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14 ヴァイデンライヒ雀鬼伝2
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さあて、まずは小手調べだ。サイコロを操って親になったアタシは、1巡目でクライドが捨てた東を鳴く。対面のディートハルトがクスリと笑った。
「しかしハンナ、おまえも中々強引なところがあるではないか。たまたま廊下にいただけの顔見知りを、ウムを言わさず巻き込むあたり、ワガママといおうか、無邪気といおうか。案外、傾国の悪女というやつは、おまえのような女かもしれんな」
「ディー…殿下がそれを言うのですか?」
「ケヴィンさま、私やクライドさまに気を使う必要はありませんよ。プライベートでケヴィンさまが、殿下を愛称で呼んでいたとしても、それを不敬だなんて思いません」
『殿下』呼びがまったく板についていないケヴィンは、どうも窮屈そうに見える。ディートハルトが哄笑した。
「まったくハンナの言うとおりだ。公式の場であるならともかく、『学園』でまで殿下と言われたら鬱陶しくてたまらん」
「ですが殿下…」
「頑固なやつだな。それではおまえの主として命じる。いますぐその堅苦しい口調をやめろ」
しばらくディートハルトを見つめていたケヴィンは、ため息をついて頭をガリガリかいた。
「わかった。これで満足か、ディー?」
「うむ」
しかしあれだね、ケヴィンがルールブックとにらめっこしてるせいで、1巡が長いよ。ようやく2巡目に入って、クライドが牌を捨てたところで、アタシはさっきのディートハルトの発言を訂正した。
「殿下はさきほど、私がクライドさまを誘ったのがワガママだとおっしゃいましたが、はたしてそうでしょうか?」
「ほう、なにが言いたい」
「クライドさまの進路はエリート神官です。ここで皇族と顔を合わせておくのは、彼にとって悪い話ではないでしょう」
クライドが意外そうな顔をした。やっぱりわかってなかったか。まあ12歳だしね。ディートハルトがクックックと笑った。
「そこまで考えてのことか」
「…私がエリーゼのような絶世の美女というならともかく、ワガママだけでいつまでも人を動かすことはできませんよ」
こうしてわざわざ口に出して、クライドに恩を売っておくのも、人心掌握術のひとつさ。人を動かすなら、暴力や金銭を与えるか、恩を売って手懐けるかだ。前者のやり方は前世でたっぷりやったから、今生でのアタシは義理と人情で相手を縛ることにしたのさね。
「だけど僕は━━」
そこで表情をくもらせるクライド。こうして見ると、アンニュイな美少女にしか見えないねえ。脱衣麻雀をやらせたら面白そうだ。ディートハルトが意外なほど優しい口調になった。
「この俺では人脈として不服か?」
「いえっ、めっそうもございません。だけど…」
「フム、悩みがあれば言ってみよ。皇子であるこの俺じきじきに、聞いてつかわす」
自分自身もガキのくせに、年少者に対して面倒見がいい。やっぱりディートハルトは悪い男じゃないんだよねえ。もちろん、だからといってエリーゼとの婚約を認めたわけじゃないけど。
「僕は━━神官という職業は素晴らしいと思っています。傷を癒やし、命を救う仕事に、僕は誇りをもって従事できます」
「もちろんだとも」
ケヴィンが重くうなずいたのは、やつが騎士であることと無関係ではないだろう。怪我のたえない仕事だからね。それでもクライドの表情は晴れない。
「ですがそこに命の選別をもちこむことになると、話が違います。エリート神官になるということは、つまり、王侯貴族だけを治癒するということで…」
「だが、王侯貴族とて治癒を必要とする。我々にも神官が必要なのだ」
ディートハルトが言うと、クライドは首を横に振った。
