悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

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19 マッドサイエンティスト

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 さて問題はだ。どうやってエリーゼにことの成り行きを話すかってことだねえ。まさかディートハルトとケヴィンがアツアツで、エリーゼは当て馬でしかなかっただなんて、馬鹿正直に打ち明けるわけにゃあいかないだろう。

 と、なりゃあ上手いことエリーゼには新しい恋を見つけてもらって、それからディートハルトに関する真相を教えるのが、いちばんショックが少なそうだ。良い相手がどこかに転がっていないモンかね。美形で性格が良くて家格がエリーゼと釣り合いのとれた━━そうして放課後の校舎をうろつくうちに、アタシはエルマーの後ろ姿をみつけた。

 校庭のすみのベンチに腰かけて、なにやらブツブツ言っている。危ない野郎だ、アタシが無視を決めこもうとしたそのときさ。

「御前さま、失礼します」

 影からフリッツが現れて、アタシをかばうように覆い隠した。とたんにドカンと大きな物音が鳴った。爆弾が破裂したような音さ。耳の中がキーンとする。

「なにごとだい!」

「あの小僧がまたしても攻撃魔法を暴発させました」

 フリッツに言われてエルマーを見ると、顔にをいっぱいつけたエルマーが、ゴホゴホ咳き込んでいた。馬鹿だねえ、暴発するほど魔法が下手なら、やらなきゃいいのに。…あれ?こいつ、魔導科3年の首席じゃなかったかねえ。魔法が下手だってのはおかしいじゃないか。だいたい、なんでいつも攻撃魔法なんだ。

「ちょいとあんた」

「…っひぃいいいっ!」

 アタシが声をかけると、エルマーは大げさに驚いてベンチから転げ落ちた。

「そんなにビビるこたあないだろ、知らない仲じゃないんだし」

「知ってるからビビってるんですよ、ハンナさん。わ、私はなにもしゃべってませんよ。あなたの正体について…」

「正体ってなんだい」

「なんだって、獣人を従えた怖い女性━━」

 ああなるほど、初対面のときのことか。どうやらエルマーはそれ以上は知らない様子だ。アタシが帝国の黒幕だってあたりの話は。

「ふうん、まあどうでもいいや。そんなことよりエルマー、あんた、魔法が得意なんだろ?それがなんだってこう、見るたびに失敗してるんだい」

「それは…」

 エルマーが言いづらそうに口ごもる。馬鹿なやつだ、素直に何でも答えればいいものを。前回のことでこりていないらしい。

「御前さまのご質問に答えんか」

 フリッツが短剣を片手に凄んで見せると、エルマーは悲鳴をあげた。

「ひーっ、答えます、なんでも答えますから!」

「それで?」

 アタシがあごでしゃくってみせると、エルマーはずいぶん素直になった。

「つまり、そのう、私の魔法が上手いといっても、魔族ほどではないわけでして」

「それはそうだろ」

 そもそも魔法は魔族の技術だ。人族はそれを真似しているにすぎないのさ。

「ですから、魔王の固有魔法はなかなか再現に成功しないわけで…」

「固有魔法だと!」

 フリッツが驚いたのも無理はない。血統によってのみ継承されるという固有魔法を、エルマーは再現しようとしていたというんだから。

「そんなこと、できるわけがない!」

「そうでしょうか」

 エルマーの目つきが変わった。オドオドした態度が消えて、ひとりの男の顔になる。

「かつては魔法そのものが、魔族にしか使えないものとされていました。ですが先人のたゆまぬ研究が、今日の人類魔法体系を生み出したのです。実際、私はすでに固有魔法の解析を8割がた終わらせていますし、再現の成功は時間の問題だといえます。ブレイクスルーを起こすことができたなら、人類はより豊かになる。だとしたら━━」

