悪役令嬢より悪役な〜乙女ゲームの主人公は世界を牛耳る闇の黒幕〜

河内まもる

文字の大きさ
38 / 49

37 救助(エリーゼ視点)

しおりを挟む
 私には奇妙な確信があった。自分がハンナに愛されているという確信だ。だから別離を味わったあとも、失恋の不安を感じることはなかった。どういう理由があるにせよ、ハンナは私への執着を捨てられない。

 だから私が、他の誰とも結ばれることなくいる限り、ハンナは私の人生への介入をやめないだろう。ハンナ自身が業を煮やして出てくるまで、私は何年でも何十年でも独り身でいるつもりだった。

 そしては唐突に現れた。

 学園からアードルング家のお屋敷に帰宅し、自室に引き取った直後のことだった。

「エリーゼさま」

 突然の男の声に、私は飛びあがって驚いた。すると私の目の前で、黒い影がふくらんだ。それは黒い装束をまとった獣人の男だった。

「失礼をいたします。私は━━」

「フリッツどの、でしたかしら」

「名を覚えていただき、恐悦至極」

 ハンナのことだったら、私はなんでも覚えているし、なんでも知りたい。もし私が彼女のように、独自の諜報機関を私有していたら、24時間ハンナを監視して、その生活を報告させていただろう。

「それで━━ハンナが私になにか?」

 あえて泰然とした態度をつくる。恋は駆け引きだ。私がハンナと対等であろうとするなら、彼女に都合のいい女であってはいけない。私を簡単に手放したことを、ハンナには後悔してもらわなくちゃ。

 …そう考えていられたのも、フリッツの次のセリフを聞くまでだった。

「ここに参ったのは私めの独断でございます。もはやエリーゼさまにおすがりするよりほか、ないのです。エリーゼさま、どうか御前さまをお救いくださいますよう」

「は、ハンナの身になにか…!」

 私は演技も忘れてフリッツに問うた。フリッツはかすかに首をふる。

「わからないのです。正確なことはなにも。ただ、御前さまのお命が危ないということだけしか」

「…わからないとはどういうことです。フリッツ、あなたはハンナを護衛する役目ではなかったのですか」

「私を含め、裏影はすでに、御前さまから遠ざけられております」

「なぜ…」

「裏影だけではなく、御前さまは、御身の回りから親しきものをすべて遠ざけておられる。兄君のコンラートさまでさえ、御前さまに会うことがままならぬありさまなのです。私は強引に御前さまに近づこうとしましたが━━に阻まれました。御前さまはおそらく、帝国諜報部を使って裏影の干渉を排除しておられる」

 さすがといおうか…。帝国の諜報機関まで手なづけているだなんて。これでは帝国政府は丸裸も同然だ。やはりハンナは帝国の真の支配者なのだ。

 だけど感心している場合じゃない。

「それでどうして、ハンナの危機を察知できたというのです」

「帝国諜報部にも知己はおります。買収して情報を得ましたところ、御前さまは近ごろ、食事を召されず、眠られることもないのだとか」

「そんな、それでは死んでしまうわ!」

「そのとおりでございます。しかし説得しようにも、コンラートさまにも会われないのでは…」

 聞けばハンナは、兄君のグレッツナー伯をずいぶん慕っているのだという。その肉親すら遠ざけるというのは、尋常なことじゃない。

「それで、私になにをせよと?」

 私が訊くと、案の定、フリッツは答えた。

「御前さまに会っていただきたい」

「それは、もちろん、できるならそうしたいけれど…。グレッツナー伯にさえ会わないハンナが、私と会ってくれますかしら」

「さて━━私が考えるに、御前さまのご様子がおかしくなったのは、エリーゼさまといち夜をともにしてから。あなたさまは、なにかご存知なのではありませんか?」

 そう言われても、私はハンナのことを何も知らない。彼女はそういうミステリアスなひとだった。思い当たることといえば、あの夜のことだけだ。

「私は…。あの夜、ハンナは悪夢を見てうなされていました。それも尋常な様子ではなく」

「それは…!なるほど、エリーゼさまもご覧になったのですね」

「ハンナはいつもなのですか?」

「いえ、ここしばらくは落ち着いていたのですが。以前は頻繁に夢にうなされ、眠ることを怖がっているようなところがおありでした」

 だからだというの。悪夢を見たくないから、眠らずにいるだなんて━━このままハンナを放っておくことなんてできない。事態は私が考えるよりもはるかに深刻だった。

 ハンナはふくよかな体つきじゃない。彼女が幾日も食事をとらないのだとしたら、すでに時間の余裕はないかもしれない。

 フリッツは言う。

「もし御前さまを翻意ほんいさせられる方があるとしたら、それはコンラートさまか、エリーゼさまでしょう。しかしコンラートさまには、カーマクゥラでの活動は秘しておりますれば、やはりエリーゼさまにカーマクゥラの屋敷へ訪ねていただくのがなによりのこと。かくなるうえは、裏影の実力で抵抗を排除し、御前さまとの対面を実現いたします」

 私は制服姿のまま、馬車に乗り込みカーマクゥラを目指した。揺れる車中で焦燥感にかられながら、ハンナのことを強く想う。

 私はハンナに助けられた。だから今度は、私がハンナを救うのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...