「だとしても、貴族専属である必要がありますか?なぜ貴族だけを治癒する神官が必要なのですか。帝都の平神官は、朝から晩まで教会の門をひらいて休みなく治癒の奇跡をほどこしています。それだというのにエリート神官は、大聖堂の中で権力闘争を繰り返し、まれに貴族から呼ばれては、もったいぶって治癒をおこなう。これが正しい神官のありかたでしょうか」
「つまりクライドさまは、その手でより多くの人を救いたいと?」
アタシの問いにクライドがうなずく。とたんにディートハルトが哄笑した。
「地位よりも名誉よりも、まして金銭のごとき邪よりも━━ただ人を救うために在りたい。ハハハハハッ、クライド・ユルゲン、なんと高潔な男よ!」
「貴方のその尊い在りようは、かならずや多くの人を救うだろう。心配するな、俺とディーが力を尽くそう。クライドくん、本懐を遂げたまえ」
ケヴィンまでもが賛嘆している━━アタシゃ傍で見ていて、気恥ずかしくなっちまったよ。ああ、なるほど、そうだろうさ。これが若さだ。もうアタシには取り戻せない、在りし日の姿だ。まぶしくなるほどの━━砂糖菓子のように甘い理想論。それを信じきれるほど、こいつらには経験ってモンが不足している。
だからアタシは手牌を倒して、彼らを打倒してやらねばならない。
「ロンっ、トイトイ、三暗、ドラ3つ」
「おいハンナ、ゲームなど後で良いではないか。男の友情に水をさすのは━━」
「ものを言うのは結果をだしてからにしな。目の前の点棒も拾えないデクの棒が、なにをほざいたって虫の羽音にすらなりゃしない」
アタシは年長者の義務として、小僧どものまえに立ちはだからなければならない。圧倒的な現実として、若人を押しつぶさなければならない。こいつらの言うきれい事に、汚物を浴びせてせせら笑わなければならない。
「クライド、あんたぁ、理想のために泥水をすすってみな━━アタシを倒してみせたなら、今すぐアンタのために教会をおっ建てて、明日からでも人を救えるようにしてやる」
アタシが指を鳴らすと、影の中からフリッツがあらわれる。その手から革袋をうけとったアタシは、中身を卓のうえにぶちまけた。
金貨100枚、これだけあれば充分だろ。クライドは自分の理想のための教会を建てることができるはずさ。ただし━━今この場で、アタシを倒すことができたなら。
「しかしハンナ、おまえも中々強引なところがあるではないか。たまたま廊下にいただけの顔見知りを、ウムを言わさず巻き込むあたり、ワガママといおうか、無邪気といおうか。案外、傾国の悪女というやつは、おまえのような女かもしれんな」
「ディー…殿下がそれを言うのですか?」
「ケヴィンさま、私やクライドさまに気を使う必要はありませんよ。プライベートでケヴィンさまが、殿下を愛称で呼んでいたとしても、それを不敬だなんて思いません」
『殿下』呼びがまったく板についていないケヴィンは、どうも窮屈そうに見える。ディートハルトが哄笑した。
「まったくハンナの言うとおりだ。公式の場であるならともかく、『学園』でまで殿下と言われたら鬱陶しくてたまらん」
「ですが殿下…」
「頑固なやつだな。それではおまえの主として命じる。いますぐその堅苦しい口調をやめろ」
しばらくディートハルトを見つめていたケヴィンは、ため息をついて頭をガリガリかいた。
「わかった。これで満足か、ディー?」
「うむ」
しかしあれだね、ケヴィンがルールブックとにらめっこしてるせいで、1巡が長いよ。ようやく2巡目に入って、クライドが牌を捨てたところで、アタシはさっきのディートハルトの発言を訂正した。
「殿下はさきほど、私がクライドさまを誘ったのがワガママだとおっしゃいましたが、はたしてそうでしょうか?」
「ほう、なにが言いたい」
「クライドさまの進路はエリート神官です。ここで皇族と顔を合わせておくのは、彼にとって悪い話ではないでしょう」
クライドが意外そうな顔をした。やっぱりわかってなかったか。まあ12歳だしね。ディートハルトがクックックと笑った。
「そこまで考えてのことか」
「…私がエリーゼのような絶世の美女というならともかく、ワガママだけでいつまでも人を動かすことはできませんよ」
