16 / 49
15 ヴァイデンライヒ雀鬼伝3
しおりを挟む
もしもアタシが本当に15歳の小娘だったら、たぶんクライドの理想に共鳴しただろう。もしかしたら背中を押して励ましたかもしれないし、頭のひとつもなでてやったかもしれない。
だけどね、アタシゃもうそういう年齢じゃないんだ。人間、40を過ぎたら若者の邪魔をする側に回らなくちゃならない。こいつは神聖な大人の義務さね。
「ハンナ、貴様、この金はなんだ。その黒衣の獣人は何者だ。その口調はどうしたというのだっ」
「ピーピーわめくないっ、ケツの青いひよっこが!聞きたいことがあるのなら、アタシに勝って言うことをきかせてみるんだね、ディートハルト」
呼び捨てにすると、ディートハルトとケヴィンは呆然とした。だって貴族令嬢の口調じゃ、あんまり締まらないじゃないか。超えるべき壁ってやつは、同年代の女の子じゃいけないだろ。
「わかった━━俺が勝ったあかつきには、貴様という存在について、とくときかせてもらう。だが…」
ディートハルトはそこで言葉を区切り、卓の上に視線を走らせる。
「ハンナ、貴様なにをやった」
「…アッハッハ、どうやらその目ン玉はフシ穴じゃあなさそうだねえ」
「当たり前だ。わずか3巡でロンだと?それも対々三暗刻━━はじめから刻子のタネが4つあったなら、なぜ1巡目で東を鳴いた。役満を捨てて倍満をあがる理由がどこにあるっ」
さすがにこのメッセージはあざとかったらしい。ディートハルトが卓を叩いた。
「貴様、イカサマをやったな!」
「ほう、どういうイカサマだってんだい」
「俺たちの会話が盛りあがっているスキに、卓から牌を抜いたのだろう」
「フーン、悪くない読みだ。それで?」
「この勝負は無効だっ」
アタシはあえてここで爆笑してみせる。ディートハルトの顔が赤くなった。
「なにがおかしいっ」
「クックック、帝国は法治国家だって思っていたンだが、そりゃアタシの勘違いだったのかい?」
「法治国家だからこそ、不正は見過ごせんのだ」
「証拠もなしに罪人をでっち上げる法治国家がどこにあるってんだ!」
ピシャリと言うと、3人の顔が唖然となった。証拠なんぞあるわけがない。背後でフリッツがクスクス笑う気配がする。ガキを相手に大人気ないってんだろ?そんなこたあ、わかってるよ。だからわかりやすくイカサマしてあげたんじゃないか。これは社会勉強さね。
「わかったらゲーム続行だ。今度は3人で目ン玉を皿にして、よおくアタシを見張るこったね」
ジャラジャラ洗牌をはじめると、しぶしぶ3人もアタシにならう。するとすぐにフリッツがクスクス笑い出した━━さすがに裏影の頭領だけある。アタシのやってることに気づいたらしい。小声でささやきかけてくる。
「御前さまもお人が悪い。そのご様子では賽の目のコントロールも可能なのでしょう?」
「フリッツ、こいつはゲームじゃない。一方的な教育さ」
言葉だけで教訓を得るほど人間ってのは賢くないからね。実際に体験してもらおうじゃないか━━理不尽ってやつを。
だけどそれはそれとして、言葉もくれてやろう。
「クライド、あんたは貴賤を問わず人を救いたいと言ったね。それはひょっとして、亜人種も含んだ話かい?」
「…もちろんです」
決意の眼差しでクライドは言う。差別対象の亜人種は、今のところ教会の門を叩けない。治癒術の恩恵を受けられないわけさ。背後にいるフリッツも、獣人だからという理由で、死にそうな大怪我をしても治癒術をかけてもらえない。なるほど、亜人種までもを救いたいというクライドの志は立派だ。
だけどそいつは、立派なだけだ。
「そりゃずいぶんと大きなことを言うねえ。教会のしきたりに逆らって、貴賤を問わず治癒をさずけるってわけだ。破門にされてもかまわないのかい?」
「周りがどうあれ、僕は正しい道を行きたい!」
「ふっ」
アタシが鼻で笑うと、ディートハルトが立ち上がった。
「ハンナ、貴様は他人の理想を笑うのか。そんな権利がどこにあるっ」
「するとあんたは、アタシが笑う権利すら認めてくれないのかい。この国の皇族は、ずいぶん狭量だねえ。泣くのも笑うのも許可制ってわけだ。まるで恐怖政治じゃないか」
