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13 ヴァイデンライヒ雀鬼伝1
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「殿下、麻雀を打ちましょう」
放課後の教室でアタシが声をかけると、ディートハルトは怪訝な顔をした。当たり前だろうさ、この世界に麻雀なんてゲームは存在しない。アタシがこのあいだシェーンハイト商会に依頼してつくらせたばっかりだ。ふつうに考えたら意味がわからな誘い文句だろう。
ところがディートハルトのやつはアタシに妙に甘いところがあって、簡単に誘いに応じてくれた。これからケツの毛までむしられるとも知らずに、まぬけなやつさ。
使用申請してある空き教室へと向かう道すがら、騎士科の教室でケヴィンを拾い、廊下でたまたま出くわしたクライドも誘う。これで雀卓を囲むメンツがそろったってわけだ。
そんなこんなで雀卓に座ると、アタシは用意してあったルールブックを3人に手渡す。けっこう複雑なルールだからねえ、ひとまず最初の半荘は、ルールブック片手にゲームを進めようかと考えていたんだが…。
「ふむ、ルールは把握した」
「僕も覚えました」
ディートハルトとクライドが、ものの10分ほどでルールブックを閉じた。それが本当なら、こいつらどれだけ優秀なんだい。可哀想に、ルールを覚えきれていないケヴィンがひとりだけ馬鹿に見えてくる。ディートハルトがため息をついた。
「おいケヴィン、俺を待たせるな。おまえはルールブック片手にゲームをやればよかろう。なに、手加減してやるさ」
「そ、そうか?」
まったくディートハルトは、ワガママと言おうか天真爛漫と言おうか。裏表がないから、それが嫌味にならないあたり、たらしの素質は充分だ。だけど━━手加減って話はいただけないねえ。
「はたしてルールを覚えたばかりの殿下に、そんな余裕があるでしょうか?」
アタシがクスリと笑うと、ディートハルトはわかりやすく顔をしかめた。ここでアタシは追加のルールを告げる。
「点棒が最下位の者は、トップの者の言うことをなんでもひとつ聞いてもらいます」
「なんでも、だと?」
「あわわ、ハンナさん、女の子がそんなこと言っちゃだめですっ」
あわてるクライドをアタシゃ鼻で笑ったね。何を想像してるんだか、このマセガキは。アタシに勝てるつもりでいるのかい。だけどさらに愚かなのはディートハルトさ。
「最下位がどうこうと、甘いことを言う。ハンナよ、おまえが一度でもトップを取れば、俺の順位がどうであれ、おまえの望みを何でも聞いてやる。ただし━━」
そこでディートハルトがキメ顔をつくった。
「おまえが最下位で俺がトップになったときは、俺と半日、デートしてもらおう」
不遜な顔立ちに浮かべた笑みは、美形であることをより効果的にみせる。並たいていの女なら、腰から砕けおちるところだろうさ。アタシは笑いをこらえるのに必死だったけどね。
「お望みとあらば、デートでも身体の奉仕でも、お好きなようにお命じになればよろしゅうございます」
「か、身体っ」
みるみるうちにディートハルトが赤くなる。15やそこらのガキには刺激が強かったようだねぇ。クライドはどうやらピンときていない様子だが、ケヴィンはこめかみをおさえて渋い顔をしている。
「ハンナ嬢、君は、その、意味が分かって言っているのか?」
「おやおやケヴィンさまは噂をご存じないのですか?私は娼婦の娘ゆえ、男を手玉に取るのが上手いのだそうですよ」
「冗談でもそんなことを言うもんじゃない!」
ケヴィンが怒りをにじませて一喝した。アタシは思わず笑っちまったよ。
「娼婦を馬鹿にしたものではありませんよ、ケヴィンさま。なにせ伝統と格式ある、世界最古の商売ですから。それでも娼婦というのは単なる職業に過ぎず、男を手玉に取るのは単なる技術に過ぎません。娼婦とは、個人の人格を規定するものではないのです。あなたは正義感から私にまつわる噂に怒りを覚えたようですが、その怒りは私の母に対する侮辱です」
「そ、そんなつもりは…」
それでケヴィンはいったん押し黙ったんだけど、すぐに迷いを振り払ったようだ。
「君を不快にしたなら謝ろう。だが、ディートハルトを相手に身体を賭けるのはやめたまえ。君はディートハルトを、ルールを覚えたばかりの素人と侮っているようだが、彼は間違いなく天才だ。彼の態度が大きいのは、それにふさわしい才能を持っているからなのだ」
アタシゃあきれちまったよ。ケヴィンの言っていることは的外れにもほどがある。皇宮でぬくぬく育った15年と、修羅場を潜り抜けた100年では、あまりにも経験の差が大きすぎるんだよ。だから━━
「━━才能でこの私に勝とうなんて、100年早いと申し上げておきます」
相手がプロでも玄人でもなく、15のガキだってのは不足だけどね、それでもアタシゃワクワクしたもんさ。なにせ牌をつまむのは30年ぶりだ。洗牌してるだけでも気分が盛り上がってくる。牌を積むのにも四苦八苦している三人を横目に、アタシは手の中でサイコロをもてあそんだ。
さてアタシの目的は、ディートハルトがエリーゼをどう思っているのか聞き出すことだ。エリーゼが世界最高の美女とはいっても、人の好みは好きずきだからねえ。恋心まで期待しちゃいないさ。見合いで結婚したって、幸せになれないってわけでもないだろうし。
だけどディートハルトにエリーゼを大事にする気持ちがないってわかったら、アタシは━━…フーム、アタシはどう動いたらいいんだろうね。なんにも考えてなかったよ。穏便に婚約破棄にもちこんで、もっとエリーゼにふさわしい相手を見つけてくるか。
うーん、さっきから胸のあたりがチリチリするんだけど、アタシゃなにかの病気なのかねえ。
放課後の教室でアタシが声をかけると、ディートハルトは怪訝な顔をした。当たり前だろうさ、この世界に麻雀なんてゲームは存在しない。アタシがこのあいだシェーンハイト商会に依頼してつくらせたばっかりだ。ふつうに考えたら意味がわからな誘い文句だろう。
ところがディートハルトのやつはアタシに妙に甘いところがあって、簡単に誘いに応じてくれた。これからケツの毛までむしられるとも知らずに、まぬけなやつさ。
使用申請してある空き教室へと向かう道すがら、騎士科の教室でケヴィンを拾い、廊下でたまたま出くわしたクライドも誘う。これで雀卓を囲むメンツがそろったってわけだ。
そんなこんなで雀卓に座ると、アタシは用意してあったルールブックを3人に手渡す。けっこう複雑なルールだからねえ、ひとまず最初の半荘は、ルールブック片手にゲームを進めようかと考えていたんだが…。
「ふむ、ルールは把握した」
「僕も覚えました」
ディートハルトとクライドが、ものの10分ほどでルールブックを閉じた。それが本当なら、こいつらどれだけ優秀なんだい。可哀想に、ルールを覚えきれていないケヴィンがひとりだけ馬鹿に見えてくる。ディートハルトがため息をついた。
「おいケヴィン、俺を待たせるな。おまえはルールブック片手にゲームをやればよかろう。なに、手加減してやるさ」
「そ、そうか?」
まったくディートハルトは、ワガママと言おうか天真爛漫と言おうか。裏表がないから、それが嫌味にならないあたり、たらしの素質は充分だ。だけど━━手加減って話はいただけないねえ。
「はたしてルールを覚えたばかりの殿下に、そんな余裕があるでしょうか?」
アタシがクスリと笑うと、ディートハルトはわかりやすく顔をしかめた。ここでアタシは追加のルールを告げる。
「点棒が最下位の者は、トップの者の言うことをなんでもひとつ聞いてもらいます」
「なんでも、だと?」
「あわわ、ハンナさん、女の子がそんなこと言っちゃだめですっ」
あわてるクライドをアタシゃ鼻で笑ったね。何を想像してるんだか、このマセガキは。アタシに勝てるつもりでいるのかい。だけどさらに愚かなのはディートハルトさ。
「最下位がどうこうと、甘いことを言う。ハンナよ、おまえが一度でもトップを取れば、俺の順位がどうであれ、おまえの望みを何でも聞いてやる。ただし━━」
そこでディートハルトがキメ顔をつくった。
「おまえが最下位で俺がトップになったときは、俺と半日、デートしてもらおう」
不遜な顔立ちに浮かべた笑みは、美形であることをより効果的にみせる。並たいていの女なら、腰から砕けおちるところだろうさ。アタシは笑いをこらえるのに必死だったけどね。
「お望みとあらば、デートでも身体の奉仕でも、お好きなようにお命じになればよろしゅうございます」
「か、身体っ」
みるみるうちにディートハルトが赤くなる。15やそこらのガキには刺激が強かったようだねぇ。クライドはどうやらピンときていない様子だが、ケヴィンはこめかみをおさえて渋い顔をしている。
「ハンナ嬢、君は、その、意味が分かって言っているのか?」
「おやおやケヴィンさまは噂をご存じないのですか?私は娼婦の娘ゆえ、男を手玉に取るのが上手いのだそうですよ」
「冗談でもそんなことを言うもんじゃない!」
ケヴィンが怒りをにじませて一喝した。アタシは思わず笑っちまったよ。
「娼婦を馬鹿にしたものではありませんよ、ケヴィンさま。なにせ伝統と格式ある、世界最古の商売ですから。それでも娼婦というのは単なる職業に過ぎず、男を手玉に取るのは単なる技術に過ぎません。娼婦とは、個人の人格を規定するものではないのです。あなたは正義感から私にまつわる噂に怒りを覚えたようですが、その怒りは私の母に対する侮辱です」
「そ、そんなつもりは…」
それでケヴィンはいったん押し黙ったんだけど、すぐに迷いを振り払ったようだ。
「君を不快にしたなら謝ろう。だが、ディートハルトを相手に身体を賭けるのはやめたまえ。君はディートハルトを、ルールを覚えたばかりの素人と侮っているようだが、彼は間違いなく天才だ。彼の態度が大きいのは、それにふさわしい才能を持っているからなのだ」
アタシゃあきれちまったよ。ケヴィンの言っていることは的外れにもほどがある。皇宮でぬくぬく育った15年と、修羅場を潜り抜けた100年では、あまりにも経験の差が大きすぎるんだよ。だから━━
「━━才能でこの私に勝とうなんて、100年早いと申し上げておきます」
相手がプロでも玄人でもなく、15のガキだってのは不足だけどね、それでもアタシゃワクワクしたもんさ。なにせ牌をつまむのは30年ぶりだ。洗牌してるだけでも気分が盛り上がってくる。牌を積むのにも四苦八苦している三人を横目に、アタシは手の中でサイコロをもてあそんだ。
さてアタシの目的は、ディートハルトがエリーゼをどう思っているのか聞き出すことだ。エリーゼが世界最高の美女とはいっても、人の好みは好きずきだからねえ。恋心まで期待しちゃいないさ。見合いで結婚したって、幸せになれないってわけでもないだろうし。
だけどディートハルトにエリーゼを大事にする気持ちがないってわかったら、アタシは━━…フーム、アタシはどう動いたらいいんだろうね。なんにも考えてなかったよ。穏便に婚約破棄にもちこんで、もっとエリーゼにふさわしい相手を見つけてくるか。
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