こうしてわざわざ口に出して、クライドに恩を売っておくのも、人心掌握術のひとつさ。人を動かすなら、暴力や金銭を与えるか、恩を売って手懐けるかだ。前者のやり方は前世でたっぷりやったから、今生でのアタシは義理と人情で相手を縛ることにしたのさね。
「だけど僕は━━」
そこで表情をくもらせるクライド。こうして見ると、アンニュイな美少女にしか見えないねえ。脱衣麻雀をやらせたら面白そうだ。ディートハルトが意外なほど優しい口調になった。
「この俺では人脈として不服か?」
「いえっ、めっそうもございません。だけど…」
「フム、悩みがあれば言ってみよ。皇子であるこの俺じきじきに、聞いてつかわす」
自分自身もガキのくせに、年少者に対して面倒見がいい。やっぱりディートハルトは悪い男じゃないんだよねえ。もちろん、だからといってエリーゼとの婚約を認めたわけじゃないけど。
「僕は━━神官という職業は素晴らしいと思っています。傷を癒やし、命を救う仕事に、僕は誇りをもって従事できます」
「もちろんだとも」
ケヴィンが重くうなずいたのは、やつが騎士であることと無関係ではないだろう。怪我のたえない仕事だからね。それでもクライドの表情は晴れない。
「ですがそこに命の選別をもちこむことになると、話が違います。エリート神官になるということは、つまり、王侯貴族だけを治癒するということで…」
「だが、王侯貴族とて治癒を必要とする。我々にも神官が必要なのだ」
ディートハルトが言うと、クライドは首を横に振った。
「だとしても、貴族専属である必要がありますか?なぜ貴族だけを治癒する神官が必要なのですか。帝都の平神官は、朝から晩まで教会の門をひらいて休みなく治癒の奇跡をほどこしています。それだというのにエリート神官は、大聖堂の中で権力闘争を繰り返し、まれに貴族から呼ばれては、もったいぶって治癒をおこなう。これが正しい神官のありかたでしょうか」
「つまりクライドさまは、その手でより多くの人を救いたいと?」
アタシの問いにクライドがうなずく。とたんにディートハルトが哄笑した。
「地位よりも名誉よりも、まして金銭のごとき邪よりも━━ただ人を救うために在りたい。ハハハハハッ、クライド・ユルゲン、なんと高潔な男よ!」
「貴方のその尊い在りようは、かならずや多くの人を救うだろう。心配するな、俺とディーが力を尽くそう。クライドくん、本懐を遂げたまえ」
ケヴィンまでもが賛嘆している━━アタシゃ傍で見ていて、気恥ずかしくなっちまったよ。ああ、なるほど、そうだろうさ。これが若さだ。もうアタシには取り戻せない、在りし日の姿だ。まぶしくなるほどの━━砂糖菓子のように甘い理想論。それを信じきれるほど、こいつらには経験ってモンが不足している。
だからアタシは手牌を倒して、彼らを打倒してやらねばならない。
「ロンっ、トイトイ、三暗、ドラ3つ」
「おいハンナ、ゲームなど後で良いではないか。男の友情に水をさすのは━━」
「ものを言うのは結果をだしてからにしな。目の前の点棒も拾えないデクの棒が、なにをほざいたって虫の羽音にすらなりゃしない」
アタシは年長者の義務として、小僧どものまえに立ちはだからなければならない。圧倒的な現実として、若人を押しつぶさなければならない。こいつらの言うきれい事に、汚物を浴びせてせせら笑わなければならない。
「クライド、あんたぁ、理想のために泥水をすすってみな━━アタシを倒してみせたなら、今すぐアンタのために教会をおっ建てて、明日からでも人を救えるようにしてやる」
アタシが指を鳴らすと、影の中からフリッツがあらわれる。その手から革袋をうけとったアタシは、中身を卓のうえにぶちまけた。
金貨100枚、これだけあれば充分だろ。クライドは自分の理想のための教会を建てることができるはずさ。ただし━━今この場で、アタシを倒すことができたなら。
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