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17 刎頸の友(ケヴィン視点)
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両想い━━ハンナ嬢のひとことに、私の感情は動転した。まさか、そんなはずはない。ディーが、あのディーが?
卓の前の椅子に座ったディーが、ひどく不安げな眼差しで私を見つめている。その表情に、3年前のディーの姿が重なった。そうだ、あれは私たちがまだ互いに12歳だったときのことだ。
私は当時もいまも、帝城、皇宮に出入りできる、数少ない子どもだ。ふつう、貴族といえど役職もなく、皇帝陛下のお召もなしに帝城に入ることはできない。だがバルツァー家をはじめ、いくつかの貴族にはそれが許されていた。バルツァー家が特別待遇を受けていたのは、もちろん『皇帝陛下の剣』だからだ。
他にも親衛隊や侍従の家族などがこれにあたるのだが、私は、そういった貴族の子弟たちのなかで、とくに将来、武にたずさわることになる幾人かとともに、帝城のなかで剣の修行を受けていた。そして私は━━面映いことだが『神童』と呼ばれていた。
たしかに剣の腕には自信があった。
10歳になるころには、たいていの近衛騎士を剣で打ち負かしていたし、12歳になると騎士団の訓練の名目で、帝都の外で行われる魔獣狩りに随行した。私がそのとき狼を一匹、斬り殺したことが、貴族たちの間で評判になった。
魔獣ではない単なる狼だったのだが、たしかに12歳の子どもがやることではなかったように思う。俊敏で獰猛な野生の狼を狩るとなれば、大人の騎士でさえ手こずるだろうから。
ケヴィン・バルツァーは『神童』だ━━噂が独り歩きしはじめたのは、このころからだ。いずれ頼もしい皇帝陛下の剣となって、朝敵をことごとく打ち払うだろうと。
お笑い草だろう。この平和な時代に、朝敵などというものがどこにある。こちらから魔王国に戦争をしかけないかぎり、私がいかに剣を研ぎ済まそうと、それを抜く機会などありはしないというのに。
だがこの噂はひとりの少年を妬ませた。もうわかるだろう?そう、ディートハルト・フォン・ヴァイデンライヒだ。
ディーは誇り高い男だ。自分が剣の腕で、同い年の少年の後塵を拝していることは、認めがたかっただろう。また、それだけの才能をディーはもっている。彼は才能の塊なのだ。私は剣だけだったが、ディーは学問や芸術やギャンブルの駆け引きや、あらゆる分野で一流を極める能がある。その能力をささえているのが、負けず嫌いなディーの性格だ。
そして同時に、いまも昔も素直すぎるディーは、皇宮の内外で吹聴してまわった。
「なにが神童だ」
「俺が皇族でなければ」
「魔獣狩りに随行していれば」
「俺ならケチな狼なんかじゃなく魔獣を斬っていた」
「ケヴィン・バルツァーなどより、俺のほうが強い」
「ケヴィンは俺と勝負しろ!」
挑発するようなディーの発言に、皇宮の内外はざわめいた。ディーもまた剣の腕に冴えがあることはよく知られていたからだ。大人気ない貴族たちは、まるで見世物でも楽しむような気軽さで、私とディーの試合を望んだ。
「ケヴィンくんは殿下に勝つ自信がおありかな?」
「殿下は剣術指南役をうならせるほどの天才だというではないか」
「いずれにせよ美しい少年剣士同士の決闘だ━━ぜひ特等席で見届けたいものだ」
日に日に決闘を望む声が高まる中、私は屋敷にひきこもるようになった。1度皇宮で、剣を持って私を探し回るディーから逃げまわったこともある。私は思ったよりも自分が冷めた人間であることを自覚せざるをえなかった。ディーと私、どちらが強いかと聞かれれば、試してみたい気持ちはたしかにある。けれどそれでも決闘を避ける私は、思ったよりも剣にかける気持ちが薄い人間だったのかもしれない。
そんなある日、屋敷の使用人たちがそろって私の居室を訪ねてきた。そして執事がみなを代表して言った。
「失礼ながら私どもは、ケヴィンさまこそが帝国最強と信じております」
「まさか。私は父上に遠く及ばない」
「いいえ、ケヴィンさまがいずれは旦那さまを超えること、私は疑っておりません。ですが━━」
そこで使用人たちの表情が暗くなる。
「ですが近ごろのケヴィンさまのなさりようはなんですか。ディートハルト殿下の挑戦、なぜお受けになりませぬ。私たちは、最強と信じるケヴィンさまが、腰抜けのように殿下から逃げまわり、あげく屋敷にひきこもるありさまを━━正直に申し上げますが、情けなく思っているのです」
使用人たちの中には、すすり泣きをしているものまであった。自慢に思っていた主が、挑戦者からこそこそ逃げ回っている姿が、よほど悲しかったのだろう。失望したのだろう。私は思わずため息をついた。
「…ではひとつ訊ねよう。ディートハルト殿下と狼と、どちらが恐ろしいと思う」
「それは━━」
執事が言葉をつまらせた。彼らは私が狩った狼の死体を見ている。剥製になって屋敷に飾られているからだ。あれと12歳の子ども、比べようもないだろう。
「狼のほうが恐ろしい。当たり前だ。あれは私を殺そうとかかってきた。だけど私は、逃げ回らずに立ち向かったぞ」
「ではなぜ」
「皇帝陛下の剣と、護るべき皇族が醜く争って良いはずがない」
私の言に、執事がはっとした。
「殿下と争って私が勝てば、帝室の顔に泥を塗る。殿下が勝てば、近衛騎士団が侮られる。私個人のことはどうでもいいんだ。それよりも、帝国と帝室のことを考えなければならない」
とたんに使用人たちが滂沱の涙を流した。
「12歳のケヴィンさまが、それほど深く帝国のことをお考えであったとは。やはり、やはりケヴィンさまは尊敬に値する主でございましたっ…」
しかしやはり私は未熟だったのだ。この一件から数日後、使用人の口からことの顛末が漏れ伝わり、貴族社会で評判になってしまったからだ。私は使用人たちに口止めしておくべきだった。
そしてさらに数日後。
「け、ケヴィンさま、ディートハルト殿下がケヴィンさまを訪ねてまいりましたっ」
私室で剣を磨いていた私に、執事が大慌てで知らせてきたのだ。私は頭をバリバリかいて、うなるしかなかった。
「皇族がわざわざ臣下の屋敷にお運びくださったのだ、会わないわけにはいかないだろうな…」
いよいよ決闘に応じるしかないのだろうか。私は重い腰をあげて、屋敷の応接間に向かった。だが、扉を開けた瞬間に私は息を呑んだ。
応接間の窓からさす陽射しが、白い肌に反射してきらめいている。まだ未成熟な身体に緑のいばらがからみついている。私に気づいたディーが、アメジストの瞳に不安げな色をたたえて言った。
「ケヴィン、俺は自分が恥ずかしい」
「殿下、なにを…」
「貴様が天下国家のことを考え、ずっと屈辱をこらえていたというのに、俺はその心もわからず、自分の嫉妬心から、貴様に非礼な挑発を続けてきた」
だとして、これはいったいなんなんだ。私は混乱した。なぜディートハルト殿下は、上半身をはだけて、いばらの鞭をその身体に巻きつけているのだ。そもそも皇族が冷たい床の上に座して、私に頭を下げているということが、ありえない事態だった。
「殿下、ひとまずソファにおかけになってください」
「いいや、ケヴィン。俺はこれで良いのだ。そんなことよりも、俺は貴様の心を慰めたい。あるいは慰めにもならんかもしれんが、このいばらの鞭で、心ゆくまで俺を打ってくれ!」
「殿下を鞭打つ!」
「そうだ。それで貴様は、この間の屈辱を晴らしてくれればよい」
馬鹿げている━━そう思いつつも、私はゴクリと生唾を飲んでいた。この白い肌を打つ。いばらの鞭で傷つける。苦痛に歪んだディーの表情が脳裏に浮かんだ。美しい顔だ。銀の髪と紫水晶の瞳に彩られた、その顔が…。
幼かった私には、自分自身の異様な昂ぶりが、いったいなんなのかわからなかった。だがいまならわかる。私はあのとき、ディーの姿に欲情していたのだ。いまなお鮮烈に焼きついた記憶。あの日のディーは、ひどく艶かしかった。私はまるで変態じじいだ。美少年の白い肌を鞭打つことを想像して、悦びを感じるのだから。
だが━━そもそもディーが悪いのだ。彫像のように整ったディーの容姿で、上半身をはだけて、おまけに鞭打てなどと。あれで目覚めない人間がいたら、そのほうが異常なくらいだ。正常だった私の感覚は、あのとき完全に狂ってしまった。
それでも幼い私は、せいいっぱい頑張ったと思う。強烈な欲望を抑え込んで、私はひざまずき、ディーの衣服を整えた。
「殿下、わ、私はなんとも思っていません。皇族ともあろうものが、臣下に対してなんということをおっしゃるのです」
「だが━━」
「良いのです。それよりも、殿下のお心の清冽なこと、私は心をうたれた思いです」
だから私は━━ディーをその場に立たせて、自分はもう1度ひざまずいた。
「これよりケヴィン・バルツァーの剣は、殿下のためにのみ振るわれます」
あの眩しいほどの肢体を手に入れたくて。ディーを自分だけのものにしたくて。
「殿下のもとを片時も離れることなく、いかなるときも裏切ることなく、身命と忠誠を捧げ奉る」
私は戸惑うディーを前に、騎士の誓いをたてた。近衛騎士団は皇帝陛下にのみ騎士の誓いを捧げねばならない。だから私は、バルツァー家の当主として、近衛騎士団長を継ぐものとして、このとき資格を失った。それでもなお手に入れたいものがある。
「私は殿下になら、頸を刎ねられても悔いはございません」
「よかろう、その忠誠を受けよう。俺も誓う。俺が主として不適格だと判断したら、ケヴィン、貴様が俺の頸を刎ねよ」
このときのやりとりは、のちに『刎頸の交わり』として知られるようになる。だが私には、忠誠心だなんて神聖なものはありはしないのだ。ただディーを手に入れたくて、欲望のままに行動しただけだった。
そしていま━━私はなお不安げに私を見つめるディーの顔にそっと手を添える。
卓の前の椅子に座ったディーが、ひどく不安げな眼差しで私を見つめている。その表情に、3年前のディーの姿が重なった。そうだ、あれは私たちがまだ互いに12歳だったときのことだ。
私は当時もいまも、帝城、皇宮に出入りできる、数少ない子どもだ。ふつう、貴族といえど役職もなく、皇帝陛下のお召もなしに帝城に入ることはできない。だがバルツァー家をはじめ、いくつかの貴族にはそれが許されていた。バルツァー家が特別待遇を受けていたのは、もちろん『皇帝陛下の剣』だからだ。
他にも親衛隊や侍従の家族などがこれにあたるのだが、私は、そういった貴族の子弟たちのなかで、とくに将来、武にたずさわることになる幾人かとともに、帝城のなかで剣の修行を受けていた。そして私は━━面映いことだが『神童』と呼ばれていた。
たしかに剣の腕には自信があった。
10歳になるころには、たいていの近衛騎士を剣で打ち負かしていたし、12歳になると騎士団の訓練の名目で、帝都の外で行われる魔獣狩りに随行した。私がそのとき狼を一匹、斬り殺したことが、貴族たちの間で評判になった。
魔獣ではない単なる狼だったのだが、たしかに12歳の子どもがやることではなかったように思う。俊敏で獰猛な野生の狼を狩るとなれば、大人の騎士でさえ手こずるだろうから。
ケヴィン・バルツァーは『神童』だ━━噂が独り歩きしはじめたのは、このころからだ。いずれ頼もしい皇帝陛下の剣となって、朝敵をことごとく打ち払うだろうと。
お笑い草だろう。この平和な時代に、朝敵などというものがどこにある。こちらから魔王国に戦争をしかけないかぎり、私がいかに剣を研ぎ済まそうと、それを抜く機会などありはしないというのに。
だがこの噂はひとりの少年を妬ませた。もうわかるだろう?そう、ディートハルト・フォン・ヴァイデンライヒだ。
ディーは誇り高い男だ。自分が剣の腕で、同い年の少年の後塵を拝していることは、認めがたかっただろう。また、それだけの才能をディーはもっている。彼は才能の塊なのだ。私は剣だけだったが、ディーは学問や芸術やギャンブルの駆け引きや、あらゆる分野で一流を極める能がある。その能力をささえているのが、負けず嫌いなディーの性格だ。
そして同時に、いまも昔も素直すぎるディーは、皇宮の内外で吹聴してまわった。
「なにが神童だ」
「俺が皇族でなければ」
「魔獣狩りに随行していれば」
「俺ならケチな狼なんかじゃなく魔獣を斬っていた」
「ケヴィン・バルツァーなどより、俺のほうが強い」
「ケヴィンは俺と勝負しろ!」
挑発するようなディーの発言に、皇宮の内外はざわめいた。ディーもまた剣の腕に冴えがあることはよく知られていたからだ。大人気ない貴族たちは、まるで見世物でも楽しむような気軽さで、私とディーの試合を望んだ。
「ケヴィンくんは殿下に勝つ自信がおありかな?」
「殿下は剣術指南役をうならせるほどの天才だというではないか」
「いずれにせよ美しい少年剣士同士の決闘だ━━ぜひ特等席で見届けたいものだ」
日に日に決闘を望む声が高まる中、私は屋敷にひきこもるようになった。1度皇宮で、剣を持って私を探し回るディーから逃げまわったこともある。私は思ったよりも自分が冷めた人間であることを自覚せざるをえなかった。ディーと私、どちらが強いかと聞かれれば、試してみたい気持ちはたしかにある。けれどそれでも決闘を避ける私は、思ったよりも剣にかける気持ちが薄い人間だったのかもしれない。
そんなある日、屋敷の使用人たちがそろって私の居室を訪ねてきた。そして執事がみなを代表して言った。
「失礼ながら私どもは、ケヴィンさまこそが帝国最強と信じております」
「まさか。私は父上に遠く及ばない」
「いいえ、ケヴィンさまがいずれは旦那さまを超えること、私は疑っておりません。ですが━━」
そこで使用人たちの表情が暗くなる。
「ですが近ごろのケヴィンさまのなさりようはなんですか。ディートハルト殿下の挑戦、なぜお受けになりませぬ。私たちは、最強と信じるケヴィンさまが、腰抜けのように殿下から逃げまわり、あげく屋敷にひきこもるありさまを━━正直に申し上げますが、情けなく思っているのです」
使用人たちの中には、すすり泣きをしているものまであった。自慢に思っていた主が、挑戦者からこそこそ逃げ回っている姿が、よほど悲しかったのだろう。失望したのだろう。私は思わずため息をついた。
「…ではひとつ訊ねよう。ディートハルト殿下と狼と、どちらが恐ろしいと思う」
「それは━━」
執事が言葉をつまらせた。彼らは私が狩った狼の死体を見ている。剥製になって屋敷に飾られているからだ。あれと12歳の子ども、比べようもないだろう。
「狼のほうが恐ろしい。当たり前だ。あれは私を殺そうとかかってきた。だけど私は、逃げ回らずに立ち向かったぞ」
「ではなぜ」
「皇帝陛下の剣と、護るべき皇族が醜く争って良いはずがない」
私の言に、執事がはっとした。
「殿下と争って私が勝てば、帝室の顔に泥を塗る。殿下が勝てば、近衛騎士団が侮られる。私個人のことはどうでもいいんだ。それよりも、帝国と帝室のことを考えなければならない」
とたんに使用人たちが滂沱の涙を流した。
「12歳のケヴィンさまが、それほど深く帝国のことをお考えであったとは。やはり、やはりケヴィンさまは尊敬に値する主でございましたっ…」
しかしやはり私は未熟だったのだ。この一件から数日後、使用人の口からことの顛末が漏れ伝わり、貴族社会で評判になってしまったからだ。私は使用人たちに口止めしておくべきだった。
そしてさらに数日後。
「け、ケヴィンさま、ディートハルト殿下がケヴィンさまを訪ねてまいりましたっ」
私室で剣を磨いていた私に、執事が大慌てで知らせてきたのだ。私は頭をバリバリかいて、うなるしかなかった。
「皇族がわざわざ臣下の屋敷にお運びくださったのだ、会わないわけにはいかないだろうな…」
いよいよ決闘に応じるしかないのだろうか。私は重い腰をあげて、屋敷の応接間に向かった。だが、扉を開けた瞬間に私は息を呑んだ。
応接間の窓からさす陽射しが、白い肌に反射してきらめいている。まだ未成熟な身体に緑のいばらがからみついている。私に気づいたディーが、アメジストの瞳に不安げな色をたたえて言った。
「ケヴィン、俺は自分が恥ずかしい」
「殿下、なにを…」
「貴様が天下国家のことを考え、ずっと屈辱をこらえていたというのに、俺はその心もわからず、自分の嫉妬心から、貴様に非礼な挑発を続けてきた」
だとして、これはいったいなんなんだ。私は混乱した。なぜディートハルト殿下は、上半身をはだけて、いばらの鞭をその身体に巻きつけているのだ。そもそも皇族が冷たい床の上に座して、私に頭を下げているということが、ありえない事態だった。
「殿下、ひとまずソファにおかけになってください」
「いいや、ケヴィン。俺はこれで良いのだ。そんなことよりも、俺は貴様の心を慰めたい。あるいは慰めにもならんかもしれんが、このいばらの鞭で、心ゆくまで俺を打ってくれ!」
「殿下を鞭打つ!」
「そうだ。それで貴様は、この間の屈辱を晴らしてくれればよい」
馬鹿げている━━そう思いつつも、私はゴクリと生唾を飲んでいた。この白い肌を打つ。いばらの鞭で傷つける。苦痛に歪んだディーの表情が脳裏に浮かんだ。美しい顔だ。銀の髪と紫水晶の瞳に彩られた、その顔が…。
幼かった私には、自分自身の異様な昂ぶりが、いったいなんなのかわからなかった。だがいまならわかる。私はあのとき、ディーの姿に欲情していたのだ。いまなお鮮烈に焼きついた記憶。あの日のディーは、ひどく艶かしかった。私はまるで変態じじいだ。美少年の白い肌を鞭打つことを想像して、悦びを感じるのだから。
だが━━そもそもディーが悪いのだ。彫像のように整ったディーの容姿で、上半身をはだけて、おまけに鞭打てなどと。あれで目覚めない人間がいたら、そのほうが異常なくらいだ。正常だった私の感覚は、あのとき完全に狂ってしまった。
それでも幼い私は、せいいっぱい頑張ったと思う。強烈な欲望を抑え込んで、私はひざまずき、ディーの衣服を整えた。
「殿下、わ、私はなんとも思っていません。皇族ともあろうものが、臣下に対してなんということをおっしゃるのです」
「だが━━」
「良いのです。それよりも、殿下のお心の清冽なこと、私は心をうたれた思いです」
だから私は━━ディーをその場に立たせて、自分はもう1度ひざまずいた。
「これよりケヴィン・バルツァーの剣は、殿下のためにのみ振るわれます」
あの眩しいほどの肢体を手に入れたくて。ディーを自分だけのものにしたくて。
「殿下のもとを片時も離れることなく、いかなるときも裏切ることなく、身命と忠誠を捧げ奉る」
私は戸惑うディーを前に、騎士の誓いをたてた。近衛騎士団は皇帝陛下にのみ騎士の誓いを捧げねばならない。だから私は、バルツァー家の当主として、近衛騎士団長を継ぐものとして、このとき資格を失った。それでもなお手に入れたいものがある。
「私は殿下になら、頸を刎ねられても悔いはございません」
「よかろう、その忠誠を受けよう。俺も誓う。俺が主として不適格だと判断したら、ケヴィン、貴様が俺の頸を刎ねよ」
このときのやりとりは、のちに『刎頸の交わり』として知られるようになる。だが私には、忠誠心だなんて神聖なものはありはしないのだ。ただディーを手に入れたくて、欲望のままに行動しただけだった。
そしていま━━私はなお不安げに私を見つめるディーの顔にそっと手を添える。
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