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33 悪夢(エリーゼ視点)
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やってしまった━━魔法で室内に薄明かりを灯し、私は頭を抱えた。隣で安らかに寝息をたてているハンナをちらりと見る。私は結局、彼女を気絶するまで責め立ててしまった。ことが終わったあと、乱れたユカータを整えたのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。
だけど仕方がないと思うでしょう。あそこまで無抵抗に受け入れられ、いちいち敏感に反応されたら、いけるところまでいってしまう。途中でとめられる人間がいたら、見てみたいものだ。
結局、私たちは両想いだったということでいいのだろうか。焦らしに焦らしたあげく、ハンナに答えを強要したような気がするのだけど…。
あーっ、私は本当にどうかしている。いきなり肉体関係にもちこむだなんて、乙女の行動とも思えない。恋愛というものは、ふつう互いの気持ちを確かめあったあと、清純なおつきあいを経て、ようやくそういった行為をするものだ。きちんとした人間だったら、結婚するまで待つひともいる。それが、あんな、ふしだらな…。
叫びだしたくなる気持ちを必死で抑えた。ハンナを起こしてしまうといけないから━━ふと、隣で眠るハンナを見遣ると、気のせいだろうか、さっきよりも彼女の呼吸がはやくなっている気がした。
それにしても、とんでもない大逆転がおこったものだ。私はほんの半日前まで、ハンナと自分が結ばれることは決してないと考えていた。この気持ちは隠したままで、墓場までもっていくのだと。それがどうだろう、まず、ハンナがカーマクゥラの御前だったことで、予想される社会的な問題は無視してもいいことになった。同性愛を問題視しようにも、ハンナに逆らえる人間など、この世のどこにもいないからだ。
すると残る問題は、ハンナが同性愛を受け入れられるかどうか、ということになる。…可能性はたしかにある。そういった素養をもつ人間は、社会に一定数いるからだ。けれど低い確率であることは間違いない。私はハンナに、軽くアプローチをしながら、その可能性をさぐるつもりでいた。
結果、私は今夜ハンナの肉体を思うまま味わいつくした━━なぜだろう、計算式と解の間が埋まっていない。道筋を省略して答えだけを得ても、どこかしっくりこないものがある。
ハンナも私のことを想ってくれていたのだろうか。だとしたら、それはいつから自覚し、私のどこを好ましく感じていたのだろうか。…問を投げかけようにも、彼女は眠ったままだ。
それもこれも、ゆっくりと気持ちを確かめ合う時間を作らなかった、性急な私のせいだ。果たして、ハンナが目覚めれば、私はその答えを聞くことができるのだろうか。
もういちどハンナに視線を向けると━━彼女の表情は苦悶に歪んでいた。呼吸は先ほどまでよりもさらにはやく、なにやらかすかな喘ぎすら漏らしはじめている。
いったいどうしたというのだろう。
あわててそばに近づき、ハンナの手を握る。あるいは━━なにかの病気なのだろうか。それともただ、悪夢にうなされているだけ?
わからない、わからないまま、私は迷った。ハンナを揺り起こすべきかどうか。ただの夢ならそれでいい。けれど━━。
「ゆるし…ゆるして━━」
ハンナがつぶやいた。
「アタシが…悪いのは…」
その言葉には単なる妄想とは違う、奇妙な重みがあった。荒唐無稽な悪夢などではない。たぶん、過去の追憶にうなされている。なぜだか私にはそれがわかった。
「殺して━━」
その言葉と同時に、ハンナは自身の胸をかきむしりはじめた。顔色は死人のように青く、なにかから逃れるように足をばたつかせる。表情は必死のそれだった。目尻からこぼれ落ちた涙が枕を濡らす。私はハンナを揺さぶった。
「ハンナ!目を覚まして、ハンナ!」
すると憑き物が落ちたように、ふとハンナの手足が動きを止めた。そしてゆっくりと見開かれた彼女の眼が私をとらえた刹那━━おびえたような眼差しで、ハンナは「ひっ」と息をのんだ。
ショックを受けなかったといえば嘘になる。けれど私は、あえてなんでもないような微笑みをつくって、ハンナの手をにぎる。
「ハンナ、私がおわかり?」
「…エリーゼ、かい」
「ええ、そうですわ。あなた、ずいぶんうなされていたから━━」
かなりひかえめな表現で状況を伝えると、ハンナは自身の頬に手を当てて、涙を流していたことを悟ったようだった。彼女は呼吸を整えて、おきあがった。
「…みっともないところを見せちまったね」
「ハンナ、あなたいったい━━」
「なんでもないのさ、これは、ちょいと大きな油虫に追いかけられる夢をみたんだよ」
そんな馬鹿な━━言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は優しく微笑む。
「そう━━だったら大丈夫ですわ。私、虫は平気な質ですから。ずっと手を握っていてさしあげますわ。朝までもう少しお眠りなさいな」
「いいや、もうすっかり目が覚めちまったよ。アタシはもう起きることにするから、エリーゼはもう少し寝ておいで」
そう言ってハンナは立ち上がり、乱れたユカータ姿のまま部屋を出ていった。残された私はこの状況に混乱しながら、さっきまでのハンナの有様を思い返し、奥歯を強く噛みしめた。
だけど仕方がないと思うでしょう。あそこまで無抵抗に受け入れられ、いちいち敏感に反応されたら、いけるところまでいってしまう。途中でとめられる人間がいたら、見てみたいものだ。
結局、私たちは両想いだったということでいいのだろうか。焦らしに焦らしたあげく、ハンナに答えを強要したような気がするのだけど…。
あーっ、私は本当にどうかしている。いきなり肉体関係にもちこむだなんて、乙女の行動とも思えない。恋愛というものは、ふつう互いの気持ちを確かめあったあと、清純なおつきあいを経て、ようやくそういった行為をするものだ。きちんとした人間だったら、結婚するまで待つひともいる。それが、あんな、ふしだらな…。
叫びだしたくなる気持ちを必死で抑えた。ハンナを起こしてしまうといけないから━━ふと、隣で眠るハンナを見遣ると、気のせいだろうか、さっきよりも彼女の呼吸がはやくなっている気がした。
それにしても、とんでもない大逆転がおこったものだ。私はほんの半日前まで、ハンナと自分が結ばれることは決してないと考えていた。この気持ちは隠したままで、墓場までもっていくのだと。それがどうだろう、まず、ハンナがカーマクゥラの御前だったことで、予想される社会的な問題は無視してもいいことになった。同性愛を問題視しようにも、ハンナに逆らえる人間など、この世のどこにもいないからだ。
すると残る問題は、ハンナが同性愛を受け入れられるかどうか、ということになる。…可能性はたしかにある。そういった素養をもつ人間は、社会に一定数いるからだ。けれど低い確率であることは間違いない。私はハンナに、軽くアプローチをしながら、その可能性をさぐるつもりでいた。
結果、私は今夜ハンナの肉体を思うまま味わいつくした━━なぜだろう、計算式と解の間が埋まっていない。道筋を省略して答えだけを得ても、どこかしっくりこないものがある。
ハンナも私のことを想ってくれていたのだろうか。だとしたら、それはいつから自覚し、私のどこを好ましく感じていたのだろうか。…問を投げかけようにも、彼女は眠ったままだ。
それもこれも、ゆっくりと気持ちを確かめ合う時間を作らなかった、性急な私のせいだ。果たして、ハンナが目覚めれば、私はその答えを聞くことができるのだろうか。
もういちどハンナに視線を向けると━━彼女の表情は苦悶に歪んでいた。呼吸は先ほどまでよりもさらにはやく、なにやらかすかな喘ぎすら漏らしはじめている。
いったいどうしたというのだろう。
あわててそばに近づき、ハンナの手を握る。あるいは━━なにかの病気なのだろうか。それともただ、悪夢にうなされているだけ?
わからない、わからないまま、私は迷った。ハンナを揺り起こすべきかどうか。ただの夢ならそれでいい。けれど━━。
「ゆるし…ゆるして━━」
ハンナがつぶやいた。
「アタシが…悪いのは…」
その言葉には単なる妄想とは違う、奇妙な重みがあった。荒唐無稽な悪夢などではない。たぶん、過去の追憶にうなされている。なぜだか私にはそれがわかった。
「殺して━━」
その言葉と同時に、ハンナは自身の胸をかきむしりはじめた。顔色は死人のように青く、なにかから逃れるように足をばたつかせる。表情は必死のそれだった。目尻からこぼれ落ちた涙が枕を濡らす。私はハンナを揺さぶった。
「ハンナ!目を覚まして、ハンナ!」
すると憑き物が落ちたように、ふとハンナの手足が動きを止めた。そしてゆっくりと見開かれた彼女の眼が私をとらえた刹那━━おびえたような眼差しで、ハンナは「ひっ」と息をのんだ。
ショックを受けなかったといえば嘘になる。けれど私は、あえてなんでもないような微笑みをつくって、ハンナの手をにぎる。
「ハンナ、私がおわかり?」
「…エリーゼ、かい」
「ええ、そうですわ。あなた、ずいぶんうなされていたから━━」
かなりひかえめな表現で状況を伝えると、ハンナは自身の頬に手を当てて、涙を流していたことを悟ったようだった。彼女は呼吸を整えて、おきあがった。
「…みっともないところを見せちまったね」
「ハンナ、あなたいったい━━」
「なんでもないのさ、これは、ちょいと大きな油虫に追いかけられる夢をみたんだよ」
そんな馬鹿な━━言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は優しく微笑む。
「そう━━だったら大丈夫ですわ。私、虫は平気な質ですから。ずっと手を握っていてさしあげますわ。朝までもう少しお眠りなさいな」
「いいや、もうすっかり目が覚めちまったよ。アタシはもう起きることにするから、エリーゼはもう少し寝ておいで」
そう言ってハンナは立ち上がり、乱れたユカータ姿のまま部屋を出ていった。残された私はこの状況に混乱しながら、さっきまでのハンナの有様を思い返し、奥歯を強く噛みしめた。
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