私の身体に飽きる日が来ることを、待ち望むことだけだった。そしてその日は、結婚生活が3年を過ぎたあたりでやってきた━━私の望まない形で。

 ラングハイム公は、私の身体に飽きると、今度は私を玩具にすることにたのしみを見出したのよ。私の肉体と精神が、どれくらい耐えられるか、まるで試しているみたいだった。それこそ、やんちゃな男の子が飽きた玩具を乱暴にあつかうように。

 そういうことって、あるでしょう?壊れるまで壁に投げつけてみたり、人形の髪をつかんでふりまわしたり、火であぶったりしてね。

 私は何度も自殺しようとしたわ。だけど私には監視がついていて、うまくいったことは一度もない。昨晩は舌をかみ切ろうとして悶絶しているところが見つかって、猿轡さるぐつわをかまされて鎖で拘束された。

 そのあと、ラングハイム公に凌辱されて、発狂寸前まで追い詰められた私は━━悪魔を見たの。

 悪魔は鉄格子の窓から私をのぞいていた。黒い装束を身にまとい、頭の上に獣の耳をつけてね。私が幽閉されていたのは3階よ?3階の窓にはりついているだなんて、少なくとも人間じゃない。だからといって天使にも見えない。だから悪魔なの。

 悪魔は鉄格子ごしに私に訊ねた。

「助かりたいか?」

 助かる?どうやって?決まっているじゃない━━死だけが私の救いなの。

 ラングハイム公は自慢たらしく、自分が帝国の最高権力者になったと語っていた。逆らえるものは誰もいないと。だから唯一、私がラングハイム公から逃れるすべは、冥界の門をくぐることだけ。

 悪魔はもう一度、問うてきたわ。

「助かりたいか?」

 私にためらいはなかった。すぐにうなずいたわ。相手が悪魔ならちょうどいい。私の生命と引きかえに、私の生命を奪ってちょうだい。

 だけど悪魔は、鉄格子をすり抜けてはくれなかった。ただ語りかけるだけだった。

「アメルハウザー公を誘惑しろ」

 アメルハウザー?あの頼りなげな男?

「アメルハウザー公を、おまえに夢中にさせるんだ。そしてやつの耳元でささやきかけろ。『愛している』と」

 それがいったい、なんになるの?あなたは私を殺してくれるんじゃないの?

「助かりたければ言うとおりにしろ。おまえについている監視役は、こちらでなんとかする。安心して浮気を重ねるがいい。アメルハウザー公が陥落かんらくしたら、次の指示を出す」

 そう言って悪魔は姿を消した。数日後、拘束を解かれた私は、とにかく助かりたい一心でアメルハウザー公の訪問を待った。彼はラングハイム公の腹心だから、ひと月の間に何度かは屋敷を訪ねてくる。

 そして待ちに待ったその日、アメルハウザー公がトイレに立ったタイミングで、私は彼を物置部屋にひっぱりこんだの。

「こ、これはザビーネ夫人、いったい何事なのですか」

「愛しています」

「えっ」

「あなたを愛しているんです」

 恋愛経験のない私は、男性を誘惑させる方法なんか知らなかったの。ただ「愛している」を繰り返して、アメルハウザー公の唇を奪ったわ。

 彼はあっという間に陥落した。

「帝国三大美女と名高いザビーネ夫人が、まさか私のような…」

 夢心地、といった表情でアメルハウザー公は顔を弛緩しかんさせていた。そうやって、2度、3度、を重ねるうちに、アメルハウザー公が私に夢中になっていくのがわかったわ。

 単純に、屋敷を訪ねる回数が増えたのよ。私たちは物置部屋で愛を語りあった。もっとも私の方は演技だったのだけど━━私は彼が嫌いじゃなかった。比較対象がラングハイム公だから、誰だってマシに見えるわ。

 とくに気に入っていたのは、アメルハウザー公が会うたびにを求めてこなかったこと。彼はキスだけで満足げだった。私を壊れもののように大事にあつかってくれた。私に嫌われたくなくて懸命になっているのが、見ていてわかったわ。

 アメルハウザー公が私に向ける感情は、欲望ではなく恋になった。

 そのうち、ふたたび悪魔が枕元に現れた。

「アメルハウザー公は陥落したようだな」

 二度目に会ったとき、私は彼が悪魔ではないと気づいていた。助かる可能性にすがりついたことで、精神が正気に戻っていたのね。

「あ、あなたはいったい何者なの?」

「そんなことはどうでもいい」

「良くないわ。だったら私は、あなたのことをなんて呼べばいいの?」

 悪魔はふぅっとため息をついた。

「カーマクゥラ四天王『全知』のフリッツ」

「フリッツ…」

「もういいだろう、次の指示を出す」

 フリッツは低く魅力的な声で言う。

「アメルハウザー公に、ラングハイム公への不満をぶちまけるんだ。おまえがふだんを打ち明けるだけでいい。アメルハウザー公はおまえに同情し、お前を救いたいと言い出すだろう」

「せんのないこと…」

 私は思わずつぶやいた。

「だってそうじゃない。彼に、アメルハウザー公になにができるっていうの?ラングハイム公は帝国の最高権力者よ。彼じゃ手も足も出ない…」

「アメルハウザー公、本人もそう思っているだろう」

「だったら…」

「だがラングハイム公の足元の地面は、かなり不安定になっている。その予兆はすでにアメルハウザー公の耳にも入っているはずだ」

 まさか、という気持ちでフリッツを見つめると、彼は微笑みを浮かべた━━ように見えた。

「南部に位置する貴族のうち、320の伯爵家が、秘密裏にラングハイム家からの離反を表明している。彼らは御前さまに忠誠を誓った」

 御前さま?

「ザウアーランド伯アルフレッド━━お前の父親もだ」

「お父さまがっ?」

「アルフレッドは御前さまに泣きついた。どうか娘を救って欲しいと。御前さまはおっしゃられた。手は尽くすが、最後はザビーネの覚悟次第だと」

 お父さまが━━。

「おまえは御前さまの期待に応えなければならない。アメルハウザー公をにさせたら━━おまえを救えない己の無力さをなげいている愛人に、知恵を授けてやれ」

 そしてフリッツは、悪魔のような笑みを浮かべてこう言った。

「ラングハイム公に偽りの報告をさせるのだ。南部の貴族はこれまでどおり、ラングハイム家に忠誠を誓っていると。伯爵家が怪しい動きをしているなどと、真実を報告させてはならない。ラングハイム公に自身の足元が盤石であると信じさせるのだ━━やつの権力が終わる、最後の瞬間まで」
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