悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

文字の大きさ
20 / 49

19 マッドサイエンティスト

しおりを挟む
 さて問題はだ。どうやってエリーゼにことの成り行きを話すかってことだねえ。まさかディートハルトとケヴィンがアツアツで、エリーゼは当て馬でしかなかっただなんて、馬鹿正直に打ち明けるわけにゃあいかないだろう。

 と、なりゃあ上手いことエリーゼには新しい恋を見つけてもらって、それからディートハルトに関する真相を教えるのが、いちばんショックが少なそうだ。良い相手がどこかに転がっていないモンかね。美形で性格が良くて家格がエリーゼと釣り合いのとれた━━そうして放課後の校舎をうろつくうちに、アタシはエルマーの後ろ姿をみつけた。

 校庭のすみのベンチに腰かけて、なにやらブツブツ言っている。危ない野郎だ、アタシが無視を決めこもうとしたそのときさ。

「御前さま、失礼します」

 影からフリッツが現れて、アタシをかばうように覆い隠した。とたんにドカンと大きな物音が鳴った。爆弾が破裂したような音さ。耳の中がキーンとする。

「なにごとだい!」

「あの小僧がまたしても攻撃魔法を暴発させました」

 フリッツに言われてエルマーを見ると、顔にをいっぱいつけたエルマーが、ゴホゴホ咳き込んでいた。馬鹿だねえ、暴発するほど魔法が下手なら、やらなきゃいいのに。…あれ?こいつ、魔導科3年の首席じゃなかったかねえ。魔法が下手だってのはおかしいじゃないか。だいたい、なんでいつも攻撃魔法なんだ。

「ちょいとあんた」

「…っひぃいいいっ!」

 アタシが声をかけると、エルマーは大げさに驚いてベンチから転げ落ちた。

「そんなにビビるこたあないだろ、知らない仲じゃないんだし」

「知ってるからビビってるんですよ、ハンナさん。わ、私はなにもしゃべってませんよ。あなたの正体について…」

「正体ってなんだい」

「なんだって、獣人を従えた怖い女性━━」

 ああなるほど、初対面のときのことか。どうやらエルマーはそれ以上は知らない様子だ。アタシが帝国の黒幕だってあたりの話は。

「ふうん、まあどうでもいいや。そんなことよりエルマー、あんた、魔法が得意なんだろ?それがなんだってこう、見るたびに失敗してるんだい」

「それは…」

 エルマーが言いづらそうに口ごもる。馬鹿なやつだ、素直に何でも答えればいいものを。前回のことでこりていないらしい。

「御前さまのご質問に答えんか」

 フリッツが短剣を片手に凄んで見せると、エルマーは悲鳴をあげた。

「ひーっ、答えます、なんでも答えますから!」

「それで?」

 アタシがあごでしゃくってみせると、エルマーはずいぶん素直になった。

「つまり、そのう、私の魔法が上手いといっても、魔族ほどではないわけでして」

「それはそうだろ」

 そもそも魔法は魔族の技術だ。人族はそれを真似しているにすぎないのさ。

「ですから、魔王の固有魔法はなかなか再現に成功しないわけで…」

「固有魔法だと!」

 フリッツが驚いたのも無理はない。血統によってのみ継承されるという固有魔法を、エルマーは再現しようとしていたというんだから。

「そんなこと、できるわけがない!」

「そうでしょうか」

 エルマーの目つきが変わった。オドオドした態度が消えて、ひとりの男の顔になる。

「かつては魔法そのものが、魔族にしか使えないものとされていました。ですが先人のたゆまぬ研究が、今日の人類魔法体系を生み出したのです。実際、私はすでに固有魔法の解析を8割がた終わらせていますし、再現の成功は時間の問題だといえます。ブレイクスルーを起こすことができたなら、人類はより豊かになる。だとしたら━━」

 つらつらと熱弁をふるっていたエルマーが、唐突に口をつぐむ。そして暗いまなざしでうつむいた。

「━━だとしても、私のような人間は異常なのでしょうね。このような恐ろしい魔法を再現しようとしている私は…」

「恐ろしい魔法?」

 アタシの問いにエルマーがうなずいた。

「私が研究しているのは『劫火の祝祭』なのです」

 フリッツが一瞬、息を呑んだ。

「魔王が使うという、あの極大魔法か!いち都市をたやすく消滅させたと記録の残る…」

「威力などはどうだっていいのです」

 エルマーの目が爛々と輝いた。

「あの魔法は美しい━━あれほど高密度かつ合理的な術式の編まれかたを、私はほかに知りません」

「おまえは━━そんな理由で、あの戦略級魔法を人類にもたらそうというのか!あんなものを互いに撃ちあえば、魔王国も帝国も共倒れになり、それどころか全生物がこの地上から消滅するぞ」

「それほど多発できるような魔法ではないのです。実際に魔王はこの魔法を使えるわけですが、人類は滅んでいません」

「だとしても…」

 フリッツが言いたいことはわかる。『劫火の祝祭』を人類が手にすれば、魔族側もそれに対抗するため魔法研究を加速させるに違いない。いずれは『劫火の祝祭』がありふれた攻撃手段になり、より恐ろしい攻撃魔法も生まれてくる。その結果はやっぱりこの惑星の滅亡さ。まったく、どの世界でも人類のやるこたあ、おんなじなんだねえ。

「やはり私は間違っているのでしょうか」

 あたりまえのフリッツの反応を見て、魔法を研究対象としてしかとらえられない自分が、異常であることを再確認した━━エルマーの心の中はそんなところだろうさ。

武門の家柄シュレンドルフに生まれて、私は剣も弓もろくにあつかえなかった。興味があったのは魔法だけです。父はそんな私をできそこないと罵りましたが、まったく、そのとおりなのでしょうね…」

「あんたは馬鹿かい?」

 アタシゃ思わずため息をついたもんだ。

「あんたの親父がどれほど剣術巧者だか知らないけどね、もしあんたが『劫火の祝祭』を再現できたなら、あんたは自分の親父を屋敷ごと焼き払えるんだよ。どっちが強いかは火を見るよりも明らかさ。シュレンドルフ家が武門だというのなら、強いものこそが正義じゃないのかい」

「だ、だとしても━━私の研究は多くの生命を奪うものです。倫理的に許されないのでは…」

 もしもエルマーと出会ったのが、正真正銘の15歳の少女だったら━━もしかしたらエルマーと恋に落ちて手綱を握り、こいつの研究をやめさせたのかもしれない。だけどあいにく、アタシゃ100歳を過ぎた婆さんなんだよねえ。

「凶器を製造したのがあんたでも、その引き金を引くのは為政者だろ。あんたの悩みは、研究者が考えることじゃないね」

 政治家、軍人、研究者。人にはそれぞれ、与えられた役割ってもんがある。最終戦争をはじめるかどうかの判断は、政治家のやることさね。民主主義の世の中なら、責任を追うのは全市民だが、帝国このくにでは責任者は皇帝さ。せいぜい馬鹿な皇帝があらわれないことを祈るしかない。

「私は━━魔法を研究してもいいのですか?す、好きなだけ…」

「ああそうさ、壮大な悩みはうっちゃって、大臣や皇帝に丸投げすればいいんだよ」

 アタシが無責任に言うと、エルマーの顔が狂気に染まった。いままで抑圧してきた欲望が爆発したんだろう。じつに楽しげに、ブツブツと魔法理論をつぶやき続けてる。

 ウーン、エルマーは美形だし家柄も良い。エリーゼの新しい恋人候補として、ちょっと考えてみたんだけど、こりゃ駄目だ。たぶん、家庭のことをそっちのけで研究にのめりこむタイプだね。

 人類最高の美女にふさわしい人間ってのは、そう手近に見つかるものじゃないんだよね。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...