 つらつらと熱弁をふるっていたエルマーが、唐突に口をつぐむ。そして暗いまなざしでうつむいた。

「━━だとしても、私のような人間は異常なのでしょうね。このような恐ろしい魔法を再現しようとしている私は…」

「恐ろしい魔法?」

 アタシの問いにエルマーがうなずいた。

「私が研究しているのは『劫火の祝祭』なのです」

 フリッツが一瞬、息を呑んだ。

「魔王が使うという、あの極大魔法か!いち都市をたやすく消滅させたと記録の残る…」

「威力などはどうだっていいのです」

 エルマーの目が爛々と輝いた。

「あの魔法は美しい━━あれほど高密度かつ合理的な術式の編まれかたを、私はほかに知りません」

「おまえは━━そんな理由で、あの戦略級魔法を人類にもたらそうというのか!あんなものを互いに撃ちあえば、魔王国も帝国も共倒れになり、それどころか全生物がこの地上から消滅するぞ」

「それほど多発できるような魔法ではないのです。実際に魔王はこの魔法を使えるわけですが、人類は滅んでいません」

「だとしても…」

 フリッツが言いたいことはわかる。『劫火の祝祭』を人類が手にすれば、魔族側もそれに対抗するため魔法研究を加速させるに違いない。いずれは『劫火の祝祭』がありふれた攻撃手段になり、より恐ろしい攻撃魔法も生まれてくる。その結果はやっぱりこの惑星の滅亡さ。まったく、どの世界でも人類のやるこたあ、おんなじなんだねえ。

「やはり私は間違っているのでしょうか」

 あたりまえのフリッツの反応を見て、魔法を研究対象としてしかとらえられない自分が、異常であることを再確認した━━エルマーの心の中はそんなところだろうさ。

武門の家柄シュレンドルフに生まれて、私は剣も弓もろくにあつかえなかった。興味があったのは魔法だけです。父はそんな私をできそこないと罵りましたが、まったく、そのとおりなのでしょうね…」

「あんたは馬鹿かい?」

 アタシゃ思わずため息をついたもんだ。

「あんたの親父がどれほど剣術巧者だか知らないけどね、もしあんたが『劫火の祝祭』を再現できたなら、あんたは自分の親父を屋敷ごと焼き払えるんだよ。どっちが強いかは火を見るよりも明らかさ。シュレンドルフ家が武門だというのなら、強いものこそが正義じゃないのかい」

「だ、だとしても━━私の研究は多くの生命を奪うものです。倫理的に許されないのでは…」

 もしもエルマーと出会ったのが、正真正銘の15歳の少女だったら━━もしかしたらエルマーと恋に落ちて手綱を握り、こいつの研究をやめさせたのかもしれない。だけどあいにく、アタシゃ100歳を過ぎた婆さんなんだよねえ。

「凶器を製造したのがあんたでも、その引き金を引くのは為政者だろ。あんたの悩みは、研究者が考えることじゃないね」

 政治家、軍人、研究者。人にはそれぞれ、与えられた役割ってもんがある。最終戦争をはじめるかどうかの判断は、政治家のやることさね。民主主義の世の中なら、責任を追うのは全市民だが、帝国このくにでは責任者は皇帝さ。せいぜい馬鹿な皇帝があらわれないことを祈るしかない。

「私は━━魔法を研究してもいいのですか?す、好きなだけ…」

「ああそうさ、壮大な悩みはうっちゃって、大臣や皇帝に丸投げすればいいんだよ」

 アタシが無責任に言うと、エルマーの顔が狂気に染まった。いままで抑圧してきた欲望が爆発したんだろう。じつに楽しげに、ブツブツと魔法理論をつぶやき続けてる。

 ウーン、エルマーは美形だし家柄も良い。エリーゼの新しい恋人候補として、ちょっと考えてみたんだけど、こりゃ駄目だ。たぶん、家庭のことをそっちのけで研究にのめりこむタイプだね。

 人類最高の美女にふさわしい人間ってのは、そう手近に見つかるものじゃないんだよね。
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