ディートハルトがぐっと押し黙ると、ケヴィンが援護射撃をはじめる。
「権利云々はともかくとして━━ハンナ嬢、他人を笑うという行為は、あまり美しいとはいえないだろう」
「そうは言っても、おかしいじゃないか。クライドは教会を破門にされて、それでも理想を貫くと言う。だけど教会に落伍者の烙印をおされたクズ神官に、どこのどいつが生命を預けるってんだい」
「あ…」
クライドが青い顔をした。患者を救うために神官になろうってやつが、患者から信頼されないんじゃお話にもならない。ようやくそのことに気づいたらしい。
「よしんば教会を破門にされなかったとして━━平神官にどれほどのことができるってんだ。人材が足らない現場の人間は、こう思うだろうさ。たったひとり新人神官がふえるよりも、現場を変えるだけの権力が欲しい…ってね」
牌を積み終えたところでアタシはサイコロをふる。賽の目の操作なんか、基本中の基本さ。それぞれが順番に山から牌をとりはじめる。ディートハルトの視線がアタシの手元に突き刺さる。イカサマがないように見張ってるつもりなんだろう。アタシは笑いをこらえてクライドに語りかける。
「たいていの神官にゃ、金もなければコネもない。あんたみたいに『学園』にはいって『寄宿学校』を出て、エリート街道をまっすぐすすめる人間なんざ、そうはいないってわけさ」
「だから僕に、権力を握れと…」
「成しうる者が為すべきを為す」
ノーブレスオブリージュっていったかね。クライドは貴族じゃないにしろ、限りなくそれに近い立場にいる。領地を持たない男爵や子爵に等しい地位がある。
「あんたに必要なのは、権力への階段を駆けのぼる覚悟さ。力なき正義なんぞ、のんだくれの戯言とおんなじなんだよ。アタシが今から、それを教えてやる」
山から牌をとりおえて、さて理牌をしようとしていた3人の目の前で、アタシは手牌を指でなぞり、倒した。
「天和━━役満だよ」
呆然とする3人を尻目に、アタシは椅子にふんぞり返った。これでさっき親倍直撃をくらったディートハルトのとび終了だ。アタシ以外は、なにも出来ずに半荘のゲームが終わったことになる。
だけどね、アタシゃもうそういう年齢じゃないんだ。人間、40を過ぎたら若者の邪魔をする側に回らなくちゃならない。こいつは神聖な大人の義務さね。
「ハンナ、貴様、この金はなんだ。その黒衣の獣人は何者だ。その口調はどうしたというのだっ」
「ピーピーわめくないっ、ケツの青いひよっこが!聞きたいことがあるのなら、アタシに勝って言うことをきかせてみるんだね、ディートハルト」
呼び捨てにすると、ディートハルトとケヴィンは呆然とした。だって貴族令嬢の口調じゃ、あんまり締まらないじゃないか。超えるべき壁ってやつは、同年代の女の子じゃいけないだろ。
「わかった━━俺が勝ったあかつきには、貴様という存在について、とくときかせてもらう。だが…」
ディートハルトはそこで言葉を区切り、卓の上に視線を走らせる。
「ハンナ、貴様なにをやった」
「…アッハッハ、どうやらその目ン玉はフシ穴じゃあなさそうだねえ」
「当たり前だ。わずか3巡でロンだと?それも対々三暗刻━━はじめから刻子のタネが4つあったなら、なぜ1巡目で東を鳴いた。役満を捨てて倍満をあがる理由がどこにあるっ」
さすがにこのメッセージはあざとかったらしい。ディートハルトが卓を叩いた。
「貴様、イカサマをやったな!」
「ほう、どういうイカサマだってんだい」
「俺たちの会話が盛りあがっているスキに、卓から牌を抜いたのだろう」
「フーン、悪くない読みだ。それで?」
「この勝負は無効だっ」
アタシはあえてここで爆笑してみせる。ディートハルトの顔が赤くなった。
「なにがおかしいっ」
「クックック、帝国は法治国家だって思っていたンだが、そりゃアタシの勘違いだったのかい?」
「法治国家だからこそ、不正は見過ごせんのだ」
「証拠もなしに罪人をでっち上げる法治国家がどこにあるってんだ!」
ピシャリと言うと、3人の顔が唖然となった。証拠なんぞあるわけがない。背後でフリッツがクスクス笑う気配がする。ガキを相手に大人気ないってんだろ?そんなこたあ、わかってるよ。だからわかりやすくイカサマしてあげたんじゃないか。これは社会勉強さね。
