悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

文字の大きさ
14 / 49

13 ヴァイデンライヒ雀鬼伝1

しおりを挟む
「殿下、麻雀をちましょう」

 放課後の教室でアタシが声をかけると、ディートハルトは怪訝な顔をした。当たり前だろうさ、この世界に麻雀なんてゲームは存在しない。アタシがこのあいだシェーンハイト商会に依頼してつくらせたばっかりだ。ふつうに考えたら意味がわからな誘い文句だろう。 

 ところがディートハルトのやつはアタシに妙に甘いところがあって、簡単に誘いに応じてくれた。これからケツの毛までむしられるとも知らずに、まぬけなやつさ。

 使用申請してある空き教室へと向かう道すがら、騎士科の教室でケヴィンを拾い、廊下でたまたま出くわしたクライドも誘う。これで雀卓を囲むメンツがそろったってわけだ。

 そんなこんなで雀卓に座ると、アタシは用意してあったルールブックを3人に手渡す。けっこう複雑なルールだからねえ、ひとまず最初の半荘は、ルールブック片手にゲームを進めようかと考えていたんだが…。

「ふむ、ルールは把握した」

「僕も覚えました」

 ディートハルトとクライドが、ものの10分ほどでルールブックを閉じた。それが本当なら、こいつらどれだけ優秀なんだい。可哀想に、ルールを覚えきれていないケヴィンがひとりだけ馬鹿に見えてくる。ディートハルトがため息をついた。

「おいケヴィン、俺を待たせるな。おまえはルールブック片手にゲームをやればよかろう。なに、手加減してやるさ」

「そ、そうか?」

 まったくディートハルトは、ワガママと言おうか天真爛漫と言おうか。裏表がないから、それが嫌味にならないあたり、の素質は充分だ。だけど━━手加減って話はいただけないねえ。

「はたしてルールを覚えたばかりの殿下に、そんな余裕があるでしょうか?」

 アタシがクスリと笑うと、ディートハルトはわかりやすく顔をしかめた。ここでアタシは追加のルールを告げる。

「点棒が最下位の者は、トップの者の言うことをなんでもひとつ聞いてもらいます」

「なんでも、だと?」

「あわわ、ハンナさん、女の子がそんなこと言っちゃだめですっ」

 あわてるクライドをアタシゃ鼻で笑ったね。何を想像してるんだか、このマセガキは。アタシに勝てるつもりでいるのかい。だけどさらに愚かなのはディートハルトさ。

「最下位がどうこうと、甘いことを言う。ハンナよ、おまえが一度でもトップを取れば、俺の順位がどうであれ、おまえの望みを何でも聞いてやる。ただし━━」

 そこでディートハルトがキメ顔をつくった。

「おまえが最下位で俺がトップになったときは、俺と半日、デートしてもらおう」

 不遜な顔立ちに浮かべた笑みは、美形であることをより効果的にみせる。並たいていの女なら、腰から砕けおちるところだろうさ。アタシは笑いをこらえるのに必死だったけどね。

「お望みとあらば、デートでもでも、お好きなようにお命じになればよろしゅうございます」

「か、身体っ」

 みるみるうちにディートハルトが赤くなる。15やそこらのガキには刺激が強かったようだねぇ。クライドはどうやらピンときていない様子だが、ケヴィンはこめかみをおさえて渋い顔をしている。

「ハンナ嬢、君は、その、意味が分かって言っているのか?」

「おやおやケヴィンさまは噂をご存じないのですか?私は娼婦の娘ゆえ、男を手玉に取るのが上手いのだそうですよ」

「冗談でもそんなことを言うもんじゃない!」

 ケヴィンが怒りをにじませて一喝した。アタシは思わず笑っちまったよ。

「娼婦を馬鹿にしたものではありませんよ、ケヴィンさま。なにせ伝統と格式ある、世界最古の商売ですから。それでも娼婦というのは単なる職業に過ぎず、男を手玉に取るのは単なる技術に過ぎません。娼婦とは、個人の人格を規定するものではないのです。あなたは正義感から私にまつわる噂に怒りを覚えたようですが、その怒りは私の母に対する侮辱です」

「そ、そんなつもりは…」

 それでケヴィンはいったん押し黙ったんだけど、すぐに迷いを振り払ったようだ。

「君を不快にしたなら謝ろう。だが、ディートハルトを相手に身体を賭けるのはやめたまえ。君はディートハルトを、ルールを覚えたばかりの素人と侮っているようだが、彼は間違いなく天才だ。彼の態度が大きいのは、それにふさわしい才能を持っているからなのだ」

 アタシゃあきれちまったよ。ケヴィンの言っていることは的外れにもほどがある。皇宮でぬくぬく育った15年と、修羅場を潜り抜けた100年では、あまりにも経験の差が大きすぎるんだよ。だから━━

「━━才能でこの私に勝とうなんて、100年早いと申し上げておきます」

 相手がプロでも玄人でもなく、15のガキだってのは不足だけどね、それでもアタシゃワクワクしたもんさ。なにせ牌をつまむのは30年ぶりだ。洗牌してるだけでも気分が盛り上がってくる。牌を積むのにも四苦八苦している三人を横目に、アタシは手の中でサイコロをもてあそんだ。

 さてアタシの目的は、ディートハルトがエリーゼをどう思っているのか聞き出すことだ。エリーゼが世界最高の美女とはいっても、人の好みは好きずきだからねえ。恋心まで期待しちゃいないさ。見合いで結婚したって、幸せになれないってわけでもないだろうし。

 だけどディートハルトにエリーゼを大事にする気持ちがないってわかったら、アタシは━━…フーム、アタシはどう動いたらいいんだろうね。なんにも考えてなかったよ。穏便に婚約破棄にもちこんで、もっとエリーゼにふさわしい相手を見つけてくるか。

 うーん、さっきから胸のあたりがチリチリするんだけど、アタシゃなにかの病気なのかねえ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...