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15 ヴァイデンライヒ雀鬼伝3
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もしもアタシが本当に15歳の小娘だったら、たぶんクライドの理想に共鳴しただろう。もしかしたら背中を押して励ましたかもしれないし、頭のひとつもなでてやったかもしれない。
だけどね、アタシゃもうそういう年齢じゃないんだ。人間、40を過ぎたら若者の邪魔をする側に回らなくちゃならない。こいつは神聖な大人の義務さね。
「ハンナ、貴様、この金はなんだ。その黒衣の獣人は何者だ。その口調はどうしたというのだっ」
「ピーピーわめくないっ、ケツの青いひよっこが!聞きたいことがあるのなら、アタシに勝って言うことをきかせてみるんだね、ディートハルト」
呼び捨てにすると、ディートハルトとケヴィンは呆然とした。だって貴族令嬢の口調じゃ、あんまり締まらないじゃないか。超えるべき壁ってやつは、同年代の女の子じゃいけないだろ。
「わかった━━俺が勝ったあかつきには、貴様という存在について、とくときかせてもらう。だが…」
ディートハルトはそこで言葉を区切り、卓の上に視線を走らせる。
「ハンナ、貴様なにをやった」
「…アッハッハ、どうやらその目ン玉はフシ穴じゃあなさそうだねえ」
「当たり前だ。わずか3巡でロンだと?それも対々三暗刻━━はじめから刻子のタネが4つあったなら、なぜ1巡目で東を鳴いた。役満を捨てて倍満をあがる理由がどこにあるっ」
さすがにこのメッセージはあざとかったらしい。ディートハルトが卓を叩いた。
「貴様、イカサマをやったな!」
「ほう、どういうイカサマだってんだい」
「俺たちの会話が盛りあがっているスキに、卓から牌を抜いたのだろう」
「フーン、悪くない読みだ。それで?」
「この勝負は無効だっ」
アタシはあえてここで爆笑してみせる。ディートハルトの顔が赤くなった。
「なにがおかしいっ」
「クックック、帝国は法治国家だって思っていたンだが、そりゃアタシの勘違いだったのかい?」
「法治国家だからこそ、不正は見過ごせんのだ」
「証拠もなしに罪人をでっち上げる法治国家がどこにあるってんだ!」
ピシャリと言うと、3人の顔が唖然となった。証拠なんぞあるわけがない。背後でフリッツがクスクス笑う気配がする。ガキを相手に大人気ないってんだろ?そんなこたあ、わかってるよ。だからわかりやすくイカサマしてあげたんじゃないか。これは社会勉強さね。
「わかったらゲーム続行だ。今度は3人で目ン玉を皿にして、よおくアタシを見張るこったね」
ジャラジャラ洗牌をはじめると、しぶしぶ3人もアタシにならう。するとすぐにフリッツがクスクス笑い出した━━さすがに裏影の頭領だけある。アタシのやってることに気づいたらしい。小声でささやきかけてくる。
「御前さまもお人が悪い。そのご様子では賽の目のコントロールも可能なのでしょう?」
「フリッツ、こいつはゲームじゃない。一方的な教育さ」
言葉だけで教訓を得るほど人間ってのは賢くないからね。実際に体験してもらおうじゃないか━━理不尽ってやつを。
だけどそれはそれとして、言葉もくれてやろう。
「クライド、あんたは貴賤を問わず人を救いたいと言ったね。それはひょっとして、亜人種も含んだ話かい?」
「…もちろんです」
決意の眼差しでクライドは言う。差別対象の亜人種は、今のところ教会の門を叩けない。治癒術の恩恵を受けられないわけさ。背後にいるフリッツも、獣人だからという理由で、死にそうな大怪我をしても治癒術をかけてもらえない。なるほど、亜人種までもを救いたいというクライドの志は立派だ。
だけどそいつは、立派なだけだ。
「そりゃずいぶんと大きなことを言うねえ。教会のしきたりに逆らって、貴賤を問わず治癒をさずけるってわけだ。破門にされてもかまわないのかい?」
「周りがどうあれ、僕は正しい道を行きたい!」
「ふっ」
アタシが鼻で笑うと、ディートハルトが立ち上がった。
