悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

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 アタシがフリッツに命令すると、アルフォンスはあっさりと拘束された。さすがフリッツ、手練てだれの忍者だよ。そのままアルフォンスを校舎裏に連れ込んだアタシは、フリッツの手で地べたに押しつけられているアルフォンスに挨拶をくれてやる。

「こりゃどうも、意外なところで再会したじゃないかアルフォンス。このアタシに熱視線をおくっていたようだが、親父の仇討ちでもしようってのかい?」

「くっ」

 獣人のなかでもとくに屈強な、フリッツの腕にねじ伏せられるアルフォンスは、奇妙な色気を放っていた。あたりに薔薇の花でも咲いていそうな雰囲気だ。

 そもそもアルフォンスはとびきりの美男子なんだ。カラスの濡れ羽色ってくらいつややかな黒髪と、同じ色の漆黒の瞳は、この世界じゃかなり珍しい。ただでさえミステリアスなうえに、アルフォンスは眼鏡をかけているせいか、知的な印象をただよわせている。

 それでも15歳は15歳だ。アタシにとっちゃ、まだまだ子どもでしかないさね。思わずため息が出た。

「アタシゃあんたに殺されてやってもいいんだが、貴族殺しは重罪だよ。アンタが逮捕されたらラングハイム家はおしまいだ。そいつは少し、親不孝ってもんじゃないかねえ」

 アルフォンスには、アタシを殺すだけの正当な権利がある。アタシがアルフォンスの父親を━━帝国宰相ラングハイム公爵をひねり潰し、精神的に追い詰めたあげく、発狂させたからさ。精神を病んだラングハイム公は、いまも屋敷で療養中だ。

「だからね、アルフォンス。アタシを殺そうってんなら、よっぽど上手くやりな。完全犯罪をめざすことさ」

「御前さまっ」

 フリッツが色めき立つのを、アタシは手で制した。

「だけどアタシだってね、をやっておいて、天国に行けるだなんて思っちゃいないさ。あんたの親父もこのアタシも、同じ穴のムジナなんだ。いずれは地獄の釜のそこで、仲良く煮られるはめになるだろうさ。だからあんたみたいな若者が、アタシなんかに関わって人生を誤らせるこたぁないんだよ」

「…おまえは、何者だ」

 そのときようやくアルフォンスが言葉を発した。アタシはその問いに正確に答えてやりたかった。

「グレッツナー伯爵の妹。娼婦の娘。帝国の黒幕━━」

「そんなことはわかっている。私が知りたいのは、そういうことじゃない」

 アルフォンスは震える声で言う。

「おまえが15歳の少女だと?冗談じゃない。調べれば調べるほど不可解だ。お前の闇での活動は、わずか10歳のときにはじまっている。グレッツナー領におけるウイスキー利権を開拓し、帝国内の伯爵家に大同盟を結ばせ、この世界の流通をたった2年で根底から変えてしまった。そんなものは、子どもの考えじゃない。子どものやり方じゃない。おまえは━━おまえはいったいなんなんだ!」

「化け物さ」

 アタシは這いつくばったアルフォンスを睥睨へいげいして言った。

「あんたみたいな子どもにゃ想像もつかない、おぞましい怪物さ。奇怪で醜悪、で汚らわしい。ドブネズミより汚水のヘドロより、もっともっと不快で卑しい。腐りきったケダモノだよ」

 アルフォンスは知らない。アタシが前世でやったことを。『金貸しのしらみ』ってのは、そういう存在だった。まともな人間に『しらみ』なんてあだ名がつくと思うかい?

 だけどいま、アルフォンスにアタシの前世を語ったところで、信じてもらえるわけもないさね。アタシはフリッツに命じてアルフォンスの拘束を解かせ、その場を立ち去った。

 ひどく陰鬱な気分だったねえ。アルフォンスは危うい。アタシが怨まれるのはべつにかまわないが、アタシのせいで15歳の子どもが人生を踏み外すってのは、どうしても避けたいことさ。

「フリッツ、アルフォンスを見張っておきな」

 だからアタシがフリッツに命じたのは、自分のためというよりアルフォンスのためだったんだ。だけどこいつは、ひどい偽善だ。アルフォンスの父親を地獄に叩き落としておいて、その息子を暖かく見守ろうだなんてさ。

 自己嫌悪でどうにかなりそうだったアタシは、ろくに周りが見えていなかった。だからその出会いは必然といえば必然だったんだろう。

 アタシがうっかりのは、かなり小柄な小僧だった。身長っていったら、アタシと同じくらいしかないだろう。女のアタシでさえ、この身長はかなり低いってのに、男でこれだと、本当に男なのかも怪しいところさ。

 小僧はアタシとぶつかって、そのまんまバランスを崩して噴水の中に倒れちまった。派手に水しぶきがあがって、当然、小僧はびしょ濡れさ。

「だ、大丈夫かいっ?」

「はい、僕は全然━━」

 アタシが差し伸べた手を取ろうとしている小僧の顔を見て、ようやくアタシは自分がおかしな運命に囚われていることに気づきはじめたモンだ。

 その小僧は水色の巻き毛とマリンブルーの瞳をもつ━━うっかりすると女の子にしか見えないって種類の美少年だったからだ。

 それがこの日4人目の美形、クライド・ユルゲンとの邂逅かいこうだった。3人目までなら偶然で片付かないこともなかったけどね。4人続けばナニかあるよ。

 『学園』じゅうの美形という美形が、みんなしてアタシに関わってきてるんだ。これが異常じゃなくてなんだっていうんだい。
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