悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

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16 盆暗

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「こんなことは馬鹿げているッ」

 立ち上がって絶叫するディートハルトを、アタシはせせら笑った。

「そうはいっても、これが現実なんだからしょうがない」

「貴様というやつは━━これはどう考えてもイカサマではないか!」

 そのとおり。だけどそれがわかったところで、手品の仕掛けが見破れないんじゃ、なんの意味もない。そして見破れるわけがない。麻雀文化がないこの世界で、なんて発想にいたることはできない。

 ディートハルトが注意を向けるべきだったのは、アタシが山から牌を引いているときじゃなくって、洗牌をしているときのアタシの手元だ。あのときアタシは、和了に必要な牌を手元に集めていたんだから。それに気づいたのはフリッツひとりだけだったけどね。

 あげく牌を積むのが苦手なケヴィンに、自分が積んだ山を融通してやる親切ごかしで、ケヴィンの山まで天和づくりに利用した。雀荘でやったら怪しいことこのうえないが、積み込みって発想がなけりゃ、ただの親切にしか思えないだろう。

「さて、クライド。この金はお預けだ。理想を実現したけりゃ、自分の力でやんな。だけどこれでわかっただろ?世の中にゃ理不尽なことも、汚い連中も山ほどある。あんたが理想を貫くためには、そいつらを出しぬかなけりゃならない。正しい手段じゃなく、正しい目的のために人は行動するべきなのさ」

「…だけど、そうして権力を争ううちに、いつか僕はいまの理想を失ってしまうかもしれない」

「だからさ、他人と争う以上に、あんたは自分と闘うのさ」

 さて、清濁あわせのむ器量が、クライド・ユルゲンという人間に備わっているや否や。もしクライドが己の欲に負けちまったら、歴史は繰り返し、世界は変わらないだろう。

 いずれにせよ、理想を思い描ける人間の、背中を押してやりたい人情がアタシにもある。前世のアタシは高邁な理想なんて持たなかったから、汚れるだけ汚れて終わってしまったからねえ。仏心でちょいとクライドを教育してやったのさ。

 だけどアタシの今日の目的は、クライドとは別にある。

「ところでディートハルト。あんた忘れたわけじゃないだろうね。アタシがトップで、あんたは最下位だ。あんたはアタシのいうことを、なんでもひとつ叶えなくちゃならないんだよ」

「馬鹿な、貴様の勝利を認めろとでも?」

「15にもなって駄々をこねるンじゃないよ。あんたぁ、運もなけりゃ実力もないのに、このゲームにのったんだろうが。あんたにちょっとの実力があれば、イカサマは見抜かれてアタシが負けてたんだ。こいつは正々堂々の勝負じゃないかい?」

「…なにが望みだッ」

 心底悔しそうにディートハルトが言う。なるほど、こいつは大した器量だ。皇子という立場を利用して、勝敗をひっくり返すことをしない。イカサマと知りながら、道理がわかったら、敗北を受け入れる。

 こいつがエリーゼの婚約者か━━ディートハルトの人格を認めるほうにアタシの天秤が傾きかけると、胸の奥がチリチリした。ひどく不快だ。エリーゼが幸せになるってのに、どうしてアタシは。

「アタシの望みはひとつさ。あんたに聞きたい━━エリーゼのことをどう思ってるか」

 訊いておいてナンだけど、答えは分かりきっている。あんな美しくて可愛らしい女を、嫌いでいるわけがない。だとしたら、当たり前だけど二人は両想いだ。めでたしめでたしで話は終わる。ディートハルトはアタシの問いに意外そうな顔して━━やがて顔をしかめた。

「あの女の差し金か━━やつは俺を不快にさせることにおいては、誰よりも長じているな…」

「…あの女?不快だって?」

 なにかの聞き間違いかと思ったね。だけどディートハルトは続けて言った。

「なんの感情もこもらない空虚な眼で俺にすがりつくあの態度、不気味でしかない。そのうえこうして貴様を使って、俺に探りをいれてくる。あのような気味の悪い女と結婚することになろうとは、皇族というのはままならん身分だ」

「あんたの眼は節穴かッ」

 ディートハルトをビンタして、アタシは思わず叫んだ。

「エリーゼの甘酸っぱい恋心が、あんたにはわかんないのかいっ。女が自分にどういう感情をもってるか、それすらわからないってンだから、あんたぁボンクラだよっ」

「ば、馬鹿なっ。エリーゼが俺に恋心だと?ボンクラは貴様のほうだ。あれが恋する女の顔か!」

「童貞が女ぁ語るなっ!」

「誰が童貞だ!女くらい知っている!」

「…ディー?」

 ほとんど口喧嘩みたいになったところで、ケヴィンが割って入ってくる。その顔色は澄み切った空のように青い。ディートハルトがあわてた。そして自分が童貞を捨てた女について、必死に言い訳をはじめる。

「ち、ちがうのだケヴィン。あれは、あの女は、俺で遊ぼうとしていただけだっ。貴様と出会う以前の、4年も前のことだし、あの女はすでに侍女を辞めて、なんとかいう文官のところに嫁いだのだ!」

「か、かまわないさ。おまえは小さい頃から女にモテたし、そうか、はは、侍女か」

「まて、ケヴィン。勘違いするな。身体だけだった。身体だけの関係だったのだ。誓ってもいい、俺も、その、幼かったから━━」

「勘違いなど━━そもそも私に、おまえの女関係をとやかく言う権利なんかない」

 言いながら、ショックを受けているのが丸わかりなケヴィンさ。ふらふら立ち上がって、天井を見つめている。こいつ、密かにディートハルトに惚れてるからねえ。だけど、なんだってディートハルトはこんなに慌ててるんだろう。

「権利はあるっ、俺と貴様は、互いの命を捧げあった、かけがえのない親友だ!」

「親友か、都合のいい言葉だな」

「なに?」

「ある時は主人だと言い、あるときは親友だと言う。互いの命を捧げた━━私たちの関係は、いったいなんだ」

 長いこと生きてるアタシにゃ、ケヴィンの心情が透けるようにわかる。最強の耳年増なんだ、アタシは。ケヴィンはこう思ってるだろう。『こんな問いを放って、私はディーになんと答えて欲しいんだ』『私が欲している答えなど、ディーの口から返ってくるはずがないのに』

「親友では、だめなのか?」

 上目遣いでディートハルトがケヴィンを見つめ、ケヴィンは耳を赤くしてそっぽを向いた。なんだこりゃ。

「あんたら、実はデキてるのかい?」

「違う!」

 即答するディートハルトに、アタシは呆れる。

「いやだって、あんた、ケヴィンのことが好きで好きでたまんないって顔に書いてあるよ」

「馬鹿な、いや、もちろんケヴィンのことは好きだが、それは親友としてであって、まさか男同士で恋愛感情など━━」

 これにはアタシも顔をしかめるしかなかったねえ。

 ああ嫌だ嫌だ、こういう自分の感情に鈍感なやつ。たまにいるんだよ、傍で見てたらどう考えても恋愛感情もってるのに、自分自身がそれに気づいてないパターン。こういうやつは、たいてい恋をしたことがないんだよね。初恋ってやつさ。ドキドキするとかモヤモヤするとか、感覚だけはしっかりあるのに、それが恋だとは気づかない。やっぱりディートハルトはボンクラだよ。

 こいつにエリーゼはもったいない。

「ケヴィン、よかったじゃないか。あんたたちゃ両想いだよ。幸せになりな」

 ケヴィンの背中を叩いて、アタシはクライドの手を引いた。ここから先は恋人たちの時間ってやつさ。12歳の子どもにはまだ早い。クライドを連れて教室を出る。

 ああよかった、これでディートハルトは片づいたよ━━ほっとした自分になんだか違和感を感じる。あれ、なにがよかったんだっけ?エリーゼにこのことを伝えるとなりゃ、可哀想に、あの娘は失恋ってことになるんだよ。なんにも良いことないじゃないか。ちくしょう、エラいことになった。アタシは頭をかかえて廊下にうずくまったモンさ。
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