「ハンナ、貴様は他人の理想を笑うのか。そんな権利がどこにあるっ」
「するとあんたは、アタシが笑う権利すら認めてくれないのかい。この国の皇族は、ずいぶん狭量だねえ。泣くのも笑うのも許可制ってわけだ。まるで恐怖政治じゃないか」
ディートハルトがぐっと押し黙ると、ケヴィンが援護射撃をはじめる。
「権利云々はともかくとして━━ハンナ嬢、他人を笑うという行為は、あまり美しいとはいえないだろう」
「そうは言っても、おかしいじゃないか。クライドは教会を破門にされて、それでも理想を貫くと言う。だけど教会に落伍者の烙印をおされたクズ神官に、どこのどいつが生命を預けるってんだい」
「あ…」
クライドが青い顔をした。患者を救うために神官になろうってやつが、患者から信頼されないんじゃお話にもならない。ようやくそのことに気づいたらしい。
「よしんば教会を破門にされなかったとして━━平神官にどれほどのことができるってんだ。人材が足らない現場の人間は、こう思うだろうさ。たったひとり新人神官がふえるよりも、現場を変えるだけの権力が欲しい…ってね」
牌を積み終えたところでアタシはサイコロをふる。賽の目の操作なんか、基本中の基本さ。それぞれが順番に山から牌をとりはじめる。ディートハルトの視線がアタシの手元に突き刺さる。イカサマがないように見張ってるつもりなんだろう。アタシは笑いをこらえてクライドに語りかける。
「たいていの神官にゃ、金もなければコネもない。あんたみたいに『学園』にはいって『寄宿学校』を出て、エリート街道をまっすぐすすめる人間なんざ、そうはいないってわけさ」
「だから僕に、権力を握れと…」
「成しうる者が為すべきを為す」
ノーブレスオブリージュっていったかね。クライドは貴族じゃないにしろ、限りなくそれに近い立場にいる。領地を持たない男爵や子爵に等しい地位がある。
「あんたに必要なのは、権力への階段を駆けのぼる覚悟さ。力なき正義なんぞ、のんだくれの戯言とおんなじなんだよ。アタシが今から、それを教えてやる」
山から牌をとりおえて、さて理牌をしようとしていた3人の目の前で、アタシは手牌を指でなぞり、倒した。
「天和━━役満だよ」
呆然とする3人を尻目に、アタシは椅子にふんぞり返った。これでさっき親倍直撃をくらったディートハルトのとび終了だ。アタシ以外は、なにも出来ずに半荘のゲームが終わったことになる。
だけどね、アタシゃもうそういう年齢じゃないんだ。人間、40を過ぎたら若者の邪魔をする側に回らなくちゃならない。こいつは神聖な大人の義務さね。
「ハンナ、貴様、この金はなんだ。その黒衣の獣人は何者だ。その口調はどうしたというのだっ」
「ピーピーわめくないっ、ケツの青いひよっこが!聞きたいことがあるのなら、アタシに勝って言うことをきかせてみるんだね、ディートハルト」
呼び捨てにすると、ディートハルトとケヴィンは呆然とした。だって貴族令嬢の口調じゃ、あんまり締まらないじゃないか。超えるべき壁ってやつは、同年代の女の子じゃいけないだろ。
「わかった━━俺が勝ったあかつきには、貴様という存在について、とくときかせてもらう。だが…」
ディートハルトはそこで言葉を区切り、卓の上に視線を走らせる。
「ハンナ、貴様なにをやった」
「…アッハッハ、どうやらその目ン玉はフシ穴じゃあなさそうだねえ」
「当たり前だ。わずか3巡でロンだと?それも対々三暗刻━━はじめから刻子のタネが4つあったなら、なぜ1巡目で東を鳴いた。役満を捨てて倍満をあがる理由がどこにあるっ」
さすがにこのメッセージはあざとかったらしい。ディートハルトが卓を叩いた。
「貴様、イカサマをやったな!」
「ほう、どういうイカサマだってんだい」
「俺たちの会話が盛りあがっているスキに、卓から牌を抜いたのだろう」
「フーン、悪くない読みだ。それで?」
「この勝負は無効だっ」
アタシはあえてここで爆笑してみせる。ディートハルトの顔が赤くなった。
「なにがおかしいっ」
「クックック、帝国は法治国家だって思っていたンだが、そりゃアタシの勘違いだったのかい?」
「法治国家だからこそ、不正は見過ごせんのだ」