「わかったらゲーム続行だ。今度は3人で目ン玉を皿にして、よおくアタシを見張るこったね」
ジャラジャラ洗牌をはじめると、しぶしぶ3人もアタシにならう。するとすぐにフリッツがクスクス笑い出した━━さすがに裏影の頭領だけある。アタシのやってることに気づいたらしい。小声でささやきかけてくる。
「御前さまもお人が悪い。そのご様子では賽の目のコントロールも可能なのでしょう?」
「フリッツ、こいつはゲームじゃない。一方的な教育さ」
言葉だけで教訓を得るほど人間ってのは賢くないからね。実際に体験してもらおうじゃないか━━理不尽ってやつを。
だけどそれはそれとして、言葉もくれてやろう。
「クライド、あんたは貴賤を問わず人を救いたいと言ったね。それはひょっとして、亜人種も含んだ話かい?」
「…もちろんです」
決意の眼差しでクライドは言う。差別対象の亜人種は、今のところ教会の門を叩けない。治癒術の恩恵を受けられないわけさ。背後にいるフリッツも、獣人だからという理由で、死にそうな大怪我をしても治癒術をかけてもらえない。なるほど、亜人種までもを救いたいというクライドの志は立派だ。
だけどそいつは、立派なだけだ。
「そりゃずいぶんと大きなことを言うねえ。教会のしきたりに逆らって、貴賤を問わず治癒をさずけるってわけだ。破門にされてもかまわないのかい?」
「周りがどうあれ、僕は正しい道を行きたい!」
「ふっ」
アタシが鼻で笑うと、ディートハルトが立ち上がった。
「ハンナ、貴様は他人の理想を笑うのか。そんな権利がどこにあるっ」
「するとあんたは、アタシが笑う権利すら認めてくれないのかい。この国の皇族は、ずいぶん狭量だねえ。泣くのも笑うのも許可制ってわけだ。まるで恐怖政治じゃないか」
ディートハルトがぐっと押し黙ると、ケヴィンが援護射撃をはじめる。
「権利云々はともかくとして━━ハンナ嬢、他人を笑うという行為は、あまり美しいとはいえないだろう」
「そうは言っても、おかしいじゃないか。クライドは教会を破門にされて、それでも理想を貫くと言う。だけど教会に落伍者の烙印をおされたクズ神官に、どこのどいつが生命を預けるってんだい」
「あ…」
クライドが青い顔をした。患者を救うために神官になろうってやつが、患者から信頼されないんじゃお話にもならない。ようやくそのことに気づいたらしい。
「よしんば教会を破門にされなかったとして━━平神官にどれほどのことができるってんだ。人材が足らない現場の人間は、こう思うだろうさ。たったひとり新人神官がふえるよりも、現場を変えるだけの権力が欲しい…ってね」
牌を積み終えたところでアタシはサイコロをふる。賽の目の操作なんか、基本中の基本さ。それぞれが順番に山から牌をとりはじめる。ディートハルトの視線がアタシの手元に突き刺さる。イカサマがないように見張ってるつもりなんだろう。アタシは笑いをこらえてクライドに語りかける。
「たいていの神官にゃ、金もなければコネもない。あんたみたいに『学園』にはいって『寄宿学校』を出て、エリート街道をまっすぐすすめる人間なんざ、そうはいないってわけさ」
「だから僕に、権力を握れと…」
「成しうる者が為すべきを為す」
ノーブレスオブリージュっていったかね。クライドは貴族じゃないにしろ、限りなくそれに近い立場にいる。領地を持たない男爵や子爵に等しい地位がある。
「あんたに必要なのは、権力への階段を駆けのぼる覚悟さ。力なき正義なんぞ、のんだくれの戯言とおんなじなんだよ。アタシが今から、それを教えてやる」
山から牌をとりおえて、さて理牌をしようとしていた3人の目の前で、アタシは手牌を指でなぞり、倒した。
「天和━━役満だよ」
呆然とする3人を尻目に、アタシは椅子にふんぞり返った。これでさっき親倍直撃をくらったディートハルトのとび終了だ。アタシ以外は、なにも出来ずに半荘のゲームが終わったことになる。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる