悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

文字の大きさ
34 / 49

33 悪夢(エリーゼ視点)

しおりを挟む
 やってしまった━━魔法で室内に薄明かりを灯し、私は頭を抱えた。隣で安らかに寝息をたてているハンナをちらりと見る。私は結局、彼女を気絶するまで責め立ててしまった。が終わったあと、乱れたユカータを整えたのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。

 だけど仕方がないと思うでしょう。あそこまで無抵抗に受け入れられ、いちいち敏感に反応されたら、いけるところまでいってしまう。途中でとめられる人間がいたら、見てみたいものだ。

 結局、私たちは両想いだったということでいいのだろうか。焦らしに焦らしたあげく、ハンナに答えを強要したような気がするのだけど…。

 あーっ、私は本当にどうかしている。いきなり肉体関係にもちこむだなんて、乙女の行動とも思えない。恋愛というものは、ふつう互いの気持ちを確かめあったあと、清純なおつきあいを経て、ようやくをするものだ。きちんとした人間だったら、結婚するまで待つひともいる。それが、あんな、ふしだらな…。

 叫びだしたくなる気持ちを必死で抑えた。ハンナを起こしてしまうといけないから━━ふと、隣で眠るハンナを見遣ると、気のせいだろうか、さっきよりも彼女の呼吸がはやくなっている気がした。

 それにしても、とんでもない大逆転がおこったものだ。私はほんの半日前まで、ハンナと自分が結ばれることは決してないと考えていた。この気持ちは隠したままで、墓場までもっていくのだと。それがどうだろう、まず、ハンナがカーマクゥラの御前だったことで、予想される社会的な問題は無視してもいいことになった。同性愛を問題視しようにも、ハンナに逆らえる人間など、この世のどこにもいないからだ。

 すると残る問題は、ハンナが同性愛を受け入れられるかどうか、ということになる。…可能性はたしかにある。そういった素養をもつ人間は、社会に一定数いるからだ。けれど低い確率であることは間違いない。私はハンナに、軽くアプローチをしながら、その可能性をさぐるつもりでいた。

 結果、私は今夜ハンナの肉体を思うまま味わいつくした━━なぜだろう、計算式と解の間が埋まっていない。道筋を省略して答えだけを得ても、どこかしっくりこないものがある。

 ハンナも私のことを想ってくれていたのだろうか。だとしたら、それはいつから自覚し、私のどこを好ましく感じていたのだろうか。…問を投げかけようにも、彼女は眠ったままだ。

 それもこれも、ゆっくりと気持ちを確かめ合う時間を作らなかった、性急な私のせいだ。果たして、ハンナが目覚めれば、私はその答えを聞くことができるのだろうか。

 もういちどハンナに視線を向けると━━彼女の表情は苦悶に歪んでいた。呼吸は先ほどまでよりもさらにはやく、なにやらかすかな喘ぎすら漏らしはじめている。

 いったいどうしたというのだろう。

 あわててそばに近づき、ハンナの手を握る。あるいは━━なにかの病気なのだろうか。それともただ、悪夢にうなされているだけ?

 わからない、わからないまま、私は迷った。ハンナを揺り起こすべきかどうか。ただの夢ならそれでいい。けれど━━。

「ゆるし…ゆるして━━」

 ハンナがつぶやいた。

「アタシが…悪いのは…」

 その言葉には単なる妄想とは違う、奇妙な重みがあった。荒唐無稽な悪夢などではない。たぶん、過去の追憶にうなされている。なぜだか私にはそれがわかった。

「殺して━━」

 その言葉と同時に、ハンナは自身の胸をかきむしりはじめた。顔色は死人のように青く、から逃れるように足をばたつかせる。表情は必死のそれだった。目尻からこぼれ落ちた涙が枕を濡らす。私はハンナを揺さぶった。

「ハンナ!目を覚まして、ハンナ!」

 すると憑き物が落ちたように、ふとハンナの手足が動きを止めた。そしてゆっくりと見開かれた彼女の眼が私をとらえた刹那━━おびえたような眼差しで、ハンナは「ひっ」と息をのんだ。

 ショックを受けなかったといえば嘘になる。けれど私は、あえてなんでもないような微笑みをつくって、ハンナの手をにぎる。

「ハンナ、私がおわかり?」

「…エリーゼ、かい」

「ええ、そうですわ。あなた、ずいぶんうなされていたから━━」

 かなりひかえめな表現で状況を伝えると、ハンナは自身の頬に手を当てて、涙を流していたことを悟ったようだった。彼女は呼吸を整えて、おきあがった。

「…みっともないところを見せちまったね」

「ハンナ、あなたいったい━━」

「なんでもないのさ、これは、ちょいと大きな油虫に追いかけられる夢をみたんだよ」

 そんな馬鹿な━━言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は優しく微笑む。

「そう━━だったら大丈夫ですわ。私、虫は平気な質ですから。ずっと手を握っていてさしあげますわ。朝までもう少しお眠りなさいな」

「いいや、もうすっかり目が覚めちまったよ。アタシはもう起きることにするから、エリーゼはもう少し寝ておいで」

 そう言ってハンナは立ち上がり、乱れたユカータ姿のまま部屋を出ていった。残された私はこの状況に混乱しながら、さっきまでのハンナの有様を思い返し、奥歯を強く噛みしめた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...