「証拠もなしに罪人をでっち上げる法治国家がどこにあるってんだ!」
ピシャリと言うと、3人の顔が唖然となった。証拠なんぞあるわけがない。背後でフリッツがクスクス笑う気配がする。ガキを相手に大人気ないってんだろ?そんなこたあ、わかってるよ。だからわかりやすくイカサマしてあげたんじゃないか。これは社会勉強さね。
「わかったらゲーム続行だ。今度は3人で目ン玉を皿にして、よおくアタシを見張るこったね」
ジャラジャラ洗牌をはじめると、しぶしぶ3人もアタシにならう。するとすぐにフリッツがクスクス笑い出した━━さすがに裏影の頭領だけある。アタシのやってることに気づいたらしい。小声でささやきかけてくる。
「御前さまもお人が悪い。そのご様子では賽の目のコントロールも可能なのでしょう?」
「フリッツ、こいつはゲームじゃない。一方的な教育さ」
言葉だけで教訓を得るほど人間ってのは賢くないからね。実際に体験してもらおうじゃないか━━理不尽ってやつを。
だけどそれはそれとして、言葉もくれてやろう。
「クライド、あんたは貴賤を問わず人を救いたいと言ったね。それはひょっとして、亜人種も含んだ話かい?」
「…もちろんです」
決意の眼差しでクライドは言う。差別対象の亜人種は、今のところ教会の門を叩けない。治癒術の恩恵を受けられないわけさ。背後にいるフリッツも、獣人だからという理由で、死にそうな大怪我をしても治癒術をかけてもらえない。なるほど、亜人種までもを救いたいというクライドの志は立派だ。
だけどそいつは、立派なだけだ。
「そりゃずいぶんと大きなことを言うねえ。教会のしきたりに逆らって、貴賤を問わず治癒をさずけるってわけだ。破門にされてもかまわないのかい?」
「周りがどうあれ、僕は正しい道を行きたい!」
「ふっ」
アタシが鼻で笑うと、ディートハルトが立ち上がった。
「ハンナ、貴様は他人の理想を笑うのか。そんな権利がどこにあるっ」
「するとあんたは、アタシが笑う権利すら認めてくれないのかい。この国の皇族は、ずいぶん狭量だねえ。泣くのも笑うのも許可制ってわけだ。まるで恐怖政治じゃないか」
ディートハルトがぐっと押し黙ると、ケヴィンが援護射撃をはじめる。
「権利云々はともかくとして━━ハンナ嬢、他人を笑うという行為は、あまり美しいとはいえないだろう」
「そうは言っても、おかしいじゃないか。クライドは教会を破門にされて、それでも理想を貫くと言う。だけど教会に落伍者の烙印をおされたクズ神官に、どこのどいつが生命を預けるってんだい」
「あ…」
クライドが青い顔をした。患者を救うために神官になろうってやつが、患者から信頼されないんじゃお話にもならない。ようやくそのことに気づいたらしい。
「よしんば教会を破門にされなかったとして━━平神官にどれほどのことができるってんだ。人材が足らない現場の人間は、こう思うだろうさ。たったひとり新人神官がふえるよりも、現場を変えるだけの権力が欲しい…ってね」
牌を積み終えたところでアタシはサイコロをふる。賽の目の操作なんか、基本中の基本さ。それぞれが順番に山から牌をとりはじめる。ディートハルトの視線がアタシの手元に突き刺さる。イカサマがないように見張ってるつもりなんだろう。アタシは笑いをこらえてクライドに語りかける。
「たいていの神官にゃ、金もなければコネもない。あんたみたいに『学園』にはいって『寄宿学校』を出て、エリート街道をまっすぐすすめる人間なんざ、そうはいないってわけさ」
「だから僕に、権力を握れと…」
「成しうる者が為すべきを為す」
ノーブレスオブリージュっていったかね。クライドは貴族じゃないにしろ、限りなくそれに近い立場にいる。領地を持たない男爵や子爵に等しい地位がある。
「あんたに必要なのは、権力への階段を駆けのぼる覚悟さ。力なき正義なんぞ、のんだくれの戯言とおんなじなんだよ。アタシが今から、それを教えてやる」
山から牌をとりおえて、さて理牌をしようとしていた3人の目の前で、アタシは手牌を指でなぞり、倒した。
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